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第壱部-Ⅵ:尼嶺の王子
75.藤夜 親友皇子の愛が深すぎる
紫鷹が握った煌玉(こうぎょく)が、半色(はしたいろ)に染まる。
覗き込んだひなの瞳が、煌めき出した玉の色を映した。
「しおうの魔力、きれい、ね、」
「日向にやるよ。煌玉は、いくらあっても良いだろう、」
「うん、」
紫鷹の差し出した煌玉を、ひなの白い手が受け取ろうとして、そのまま玉の重さで落ちる。
それを受け止めてやると、膝の上の温もりが、小さく震えるのを感じた。
そうか、紫鷹はいつもこれを受け止めていたのか。
「寝起きのひなに何を渡してんだ。こんなの俺でも重い、」
「とやも、おもい、がある?」
「あるよ。俺は扱いやすさも考えて選んだから、俺のあげた煌玉は軽かったろ?紫鷹は考えてないから、こんな重いものを選ぶ、」
「とやも、おもい、がある、はいいね、」
小さく、あは、と笑ったひなに安堵した。
膝の上の震えが消えている。
「おい、藤夜。日向を預けるとは言ったが、いちゃついて良いとは言っていないんだが、」
「はいはい、殿下。こっちに嫉妬している暇があったら、ちゃんと集中してください、」
「しおう、しゅう、ちゅう、」
いつもなら、俺や紫鷹、萩花(はぎな)、燵彩(たついろ)、灯草(ひぐさ)に囲まれて玉を操るのは、ひなだ。
今日はその位置に紫鷹がいて、物珍しさにひなは上機嫌だった。
つい10分程前までは、呼吸をしているのか不安になるほど、静かに眠っていたのに。
今は、ぴょんぴょんと跳ねて、すぐに膝の上からずり落ちそうになる。それを抱え直して抱くと、また嫉妬の視線が飛んできた。
「殿下、集中なさい。次は術式を組みます、」
燵彩の叱咤に、ようやく紫鷹の視線が、こちらを離れ、机の上に置かれた石に移った。
ひなの胸にいつも光る黄色い青巫鳥(あおじ)。その目に嵌め込まれた、緑色の玉。
「ひな、今から紫鷹が、あの目の玉に術式を組み込むから、よく見てな。」
「じゅつしき、」
「紫鷹の魔力で、あの中に術式を描くんだよ。式は複雑だから後で覚えればいいけど、紫鷹がどんなふうに魔力を操るかはよく見てごらん。勉強になるから、」
「うん、」
頷いた日向は、今度は前のめりになって、また膝から落ちかける。
その腹を捕まえて、引き寄せ支えた。
集中し出した紫鷹は、気づいてはいるだろうが、こちらへ視線を向けることはしない。
大事なひなの青巫鳥だもんな。
万が一にも壊せば、一生癒えない傷をひなは負うかもしれない。
それくらい、ひなが大事にしているブローチに、お前は今から身体守護の術式を描く。
ひなを守る加護を与えるために。
紫鷹がひなとの婚姻について皇帝陛下に強請ったのは、非公式の密会だったと聞いていた。
陛下と紫鷹と菫子殿下の3人が、親子の団欒と称して集まった場だったと。
だと言うのに、5日と保たず、半色乃宮に接触しようとする外野が煩くなった。
主に朱華(はねず)殿下だが、その動きに呼応するように甘嶺の動きも騒がしい。
おそらく皇帝陛下の側に、朱華殿下に近い者がいるのだろうと察する。おそらく密会の内容までは知られてはいないだろうが、半色乃宮が動き出したこと自体が、癪に触るようだった。
一度、朱華殿下の侵入を許したことのある離宮は、守りを固めた。今は皇帝陛下でさえ、容易にこの離宮には立ち入れない。
それでもひなにはいくら守りを重ねても、多すぎはしないだろう。ひな自身が、身を守る術を持たないし、また術式も媒体もなしに高度な魔法を発動させれば、次は命が危ういかもしれない。
なら、俺が守る、と当然のように紫鷹は言った。
「日向、ちゃんと見てるな、」
「見てる、」
「うん、」
頷いた紫鷹の魔力が、キンッと氷のように薄く透き通って固まる。
体にまとった氷が、次の瞬間には砕けて、結晶になった。
薄い紫色の氷の結晶。
