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出会い
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レマルフィ王国に内乱が起きたのは四年前のことだ。
アマーリアは十五歳で、はじめは状況を理解できず、ただ怯えていたことを覚えている。
ことの発端は、二人の権力者の対立だった。
穏やかで堅実な国王レンツォと、そのいとこで、領土拡大を図ろうとする野心家の国軍最高司令官ガルディニ――皮肉なことに母国を愛するがゆえに彼らの溝は深まり、ついに王への反旗が翻されたのだ。
どちらも人望が篤く、争いは国を二分する苛烈なものとなったが、最終的に勝利したのは王ではなかった。
ガルディニは新国王として即位した後、前王レンツォを離島に幽閉し、アマーリアの姉カタリーネを妻にした。人質としても、王家の血筋を守って国民の支持を得るためにも、彼女が必要だったのだ。
父と姉が盾となってくれたため、アマーリアはなんとか落ち延びることができた。その時点で仕えていた多くの者が姿を消したが、護衛や侍女など忠実な数名は付き従ってくれた。
大勢の使用人にかしずかれ、何不自由なく暮らしていたころとは真逆の日々――リナルドに出会ったのは、そんな放浪のさなかだった。
城を出て、二カ月後のこと。
ようやく見つけた郊外の空き家に潜んでいた時、護衛のルキノがアマーリアの前にひとりの少年を追い立ててきた。
「どうしたのです、ルキノ?」
「こいつが外で様子を窺っておりました。しばらく前からつけていたようです」
追手を警戒していたルキノは少年の背に剣先を向け、今にも殺しかねない勢いだった。
ところがそんな状況にもかかわらず、少年は怯える様子もなく、静かな視線を向けてきた。
「ご機嫌麗しゅう存じます、王女様」
そのひとことで場の空気は一気に張りつめたが、アマーリアは別のことに気を取られていた。
「あなた、そのお顔は……」
少年は美しかった。
長身の引き締まった身体つき、艶やかな黒髪、澄んだ緑の瞳――まるで著名な画家が描いたかのように完璧なのに、左頬に生々しい傷痕が刻まれていたのだ。
「お見苦しいものをお目にかけ、申しわけございません。先の戦で――」
「また新しい傷だわ。ひどく痛むのでしょう?」
「いえ、大事ございません」
少年はリナルドと名乗り、自分の素性を淡々と説明した。
北の国境を警備していて内乱に巻き込まれ、王の側について戦ったため、自身をこんな目に遭わせた現国王のガルディニを恨んでいることも。
「王女様のお姿は、昨年湯治にいらした折に遠くから拝見いたしました。先日この町で再びお見かけし、いてもたってもおられず参上した次第。このような姿ではございますが、真のレマルフィ王家のため、どうかお供の末席にお加えください」
「まあ、そうだったの。どうもありがとう」
言われてみれば、確かにアマーリアは北の国境近くにある湯治場を訪れていた。
それで彼への警戒心が薄れたし、ひどい傷を負いながら、自分に仕えるために駆けつけてくれたことがうれしかった。
何よりリナルドとは年齢が近かった。
アマーリアはまだあどけなさの残る顔立ちや、若々しい所作に親しみを覚えた。なにしろそれまでそばにいてくれたのは、護衛のルキノや侍女のエンマをはじめ、ずっと年上の者ばかりだったのだ。
「アマーリア様、お待ちください!」
リナルドを捕らえたルキノは、当然ながら烈火のごとく怒り出した。
「こんな得体の知れない若造をおそばに置くわけにはまいりません。もし本当に警備兵だったとしても、顔にこれほどの傷をつけられるようでは役に立ちますまい」
しかし彼もまた、リナルドの同行を認めざるを得なかった。
試しに剣を合わせてみたところ、たちまち打ち負かされてしまったのだから。
その若さにもかかわらず、リナルドは卓越した剣士だったのだ。
