はいいろドラゴン

アベンチュリン

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月色 げっしょく ニフリート ☆

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 翌日から王教育が始まった。
 国の歴史、教養、礼儀作法等基本的な内容から座学で教示される。
 続いて君主論、軍事論、魔法教育、ダンス等も教わった。
 内容はとても厳しく、失敗すると鞭で叩かれることもあった。

 教育係に急かされる理由は、十六歳で王位継承するのがこの国の謂れとなっており、王位継承の式典までに僕を仕上げなければならなかった。
 
 ニフリートにとって学びは、興味深く得意だった。図書館で学んだことが功を奏したと思う。魔法も魔力量はある方で、それなりにセンスもありすぐに習得できた。
 ダンスだけは、今まで触れる機会もなかったため苦労し、習得まで時間がかかる。



 そんな忙しい日々の、とある朝食時。
 特に王族と居合わせても、挨拶くらいしかしていなかったのが、その日は王弟妃が珍しく先にお食事をされていた。そしてちらちらと僕の様子を窺っているように思えた。
 
 ニフリートはあまり気に留めずいつものように食事をとり、スープを口にした瞬間、苦味が口内を襲い、全身に痺れるような痛みがはしり、身体は震え、口から泡を吹き意識を失って椅子から倒れ落ちた。
 
 慌てたトパージオが「すぐに医師を!」と僕を抱えて部屋を出た。

 朦朧とした意識の中で、王弟妃が扇で口元を隠して、密かに嗤っているように見えた。



 ニフリートは意識を取り戻すと、ベッドに横になっていた。身体はまだ動かせなかったが、小さな白竜が眼前を飛び回っている。そして全身に白い魔力を感じていた。
 不思議な現象に瞬きをして二度見たが変わらず白竜が飛んで見えた。



 回復したニフリートは王弟妃から謗られ、侮蔑されるようになっていった。

「国王にふさわしいのは、我が息子アメティストですのに」
 
 王弟妃は口癖のように言った。

 食事に毒味役をつけるとトパージオが言うと「宮廷料理人が信用ならないとおっしゃるの?」と王弟妃に押し切られる。
 ニフリートはトパージオに向かって、もういいと目を閉じ首を振った。

 手を変え、品を変え、色んな毒物を口にしているうちにニフリートの身体には耐性がついてしまったらしい。そして、白い魔力に護られているような気がする。


 いまだ国王陛下にはお会い出来ていない。代々、国王陛下の息子が十六歳の成人を迎え王位継承を受け継ぐと先王の命が途絶える、と王教育で教示を受けた。

 陛下に会いたい気持ちがあるわけではないけれど、産まれたのはこの国でも、育ったのは他国であって、愛国心があるわけでもなく、ただただこの立場という義務感すら薄れてゆき、他の者に聞いても「王の血統が……」と言うけれど、おのれが王にならなくてはならない理由を現国王陛下の口から聞きたかった。

 王弟妃の言うとおり、アメティスト殿下の方が国王に相応しいんじゃないかと思う。
 もう、心が折れそうだ……。

 ふと窓から夜空を見上げると、月の眉が浮かんでいた。
 窓を開けて窓枠に腰掛ける。
 マルクと別れてから、何度、月夜を見上げたのだろう。

 マルクに会いたい……、この国から逃げたい……。
 そうだ、僕には翼があるじゃないか!

 窓から飛び降りるとニフリートは竜姿になる。なるべく音をたてないように気をつけて、いざ飛び立とうとした時、王宮を見回っていた近衛兵が駆けつけ、首を抑えられ捕縛された。

 それからというもの、ニフリートは地下牢暮らしを余儀なくされ、魔法無効化が付与された、鉛製の手枷、足枷をつけられた。
 王となる者に、なんていう仕打ちなのだろう……、そう言っても通じはしないとニフリートは諦観していた。

 地下牢に閉じ込められると、唯一、マルクも見ているかもしれない月夜を、見ることができなくなったニフリートは、眸の色と感情が薄れ、徐々に精神を侵されていく。



 儀式まであと七日に迫ったある日、もういいだろうとニフリートは私室に戻された。
 とは言え自由はなく、手枷、足枷はつけられたままだった。
 食事室では王弟妃がニフリートをみるなり蔑むように微笑んだ。

 王教育で屋外での演習へ出向く際、手枷のみ付けたまま衛兵に引かれ、王宮の長い螺旋階段を降りれば、誰かから背中を突き飛ばされて、拘束されたまま身体を打ち付け、ゴロゴロと降りていく「これで死ねるのなら、その方が楽かもしれない……マルクのいない世界ならこのまま……」そう心中で思うと、白い魔力に覆われ、フゥと浮き上がり優しく地上へと運ばれる。

