はいいろドラゴン

アベンチュリン

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纁色 そひ ニフリート ☆

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 王位継承の儀式二日前となった。
 トパージオが夜遅く私室へやって来て「王が謁見を所望されています」と小声で言うと、ある部屋に案内された。

 天井は一面彫刻が施されており、金箔で縁取られた建具、ヴィクトリアン様式の調度品に、豪奢で大きなシャンデリアが中央に座している、豪華欄間な空間だった。
 
 壁に寄せてある、特大のベッドのフレームにも彫刻が施されている。
 そのベッドに横になっている人物が国王陛下なのだろう、少し咳き込んでいる。

 トパージオが「ジェイド様がお越しになりました」というと、ベッド脇に付いていた侍女が王に耳打ちをして、父王は横になったまま手をあげる。

「こちらへ」

 侍女に案内され、僕達が近づくと父王は上体を起こそうとしたので「どうぞ、楽な姿勢で大丈夫です」とトパージオが気遣う。
 近くでみると少し痩せていて血色も悪い。けれどニフリートによく似た翡翠色の瞳が綺麗で、艶のある黒髪だった。竜姿はきっと黒竜なのだろう。

「おお、我が息子よ」

 父王は眉を寄せ顔を綻ばせ、ニフリート向けて両手を広げると、ニフリートはその胸に知らず飛び込んでいた。親子の対面を強く望んではいなかったはずなのに、無意識に涙が溢れる。

「ち……、国王陛下お会いしとうごさいました」

 しばし、親子の邂逅を慈しむと、王が話し出した。

「お前の母、王妃ルヴィーンは卵が何度も暗殺されかけたことを危惧して、卵がかえる時まで国外で暮らすと決心して旅に出た。結局、無惨な死を遂げたが……」

 王は目を閉じると、哀しみに顔を歪ませた。ニフリートは王の言葉に耳を傾ける。

「教育を受けて、すでに知っているとはおもうが、ジェイドが王位継承後、おのれは死す。竜神の力はお主に宿り、ラシュロン国内でお主に害を為すものが現れればその者を八裂きにするだろう。王位継承を次代に継ぐまで、国内でジェイドが死すことはなくなる」

 それで僕は竜神の白い魔力で護られていたのか……。
 王はベッドの上に置かれたニフリートの手を握り、目を見据えて話す。

「今一度問おう。この国を、王の座を継いでくれるか?」

 父王を、安心させるなら此処で頷くのが正解だろう。
 しかし、このまま王位継承したら、きっと抜け殻のような王になるに違いない。
 躊躇い、返事に困っているニフリートを見た父王は、大きく溜息をついた。

「ここからは父として話そう。父として何一つしてやれなかった……すまない。これからはお前が思うように生きなさい」

「ち、父上……。ありがとうございます」

 ニフリートは父王の手を握り返して、涙する。



 
 王位継承式、当日となった。
 控室にて侍女達に華美な衣装と、装飾品で盛飾せいしょくされた。それでも足枷だけは外して貰えなかった。

 まるで鳥籠に捕らえられた鳥のようだと思った。

 
 
 部屋のドアがノックされ、美しく着飾った貴婦人が入って来て、人払いをして室内は貴婦人とその侍従、ニフリートの三人になった。
 その貴婦人は王弟妃その人だった。
 ニフリートは気づくと、身体を萎縮させた。

「ご機嫌麗しゅうジェイド様」

 王弟妃はニフリートの足枷を見てほくそ笑み、続ける。

「ジェイド様はもしかして……このまま王位継承されるのはご本意ではないのではありませんか?」

 王弟妃はニフリートを、じっと見据えたまま時間がないのか端的に話し出した。ニフリートは視線を彷徨わせ、動揺を隠せずにいた。

「こちらの条件を呑んでいただけるのでしたら、手配の者にその足枷の錠を外させましょう」

 ニフリートは限界まで目を瞠った。王弟妃は口元に扇を掲げ、ニフリートに近づく。

「条件は、王の宣言の場で、私の息子に王位を譲ると民の前で宣言していただくこと、それだけです。その後はその場から飛び立つなり、逃げるなりして戴いても構いませんことよ。現王派の衛兵は動かせませんが、わたくしの派閥の衛兵に阻止させますわ」
 
 小さい声でコソコソと僕にだけわかる声量で言う。
 怪訝そうに見返すニフリート。

 罠なのか……、いや罠だとしてもこの国を出てマルクに会いに行けるのならば……。

「ほん……とうに?」
 
 王弟妃は扇を下げると、ニンマリと含みのある微笑みを向けた。

「わたくしに、二言はございませんわ」

 王弟妃は「それでは手筈通りに」と念を押し不適な笑顔を見せ、侍女とともに控室を出ていく。



 王宮のバルコニーにて王の宣言後、儀式が執り行われる予定となっている。

 バルコニーに出ると、眩しいほどの蒼穹のもと、地上には竜姿の民が新王の登場を心待ちにしているようだった。
 
 ラシュロン王国を一望できるこの場所で、改めて国土を見渡すと緑が多く綺麗な国なのだな、と皮肉にも今になって感じる。
 
 手枷を外されて、バルコニーの縁まで案内される。
 縁に到着すると、民衆からは見えない場所で、さも足枷の確認をするかのように衛兵二人が左右の枷に触れると、カチャっと微かな音を立てて錠が外される。