その一つ一つに、意味がある。
腕の中のひなは微動だにしなかった。
紫鷹の集中を切らしてはならないことが、よく分かっている。
結晶が、一つ二つと青巫鳥の瞳に吸い込まれて言った。
その順番にも、吸い込まれた先の配置にも意味があることを、ひなは気づくだろうか。
次々に飲み込まれた結晶が、やがて一つの式となり、魔法を操る制御盤となる。
紫鷹の魔力に淀みはなかった。
氷の結晶がいつもより澄んで、いつもより明確なのがよくわかる。
人並み以上とはいえ、紫鷹は俺や騎士たちに比べれば、魔力制御は得意ではなかった。
それだというのに、ひなのためなら、ここまで磨けるのか。
「どうだ、安定しているか、」
「十分です。そのまま、固定させてください。」
「分かった」
術式は組んだ。
結晶の一つでも澱みがあれば、式は霧散する。
だが、薄く煌めく術式が、紫鷹のこれまで組んだ物の中で最高傑作だろうことは、一目瞭然だった。
紫鷹の魔力が薄く伸びて、術式を覆い、固定する。
それで完成でも良かった。
訓練すれば、ひなが紫鷹の術式を介して魔法を発動させることもできるだろう。
けれど、紫鷹はそこに自分の魔力を与えた。
ひなに万が一が起こった時に、紫鷹の魔力がその身を守れるように。
紫鷹自身の加護を。
キンッと高く響いて、全てが成った。
「いいよ、ひな。終わり、」
言えば、固まった体が解けて、くたりと前に崩れる。慌てて抱き留めた。
「ひな、」
「日向、」
ひなを呼んだ俺と紫鷹の声が重なる。
どちらを振り返るだろう、と少し期待した。敗北は分かっていたけれど。
おいで、と差し出した紫鷹の腕にひなを渡せば、紫鷹は人目も憚らずひなを抱きしめて首筋に口付ける。
紫鷹を見上げたひなの瞳は、嬉しそうだった。
「ちゃんと見えたか?」
「ぅん、しおうの魔力、やくそくした、」
「…何だ、約束って、」
「魔法とやくそく、守るのやくそく、魔法が、いいよ、って言った、」
どういう意味だ、と紫色の瞳が開かれる。
俺も同じだった。多分、燵彩と灯草も。
萩花だけが、そうですか、と呟く。
さすがに通訳が必要だと萩花を見るが、彼もまた少し戸惑っているようだった。
「日向様が魔法と呼んでいるのは、もしかして、紫鷹殿下の魂がつながる相手ですか?」
何だ、相手って。
何が見えているというのだろう。
「うん、」
「そう、ですか。え、っと、ちょっと驚きすぎて、私も理解が追いついていないのですが。… 以前、藤夜が魔力は魂と世界のつながりだと話していましたね、」
突然矛先が俺に向いて、少し混乱した。
「…ああ、魔法はそのつながりの間に起こる相互作用、だと。術式はそれを制御する制御盤で…、」
「その制御盤が、日向様のいう約束かと思います。魔法が世界のことを指すのだとしたら、日向様が魔力と言っているのは、魂の方ですか?」
「僕、ちがった?」
「いえ、私たちの方が認識違いをしていたんです。そうですね、燵彩さん、」
「ええ、少し考えを改める必要がありそうですね。灯草、早急に検討しましょう、」
「え、はい、」
混乱がすごい。
おそらく俺たちの言う魔力と魔法が、ひなの言うそれとは異なっていることだけは、ようやく理解した。
そして、それはとんでもないことだと言うことも。
「日向、あっちは燵彩たちに任せればいい。お前が魔法に聡いから、みんな勉強になってるんだよ、」
「僕、ちがわない?」
「ああ、違わない。日向がちゃんと俺の術式を見ていたのが分かって、嬉しい。」
こちらの混乱をよそに、紫鷹はひなの胸に青巫鳥のブローチをつけ、また口づけをした。今度は口に。
「日向を守ってほしいと術式をこめた。俺の魔力があるのわかる?」
「わかる、」
「お前が魔力と言っていたのが魂のことなら、俺の魂を日向にあげる。もらってくれるか?」
「うん、」
紫鷹の口づけがどんどん深くなって、元々力の抜けていたひなの体がどんどん弛緩していくのがわかる。
