はいいろドラゴン

アベンチュリン

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虹色 ニフリート ☆

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 ニフリートが竜族の子として、この世界に生まれ、目を開けた時からそばにいてくれたのはマルクだった。

 裕福な暮らしではないけれど、マルクと過ごす時間は、ニフリートにやすらぎを与えてくれる。
 本が好きな僕に、マルクが図書館で勉強することを勧めてくれたおかげで、ニフリートは様々な知識が蓄えられ、見聞を広めた。

 ほぼ毎日、瘴気にさらされているこの世界の空は、日の入りも早く、図書館は午後四時に閉館する。
 エントランスを抜けると、ぼんやりとした茜雲あかねぐもが西の空に漂っている。

 夕食の材料を市場で買おうか、思案していると。
 神官服を纏った、人種族の紳士と青年があらわれた。気配が竜族だとニフリートはすぐに察した。

「お初にお目にかかります。私、竜人国ラシュロンの神官長を務めておりますキトゥリーニスと申します、隣はサピロスと申します、お見知り置きを」
 
 金髪碧眼の長身で、少し年嵩のいった紳士は腰を折り、礼をとる。
 隣の藍髪藍眼の若い青年は、ニフリートの顔を見た瞬間、顔が固まった。

「私は、ニフリートと申します。それで本日は、どのようなご用件で?」

「あなた様の出自について、お話ししたいことが……」
 
 金髪の紳士は、顔色を窺い、ニフリートを見据えたまま続ける。

「あなた様はミーシアンの丘の黒曜石で産まれたのではないですか?」

 ニフリートは一拍おいて静かな声音で返す。

「いえ。……人違いではないでしょうか?」

 藍髪の青年は、金髪の紳士の制止も聞かずに、片膝をついて礼を取りながら恍惚とした表情で懇願する。

「そんなはずはありません、あなた様の面差しは、王妃殿下の生き写しのようだ。……我が国の直系王子として迎え入れたく存じます。どうかラシュロン国にお越しください」

 青年の顔が酷く気持ち悪く、背筋が粟立つような感覚をおぼえ、ニフリートは淡々と返事をする。

「そう言われましても、……僕には身に覚えのないことです。今の生活を気に入っていますので、竜人の国へは行けません」

 それでも何かを話そうとした青年を、紳士が手で塞ぎ、制止する。

「わかりました、またお伺い致します。……これは生活費にでも……」
 
 紳士は金貨の入った袋を差し出したが「こんな大金は、受け取れません」とニフリートは突き返した。



 数日後の正午過ぎ、嫌な予感がして図書館の自習室の中庭側の窓をあけて見やると、押車に赤ちゃんを乗せた親子が木陰に向かって歩いていた。
 突然、バキッバキッと音をたてて木の枝にヒビが入り、落ちそうになる。
 慌てて二階からニフリートは魔法で、その枝をゆっくりと持ち上げ、誰もいない場所にそっと置いた。
 衆目はその枝に集まって、母親も呆然とその枝を眺めた。
 押車の赤ちゃんだけが、僕の存在に気づき笑顔で、手を宙に彷徨わせていた。

 程なくして、ニフリートはマルクに渡した守護魔法の鱗の反応を察知した。

(嫌な予感はこっちだったのか……)
 
 すぐさま、図書館を抜け出して、竜の姿に戻ったニフリートは、マルクの気配を辿って全力疾走で飛び、空を翔けた。

 ニフリートは、橋の近くに降り立つと惨状に気づき、声をあげた。

「なんで、こんな酷いこと……。僕は竜の国には行かないといってるじゃないか!」

 ニフリートは二頭の竜を、覇気を含んだ眼差しで睨みつける。
 二頭は身体をビクッとさせて怯んだ。
 
「僕の大切な人を傷つける人になんてついていかない! どこかへ消えて‼︎」
 
 ニフリートは、手をかざし無詠唱で巨体の二頭を離れた場所に転移させる。
 そして、血まみれになったマルクの肩を抱き、顔を寄せ、悲愴にマルクの名を叫ぶ。

「マルク……マルク! お願い目を醒まして、僕を一人にしないで」

 唇すら動かせないマルクを、魔法書でしか見たことがない治癒魔法の施術を思い起こしながら行う。実践は初めてだった。
 とりあえず止血から。ニフリートの翠色の魔力の波動に包まれるマルク。
 傷口が大きいので見落としがないよう丁寧に行う。
 しばらくして止血が終わると、人目につかない大きなウォールナットの木陰に連れてゆき、傷口を縫合していくように慎重に治癒魔法を施す。

 ようやく一区切りついた頃には、辺りは陽が落ちて闇に包まれていた。
 まだ身体を動かすのは危険と考えて、その場で野営することにした。
 焚き火をして、冷やさないよう竜の姿になり、コテンと横になってお腹にマルクを包み込み【治癒ヒール】を優しくかけたまま眠りについた。