 奥で様子を見ている王族には、わからないほどの鮮やかな手腕だった。
 なるべく足を動かさず、地上を見ると新王の誕生を、今か今かと瞳を輝かせて待ち望んでいる民衆が見えた。
 
 まだ幼い従兄弟にすべてを強いるようで心が痛い、しかし僕ではこの国を統治するほどの力を持ち合わせてはいない。

 バルコニーに強風が吹きつけた。
 しばらくして風が止んだそのとき、ニフリートは鷹揚に右手を挙げ、民衆からは騒めきが起こる。

「今日、私は宣言する。……従兄弟のアメティストに王位継承権を譲る!」

 大きく発せられたその言葉に、皆が騒めいた。緊張感の高まる空間で衛兵の準備を即座に行うトパージオ。


 ニフリートは浅葱色の竜姿になって足枷を蹴って高く舞い上がる。
 その美しい姿に民衆は見入って、溜息をつくものもいた。

 振り返ると慌てふためく王族と従者、衛兵達。
 その中で王弟妃は扇を口元に当てひっそりと微笑み、王は椅子に座ったまま眩しそうにニフリートを見つめていた。
 
 そのうち元王派の衛兵から矢を放たれ、何本か竜体に突き刺さった。

「もう、やめてあげて!」民衆から悲痛の叫びが聞こえたが、衛兵には届かない。
 
 いま翼を休めるわけにはいかない。ニフリートはそのまま飛び続けた。

 今度は白い魔力がニフリートの左脚先にまとわりついた。

「竜神様、お願いです。もう僕を解放してください」

 懇願するニフリートに構わず、纏った魔力が国に留めようと力を加える。
 それでも飛ぶのを辞めないニフリートの左脚を、呪いの毒のようなもので腐食させていく。毒耐性がついたニフリートでも対処できないほどに強力な毒だった。

 左脚の痺れがどんどん進み上がってくる。
 このままではいけない、そう察知したニフリートは、自身の左脚先を右手の鉤爪で勢いをつけて切り落とした。

 ギィィィィィ────!!!!

 緑竜は痛みに耐えきれず、痛苦の雄叫びをあげる。
 背後を振り返ると、白くぼんやりとした竜神様が追いかけてきた。
 痛みに耐えながら、必死に空を翔ける緑竜。



 標高の高い峠を越えると、竜神様はそこから進めないのか空中でとぐろを巻いた。
 そう、其処が小国ラシュロンの国境だったのだ。

 やっと、国を出られた。安堵すると左脚から、ポタリ、ポタリと血が流れ落ちていることに気づいた。

 しばらく飛んだ後、翼を休めるべく森の中に降り立った。
 周囲に気配がないのを確認して、自身に治癒魔法を施した。
 矢で射られた傷はすぐに癒えたが、自身で切り落とした左脚は回復はしなかった。せめて止血だけでもと魔法を施すが、傷口が大きい為か、魔力残量が少ない為か完全には止血できずにいた。

 もう少し飛ぼう、少しでもマルクに近づくために。
 マルクがまだ僕のかけらを持っているのなら、行き先はわかるはず。


 暫く飛ぶと、だいぶ日も暮れてきて夜目の効かないニフリートは休むことにした。



 夜が明け、ニフリートは目が覚めると朝早くから出発した。
 鱗が感じ取るマルクの魔力が弱まっているような気がして、ニフリートは不安を抱く。

 緑竜は片脚を蹴り上げて高く羽ばたくと、瘴気が仄かに漂った朝焼けの空が、そひ色に染まっていた。

 しばらく飛んでいると、灰色のごつごつとひしめきあった稜線が見える。
 山岳に囲われた、とある国に辿り着いた。
 普段なら地上からはだいぶ離れた上空を飛ぶのだが、標高も高いので誰かが居る可能性は低いと考えて、山頂ギリギリの高度で飛んだ。

 ニフリートは油断していた。
 山頂が道のようにつらなる場所を通り過ぎた時。

「敵襲──!」

 兵士が叫ぶ声が聞こえた。そう、ニフリートは魔獣に間違えられた。

 翼竜に跨った騎士達が翔けあがり、一挙にニフリートを囲む。
 ニフリートはどうしていいかわからず、竜姿のまま首を左右した。
 兵士のうちの一人が開口した。

「このまま投降するのならば危害は加えない」

 投降⁈ 上空を飛んでいただけなのに?

「僕はあなた方やこの国には危害は与えません、急いでいるので上空を通らせて欲しいのです」

「投降しないと言うのならば拘束するのみ」

 もう逃げるしかないと飛び出したニフリートはまたも翼竜に囲まれる。

「放て!」

 隊長らしき人物が言い放つと、翼竜に乗った人間達が次々と矢を放つ。

ギャァァァァァ──‼︎

 よく訓練されている兵士の矢は、ニフリートの右眼に命中した。
 痛みで涙が滲んだニフリートの視界がぼやける。
 緑竜は風魔法の凄まじい風圧で、兵士達を吹き飛ばすと、再び翼を広げて必死に翔けて逃げた。
 
 その矢に毒が塗られていたことに気づいたのは、随分経ってからだった。



──少年は大切な人との遭逢そうほうだけを切望して、そひ色の空を限界を超えて飛翔し続ける──

 
 








 
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