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2話
2-1
『えー…それでは。各チームの代表者は、対戦相手とのオーダー表の交換を行ってください』
アナウンスと共に、部長が花鳥中学の代表者と何やら紙きれを渡し合う。・・・そしてガッチリと握手。
こちらの部長も決して小柄という訳ではないのだが…それでも、向こうの規格外の体格と向かい合うと、見上げる形になる。何を食えばあんなにデカくなるのだろう。セノビッ●か?
「でっか…」
思わず漏れたタクの呟きに、ヤマモトがこれまた呟くように答えた。
「あそこは、何年か前からスポーツで生徒を取るようになってしもうての…。正直ワシはどうかと思うんじゃが」
スポーツ推薦か。ならあのゴツい面々が揃っているのも納得できる。
「ちなみに、いま交換した『オーダー表』ってのは何?」
「ああ、あれは先鋒に誰々を、次鋒に誰々を出しますよーってのを書いた紙ですね」
これには反対側から小倉くんが答えてくれた。
どうでもいいが小倉くん、横から見ると更にイケメン度が増しているような気がする。鼻の高さが強調されるからだろうか?
鼻の高さは股間のイチモツの大きさに比例するという話を聞いたことがあるが、そうするとこいつは顔もブツも平均以上ということになるのだろうか。
嗚呼、やはり天は一物も二物も与えたもうたのだ。イチモツだけに。
「ちなみに、こっちのオーダーは先鋒が部長、次鋒が林、ダブルスがワシとタクじゃな。副将戦と大将戦はうちの人数不足で不戦敗扱いじゃ」
ふむ。
…ふむ?
「…え、じゃあこっちは最初から二敗してるってことか?」
「そうじゃの」
「そう、じゃの…って…」
あっさり言ってのけるが…。
全部で五戦の陰道団体戦、開始時点で黒星がふたつということは、先鋒、次鋒、そしてダブルスのどれか一つにでも負けが付いてしまえば、その時点で自動的に辰陵中の敗退が決定するということだ。
「…いや俺…ホントに、めっちゃ軽い気持ちで来ちゃったんだが…」
まさかこんなギリギリの勝負に駆り出されているとは思いもしなかった。あんなゴツい奴ら相手に生まれて初めてのスポーツでやり合えるとは到底思えない。装備をつけるどころか見たのすら初めてなのだ。勝てるはずがない。まただ。自身の考えの無さで、また迷惑をかけてしまう…。
前の部活を辞めた時もそうだった。そうだ。あの時も、自分の慢心のせいでチームは負けてしまった。タクの脳裏に、あの日の、元チームメンバーたちの冷たい目つきがフラッシュバックする。
…あ。心なしか、胃が、軋んで―――。
「だぁいじょうぶ、じゃいっ!」
丸めかけた背中をバシリと叩かれ、タクは弾かれるように振りむいた。
「いや大丈夫もクソも…」
「大丈夫じゃ。大丈夫」
普段通りの、能天気な声音。普段通りの楽観的な言葉。
だが、長い間連れ添った親友の、この不敵な笑みだけは初めて見た。
「勝てばええんじゃ。安心せい。ワシが、勝つ」
「―――っ」
はたかれた背中から、じわりと熱が広がった。
●
部長が戻ってくる。
「部長、明るい顔してるねー。この感じだと向こうのオーダーは予想通りかなー」
林が呟くが、正直タクには表情の違いが分からない。
変わらず仏頂面にしか見えないが…。強いて言えば、眉間のシワが一本減った…?いや気のせいか。
『えー…交換は終わったようですね。あー…では、気をつけ。礼』
再度の礼。
観客席からパラパラとまばらな拍手が沸いて、辰陵中先鋒を務める部長こと武蝶聡が前へ進み出る。提げる得物は細くも太くもない、良くも悪くも中庸といった風のシャフト。
一般的な中学生よりはいくらか身長の高い武蝶が扱うには、少々細身すぎるような印象である。
対する花鳥中サイドから進み出たのは、やはり先ほどの、一際体格のいい角刈り男。こちらの部長とオーダー表を交換していた筋肉ダルマである。身長2mありますと言われても違和感がないほどの、この威圧感。そこらのプロレスラーでもここまでの筋肉はつけないのではないだろうか。
筋肉の鎧の中央に携えるは、部長のそれの、優に倍はあろうかというほどの巨大な肉塊。…いや、樹脂か。樹脂の塊り。
それはシャフトと呼ぶにはあまりに大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎて云々。そんな感じ。
「先鋒戦、やはり向こうもリーダーを出してきましたね…。はいこれ、部長から。向こうのオーダー表です」
小倉くんが差し出した紙切れを、ヤマモトや林とともにのぞき込んではみたものの、やはりというか、よく分からない。
唯一分かったのは、あのむさくるしい筋肉ダルマの名前が大殻力とかいうゴツいものであるということくらいか。
