ちんちろちん -辰陵編-

穂高ハジメ

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2話

2-2(2話完結)

 視界が霞む。やられた。


 愛用の銀縁メガネの弦を持ち上げつつ、武蝶は独りごちた。簡単な話だ。こちらが大殻の攻め手を読み、対策を施したように、あちらも自身への対策を打ってきた。ただそれだけ。

 ・・・何かしら仕掛けてくるとは思っていたが、まさかここまで単純な手だとは。単純すぎて思い至らなかった。流石は筋肉バカといったところか。

 とはいえ、あれほどの大振り。次の一撃が来るまでにはいくらか猶予があるはずだ。手に持った得物を振るう剣道などと比べ、股間に直接生やしたシャフトを扱う陰道はバランスを崩しやすい競技だ。強力で素早い一撃は、場面によっては重要な決め手となる一方、体幹を崩しカウンターの隙を生みやすい諸刃の剣。

(とにかくこの間に一旦距離をとり、体勢を立て直―――)

 ぼやけた視界の隅で、黒い何かが蠢いた。

「…っ!」

 直感だけで上体を伏せる。部長の背を舐めるようにして、大殻のシャフトが通り過ぎた。

「…今のを避けるか」

 思わずといったような低い声が聞こえるが、正直それどころではない。パワーが、スピードが、「去年」のデータとあまりに違い過ぎる…!

  そう、前にこの大殻という選手と試合ったのはちょうど一年前。当時から体格は飛びぬけていたが…流石にここまでの筋量は持ち合わせていなかったはずだ。


  ォンッ!ブオンッ!


  再び右に、左にと大振りが二つ。まだ辛うじて躱せてはいるが、これが果たしていつまでもつものか。この筋肉ダルマと体力勝負で勝てるとは、到底思えない。

「っく…!」

 肩口を掠めた。掠めただけでこの威力。体幹が持っていかれる。バランスの崩れたところに、足への一発。無防備に突き出してしまった腕に一発。軋む身体を鞭打ち、ほとんど意地だけで、カウンターに胴体を狙うも浅い。当たったのは右の手首。

「有効ッ!ニィ、イチッ!」

 審判の持つ手旗が鋭い風切り音を立てる。辰陵に一回、花鳥に二回。大殻の目がそちらへ奪われた一瞬の隙をついて、武蝶は大殻の股間圏内から抜け出した。

 カウントは5‐1 。立ち上がりから中々に厳しい点差をつけられたと、武蝶はそっと息を吐き出した。敗因はひとつ、相手を読み切れていなかったこと。明快。非常に明快。

 辛酸を舐めさせられた「あの大会」から一年。全国各地の様々な選手のデータを集めに集め、ひたすら分析とその対策を練ってきたつもりではあったが…まさか初戦からその努力が裏切られるとは。

「…一年前にやり合った時とはまるで別人・・・バケモノ染みた成長力だな。羨ましい限りだ」

「それだけの修練を積んできたまでのこと。まるで私の才能であるかのような言い草はやめていただきたい」

 一言、二言、言葉少なに交わしつつ、じり・・・じり・・・と間合いを詰めてはみるものの、飛び込むには至らない。隙が見当たらないのだ。

「…クソ」

 ひとつ毒づいた武蝶は、前傾ぎみの姿勢はそのままにゆったりとした動きで股間を揺らし始めた。右に、小さく左に、そして・・・右に。

「――ォォオオッッ‼」

 同時に上半身も右へ。しかし重心は左に。武蝶は裂ぱくの気勢とともに左方向へ飛び出した。


 フェイント。


 果たして、武蝶を迎え撃とうと振るわれた大殻の股間はあらぬ方向へと空振った。瞬く間もないほどの微かな、しかし確かな隙。


 叩くのは、今!


「―――ッラァ‼」

 股間をスライド。大殻の死角に滑り込んだ武蝶は、勢いそのままに右足を振り上げ、上体をのけ反らせるようにして強烈な一撃を叩き込む。


 上段。


「むぅッ!」

「…っ」

 先ほどの一撃へのお返しとばかりに唸りをあげた股間はしかし、横合いから伸びてきた大殻の太い腕に阻まれた。ゴッ、という鈍い音とともに巨木を殴りつけたかのような重い感触が腰に伝わり、武蝶は僅かに顔をしかめた。

「そうやすやすと3ポイントをくれてやるわけにはいかんのでな。許せ」


「…馬鹿が」

 僅かに笑みさえ浮かべて悠然と体勢を立て直そうとする大殻に吐き捨てるなり、武蝶は地に付けたままの左足を軸に、クルリと身を翻した。

 そう。先ほどの頭部への一撃。フェイントすら交えたあの攻めは、それすらもがフェイク。

 真の本命は、股間の奥に隠し込んだ、最後のこの一撃‼

「何⁉…いや虚仮威しだ、貴様も体幹は崩れきって…」

 筋肉ダルマが何やらほざいているが、無視。全神経を股間に注いだ今、ゴリラに構っていられるほどのキャパは武蝶に残っていない。

 そのまま半回転。大殻に対して完全に背中を見せる形になってしまったが…問題ない。奴の体勢が立ち直るには早くてあと0.038秒。十二分に間に合う。

 右足を振り下ろす。ダァンッッ、という激しい衝撃とともに、体内を新たなエネルギーが暴れ回る。右足に軽度の損傷。回復に要する時間は恐らく1分41秒09。だが問題ない。

 無秩序なエネルギーのベクトルを、腰に微妙な角度をつけることで制御下におく。出すべき指示はただひとつ。前に、前に、前に…‼

 イメージするのは裏拳。己の全てを遠心力にのせて、叩きこめばいい。それだけだ。問題ない。回転エネルギーの全てを零さないように繊細に、しかし殺さないように大胆に。計算されつくした腰使いで武蝶は、腰を、シャフトを、己を、回す。

(――よし、乗った・・・ッ!!!)

 問題ない。問題なくなった。

 これで、今、


 全ての慣性は・・・・・・股間の先に乗っている・・・・・・・・・・――‼



「…ぅ、ぐぉ…」

 耳を打つ、峻烈の静寂。そのシャフトが腹部に叩き込まれた瞬間、果たして衝撃音は鳴ったのか否か。

 ともかく観衆の、僅かに痺れの残る耳朶には何か大きな音の残滓と、崩れ落ちた大殻から時おりこぼれる苦悶の呻き声だけが届いていた。

 一瞬、間を開けて、思い出したようにブザーが鳴り響く。

『え、えー…。前半終了です。選手は互いに礼をとったのち、チームメンバーの下で1分間の休憩をとってください』

 張り詰めた空気が一気に緩んだ。

 武蝶と大殻はほぼ同時に息を吐きだした。一体いつから息を止めたままだったのか、酸素を欲した体が大きくあえぐ。

「ぐ…前半戦は貰ったと思ったんだがな…残念だ」

「己が優位を確信したとたんに詰めが甘くなる性格までは変わってないようで安心したぞ。礼を言おう」

 ぴくっ。

「…ほう?」

 前半三分の苛烈なぶつかり合いを経てなお、両者の表情に陰りはない。それどころかむしろ、互いを見据えるギラギラとした視線は、より一層その力を増していた。

 まさしく好敵手。不敵な笑みを浮かべた武蝶と大殻は、それ以上は何も言うことなく、背を向けた。観客席からまばらな拍手が響く中、チームメンバーの下へ足を進める。その歩みは、己が勝利を確信したがごとく、悠然としたものであった。


 腕にひとつ、胴にひとつ。それぞれ1p、3p。これでカウントは、5‐5 。




 勝負は、振り出しに戻った。


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