ちんちろちん -辰陵編-

穂高ハジメ

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1話

1-1

 ビッ。と。

 風切り音と共に、相手の股間から鋭く伸びた一撃が、タクの肩口をかすめる。避けられたことに安堵の息をつく暇すらなく、さらに続けざまに一撃、二撃と相手の股間が追いすがってくる。今度はかわせない。

「ぐっ…!」

 胴への重い衝撃。

返す股間で頭を狙った追撃は、なんとかこちらの股間に合わせることができた。不格好ながらも受け流した相手の股間が、凄まじい熱量を頬に残して掠め去っていく。

 ちら、と審判を見やる。白旗が垂直に掲げられていた。どうやら先ほどの相手の一撃は有効のようだ。これでまた相手に3ポイント。

[Count:14‐6]

 試合開始数分でこの点差。ダブルスであるため、点数は隣で凄まじい鍔迫り合いを続ける相方との合算となっているものの、しかしこの二ケタを上回る大量失点のほとんどは、自分のものだ。

 相方のヤマモトはもう一人と激しい打ち合いを続けている。高く掲げた足を隠蓑にして、ヤマモトの股間が一瞬のうちにひらめいたかと思えば、その相手は上半身を一気にねじり、ヤマモトの一撃を紙一重に躱しきる。躱しざまに放たれたカウンター気味の一閃は、ヤマモトの股間が余裕をもって回し受け、さらにその隙を狙って一撃…。

 自分の相手がこちらで良かった。その背の低さと幼い顔立ちを見たところ、どうもこちらの相手は中学一年、下級生であるらしい。ゼッケンには油性マジックで書いたらしき、「タカハラ」という角ばった文字。

 ・・・どうでもいいが、字を見ただけで真面目クンだと分かるというのは中々のものだと思うがどうなのだろうか。正直、あまり関わり合いになりたくない手合いだ。正義感の強い学級委員長、といったところか。

 ちなみにヤマモトの相手の苗字は「ヤナギ」。ひょろりとした地味めな見た目の彼が、ここまで実力者だとは思わなかった。おかげでこちらが楽できないではないか。

 というか何故、一回戦で当たる相手程度がこんなに強いのか。事前に聞いていた話では、今回の試合は消化試合みたいなものだということであったはずなのだ。

 それが蓋を開けてみれば、このザマ。瞬く間にここまでの点差が付いてしまっていた。

(…いや)

 そもそも。

 そもそも、だ。

 現在進行形で試合の真っ最中ではあるものの、自分がこの競技のルールを知ったのが今日の朝のこと。いま自分が股間に装着しているこの競技用具に触れたのに至ってはつい半刻前が初めて。

 経験者相手に勝てるわけがないのだ。

(ヤマモト、は…)

 縋るような視線をやるも、あちらはあちらで予想外の苦戦の真っただ中だ。目が合うはずもない。

「試合中よそ見なんて、余裕綽綽ですねっ…!」

 ほらきた。

 タカハラ改め真面目クンの突き上げを、もうほとんど勘だけで躱す。躱したところに、追撃ひとつ、ふたつ。

    さっきと同じパターン。

 同じ、なのは分かるのだが、どうすればいいのかは分からない。分からないから受けるしかない。

 また胴に一撃。これで17‐6…いや、17‐9か。

    どうやらヤマモトがやり返したらしく、いつの間にやらこちらもカウントが3増えていた。点差は変わらないものの、相変わらず厳しい状況。

    陰道、高知県団体戦大会Bブロック第一回戦、辰陵中学校対花鳥中学校は白熱した闘いを見せているようだった。タク一人をポツンと取り残して。

 というか感覚が麻痺しかけていたが、なんだ「陰道」って。何がどうしてこんな…股間に装着した巨大ペニスバンドでしばき合うなどという、意味不明な競技が生まれてしまったのか。

