お嬢様お手をどうぞ 

mizumori

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第一章 元アラサー 公爵令嬢になる

2話 準備はばっちり

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 あの後私が何かしたかといえば、なにもしていない。テンプレと違う・・・何とでも言ってくれ、5歳から始まったお勉強はなかなかきびしい。歴史、地理は私の知っているものと違う。美しい手紙の書き方、もとから素養がありません。季節、場面ごとの慣用句を覚えるのがめんどうです。字も美しい文字を身につけるのが大変です。そんなに簡単に身につくなら、日本に書道、ペン習字のお稽古事は存在しなかっただろう。

 ついでにマナーは幼児向けを習得しているところ。よく考えてみれば、子供が16,7歳のマナーを身につけるのは物理的に無理だ。手足の長さが違う子供に大人と同じポーズがとれるだろうか、いやとれまい。頭でっかちで4,5頭身の幼児にしなやかさとかピシッとした姿勢を求めないでほしい。筋力のない身体はすぐにぐらつくのだ。ライトノベルに出てくる主人公が一桁の年齢でマナーを完璧に身に着けたとか、あれは本当だろうか?

 まあ、そんなこんなで適当にすごしている。だって貴族教育を完璧に身につけたら、ざまあから逃げられるとはかぎらないもんね。けっして私がなまけものだということではない。
でも一つだけやろうとしたことがある。宝飾品の収集だ。

  5歳で前世を思い出し、ついでに乙女ゲームかもと思ったときに考えたのだ。これはいざとなったら逃げるしかないなと。だって言うじゃない、三十六計逃げるにしかずと。なにも断罪の場面まで待つことは無い。私の婚約者がヒロインといちゃいちゃし始めたら逃げよう。最後が処刑か修道院か国外追放か知らないけれど、のんびり待つほど私は気が大きくない。

 逃げるとなれば必要なのはお金。でも公爵令嬢の私の回りにお金はない。欲しい物は商人が屋敷に持ってくる、ご令嬢が外へ出るなどとんでもない。だから街へ行くのでお小遣いを下さいとも言えない。

 価値があって軽いものは宝飾品しかない。幾ら金貨30枚の花瓶だろうと持って逃げるわけにはいかない。そもそもあんなもの換金しにくいじゃない。どこの誰が買ってくれるんだろうか。そういう意味では宝石もアウトだ。足元を見られてかなり安くしか売れないだろう。日本でも宝石が簡単に売れるとは考えられない。ましてやこの世界では。

 そう、簡単に売れるのは宝飾品の土台である金属の金しかない。金貨と同じ重さの金だったら、そこそこの値段で売れるのではないだろうか。私は髪飾りをためすがめす見ながら、これは幾らになるんだろうかと考えていた。そして重大な欠陥を発見してしまったのだ。
 
 刻印である。いやさ、日本だと18金とか刻印が打ってあるじゃない。だからこの世界でもあるかなと思ったのよね。そうしたらなんとお花の刻印がついているじゃない。そしてメイドさんが親切に教えてくれた。これは私の印だそうだ。私の持っているすべての宝飾品にこの印がついているらしい。なんたること、これを見ればお嬢様の宝飾品だとすぐにわかりますわね、との言葉に愕然としたのは苦い思い出だ。

 ついでにいうと貴族は宝飾品に自らの刻印を押すのが常識だそうだ。私は手にした髪飾りを見ながらうなった。この金っぽい金属は何度で溶けるんだろうか。一度加工しなければ売ることもできない。だって公爵家を追われた平民が貴族の印のある宝飾品を売ったら泥棒として捕まってしまうものね。前途多難でめまいがする。たとえ安くしか売れなくても宝石のほうがいいのかな。とりあえず他に換金できそうなものがないので宝飾品を集めておこう。

 そう思った日々もありました。

 私は側付きのメイドマリーに頼んで、持っている宝飾品を見せてもらうことにした。いつもは今日はこちらでいかがですかと、メイドたちがビロードの布を被せたお皿の上に乗せた幾つかの品を見せてくれて、そこから選ぶのよね。

 「すべてでございますか、お嬢様」

  マリーの返事にそかはかとなくいやそうな雰囲気がただよっている。ここは空気を読む元日本人。私が動こう。

 「わたくしがそちらに行きますから、案内してちょうだい」

  私を先導する彼女からほっとした気持ちがうかがえたのは・・・気のせいではなかった。

 衣装部屋の片隅にある大きなクローゼットを開けると、中は棚で区切られており、そこには10個ほどの私が抱えるような大きさのきれいな箱が置いてあった。マリーが一つの箱を取り出してテーブルに置き、その箱に5つある引き出しの一つを引き出して見せた。それは青いビロードの布が張られた底の浅い引き出しで、そこには髪飾りが5つ置かれていた。確かに見覚えのあるものもあった。

 「お嬢様は同じ物をお付けになるのがお好きなので、ここにあるものはほとんどお使いになられていないと思いますが」

  そういいながらマリーはどんどん引き出しを出していく。2箱め、3箱め・・・

「あの、もういいわ。しまってちょうだい」

 マリーはしぶしぶと箱を片付け始めた。さっきの言葉はいやみだろうか。こんなにあるんだから、もっと使えとの。でもね、私は髪飾りなんて2,3個あればいいと思うのよね。5個もあったらお腹いっぱいです。

