6 / 8
双頭の獅子
しおりを挟む
夜半、アマーリアはそっと身を起こし、静かな寝息をたてているリナルドを見やった。
警備も担う彼が無防備に寝入ることなど、本来はありえない。
しかし寝台に入る前に、二人で乾杯した酒に薬が入れてあったのだ。
万一に備えて隠し持っていたもので、アマーリア自身はずいぶん前から身体を慣らしていたため、口にしても眠気は覚えなかった。
リナルドを見つめる青い瞳は困惑に揺れている。
(やはり、あなたは……)
彼の下半身には寝具がかけられていたが、線画のような朱赤の刺青がわずかにのぞいていた。
ひとつの身体に備わった、それぞれ反対方向を向く二つの獅子の顔。
――絶対に忘れてはだめよ、アマーリア。双頭の獅子はとても危険なの。
レマルフィには開国以来、秘密裏に王家に仕える騎士たちがいる――姉のカタリーネと一緒に、父王からその事実を聞かされたのは、城を落ち延びる少し前のことだった。
――彼らは絶対の忠誠を誓っていて、何があろうと国王に従う。たとえ自分の子を殺せと言われても、迷うことなく刃を向けるのだ。味方として、これ以上の存在はおるまい。ただし王が代われば、話は別だ。内心思うところはあるかもしれないが、彼らは即座に新国王に跪く。
王の守護騎士――そう呼ばれる彼らは、極秘に選び抜かれた数人の若者たちだという。
いずれも文武に秀でた高潔な愛国者で、引退してから政府の高官になる者もいるらしい。
――カタリーネ、そしてアマーリエ、よく聞きなさい。忠実であるがゆえに、もはや彼らは私ではなく、ガルディニに従うだろう。やつがお前たちに狙いを定めれば、たとえ国軍から逃れることができても、王の守護騎士が必ず見つけ出すはずだ。だから注意を怠ってはならない。その身に双頭の獅子の刺青がある者に。
刺青は絶対忠誠の標で、彼らの存在を知るのは国王夫妻と宰相だけだと、父王は言っていた。
誰より頼りになる代わりに、一度敵となれば最も危険な者たち――だからこそ母は子守歌に託して、アマーリアに注意を促したのだろう。
(リナルドは……王の守護騎士)
アマーリアは静かに寝台を下りると、背を向けて、部屋の隅にある小机に歩み寄った。
音をたてないように引出しを開け、中から細身の短剣を取り出す。
護身用に父が渡してくれたもので、柄には小さなサファイアが散りばめられていた。
なぜリナルドは四年もの間、アマーリアを捕らえず、忠実な従者として仕え続けたのか?
おそらくそれこそがガルディニの命令だったからだろう。
(ずっとそばで見張っていたのだわ)
姉のカタリーネに世継が生まれなかった場合、ただちにアマーリアを差し出せるように。
どこに逃げようと、決して見失わないように。
けれども用済みとなった今、リナルドは自分を王宮へ連れていくだろう。あるいはここで命を奪われるかも――。
アマ―リアが握り締めた短剣に視線を落とした時だ。ふいに背後から「おやめなさい」と声をかけられた。
警備も担う彼が無防備に寝入ることなど、本来はありえない。
しかし寝台に入る前に、二人で乾杯した酒に薬が入れてあったのだ。
万一に備えて隠し持っていたもので、アマーリア自身はずいぶん前から身体を慣らしていたため、口にしても眠気は覚えなかった。
リナルドを見つめる青い瞳は困惑に揺れている。
(やはり、あなたは……)
彼の下半身には寝具がかけられていたが、線画のような朱赤の刺青がわずかにのぞいていた。
ひとつの身体に備わった、それぞれ反対方向を向く二つの獅子の顔。
――絶対に忘れてはだめよ、アマーリア。双頭の獅子はとても危険なの。
レマルフィには開国以来、秘密裏に王家に仕える騎士たちがいる――姉のカタリーネと一緒に、父王からその事実を聞かされたのは、城を落ち延びる少し前のことだった。
――彼らは絶対の忠誠を誓っていて、何があろうと国王に従う。たとえ自分の子を殺せと言われても、迷うことなく刃を向けるのだ。味方として、これ以上の存在はおるまい。ただし王が代われば、話は別だ。内心思うところはあるかもしれないが、彼らは即座に新国王に跪く。
王の守護騎士――そう呼ばれる彼らは、極秘に選び抜かれた数人の若者たちだという。
いずれも文武に秀でた高潔な愛国者で、引退してから政府の高官になる者もいるらしい。
――カタリーネ、そしてアマーリエ、よく聞きなさい。忠実であるがゆえに、もはや彼らは私ではなく、ガルディニに従うだろう。やつがお前たちに狙いを定めれば、たとえ国軍から逃れることができても、王の守護騎士が必ず見つけ出すはずだ。だから注意を怠ってはならない。その身に双頭の獅子の刺青がある者に。
刺青は絶対忠誠の標で、彼らの存在を知るのは国王夫妻と宰相だけだと、父王は言っていた。
誰より頼りになる代わりに、一度敵となれば最も危険な者たち――だからこそ母は子守歌に託して、アマーリアに注意を促したのだろう。
(リナルドは……王の守護騎士)
アマーリアは静かに寝台を下りると、背を向けて、部屋の隅にある小机に歩み寄った。
音をたてないように引出しを開け、中から細身の短剣を取り出す。
護身用に父が渡してくれたもので、柄には小さなサファイアが散りばめられていた。
なぜリナルドは四年もの間、アマーリアを捕らえず、忠実な従者として仕え続けたのか?
おそらくそれこそがガルディニの命令だったからだろう。
(ずっとそばで見張っていたのだわ)
姉のカタリーネに世継が生まれなかった場合、ただちにアマーリアを差し出せるように。
どこに逃げようと、決して見失わないように。
けれども用済みとなった今、リナルドは自分を王宮へ連れていくだろう。あるいはここで命を奪われるかも――。
アマ―リアが握り締めた短剣に視線を落とした時だ。ふいに背後から「おやめなさい」と声をかけられた。
0
あなたにおすすめの小説
『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』
由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。
婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。
ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。
「君を嫌ったことなど、一度もない」
それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。
勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。
英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です
氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。
英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
《完結》追放令嬢は氷の将軍に嫁ぐ ―25年の呪いを掘り当てた私―
月輝晃
恋愛
25年前、王国の空を覆った“黒い光”。
その日を境に、豊かな鉱脈は枯れ、
人々は「25年ごとに国が凍る」という不吉な伝承を語り継ぐようになった。
そして、今――再びその年が巡ってきた。
王太子の陰謀により、「呪われた鉱石を研究した罪」で断罪された公爵令嬢リゼル。
彼女は追放され、氷原にある北の砦へと送られる。
そこで出会ったのは、感情を失った“氷の将軍”セドリック。
無愛想な将軍、凍てつく土地、崩れゆく国。
けれど、リゼルの手で再び輝きを取り戻した一つの鉱石が、
25年続いた絶望の輪を、少しずつ断ち切っていく。
それは――愛と希望をも掘り当てる、運命の物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる