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玉蟲色 たまむし ニフリート ★
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マルクの元へ帰らなきゃ。
産まれて物心がついたころから、一時だって離れたことがない。
たった一日逢えなかっただけなのに無性に逢いたい、何よりも大切で、一番大好きな人に。
いま何処で何をしているの?
神よ、ぼくの鱗で彼の居場所へお導きください…………
暫くすると一匹のコボルトが現れて、魔獣を討伐していた。あのコボルトはマルクの契約している魔獣だ、彼の魔力を感じる。
ニフリートは逸る気持ちを抑えながら駆け出した。
湿原の抜けた丘陵の、小さな小花が咲き乱れる草原で、彼は遠くを見やって手を翳し真剣な眼差しを向けている。
優しい栗色の髪が春風に揺れて、三白眼で切れ長の赤瑪瑙の瞳が、僕を捉えると顔を綻ばせた。
「ニフリート!」
彼の低くて少し掠れた声が、僕の名を呼ぶ。
「マルク!」
ニフリートは駆け出し、マルクの胸の中に飛び込んだ。僕がぎゅうぎゅうと抱きしめると、優しく抱き返して、頭を撫でて、温かい赤瑪瑙の瞳が僕を見つめる。
いまにも好きが溢れだしそう……。
今夜、気持ちを伝えようとニフリートは決心した。
入浴を済ませると精霊たちが編んでくれた寝間着に袖を通し、脱衣所の小さな鏡で自分の姿を見る。
魔導灯に照らされた布地は玉蟲色に光り、所々透き通っている。
こ、これは……ほぼ裸、破廉恥なのでは……。
羞恥でどうにかなりそうなニフリートは、勇気を振り絞ってその姿で部屋に入る。
マルクは寝台に腰掛けて、小刀の手入れをしていた。
僕に気づくと目を見開き、暫く呆然と僕を見つめる。
「精霊達がね、寝間着を編んでくれたんだ……どうかな?」
恥ずかし気に、もじもじとしながらニフリートは尋ねてみた。
ニフリートの頭に熱がどんどんと上がっていくのがわかり、頬に含羞の色を浮かべる。
「ああ、とても綺麗だ……」
マルクは思わず吐息混じりにうっとりとした声を漏らす。数秒、沈黙が落ちた。
ハッ、としたマルクは素早く寝台に散らばっていた道具を片付ける。
「今夜は眠くなったから、先に休むよ、おやすみ」
マルクは畳み掛けるように告げて、布団に潜り込んだ。
あっ、と伸ばしかけた手を引っ込めて、ニフリートは憂慮する。
ニフリートもそろそろと布団に入り、瞼を閉じると溢れた涙の雫が頬をつたいシーツに落ちた。
僕は悲しいんだ……、落涙で知った自分の感情が堰が切ったように溢れてくる。
僕じゃダメなの? このまま想いも告げられないの? ねえマルク、胸が苦しいよ。
マルクに気が付かれないように、嗚咽を堪えてひっそりと泣く。
やがてニフリートは泣き疲れて眠りについた。
夜半過ぎ、乱れた呼吸音が耳に届いた。
ニフリートは薄っすらと目を開けると、マルクの寝台がほんの少し揺れ動いてるのがわかった。
マルクが必死に堪えているのに、時々わずかに吐息が溢れるのを感じる。
「…………っ…………うっ…………ふぅ…………ん」
ニフリートは歓喜した。
もしかしたら、さっきの僕の姿を妄想してくれているんじゃないかと……、羞恥より悦びが勝った。
マルクの寝台に潜り込もうとニフリートは、そーっと、寝台より片脚を下すと、建て付けの悪い、安宿の床が軋む音が響いた。
その音に気づいたマルクは、サッと起き上がり、寝ているフリをしていた僕を見て溜息をつくと、そのまま部屋を出て、暫く戻って来なかった。
ニフリートはまたも泣いた。
翌朝、早起きをしたニフリートは泣き腫らした瞼を冷水で冷やして誤魔化した。
「ニフリートも俺も、そろそろ思春期だから、今夜からは別々の部屋を取ろう」
外出時、マルクは昏い色の瞳で告げ、宿屋の主人に手配してもらう。
主人は溜息をついて、怪訝そうな顔をしていた。
「寂しければ、いつでもおいで」
俯いていたニフリートに、マルクはいつもの柔和な笑顔を取り繕い声をかけた。瞳の奥の色は、燻んだ赤瑪瑙色のままで笑っていない。
ニフリートは硬い表情で「うん」と頷くと、笑顔をつくれる自信がなくて、目を逸らした。
──涙の水滴に、玉蟲色の欲情が絡って、溜息とともに滑らかにすべり落ちていく──
産まれて物心がついたころから、一時だって離れたことがない。
たった一日逢えなかっただけなのに無性に逢いたい、何よりも大切で、一番大好きな人に。
いま何処で何をしているの?