名は体を表すとはこのことであろう。
「俺の相手は…牛飼くんかー。部長の予想はどんぴしゃだねー」
横べからオーダー表をのぞき込んだまま、林が嬉しそうに笑う。表情に緊張の色はない。その口ぶりからして、対策はバッチリのようだ。
「…試合が始まるのう。タク、あの白線が見えるかの?」
「ん?…ああ。あれから出ると反則か」
「そうじゃの。今回はシングルじゃから11m四方の白線になる。ワシらの時はダブルスじゃから…あれじゃな。あの赤色で引かれた線が境界線じゃの。17mじゃ」
ヤマモトの示す先を見やれば、なるほど、白線の枠を囲むようにして、赤色の線が引かれているのが分かった。細身のビニールテープで、ところどころ剥げかけている。
「思ったより広いんだな」
「実際にあの場に立ってみるとそうでもないですよ、先輩」
「じゃの」
・・・そんなものか。こればっかりは実際に体感してみないと分からないのだろう。
「そういえば、試合前の詳しい流れを教えてなかったのう」
「ん?ああ、確かに」
知らなくとも何とかなるような気がしていたが、やっぱりマズいのだろうか。礼して、始め。股間を振るって、礼。終わり。漠然とそんなイメージだった。
「まずは、礼じゃの。これは審判の号令に従う」
ヤマモトの言葉通り、白い枠の内側では、武蝶と大殻が互いに礼を交わす。そのまま両者は歩み寄り…。
「…おい」
「なんじゃ」
なんじゃ、じゃないが。
「なんであの二人はお互いのシャフトを握り合ってるんだ」
肩が触れあうほどに近づいた二人は、互いのシャフトをがっしと握り合い、しげしげと覗き込んでいた。
ぶつからないように上半身をずらし合い、息がかかるような近さで相手の股間を凝視し、その重さを確かめるようにポンポンと軽く押し上げる。ぐっ、と押し込んではチラリと相手の表情を確かめ、丹念に撫でまわす…。
「あれはですね先輩、相手のシャフトのタイプや状態を確かめているんです」
卓球でいうラケット交換みたいなものだろうか。絵面は完全にボーイズラ…いや、官能的なアレのアレだが。
キツい。直視に堪えない。だが恐らく、試合に臨む上では非常に重要なことなのであろう。見た目はアレでも両者の表情は硬い。マジな表情であれをやっているから尚キツいという話もあるが。
「…シャフトに、タイプがあるのか?」
吐き気を堪えながらもなんとか白線の向こうから視線を外しきったタクは、小倉くんに疑問を投げかけた。
「もちろんです。あくまで陰道協会の規定内ではありますが…その重さ、太さ、長さなどは個々人で細かくカスタマイズされたオーダーメイドを用いる選手がほとんどですね」
既成のものと比べると少し値段は張りますけど、と苦笑ひとつ。
「ある程度長くやっていると、シャフトを触るだけでその持ち主の得意とする戦法や戦術を読み取れるようになりますよ」
「…ふむ」
「大まかにはパワータイプ、スピードタイプ、カウンタータイプの三つに分けられることが多いの。細分化していくとキリがない。スピードタイプだけでも速攻逃げ切り型やら攪乱型やら…まあ、いろいろじゃ」
確かに、試合前に相手の出方がある程度予測できているか否かではだいぶ差がありそうだ。カウンターが得意な相手へ馬鹿正直に特攻をかます…なんてのは、むざむざ得点をプレゼントしにいくようなものなのだろう。たぶん。
と、視覚的暴力の嵐を周囲に振りまいていた武蝶と大殻がようやくその手を離し、距離を取りはじめた。そのまま両者はビニールテープで描かれたバツ印の上で立ち止まり、向かい合う。
「…始まりますね」
奥に控えていた審判のひとりが、二人の間へ立つ。
途端、
「…っ」
両者から発される威圧感がさらに増した。背筋に何か冷たいものが這い回るような感覚。
「凄まじい気迫でしょう。うちの部長も、あちらの部長も、どの地方大会でも常にベスト8に食い込む猛者。…正真正銘、強者同士のぶつかり合いですよ」
いやこれ地方大会ベスト8如きが出せる威圧感じゃないだろとかいうツッコミは不発に終わった。
審判が高々と振り上げた手旗を振り下ろしたからだ。
いや。正確には。
手旗を下ろし切ったか切らないか、そんな数瞬の間に、丁寧に磨き上げられた黒塗りのシャフトが、その側頭部へ向けて振り抜かれていたからだ。
パァァアアアンッッッッッ‼
と、おおよそ人体の、それも頭部から聞こえてはいけない類の音が体育館中に響き渡る。
「……マジ、かよ…」
言葉を失うタクの目の前で、下ろされたばかりの審判のその右手が再び、高々と掲げられた。旗の色は白、判定は〈急所〉。
武蝶の身体が、グラリ、と傾く。
辰陵中 vs 花鳥中、先鋒戦。
その幕開けは、花鳥中の3点リードで飾られた。
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