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第壱部-Ⅳ:しあわせの魔法
35.藤夜 親友の馬鹿王子が駄々をこねる
「その後詳細を追ったところ、どうやら身体守護の術を使われたのかと、」
「身体守護、」
「媒介を用いずに?」
「ええ、」
燵彩(たちいろ)の言葉に、集った全員が息をのんだ。
無意識のうちに、右耳に刺した石に手が触れる。俺の身を守護する術式が込められた玉(ぎょく)。
日向王子の魔力暴走に関する調査報告と検討の場に、俺も呼ばれた。
紫鷹と日向王子の両方に俺は関わりが深い。だが、気は重かった。
頭の中に、今もあの幼い王子の姿がこびりついている。恐怖に染まった目で俺を見ていた。
あの姿を見るのが、――日向王子の中に巣くう痛みと恐怖を見るのが――俺は恐ろしい。
燵彩の言葉は、その恐れをさらに濃く、塗り固めていく。
「部屋を破壊したのは、水と風の魔法の暴走です。その暴走から身を守ったのが、無意識に発動された身体守護かと。おそらくは、魔力枯渇の原因がそれでしょう。」
日向王子の魔力暴走の詳細を追ったのは、離宮を守る「草」。
燵彩を筆頭に組まれた調査班は、暴走の痕跡をあらゆる方法で調べ上げた。
当初わかっていたのは、何らかの水と風の魔法を使ったこと。媒介や他者の介入の痕跡がなく、日向王子一人で起こした事故であったこと。それが、両隣の部屋を破壊するほど、大きな力であったこと。
その力を逃れ、無傷で助かった理由は分からなかった。
それが、身体守護の術?
体の芯から、震えが生じる気がした。恐れ、畏怖、不安。
俺は、生涯かかっても、媒介も術式も用いずに、この術を使える気がしない。そんなことは思いつきもしない。
「どうも日向さんは、魔法が見えていらっしゃるようだったわ。それと関係がある?」
「ええ、妃殿下。日向様は、おそらく見ることで、我々の用いる魔法を習得されています。それも意識なさらずに。水と風の魔法も同様です。魔力暴走から身を護るために身体守護の術を発動したのも、意識の関わらない反射かと。」
「まあ、」
董子殿下が、唖然としたように口を開け、抑える。
隣に座った紫鷹も、驚いたように目を見張った。
「育った環境がそうさせるのだと思います。日向様はすべて、ご自分で学ぶ必要があったのでしょう。ご自身の意識にかかわらず、見ること、聞くこと、感じることで、学ばれております。」
育った環境。
床に縋り付いて謝らなければならなかった環境。そうしなければ、どのような目にあったというのだろう。全く知らないわけではない。俺も草が書いた日向王子の調査書は読んだ。だが、それがすべてではないだろう。
誰に教えられるでもなく、必死に見て聞いて、生き抜いてきた。生きるために本能のままに魔力を用いた。―――その生活が、日向王子の中では今も続いている。
そうだ、あの王子は、いつも俺たちの会話を真剣に聞いて、じっとこちらを観察していた。
何を話しているのか、どんな時にどう受け答えするのか、言葉がもつ意味は何なのか、食事の仕方、服の着方、歩き方、魔法の使い方…。
入っているものの少ない日向王子の器の中には、あっという間にいろんなものが吸収されていった。
その姿に感心していた。同時に、少しの不安を覚えた。それが、今、恐れに変わっている。
燵彩が、苦渋の表情を浮かべて進言する。
「水と風の魔法は、ご自身が進んで使われたものですが、無意識で身体守護のような高位魔法を用いられるとなると、いつ何時同じようなことが起こるかと危惧しております。妃殿下と紫鷹殿下の御身を守るためにも、早急に対策を練らねばなりません。」
「日向を、」
紫鷹が声をあげる。焦っている。怒りも混じっていた。
「危険だと、いうのか。」
「妃殿下と紫鷹殿下――日向様ご自身のためにも、そのような前提に立つ必要があると考えております。」
「日向は、」