神よ、ぼくの鱗で彼の居場所へお導きください…………
暫くすると一匹のコボルトが現れて、魔獣を討伐していた。あのコボルトはマルクの契約している魔獣だ、彼の魔力を感じる。
ニフリートは逸る気持ちを抑えながら駆け出した。
湿原の抜けた丘陵の、小さな小花が咲き乱れる草原で、彼は遠くを見やって手を翳し真剣な眼差しを向けている。
優しい栗色の髪が春風に揺れて、三白眼で切れ長の赤瑪瑙の瞳が、僕を捉えると顔を綻ばせた。
「ニフリート!」
彼の低くて少し掠れた声が、僕の名を呼ぶ。
「マルク!」
ニフリートは駆け出し、マルクの胸の中に飛び込んだ。僕がぎゅうぎゅうと抱きしめると、優しく抱き返して、頭を撫でて、温かい赤瑪瑙の瞳が僕を見つめる。
いまにも好きが溢れだしそう……。
今夜、気持ちを伝えようとニフリートは決心した。
入浴を済ませると精霊たちが編んでくれた寝間着に袖を通し、脱衣所の小さな鏡で自分の姿を見る。
魔導灯に照らされた布地は玉蟲色に光り、所々透き通っている。
こ、これは……ほぼ裸、破廉恥なのでは……。
羞恥でどうにかなりそうなニフリートは、勇気を振り絞ってその姿で部屋に入る。
マルクは寝台に腰掛けて、小刀の手入れをしていた。
僕に気づくと目を見開き、暫く呆然と僕を見つめる。
「精霊達がね、寝間着を編んでくれたんだ……どうかな?」
恥ずかし気に、もじもじとしながらニフリートは尋ねてみた。
ニフリートの頭に熱がどんどんと上がっていくのがわかり、頬に含羞の色を浮かべる。
「ああ、とても綺麗だ……」
マルクは思わず吐息混じりにうっとりとした声を漏らす。数秒、沈黙が落ちた。
ハッ、としたマルクは素早く寝台に散らばっていた道具を片付ける。
「今夜は眠くなったから、先に休むよ、おやすみ」
マルクは畳み掛けるように告げて、布団に潜り込んだ。
あっ、と伸ばしかけた手を引っ込めて、ニフリートは憂慮する。
ニフリートもそろそろと布団に入り、瞼を閉じると溢れた涙の雫が頬をつたいシーツに落ちた。
僕は悲しいんだ……、落涙で知った自分の感情が堰が切ったように溢れてくる。
僕じゃダメなの? このまま想いも告げられないの? ねえマルク、胸が苦しいよ。
マルクに気が付かれないように、嗚咽を堪えてひっそりと泣く。
やがてニフリートは泣き疲れて眠りについた。
夜半過ぎ、乱れた呼吸音が耳に届いた。
ニフリートは薄っすらと目を開けると、マルクの寝台がほんの少し揺れ動いてるのがわかった。
マルクが必死に堪えているのに、時々わずかに吐息が溢れるのを感じる。
「…………っ…………うっ…………ふぅ…………ん」
ニフリートは歓喜した。
もしかしたら、さっきの僕の姿を妄想してくれているんじゃないかと……、羞恥より悦びが勝った。
マルクの寝台に潜り込もうとニフリートは、そーっと、寝台より片脚を下すと、建て付けの悪い、安宿の床が軋む音が響いた。
その音に気づいたマルクは、サッと起き上がり、寝ているフリをしていた僕を見て溜息をつくと、そのまま部屋を出て、暫く戻って来なかった。
ニフリートはまたも泣いた。
翌朝、早起きをしたニフリートは泣き腫らした瞼を冷水で冷やして誤魔化した。
「ニフリートも俺も、そろそろ思春期だから、今夜からは別々の部屋を取ろう」
外出時、マルクは昏い色の瞳で告げ、宿屋の主人に手配してもらう。
主人は溜息をついて、怪訝そうな顔をしていた。
「寂しければ、いつでもおいで」
俯いていたニフリートに、マルクはいつもの柔和な笑顔を取り繕い声をかけた。瞳の奥の色は、燻んだ赤瑪瑙色のままで笑っていない。
ニフリートは硬い表情で「うん」と頷くと、笑顔をつくれる自信がなくて、目を逸らした。
──涙の水滴に、玉蟲色の欲情が絡って、溜息とともに滑らかにすべり落ちていく──
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