完全に自分の世界に持っていった紫鷹を、大人たちも見えているだろうに、誰も止めない。
こちらは、親友の溺愛シーンを見せられて、困っていると言うのに。
「羨ましいだろう、」
「いや、恥ずかしいよ、お前、」
「正直に言えばいいのに、」
紫鷹の腕の中で、ひなは目を閉じて動かない。眠ったのか。
本当に、体が限界なんだな。
親友はと言うと、俺に軽口を叩くくせに、唯理音(ゆりね)が持ってきた毛布を受け取ると、大事そうにひなを包んで、見たこともない瞳でひなを見る。
その表情は、羨ましいよ。
そんなに大事なものがあると言うことが、羨ましい。
同時に、俺の知らない親友の顔を見るのは、気恥ずかしい。
「さっきの、」
「うん?ひなの話か、」
「ああ、日向が言う魔力は魂の方なんだな?」
「確実ではないけど、多分そうだろうって話だよ、」
「だから、気配に聡いのか、」
「ああ、なるほど、」
妙に納得した。
道理で、ひなの言う「けはい」が俺たちの感じる魔力の気配と異なるわけだ。
紫鷹が泣きそうだとか、ひなへの好きがだだ漏れとか、そんなこと俺たちには分からない。
紫鷹の執着がだだ漏れなのは、態度で一目瞭然だとしても。
苦手な魔力制御もひなのためなら、魔術師レベルに磨けるんだもんな、お前は。
「いつもの鍛錬もあれくらい集中しろよ、」
「毎回は無理。日向のためだからできた、」
「普段の鍛錬が、ひなのためになるんだろ、」
「なるほど、ならやれるか、」
重症だな、お前。
ひなという理由一つで、何年も燻っていた魔力制御を磨き上げられるし、鍛錬に身が入るというなら。
ひなという理由一つで、国を一つ獲ろうとも考えるかと、納得させられる。
「聞いたか、萩花、」
「ええ、聞きましたよ。明日の鍛錬、考えておきますね、」
「…おい、」
とりあえず、恋の力でも愛の力でも何でも利用させてもらおう。
お前が国獲りをするというのなら、身も心もいくら磨いても損はない。
お前からしたら、理不尽なやり取りだろうに、声を荒げないのは腕にひながいるからだろう。
成長したのか、愛の力なのか。
なら、その力で、存分に頑張ってくれ。
覗き込んだひなの瞳が、煌めき出した玉の色を映した。
「しおうの魔力、きれい、ね、」
「日向にやるよ。煌玉は、いくらあっても良いだろう、」
「うん、」
紫鷹の差し出した煌玉を、ひなの白い手が受け取ろうとして、そのまま玉の重さで落ちる。
それを受け止めてやると、膝の上の温もりが、小さく震えるのを感じた。
そうか、紫鷹はいつもこれを受け止めていたのか。
「寝起きのひなに何を渡してんだ。こんなの俺でも重い、」
「とやも、おもい、がある?」
「あるよ。俺は扱いやすさも考えて選んだから、俺のあげた煌玉は軽かったろ?紫鷹は考えてないから、こんな重いものを選ぶ、」
「とやも、おもい、がある、はいいね、」
小さく、あは、と笑ったひなに安堵した。
膝の上の震えが消えている。
「おい、藤夜。日向を預けるとは言ったが、いちゃついて良いとは言っていないんだが、」
「はいはい、殿下。こっちに嫉妬している暇があったら、ちゃんと集中してください、」
「しおう、しゅう、ちゅう、」
いつもなら、俺や紫鷹、萩花(はぎな)、燵彩(たついろ)、灯草(ひぐさ)に囲まれて玉を操るのは、ひなだ。
今日はその位置に紫鷹がいて、物珍しさにひなは上機嫌だった。
つい10分程前までは、呼吸をしているのか不安になるほど、静かに眠っていたのに。
今は、ぴょんぴょんと跳ねて、すぐに膝の上からずり落ちそうになる。それを抱え直して抱くと、また嫉妬の視線が飛んできた。
「殿下、集中なさい。次は術式を組みます、」
燵彩の叱咤に、ようやく紫鷹の視線が、こちらを離れ、机の上に置かれた石に移った。
ひなの胸にいつも光る黄色い青巫鳥(あおじ)。その目に嵌め込まれた、緑色の玉。
「ひな、今から紫鷹が、あの目の玉に術式を組み込むから、よく見てな。」