 それにしても・・・これだけあれば充分だろう。大人になって身体が大きくなったとしても、ここにあるすべてを持って逃げられるとは思わない。金属は重いからね。私は必要以上に量のある宝飾品を眺め、これで問題は解決したとして部屋に戻ろうとした。マリーさん不満そうな顔をしてるけれど、10箱全部見るほど私は宝飾品に興味はないからね。管理は君に任せた。

  しかし私のちょっとした好奇心はろくでもない結果をもたらした。

 「リエンヌ、おしゃれをしたくなったのですって」

  翌日の朝食でお母様が嬉しそうに私にたずねた。マリーがご注進したな。ここは私の乙女スキルでさらっと答えよう。

 「えぇ、たまには違うものを身に着けようと思いまして」

 「うれしいわ、お母様の子供の頃の宝飾品もまだあるのよ。あとで貴女の部屋に持っていかせるわね」

  えっ、まだあるの?

 「あの、わたくしの元にかなりの量があると思うのですが」

  お母様はころころと笑って、言われた。

 「あれはリエンヌが生まれたときにお祝いでいただいたものがほとんどなのよ。貴女もそろそろ自分に似合うものを身につけなくては」

  いやいや、あれだけあれば似合うものの1つや2つ、4つや5つは見つかるんではないですか。

 「ほう、そういうことなら私もリエンヌに似合うものをあつらえなくては」

  お父様も参戦してきた。もともとそれほどおしゃれが好きでない私の笑顔は、両親のいらぬ愛情のせいでひびわれてきた。でも大きなお世話だといったら気の毒だよね。そんな私にお母様が追い討ちをかけてきた。

 「ほんとうに、貴女が木に登ったりしたときにはお父様とお母様に少しお話をさせていただこうかと思ったのですけれど、こうして女の子らしくなってくれて、安心しましたわ」

「そうは言うけれど、年寄りに子供の世話はきつかったのだろうね。1年も預かってくれたことを感謝しなくては」

  お父様がなだめて、お母様もうなずいた。お祖父さま、お祖母さま、無実の罪を着せてごめんね。至らない孫で申し訳ない、あれがばれているとは思わなかったんだよ。

 「そうですわね、算数のお勉強がずい分先まで進んでいると家庭教師の先生が言われていましたから、悪いことばかりではなかったのでしょうね」

  かえすがえすも申し訳ない。私のやばいところは全部2人のせいになっている。

 「ところでリエンヌ、そろそろ宝石の色を決めないとな」

  お茶を飲み干したお父様がカップをソーサーに置くと、話題を変えてきた。

 「宝石の色ですか?」

 「そう、我が家の娘には代々好きな色を選ばせて、その色の宝石を7歳の誕生日から毎年贈るという習慣がある。そして結婚が近くなるとそれらをつかって宝飾品を仕立てる。娘だけの決まりごとだな」

  そうなんだ。そういえば日本でも聞いたことがある。真珠を毎年誕生日に一粒贈って、大人になったらネックレスに仕立てるという話を。素敵だなと思った記憶がある。私もしてもらえるんだ。嬉しくてにまにましてしまう。

 「お母様のお家にはそのような習慣はなかったのですか」

「そのようなことはなかったけれど、いい石を探すのには時間がかかるでしょう。だからお父様はわたくしの為に幾つか石を探してくださっていたみたいよ」

  お母様はにこやかに返された。

  いい話を聞いて、幸せな気分に浸っていた私の元にお母様が宝飾品の箱を運んでくださったのは翌日のことだった。とりあえず似合いそうなものを選んだとの言付けとともに運び込まれた5つの箱の中にはぎっしりと宝飾品がつまっていた。たかが5つと言うなかれ、これを全部つけようと思ったら何日かかるのだろう?お父様も贈ってくださると言われていたし・・・・・めんどうだけれど、久しぶりに戻ってきた娘を気に掛けてくれる両親の愛情を無下にはできない。

「マリーお願い。これを全部一通りつけるように・・・任せたわよ」

 「そうですね、およそいきの品もありますから、お屋敷の分でしたら3ヶ月ほどででなんとかなるでしょう。そのあとでしたらお好みのものを選んで付けても問題ないと思います。お任せください、お嬢様」

  きらきらしい笑顔のマりーに頼もしさを感じる。君には期待している。

  こうして宝飾品は勝手に集まってくるし、宝石も私が成人するまでにある程度は確保できる結果となった。
もし、万が一私が悪役令嬢の役だったとしても持ち出すものに不自由はしないだろう。ヒロインが現れてから準備しても十分に間に合う。あとはもっと大きくなってから、変装して下町にでもいって拠点をつくろう。とりあえずやることがなくなったので、私はのんびり過ごすことにした。いまからくよくよしてもしかたがないしね。

 「ねえ、マリー、お茶にしたいのだけれど」

  私が声をかけたときにはもうマリーはお茶の支度をしていた。いざとなれば逃げ出して平民になることも辞さないけれど、この生活を捨てたくないなーというのが私の本音である。

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