ちんちろちん -辰陵編-

穂高ハジメ

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1話

1-2

 翌日。

 柄にもなく、早くに目が覚めてしまったタクは、ソワソワと不必要なまでに入念なストレッチ体操などを行っていた。

「拓海―、山本君が来たわよー」

 階下からの母親の声に、傍らに纏めておいた荷物をひっつかんだタクは、階段を一段飛ばしで駆け下りる。

「おう」

「よっす」

「…あー、マジで俺も試合に行くのか…怠いなーマジ怠い」

 この辺りの強がりと謎アピールが、男子中学生が男子中学生たる所以といえよう。彼らは、守るべき体裁のためには言わなくとも良い台詞を多々発してしまうという残念な習性をもつ。

「今日はすまんの、無理言って」

「いーよいーよ。その代わり報酬のブツ、頼むぞ」

「ああ、任せぇ。極上のを用意しといた」

 逆光のせいだろうか、力強く頷くヤマモトの姿はやたらと頼もしく見えた。



 大会が行われる会場は県の中心、ここらの中学生たちには一般に「市内」と呼ばれている、県庁所在地にある。タクたちが住む辰陵地区はかなりの外れにあるため、会場に行くだけでも電車とバスを乗り継いで三時間以上は優にかかる。

 片田舎のボロ中学校に専属の送迎バスなどあろうはずもなく、どの部活においても現地集合は基本中の基本。当然と言えば当然ではあるのだが、中学生なりにどうも釈然としないものは感じたりもする。

「ヤマモトー、これあと何駅?」

「んー…あと五駅ぐらいじゃろ」

 しばらく乗った気がしたのだが、まだまだ目的地は遠い。タクは抱え直そうとした荷物を、そのままそっと足元へ下ろした。

「そうだ、陰道のルールを確認したいんだけど」

「おう、そうじゃ。諸々の説明をせにゃならんのじゃったな。すっかり忘れとったわ」

「…おい」

 そげに怖い顔をするない、と手を振ったヤマモトは、自身のバックパックからリーフレットを取り出した。表紙には赤の太字ででかでかと【まるわかり!ちんちろちんルール大全】と書かれている。

(…。)

 リーフレットの随所に、どう見ても男性器にしかみえないポップなイラストが散りばめられているのは…気にしないことにした。市役所のチラシなんかでよく見たことのある絵柄だった。

「この…ちんちろちん、ってのは?」

「陰道の俗称。色々と由来もあるが…まあ詳しいことはまた今度じゃの。今はこれを見とくれ」

「おう」

「この紙に大まかなルールが書いとる。分からんところがあれば聞いてくれ」

 手渡されたリーフレットを見ると、なるほど、陰道のルールと反則事項が簡単に纏められていた。曰く、




・用いるシャフトは、協会が規定する規格に従うこと
・シャフトは、股間部に着用したベースバンドへしっかりと固定すること
・肘から先と膝から先へのヒットは〈有効〉とし1p
・腰から上の胴と頭へのヒットは〈急所〉とし3p
・試合終了時点でポイントの多い方を勝利とする
・11m四方の枠から出ると反則
・手足を用いた直接的な接触は反則
・審判の判定に従うこと
・etc...



 細かいルールになるとさらに細々と書かれてはいるが、大まかなものとしてはこんなところだろうか。

「そこに書いとる『シャフト』ってのが、剣道でいうところの竹刀みたいなもんじゃ。ようはそれ使って相手をしばき倒した方の勝ち!じゃな」

「しばく、って。脳筋丸出しの台詞だなそれ」

 こう見えて学力は学年トップレベルなのだ、このヤマモトという男は。全身筋肉ダルマなこの男の、いったい何処にそれだけの脳みそが詰まっているのか。この世は不思議で満ちている。

 ともかく。

「あ。シャフトとか…そのシャフトを固定する『ベースバンド』?とか。俺、用具はなんにも持ってないぞ。貸してもらえるのか?」

「大丈夫じゃ、手配はしとる。今回欠場する小倉くんの装備一式を使ってもらうことになるんじゃが…ちょっと汗臭いが我慢してくれな」

「ああ、それはもちろん」

 股間から垂れた汁を共有するという、考えるだにおぞましいシチュエーションではあるが、背に腹は代えられない。男は脚フェチ向けエロDVDの為なら羅刹にだってなれるし兄弟をも殺す。

(…。)

 しかしだ。

 …昨夜から考えていたことだが、この過酷な労働の報酬が果たしてエロDVD三枚などというちっぽけなものなどで良いのだろうか。

 昨日はつい脊髄反射的に返事を返してしまったが…。エロDVDってなんだエロDVDって。動機が小さすぎないか。

 そもそもが「エロDVD」という単語自体が言い辛いのだ。エ・ロ・ディという初め三音の舌の動き。前・後ろ・前。言い辛いことこの上ない。

「何ぞ分からんところでもあったか?」

「あっ?ああ…いや、大丈夫」

 頭に浮かんだ迷いは、報酬の呼称をエロDVDからスケベDVDへ変更することで解決させておいた。

 ともかく。

 ここまで来た以上は最後まで付き合うしかないだろう。ヤマモトはタクの数少ない友人であるし、なにより一度交わした約束を違えるのは格好が悪い。なによりもまず見栄を優先させがちなタクにとって、それはどうしても避けるべき問題なのだった。

 タクは、手のひらで頬をパンっとひとつ叩いて立ち上がる。電車は、緩やかにブレーキを踏んで停車するところだった。

「ヤマモト、着いたみたいだぞ」

「おっ?…おお、ホンマじゃ」

 慌てて荷物を担ぎ上げるヤマモトの手元を見て、ふと気が付いた。手のひらに一枚、甲には三、四枚…。絆創膏だらけだ。

 今日のために練習を重ねてきたのだろう。

 …当然か。帰宅部としてのんべんだらりと適当な日々を送ってきた自分などとは違うのだ。

「凄いのう、ここは三番線まであるんか!なあタク」

(…。)

「タク?」

 自堕落な自分に、まだ「青春」と呼ばれるべきものへの憧れが残っていたことに、少し驚く。

 まあ、だからといって何をどうということもない。

 ・・・ないのだが、まあ一応。ヤマモトたちの足を引っ張るだけという結果にだけは終わるまいと、心の中に呟いておいた。

 逃げ回ったっていい。時間切れを狙うのもいいだろう。

 引き分けに、持ち込むのだ。

 そうすれば、この団体戦。ヤマモトたち次第で、勝ちの目は十二分に出てくるはずだ。だからこそ、ヤマモトもタクを半ば強引に試合に巻き込んだのだろう。

 勝てば、進める。この自分が、誰かの一歩に貢献できるのだ。

 なんだか、胸が躍る。

 こんなにもワクワクしたのは数年ぶりかもしれない。タクはひとつ息を吸い込み、少し震える手で荷物を担ぎ直した。

「…何でもない。うし、行くぞ」

「おう!」





 駅を出て数分で道に迷った。


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