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私の一日の始まりは、その日によってバラバラだ。
基本、朝日が登る前から目は覚めているが、日が登っても暫くの間はただ静かに書物に目を通しているのが常だ。
一日を始める基準は、すぐ近くですやすやと寝息をたてている少女だ。
少女の名前はカメリア。年端もいかない子供だが、私の娘では無く、訳あって一緒に世界を巡っている。
寝付きは良いが、寝起きはあまり宜しくなく、起こそうとしてひどい目に遭ってからは、彼女が自然に覚醒するまで放置する事にしたのだ。
「ん~。ん……」
一度、大きく伸びをしたかと思えば再び丸くなり、またすやすやと寝息を立てる。
その動作を二度、三度と繰り返していくうちに、頻繁に寝返りを打つようになってきた。
どうやらそろそろお目覚めのようだ。
「……今日は早い方かな」
私はとうに読み飽きた書物をパタンと閉じ、消えかけていた薪の火を起こす。
そしてなるべく音を立てないように近くの川辺へと向かった。
近くの川辺の底は浅く、覗き込めば川底が透き通った水を通して良く見える。
覗き込んだ拍子に、近くにいた魚達が散り散りになって逃げていくのが見えた。
「この顔で逃げられるのは、ショックだな」
顔を見て逃げたわけでは無いのは十分承知しているが、水面に映る自分の顔を見て一安心する。
「おはよう、私」
上流から下流へ、緩やかに流れる水面に映るのは、人の顔。
精悍な顔つきとは程遠い、紫水晶の垂れ下がった瞳、膨らみがあり、ほんの少し口角の上がった唇、鼻を含め全体的に丸みのある顔付き。
赤茶色の柔らかい髪は整えてはあるものの従来の癖っ毛で、前髪や揉み上げ部分は跳ねていて、何となく野暮ったさを感じる。
どれも紛れもない、自分自身の顔の一部だ。
昨日の夜、カメリアの瞳に映っていた魔王の顔では無い。
人の姿に戻れた事をしっかりと確認した後は、朝の準備に取り掛かる為、まずは顔を洗った。
次いで飲み水を確保する為に革袋を広げていると、後ろから声が掛かった。
「賢者さま、おはよ!」
カメリアのお目覚めだ。
「おはよう、カメリア。顔を洗ったら、朝食にしようか」
「うん!」
カメリアは隣にくると、髪が濡れるのもお構いなく水中に顔ごと突っ込み、バシャバシャと豪快に顔を洗い、犬のようにぶるぶる、と首を振って水気を飛ばす。
それはいつもの光景だが、隣にいる身としては水が飛んで濡れるし、何よりも飲み水として汲んでいた水が台無しになってしまう。
「あのねカメリア。キミも一応女の子なんだから、もう少しお淑やかに……」
「ごはんどれ?」
やんわりと注意しようとするものの、まるで聞いてはいない。
彼女に淑女としての教養を与えるのは、なかなか骨が折れそうだ。
「……はあ。あの辺りにイワナがいたから、それにしようか」
川の中間辺りを指差すと、
「分かった!」
とカメリアは勢い良くそこへ向かって走っていく。
そんなに騒々しくしては魚が逃げてしまうが、彼女はそんなのお構い無しだ。
言われた通り川の中間まで行くとそこで静止し、魚が周辺に戻ってくるのをじっと待つ。
そして獲物を見つけたようでゆっくりと腕を上に持ち上げ、異様に長く伸びた鋭い爪をにゅっと突き立て……。
ザン!
と豪快に水しぶきをあげて腕を水中へと振り下ろす。
カメリアが腕を引き上げると、彼女の長く延びた爪には立派なイワナがビチビチと暴れながら突き刺さっていた。
「穫れた!」
彼女は嬉しそうに笑い、魚を爪から引き抜いて私の足元へと放り投げる。
そうして同じ動作を何度か繰り返す内に、陸に打ち上げられた魚は片手では数え切れない程になった。
「カメリア、その辺にしなさい。捕りすぎは良くないよ」
そう一声掛けると彼女は大人しく従い川から上がった。
「いっぱい穫れた!」
「うん、ありがとう。でも今度からは食べる分だけにしなさいね。さあ、手を洗ってごはんにしよう。身体も乾かさないと」
カメリアが穫ってくれた魚を抱えて夜営地まで戻り、早速朝食の準備に取り掛かる。
捕りたての魚を焼いている間、川でびしょ濡れになってしまったカメリアの髪を乾かす。
手の周りに魔力を集中させ程良い温風を作り出し、以前露天商から買い取った櫛を使って丁寧に梳いていく。
カメリアは髪を梳いてもらうのが気に入っているようで、始終鼻歌を歌いながら伸ばした足をパタパタと動かしている。
が、
「いたっ!」
がり、と櫛が堅い物にぶつかる衝撃と共にカメリアが叫び、ぱっとそこを押さえた。
耳の上部から髪に隠れて生えている角に、引っ掛けてしまったようだ。
「ああ、ごめんよ。怪我しなかったかい?」
慌てて確かめてみるが、角は特に傷付いた様子は無く、カメリアも「大丈夫」と頷いてくれたのでほっとする。
見た目は本当にどこにでもいる普通の少女なのだが、カメリアはただの人間では無い。
人間と魔獣コボルトの間に出来た混血児だ。
長く延びる爪、耳の上部から生える二本の角、異様に白い肌……。
こういった些細な部分が人とは異なる為、それなりに気をつけなくてはいけないのだが、つい忘れてしまう。