彼が従者となり、さらに手ずから指導してくれた結果、アマーリアもまた優れた剣の使い手となることができた。
アマーリアは十五歳で、はじめは状況を理解できず、ただ怯えていたことを覚えている。
ことの発端は、二人の権力者の対立だった。
穏やかで堅実な国王レンツォと、そのいとこで、領土拡大を図ろうとする野心家の国軍最高司令官ガルディニ――皮肉なことに母国を愛するがゆえに彼らの溝は深まり、ついに王への反旗が翻されたのだ。
どちらも人望が篤く、争いは国を二分する苛烈なものとなったが、最終的に勝利したのは王ではなかった。
ガルディニは新国王として即位した後、前王レンツォを離島に幽閉し、アマーリアの姉カタリーネを妻にした。人質としても、王家の血筋を守って国民の支持を得るためにも、彼女が必要だったのだ。
父と姉が盾となってくれたため、アマーリアはなんとか落ち延びることができた。その時点で仕えていた多くの者が姿を消したが、護衛や侍女など忠実な数名は付き従ってくれた。
大勢の使用人にかしずかれ、何不自由なく暮らしていたころとは真逆の日々――リナルドに出会ったのは、そんな放浪のさなかだった。
城を出て、二カ月後のこと。
ようやく見つけた郊外の空き家に潜んでいた時、護衛のルキノがアマーリアの前にひとりの少年を追い立ててきた。
「どうしたのです、ルキノ?」
「こいつが外で様子を窺っておりました。しばらく前からつけていたようです」
追手を警戒していたルキノは少年の背に剣先を向け、今にも殺しかねない勢いだった。
ところがそんな状況にもかかわらず、少年は怯える様子もなく、静かな視線を向けてきた。
「ご機嫌麗しゅう存じます、王女様」
そのひとことで場の空気は一気に張りつめたが、アマーリアは別のことに気を取られていた。
「あなた、そのお顔は……」
少年は美しかった。
長身の引き締まった身体つき、艶やかな黒髪、澄んだ緑の瞳――まるで著名な画家が描いたかのように完璧なのに、左頬に生々しい傷痕が刻まれていたのだ。
「お見苦しいものをお目にかけ、申しわけございません。先の戦で――」
「また新しい傷だわ。ひどく痛むのでしょう?」
「いえ、大事ございません」
少年はリナルドと名乗り、自分の素性を淡々と説明した。
北の国境を警備していて内乱に巻き込まれ、王の側について戦ったため、自身をこんな目に遭わせた現国王のガルディニを恨んでいることも。
「王女様のお姿は、昨年湯治にいらした折に遠くから拝見いたしました。先日この町で再びお見かけし、いてもたってもおられず参上した次第。このような姿ではございますが、真のレマルフィ王家のため、どうかお供の末席にお加えください」
「まあ、そうだったの。どうもありがとう」
言われてみれば、確かにアマーリアは北の国境近くにある湯治場を訪れていた。
それで彼への警戒心が薄れたし、ひどい傷を負いながら、自分に仕えるために駆けつけてくれたことがうれしかった。
何よりリナルドとは年齢が近かった。
アマーリアはまだあどけなさの残る顔立ちや、若々しい所作に親しみを覚えた。なにしろそれまでそばにいてくれたのは、護衛のルキノや侍女のエンマをはじめ、ずっと年上の者ばかりだったのだ。
「アマーリア様、お待ちください!」
リナルドを捕らえたルキノは、当然ながら烈火のごとく怒り出した。
「こんな得体の知れない若造をおそばに置くわけにはまいりません。もし本当に警備兵だったとしても、顔にこれほどの傷をつけられるようでは役に立ちますまい」
しかし彼もまた、リナルドの同行を認めざるを得なかった。
試しに剣を合わせてみたところ、たちまち打ち負かされてしまったのだから。
その若さにもかかわらず、リナルドは卓越した剣士だったのだ。
彼が従者となり、さらに手ずから指導してくれた結果、アマーリアもまた優れた剣の使い手となることができた。
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