「じゅつしき、」
「紫鷹の魔力で、あの中に術式を描くんだよ。式は複雑だから後で覚えればいいけど、紫鷹がどんなふうに魔力を操るかはよく見てごらん。勉強になるから、」
「うん、」
頷いた日向は、今度は前のめりになって、また膝から落ちかける。
その腹を捕まえて、引き寄せ支えた。
集中し出した紫鷹は、気づいてはいるだろうが、こちらへ視線を向けることはしない。
大事なひなの青巫鳥だもんな。
万が一にも壊せば、一生癒えない傷をひなは負うかもしれない。
それくらい、ひなが大事にしているブローチに、お前は今から身体守護の術式を描く。
ひなを守る加護を与えるために。
紫鷹がひなとの婚姻について皇帝陛下に強請ったのは、非公式の密会だったと聞いていた。
陛下と紫鷹と菫子殿下の3人が、親子の団欒と称して集まった場だったと。
だと言うのに、5日と保たず、半色乃宮に接触しようとする外野が煩くなった。
主に朱華(はねず)殿下だが、その動きに呼応するように甘嶺の動きも騒がしい。
おそらく皇帝陛下の側に、朱華殿下に近い者がいるのだろうと察する。おそらく密会の内容までは知られてはいないだろうが、半色乃宮が動き出したこと自体が、癪に触るようだった。
一度、朱華殿下の侵入を許したことのある離宮は、守りを固めた。今は皇帝陛下でさえ、容易にこの離宮には立ち入れない。
それでもひなにはいくら守りを重ねても、多すぎはしないだろう。ひな自身が、身を守る術を持たないし、また術式も媒体もなしに高度な魔法を発動させれば、次は命が危ういかもしれない。
なら、俺が守る、と当然のように紫鷹は言った。
「日向、ちゃんと見てるな、」
「見てる、」
「うん、」
頷いた紫鷹の魔力が、キンッと氷のように薄く透き通って固まる。
体にまとった氷が、次の瞬間には砕けて、結晶になった。
薄い紫色の氷の結晶。
その一つ一つに、意味がある。
腕の中のひなは微動だにしなかった。
紫鷹の集中を切らしてはならないことが、よく分かっている。
結晶が、一つ二つと青巫鳥の瞳に吸い込まれて言った。
その順番にも、吸い込まれた先の配置にも意味があることを、ひなは気づくだろうか。
次々に飲み込まれた結晶が、やがて一つの式となり、魔法を操る制御盤となる。
紫鷹の魔力に淀みはなかった。
氷の結晶がいつもより澄んで、いつもより明確なのがよくわかる。
人並み以上とはいえ、紫鷹は俺や騎士たちに比べれば、魔力制御は得意ではなかった。
それだというのに、ひなのためなら、ここまで磨けるのか。
「どうだ、安定しているか、」
「十分です。そのまま、固定させてください。」
「分かった」
術式は組んだ。
結晶の一つでも澱みがあれば、式は霧散する。
だが、薄く煌めく術式が、紫鷹のこれまで組んだ物の中で最高傑作だろうことは、一目瞭然だった。
紫鷹の魔力が薄く伸びて、術式を覆い、固定する。
それで完成でも良かった。
訓練すれば、ひなが紫鷹の術式を介して魔法を発動させることもできるだろう。
けれど、紫鷹はそこに自分の魔力を与えた。
ひなに万が一が起こった時に、紫鷹の魔力がその身を守れるように。
紫鷹自身の加護を。
キンッと高く響いて、全てが成った。
「いいよ、ひな。終わり、」
言えば、固まった体が解けて、くたりと前に崩れる。慌てて抱き留めた。
「ひな、」
「日向、」
ひなを呼んだ俺と紫鷹の声が重なる。
どちらを振り返るだろう、と少し期待した。敗北は分かっていたけれど。
おいで、と差し出した紫鷹の腕にひなを渡せば、紫鷹は人目も憚らずひなを抱きしめて首筋に口付ける。
紫鷹を見上げたひなの瞳は、嬉しそうだった。
「ちゃんと見えたか?」
「ぅん、しおうの魔力、やくそくした、」
「…何だ、約束って、」
「魔法とやくそく、守るのやくそく、魔法が、いいよ、って言った、」
どういう意味だ、と紫色の瞳が開かれる。
俺も同じだった。多分、燵彩と灯草も。
萩花だけが、そうですか、と呟く。