「紫鷹さん、落ち着きなさい。日向さんを守るために必要なお話です。何も傷つけたり、拘束しようというわけではないわ。安全を確保することが最優先、そのうえで、日向さんにどのように魔力制御を身に着けてもらおうか、というお話よ。」
「俺は離れませんよ、」
「――わかっています。」
董子殿下は、穏やかにほほ笑み、紫鷹の背中をなでる。
いつもなら嫌がる紫鷹が、すがるような目で妃殿下を見ていた。その姿がひどく子供じみていて、ああそうか、俺たちは周囲から見ればこんなふうに幼く見えるのかと、納得してしまう。
そうは言ってもなあ、紫鷹。
お前は皇子。守られる身だ。
どんなに望んだところで、日向王子の傍にお前がずっといることはかなわないし、お前が危険だというのなら、俺は秤にかけるでもなく、お前を守る。
晴海も、草の者も、騎士たちも、どちらかを選べと言われたら、迷いはしない。間違えない。
「晴海の考えは?」
「今後を考慮しても、まずは、日向殿下に直属の者をつける必要があると考えております。日向様がご自身で制御できるまでは、誰かがお守りせねばならないでしょう。」
それが妥当だと、俺も思った。
「え、嫌です。」
「紫鷹さん?」
思いがけず反対の声が上がって、思わず友をみやった。え、何、お前。
周囲の者も、先ほどまでの緊張をどこかにおいて、ぽかんと、皇子を見る。
董子殿下もあきれたような、驚いたような表情で、息子を見上げた。
当の本人は、周囲の目など忘れたかのようにわがままを言う。そう、これはわがままだ。
「日向の傍に誰かを置くというのでしょう、嫌だ。俺が守る。他はいらない、」
「あらまあ、困ったわねえ」
「嫌です、俺は」
「あらあら、まあまあ」
董子殿下がどこか嬉しそうだった。久しぶりの息子の駄々。
気づいているか、紫鷹。お前今、ここにいる全員に生暖かい目で見られているぞ。
俺もさっきまでの緊張やら不安やら恐怖やらが吹き飛んで、あきれている。お前、馬鹿だろう。
「晴海さん、何人か見繕っていただけるかしら。私からも推薦したい方がいるのだけど、常時、置けるように揃えてくれると助かるわ。」
「嫌ですって、母上。晴海、いらないからな。」
「妃殿下、承りました。紫鷹殿下は、少々頭をお冷やし下さい。燵彩、灯草(ひぐさ)、藤夜様、後ほど日向様の鍛錬についても改めて検討いたしましょう。」
はい、とうなずいたものの、不安はまた沸き起こる。
数日前の日向王子の姿は、やはり苦しい。
そんな重い気持ちを、目の前の皇子が薙ぎ払っていく。
「母上、嫌です。俺がいい、」
「はいはい、紫鷹さん。お母さまが聞いてあげますから、皆さんのお邪魔はしないようにねえ」
「母上!」
真っ赤な顔の皇子。
取り囲む皆の視線がやさしい。
久しぶりに、なんか笑えた。
「身体守護、」
「媒介を用いずに?」
「ええ、」
燵彩(たちいろ)の言葉に、集った全員が息をのんだ。
無意識のうちに、右耳に刺した石に手が触れる。俺の身を守護する術式が込められた玉(ぎょく)。
日向王子の魔力暴走に関する調査報告と検討の場に、俺も呼ばれた。
紫鷹と日向王子の両方に俺は関わりが深い。だが、気は重かった。
頭の中に、今もあの幼い王子の姿がこびりついている。恐怖に染まった目で俺を見ていた。
あの姿を見るのが、――日向王子の中に巣くう痛みと恐怖を見るのが――俺は恐ろしい。
燵彩の言葉は、その恐れをさらに濃く、塗り固めていく。
「部屋を破壊したのは、水と風の魔法の暴走です。その暴走から身を守ったのが、無意識に発動された身体守護かと。おそらくは、魔力枯渇の原因がそれでしょう。」
日向王子の魔力暴走の詳細を追ったのは、離宮を守る「草」。
燵彩を筆頭に組まれた調査班は、暴走の痕跡をあらゆる方法で調べ上げた。
当初わかっていたのは、何らかの水と風の魔法を使ったこと。媒介や他者の介入の痕跡がなく、日向王子一人で起こした事故であったこと。それが、両隣の部屋を破壊するほど、大きな力であったこと。
その力を逃れ、無傷で助かった理由は分からなかった。
それが、身体守護の術?