     ✳︎


 回復したマルクと、久しぶりの小旅行。
 こんなに暑くなるとは思ってなかったけれど、蒼穹の空は美しく、照りつける日差しに体力が奪われそうだった。

 薬草を取りに行くマルクと一旦別れると、ニフリートは、女神ネレウスの伝説のいわれのある場所を目指す。
   
 ニフリートはいつからか精霊と話すことが出来るようになっていた。
 マルクには、精霊達は光の粒子にしか見えないらしく、神聖な場所だからと常に場を外してくれている。

 精霊の気配を感じる方へ歩くと、密林に囲まれ、湖から孤立した池を見つける。
 その池には、四人ほど精霊がいたので勇気を出して声をかけてみる。
 

「こんにちは、可愛い精霊さん」

 ニフリートは、優しくニッコリと微笑む。

〈あら! めずらしいわ。竜人の綺麗な男の子、一緒におしゃべりしましょう〉

 彼女たちは、可愛らしくて、声は鈴を転がしたかのように美しく旋律する。小さな躰はすらりとして、ふくよかな胸がある。
 彼女たちは嬉々として、会話を愉しむ。

〈この子ね、最近、岩の精霊と付き合ってるのよ!〉
〈ヤダ! 言わないでよー〉



 精霊たちはささやく〈今日は暑いから、池で汗を流していきなさいよ〉と。
 僕は大丈夫だよ、と柔和な笑顔でやんわり断っていると、湖の方から巨大な影がニフリートを包んだ。
 
 びっくりして振り返ると、人魚? いや、巨大な女神様が姿を現して、大欠伸をした。

〈ふあああァ──〉

 その息に吹き飛ばされそうになりながら、必死に木にしがみつき、挨拶をした。

「こんにちは、お邪魔しています。僕はニフリートと申します、貴方様は?」

 女神様は欠伸が恥ずかしかったのか、口元を隠して、蛇のような尻尾が湖からザバッと顔を出す。

〈私はネレウス、ここのおさです。あら綺麗な竜人の子! 汗だくね、池に入っていくといいわ〉
 
 女神ネレウスは鷹揚にいった。

「いえ、ネレウス様、僕は……」
 
 ニフリートの拒否も聞かずに、魔法で服を脱がせて、掌に乗せるとゆっくりと池に浸せる。
 されるがまま、池に入るとニフリートの身体は魔力が満ち、体力も回復して、癒された。
 この効能があるから、執拗に勧められたのだと気づく。

 気持ちがいい……、マルクも入ればいいのになと思いながら、そろそろ上がろうと池岸から立ち上がって歩き出したとき。

「はぁ──」と誰かの溜息が耳に届いた。

 慌てて辺りを見回すと、マルクの熱い視線を感じて、ニフリートは咄嗟に、近くにあったタオルで身を隠し、しゃがみ込み、目をつむった。

「すまないニフ、きみに見せたい花があるんだ。支度ができたら出ておいで」

 溌剌としたマルクの声が、いつも通りで。
 恥ずかしいのは僕だけ?
 幼少時から一緒に水浴びをしていたし、恥ずかしいことなんて何もないはずなのに……。


 どうしたんだろう、僕。

 暫く動けなかったニフリートに、女神ネレウスは優しく話しかける。

〈竜人の子よ……嫌だったの? それとも恥ずかしかったの?〉

「嫌、……じゃないです、多分恥ずかしかった」

 あまりにも、マルクの視線が熱っぽかったから、それに……。

〈……そう、その恥ずかしい気持ちは何から起こっているのか、自分自身で、その答えを探し出しなさい〉

「…………」

 神妙な顔のまま頷くと、ニフリートは支度をしてマルクの元へ向かった。

 


 就寝前、ニフリートは思いを巡らせる。
 マルクの撫でてくれる優しくて暖かい手も、抱きしめてくれる逞しい腕も、包んでくれる暖かい胸も大好きだ……でもそれは育ての親として?


 時折、憂いを見せる表情も、震える声で「父と呼んでくれるな」といった彼も、優しく包み込んで守ってあげたいと思った……この気持ちは?

 ああ、分からない……。

 ふと、昼間の精霊たちの姿を思い出した。恋をした精霊……、彼女たちのように、可愛いらしければ、僕にふくよかな胸があれば、マルクにもっと愛してもらえただろうか……。
 
 もっと、……って? 今でも充分、愛してくれているじゃないか。

 ニフリートは唸り、頭を抱える。そして白痴はくち状態になって、答えを出せないまま、いつのまにか深い眠りについた。



──虹色の蕾は太陽に照らされて、その美しい階調を魅せながら、少しずつ花開いてゆく──
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