 もう、死ぬことも僕には許されないのか……。

 ニフリートは日が暮れると枷の範囲で窓際に近づき、マルクから贈られた髪留めを握りしめ、悲哀に満ちた表情で月を眺めて涙を滲ませる、そんな日々が続いた。


     *


 青竜の竜人サピロスは産まれて物心ついた時には、森の奥深くで一人孤独に生きていた。親と逸れたのか、親が死んだのかそれさえもわからなかった。

 生きていくため、魔獣を狩って食い。川の水を飲んで、こんな奥深い場所に来るはずのない誰かを待っていた。
 青竜は孤独に耐えかねて鳴き声をあげる。

キュ────イ、キュイキュイ

 寂しげな鳴き声は森の中に静かに溶けていく。


 そのうち待ち人の事すら忘れかけていた頃、緋竜が目の前に現れた。

 森の緑の中で、その緋色は眩しいほどに煌めき、いつか森に咲いていた真っ赤な大輪の花のように美しい緋竜だった。
 その緋竜は言った。

「私は竜人を探して保護している者です、我が竜人国ラシュロンに来ませんか?」

 まるで女神のようだと思った。声までも可憐で美しい。サピロスは魅入られるように緋竜の手を取った。

 ラシュロンへ行き、学園に通わせてもらい、神官の資格をとった。

 俺が今生きていられるのは、すべて緋竜ルヴィーン様のお陰なのだと敬愛を深めていき、やがて歪んだ愛へと変化していった。


    *


 ニフリートはその日も窓際に近づき月を眺めていた。
 すると廊下から近づいてきた足音が、ドアの前で止まった。
 こんな夜更けに……。嫌な予感がはしり、緊張した視線をドアに向ける。

 ギィ──、ドアが小さい音を立て入ってきた人物は、過日マルクの胸に鉤爪を突き刺した青竜の青年だった。
 彼は神官だったはず、なのに神殿でも見かけなかった。ニフリートは怪訝そうに尋ねる。

「こんな夜更けに、何故こんな所へ?」

「お久しぶりでございます、ニフリート様。私サピロスは神官を辞しまして、いまは近衞騎士に所属しております。……先日、夜警に従事していた時に緑竜が飛び立とうとして捕縛されたのをお見かけしまして……あの竜はあなたですよね?」
 
 サピロスは目を細めてニンマリと口角をあげる。

「………………」

 ニフリートは目を見開き、口を閉ざす。

「その表情は……、やはりあなたでしたか。……竜姿も美しい……あのお方にそっくりだ……」

 恍惚とした顔でニフリートに近づくサピロス。ニフリートは限界まで退くが、枷に捕えられそれ以上は動けなかった。
 
「嗚呼、お可哀想に……、捕らえられてしまって……。私は貴方様をお護りするために近衞騎士に出向しました、……しかしあなたが王になれば、気安く謁見することも出来なくなる……」

 サピロスはニフリートの顎をつかみ持ち上げると、耳元へ吐息混じりに囁く。

「ずっとお慕い申し上げておりました……」

 身震いしたニフリートは、顎を振り解いてサピロスを鋭く睨みつける。
 男はニヤけた微笑みを浮かべながら、ニフリートの腕をつかんだ。
 腕を解こうにも力が及ばない。ニフリートは容易く両腕を取られ、床に組み敷かれた。
 男の顔がゆっくりと近づいてくる。

「マルク、お願い……助けて!」
「まだ、あんな男の名前を!」

 ニフリートは無意識にマルクの名を叫び願った。
 サピロスは怒気を孕んだ目でニフリートをねめつけ、頬を平手で叩いた。
 ニフリートは怖気付いて身体を強張らせ、眸をギュッと瞑る。
 男は不敵な笑みを浮かべながら、ニフリートの上衣に手をかけた。
 
 刹那、白い魔力が男をドア元まで吹き飛ばした。
 見えない力が働いたかのように、ゆっくりと立ち上がったニフリートの髪色は銀白色に輝き、ふわりと宙を浮く。眸の色は白く輝き、全身に白光の覇気を纏っている。

 サピロスはその姿に慄き、腰が抜けたように床に座ったまま仰反る。

「りゅ、竜神様! ……お目にかかれるとは、この上なき喜び。嗚呼、なんて美しく神々しいのだ」

 サピロスは十字をきり合掌して、竜神を拝み始める。
 竜神は男を睥睨してこう言った。

「無礼者め! いますぐ此処から立ち去れっ」
 
 サピロスは、あわあわと無様によろけながら部屋を去った。

 色を取り戻したニフリートは、脱力して崩れ落ちる。
 窓に見える月色げっしょくだけがニフリートを優しく照らしていた。


── 心神耗弱しんしんこうじゃくとした王子は、月色げっしょくを浴びて過大な力に飲み込まれていく──
 
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