さすがに通訳が必要だと萩花を見るが、彼もまた少し戸惑っているようだった。
「日向様が魔法と呼んでいるのは、もしかして、紫鷹殿下の魂がつながる相手ですか?」
何だ、相手って。
何が見えているというのだろう。
「うん、」
「そう、ですか。え、っと、ちょっと驚きすぎて、私も理解が追いついていないのですが。… 以前、藤夜が魔力は魂と世界のつながりだと話していましたね、」
突然矛先が俺に向いて、少し混乱した。
「…ああ、魔法はそのつながりの間に起こる相互作用、だと。術式はそれを制御する制御盤で…、」
「その制御盤が、日向様のいう約束かと思います。魔法が世界のことを指すのだとしたら、日向様が魔力と言っているのは、魂の方ですか?」
「僕、ちがった?」
「いえ、私たちの方が認識違いをしていたんです。そうですね、燵彩さん、」
「ええ、少し考えを改める必要がありそうですね。灯草、早急に検討しましょう、」
「え、はい、」
混乱がすごい。
おそらく俺たちの言う魔力と魔法が、ひなの言うそれとは異なっていることだけは、ようやく理解した。
そして、それはとんでもないことだと言うことも。
「日向、あっちは燵彩たちに任せればいい。お前が魔法に聡いから、みんな勉強になってるんだよ、」
「僕、ちがわない?」
「ああ、違わない。日向がちゃんと俺の術式を見ていたのが分かって、嬉しい。」
こちらの混乱をよそに、紫鷹はひなの胸に青巫鳥のブローチをつけ、また口づけをした。今度は口に。
「日向を守ってほしいと術式をこめた。俺の魔力があるのわかる?」
「わかる、」
「お前が魔力と言っていたのが魂のことなら、俺の魂を日向にあげる。もらってくれるか?」
「うん、」
紫鷹の口づけがどんどん深くなって、元々力の抜けていたひなの体がどんどん弛緩していくのがわかる。
完全に自分の世界に持っていった紫鷹を、大人たちも見えているだろうに、誰も止めない。
こちらは、親友の溺愛シーンを見せられて、困っていると言うのに。
「羨ましいだろう、」
「いや、恥ずかしいよ、お前、」
「正直に言えばいいのに、」
紫鷹の腕の中で、ひなは目を閉じて動かない。眠ったのか。
本当に、体が限界なんだな。
親友はと言うと、俺に軽口を叩くくせに、唯理音(ゆりね)が持ってきた毛布を受け取ると、大事そうにひなを包んで、見たこともない瞳でひなを見る。
その表情は、羨ましいよ。
そんなに大事なものがあると言うことが、羨ましい。
同時に、俺の知らない親友の顔を見るのは、気恥ずかしい。
「さっきの、」
「うん?ひなの話か、」
「ああ、日向が言う魔力は魂の方なんだな?」
「確実ではないけど、多分そうだろうって話だよ、」
「だから、気配に聡いのか、」
「ああ、なるほど、」
妙に納得した。
道理で、ひなの言う「けはい」が俺たちの感じる魔力の気配と異なるわけだ。
紫鷹が泣きそうだとか、ひなへの好きがだだ漏れとか、そんなこと俺たちには分からない。
紫鷹の執着がだだ漏れなのは、態度で一目瞭然だとしても。
苦手な魔力制御もひなのためなら、魔術師レベルに磨けるんだもんな、お前は。
「いつもの鍛錬もあれくらい集中しろよ、」
「毎回は無理。日向のためだからできた、」
「普段の鍛錬が、ひなのためになるんだろ、」
「なるほど、ならやれるか、」
重症だな、お前。
ひなという理由一つで、何年も燻っていた魔力制御を磨き上げられるし、鍛錬に身が入るというなら。
ひなという理由一つで、国を一つ獲ろうとも考えるかと、納得させられる。
「聞いたか、萩花、」
「ええ、聞きましたよ。明日の鍛錬、考えておきますね、」
「…おい、」
とりあえず、恋の力でも愛の力でも何でも利用させてもらおう。
お前が国獲りをするというのなら、身も心もいくら磨いても損はない。
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