体の芯から、震えが生じる気がした。恐れ、畏怖、不安。
俺は、生涯かかっても、媒介も術式も用いずに、この術を使える気がしない。そんなことは思いつきもしない。
「どうも日向さんは、魔法が見えていらっしゃるようだったわ。それと関係がある?」
「ええ、妃殿下。日向様は、おそらく見ることで、我々の用いる魔法を習得されています。それも意識なさらずに。水と風の魔法も同様です。魔力暴走から身を護るために身体守護の術を発動したのも、意識の関わらない反射かと。」
「まあ、」
董子殿下が、唖然としたように口を開け、抑える。
隣に座った紫鷹も、驚いたように目を見張った。
「育った環境がそうさせるのだと思います。日向様はすべて、ご自分で学ぶ必要があったのでしょう。ご自身の意識にかかわらず、見ること、聞くこと、感じることで、学ばれております。」
育った環境。
床に縋り付いて謝らなければならなかった環境。そうしなければ、どのような目にあったというのだろう。全く知らないわけではない。俺も草が書いた日向王子の調査書は読んだ。だが、それがすべてではないだろう。
誰に教えられるでもなく、必死に見て聞いて、生き抜いてきた。生きるために本能のままに魔力を用いた。―――その生活が、日向王子の中では今も続いている。
そうだ、あの王子は、いつも俺たちの会話を真剣に聞いて、じっとこちらを観察していた。
何を話しているのか、どんな時にどう受け答えするのか、言葉がもつ意味は何なのか、食事の仕方、服の着方、歩き方、魔法の使い方…。
入っているものの少ない日向王子の器の中には、あっという間にいろんなものが吸収されていった。
その姿に感心していた。同時に、少しの不安を覚えた。それが、今、恐れに変わっている。
燵彩が、苦渋の表情を浮かべて進言する。
「水と風の魔法は、ご自身が進んで使われたものですが、無意識で身体守護のような高位魔法を用いられるとなると、いつ何時同じようなことが起こるかと危惧しております。妃殿下と紫鷹殿下の御身を守るためにも、早急に対策を練らねばなりません。」
「日向を、」
紫鷹が声をあげる。焦っている。怒りも混じっていた。
「危険だと、いうのか。」
「妃殿下と紫鷹殿下――日向様ご自身のためにも、そのような前提に立つ必要があると考えております。」
「日向は、」
「紫鷹さん、落ち着きなさい。日向さんを守るために必要なお話です。何も傷つけたり、拘束しようというわけではないわ。安全を確保することが最優先、そのうえで、日向さんにどのように魔力制御を身に着けてもらおうか、というお話よ。」
「俺は離れませんよ、」
「――わかっています。」
董子殿下は、穏やかにほほ笑み、紫鷹の背中をなでる。
いつもなら嫌がる紫鷹が、すがるような目で妃殿下を見ていた。その姿がひどく子供じみていて、ああそうか、俺たちは周囲から見ればこんなふうに幼く見えるのかと、納得してしまう。
そうは言ってもなあ、紫鷹。
お前は皇子。守られる身だ。
どんなに望んだところで、日向王子の傍にお前がずっといることはかなわないし、お前が危険だというのなら、俺は秤にかけるでもなく、お前を守る。
晴海も、草の者も、騎士たちも、どちらかを選べと言われたら、迷いはしない。間違えない。
「晴海の考えは?」
「今後を考慮しても、まずは、日向殿下に直属の者をつける必要があると考えております。日向様がご自身で制御できるまでは、誰かがお守りせねばならないでしょう。」
それが妥当だと、俺も思った。
「え、嫌です。」
「紫鷹さん?」
思いがけず反対の声が上がって、思わず友をみやった。え、何、お前。
周囲の者も、先ほどまでの緊張をどこかにおいて、ぽかんと、皇子を見る。
董子殿下もあきれたような、驚いたような表情で、息子を見上げた。
当の本人は、周囲の目など忘れたかのようにわがままを言う。そう、これはわがままだ。
「日向の傍に誰かを置くというのでしょう、嫌だ。俺が守る。他はいらない、」
「あらまあ、困ったわねえ」
「嫌です、俺は」
「あらあら、まあまあ」
董子殿下がどこか嬉しそうだった。久しぶりの息子の駄々。
気づいているか、紫鷹。お前今、ここにいる全員に生暖かい目で見られているぞ。
俺もさっきまでの緊張やら不安やら恐怖やらが吹き飛んで、あきれている。お前、馬鹿だろう。
「晴海さん、何人か見繕っていただけるかしら。私からも推薦したい方がいるのだけど、常時、置けるように揃えてくれると助かるわ。」
「嫌ですって、母上。晴海、いらないからな。」
「妃殿下、承りました。紫鷹殿下は、少々頭をお冷やし下さい。燵彩、灯草(ひぐさ)、藤夜様、後ほど日向様の鍛錬についても改めて検討いたしましょう。」
はい、とうなずいたものの、不安はまた沸き起こる。
数日前の日向王子の姿は、やはり苦しい。
そんな重い気持ちを、目の前の皇子が薙ぎ払っていく。
「母上、嫌です。俺がいい、」
「はいはい、紫鷹さん。お母さまが聞いてあげますから、皆さんのお邪魔はしないようにねえ」
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久しぶりに、なんか笑えた。
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