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出立

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 轟音と共に、夜空に大輪の花が咲いた。
 花火が上がるたびに、金や銀の光が無数の花弁となって広がり、ゆらゆら散り落ちていく。

 王宮前の広場には大勢の人々が集まっているらしく、その喧騒はだいぶ離れたこの屋敷にまで聞こえてきた。
 昨日の夕方、レマルフィ王国に待望の王子が誕生し、国中が喜びにわきかえっているのだ。

 アマーリア・ルチア・ディ・レマルフィもまた窓辺に佇み、長い金髪を一本の三つ編みにしながら、夜空を彩る花火に見入っていた。

 頼りない蝋燭の明かりでも、その清楚な美しさははっきり見て取れる。

「きれい」

 なめらかな白い頬を紅潮させ、澄んだ青い目を大きく見開いている様子は、どこか幼女のようにあどけない。もちろんそんな悠長な振る舞いが許されないことは、アマーリア自身、よくわかっていたけれど。

 王室の慶事は、あいにくアマーリアにとっては凶事に他ならなかった。

 ほどなく、ここを出立することになるだろう。
 もう何度目になるかわからない、当てのない長旅がまた始まるのだ。いや、もしかしたら今度は――。

「いいえ、アマーリア。よけいなことを考えてはだめ」

 アマーリアはかぶりを振って、唇を噛み締める。

 もともと少ない荷物はすでに侍女のエンマと一緒にまとめておいた。
 これまでの経験から、今すぐにでも旅立つ準備はできている。あとは、彼からの指示を待つだけだった。

「アマーリア様、よろしいですか」

 まさにその時、扉の外から声をかけられた。

 若々しいのに、落ち着いた深みのある響きに、アマーリアの細い肩が震える。

「お入りなさい、リナルド」

 窓辺に立ったまま、アマーリアが振り返る。その青い瞳には、長身の精悍な青年が映っていた。

 ゆるく波打つ黒髪と、碧玉を思わせる濃い緑の瞳――リナルドの凛々しく整った面差しは太陽神を思わせる。間違いなく、かつては多くの娘たちを引きつけたことだろう。

 ただしその左頬には、隠しようもない長く深い傷痕がある。そのせいなのか彼は、常に剣呑で近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。

 傷は、先の内乱の時のものだという。当時は十九歳で、すでに戦場に立っていたそうだ。

 出会ってから四年になるが、リナルド・カルヴィーノという名前や、王都の富裕な商家の次男で、北の国境を守る警備兵だったという経歴が、真実かどうかわからない。

 それでも彼が、アマーリアにとって誰より忠実な従者であることだけは疑いようがなかった。
 敗者の娘として王宮を追われて以来、どんな時も主をかばい、今もこうしてそばに付き従っていてくれるのだから。

「リナルド、出立はいつですか?」

 アマ―リアがまっすぐな視線を向けると、リナルドはたじろいだように目を見開いた。

「……お察しでしたか」
「それを伝えに来たのでしょう? 用意はできています」

 先を促そうとして、アマーリアは「いつものことですもの」と口角を上げてみせた。

「早い方がいいのではなくて? あちらの密偵は優秀だから、ここもすでに突き止められているのでしょう?」
「お詫びの言葉もございません。妃殿下のご出産を控え、詮議がずいぶん厳しくなりましたので」

 リナルドは悔しそうに唇を噛んだが、アマーリアはとうに覚悟ができていた。

 住まいを替えるのは、これで何度目になるだろう? 
 反乱軍に占拠された城を落ち延びてから、アマーリアは王女という身分を隠し、何度となく住まいを変えてきた。国境の警備が厳重なため、国中をさすらい、なんとか今日まで追跡から逃れてきたのだ。

 数ヵ月前に地方の村から王都に戻ってきたのも、あえて敵の近くに身を潜めることで裏をかこうとしたためだった。

「それで、いつここを発つのですか?」
「早いに越したことはありませんが、まだ人々が浮かれ騒いでおりますし、祝祭はしばらく続くようです。あちらもこのような時に騒ぎを起こしたくはないでしょうから、その隙を狙いましょう。できれば明日の夜明け前には――」

 そこでリナルドはわずかに眉を寄せ、視線を落とした。

「続けてちょうだい、リナルド」

 リナルドはなおも言い淀んでいたが、やがてゆっくり片膝をついた。

「アマーリア様、どうかお覚悟を。おそらく今度の旅は長く、つらいものになりましょう。今までとは比べものにならないほど」
「そうでしょうね。やっとお世継が生まれたのですもの」

 淡々とした答えに驚いたのか、リナルドが伏せていた顔を上げた。

「アマーリア様?」
「姉上にお祝いを申し上げたいけれど……無理でしょうね」
「ええ。さすがに」

 動揺しているせいだろうか。いつも落ち着き払っている彼が今日ばかりは年相応に、いや、むしろどこかあどけなくさえ見える。

 出会ったばかりのころを思い出し、アマーリアはかすかに微笑んだ。
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