 何だかもうとにかく、意味が分からないなりに、一方的にしばかれたままでいるのもしゃくなので、タクもしばき返しにいく。カウンター気味にまた股間でつつかれる。つつき返してはまた脳天に良いのを一発もらう。22‐8…これで14点差となった。

 息をもつかせぬ股間の応酬。だんだんハイになってきたのか、ついにはクフ、クフフフ…という妙な笑い声が自身の口元から漏れ出はじめた。笑いながら腰を振るう。受け流され、顔面に真面目クンの股間が突き刺さる。その横では、気合一閃、ヤマモトが股間をヤナギの腹部へ叩き込んでいた。

   この混沌の只中にタクが置かれることとなった、その発端。

    それは十八時間前にさかのぼる。



 ●




「すまんタク!なんとか試合に出てくれんか!」

 ただでさえ暑いこの季節、柔道部も真っ青の巨漢にこうも近くに寄られてはたまったものではない。現に互いの鼻の頭にはポツポツと汗の玉が浮き始めている。

 鼻の頭に触れんばかりに迫った友人のニキビ面と顔を突き合わせてかれこれ数十分。瀬戸内拓海は困り果てていた。

 ことの発端は目の前のこの友人、ヤマモトが所属する「陰道部」の一人が骨折したということだが、これがどうして、今日は年に数度の団体戦大会の前日だという。

 さらに言えば、我が辰陵中の陰道部、その部員数は大会参加資格である四名ギリギリ。当然、欠員が一人でも出てしまえばもう、大会には参加できない。

    陰道においては強豪校が居ないことで知られる高知の中でも、とりわけ弱小部だということなのだろう。

「頼む!どうしても大会に出たいんじゃ!力を貸してくれ!」

「そうはいってもなぁ…俺はその、陰道部?とやらには入ってないだろ」

 この辰陵中に入学して早一年と少し。タクは帰宅部としての生活を満喫していた。当初はバスケ部に入っていたのだが、少し事情があって、やめた。

 ともかくここ一年。放課後になれば、即駐輪場へのダッシュ。三十分少々の坂道を一息にこぎ切り、自宅の二階へ飛び込めば、あとはゲーム、ゲーム、ゲーム…。

 ランカーは忙しいのだ。

「試合に登録もしてないのに出場はできないと思うんだけど」

「大丈夫じゃ!登録はしとる!」

 えっ。

「えっ?」

「…あっ」

 一瞬、ヤマモトの顔が「あっヤベッ口滑らせた」と言わんばかりにしかめられた気がした。

 タクはすかさず、がっしと掴みこんだ。

 顔を。

「くわしく話せ」

「…タク、痛いぞ」

「痛くしてるんだ。いいから話せ」

 ギリギリと力を込めていくとヤマモトは小さく悲鳴を上げた。

「にっ、二年になった当初、愛媛の無名中学校が地方大会で優勝したんじゃが、そこの部長の苗字がタクと一緒でな」

「ほう」

「おんなじ『瀬戸内』って名前だしこいつも強いに違いない!つってタクを勝手に部員登録したんじゃ。ノリで」

「ノリで」

「おう、ノリでの。そんで…痛い痛い痛い!」

「それで?まだ続きがあるのか」

 ヤマモトはもはや締められる間際のタコのような様相でのたうち回っていたが、絞り出すような声で続けた。

「大会にも…毎回タクの名前で五人目をエントリーしてました…『高知の辰陵中には幻の五人目が居る』って少し噂になってた時期もあります…」

「…。」

 ギリギリギリ…パキンッ!

 案外軽い音と共に、ヤマモトは動かなくなった。

「バーター、ねぇ…。」

 冗談半分で勝手に名前を使われていたのも気に食わないし、ルールもよく知らないスポーツの代役など気が乗ろうはずもない。

 だが。

 死体と化したヤマモトから微かに聞こえてきた「報酬は…エロDVD三枚…」という呟き。これを無視できる男子中学生などそうは居ないだろう。男の友情は堅いしエロの力は更に強い。



「脚フェチもので頼む」



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