角に触れないよう気をつけながら髪を乾かす作業を続ける。
「カメリア。朝食を済ませたら今日は何をしようか?」
私に目的の場所は無い。
旅をする目的はあるのだが、目指す場所は無い。
だからいつも、カメリアの行きたい方へ向かう。
「ん~……」
カメリアは人差し指を口元に当てて暫く考える。
彼女はコボルトとの生活が長かった為に、人間としての言葉使いや行動が覚束ない。
言葉や人間、特に女性としての所作を教えてはいるものの、なかなか身に付かないのがたまに傷だが、こうやって自発的に言葉を発してもらう為にも、敢えて話題を振る。
ややあって、カメリアは頭を少し後ろに傾けて上目遣いで答えた。
「海!」
「海?また唐突だね」
「お水、気持ち良かった!」
にか、と八重歯を見せて笑う。
そういう仕草は年相応の少女のもので、私は後ろから抱き抱えるようにして頭の上に顎を載せる。
「ふ~む、海かあ……。まだ寒いから泳ぐのは無理でも、散歩くらいは出来るか。よし、それじゃあ海に向かうとしよう」
「うん!」
こうして次の目的地が決まった。
近場の海まではここからのんびり歩いても三日程で辿り着く。
たった三日で次の目的地を決めなくてはいけないのは少し億劫だが、今は出発の準備をしなければ。
火の始末を済ませ、方角を確認し、海を目指して森の中を歩く。
道中で見つけた草花や食べられそうな木の実等をカメリアに教え、採集しながらの旅なので、なかなか森は抜けらず、気付けば森の中は陰りが見え始めていた。
「今日はこの辺りで休むとしようか。今晩のおかずは、山菜の盛り合わせだ」
不自然に開いた広間を見つけた私はカメリアにそう声を掛け、荷物をその場に下ろして今日穫れた食材を広げる。
カメリアは近くの木をきょろきょろと物色し、狙いを定めた内の一つに軽々と登り、そこに成っていた果実を二つ採ってきた。
「これ、美味しいよ」
見た目はイボイボしていてとても美味しそうには見えないのだが、彼女の果物に対する目利きは信頼出来る。
「ありがとう。それじゃあ火を起こすから、薪を集めようか」
そう声を掛けるが、今回は薪を集めるのも容易そうだ。
何しろあちこちに散らばっているのだから。
どうやらここは誰かが夜営地として使った跡地のようで、焚き火をした痕跡や人の足跡等がちらほら残っている。
規模としてはそれほど大きな広間では無い。おそらく十にも満たない隊商か何かだろう。
獣の足跡もあるけど、粗方探した後みたいだから、問題は無いかな。
そんな事をのんびりと考えてながら枝を拾っていたのだが、どうやらその考えは甘かったようだ。
「血の臭い……」
ぽつりと、カメリアがそう零した。
「え?」
本当に独り言のように呟いたものだから聞き漏らしそうになるが、カメリアはこちらを向いて何処か山の奥を指差す。
「血と、獣の臭いする。こっち来る!」
人間よりも優れた嗅覚が何かを察知し、興奮気味に伝えてくる。
そして程なくして、人の悲鳴と、獣の唸り声が響いてきた。
「参ったな、こんな夕刻に。面倒事はごめんだよ」
私はせっかく拾い集めた枝をその場に捨て、荷物を拾い上げてカメリアの手を引き、近くの物陰に隠れた。
声は確実にこちらに向かって来ている。
襲われているのは、一人か。……来た。隊商、じゃないな。
広間に飛び込んで来たのは一人の男。
手も足もひょろひょろにやせ細っており、武器も防具も持たず着の身着のままの状態だ。
追い剥ぎにでもあったのか?
男は最早逃げる体力すら残っていないのか、その場に転がるようにへたり込んでしまう。
そしてすぐに、数匹の四足歩行の獣に取り囲まれてしまった。
「や、やめろ……。来るな!」
男の姿は見えないが、恐怖に満ちた悲鳴が上がる。
裸同然で、魔法も使えないのか。あれじゃ、もう終わりだな。
男の命の灯火が消えかかっているのに確信を持つと、不意に衣服を引っ張られた。
カメリアがローブの裾をぎゅっと掴んで、何かを言いたそうにじっとこちらを見つめている。
「……」
本当は関わりあいにはなりたくないが、カメリアに人が死ぬ瞬間を見せるのはもっと避けたい。
私は軽いため息と共に、カメリアの頭にぽんと手を乗せる。
「分かってるよ」
そう答えた後、私は片手で火の球を作り出し、獣の群れ目掛けて放り投げた。
突然の炎に驚いた獣達をよそに二、三発続けて投げ込み、最後に特大なのを獣に当てる。
たったそれだけで臆した獣達は気弱な声をあげながら森の奥へと逃げ戻って行った。
残された男は何が起きたか分からない様子だが、無事のようだ。
「さあ、今の内に逃げなさい」
最早隠れる意味も無い為、そう声を掛けながら男に近寄る。
男は、単に痩せているというより栄養をしっかり摂れていない。そんな印象を受けるくらいにガリガリだ。
獣達から逃げる道中で出来たのかは定かでは無いが、あちこちに擦過傷も沢山ある。
「あ、あんたは……」
「しがない旅人さ。それより早く逃げた方が良い。彼らがまた追ってくる前に」
「いーや。もう手遅れだ」
何故だろう。目の前の男と話している筈なのに、第三者に邪魔されてしまった。
「おや?」
気付けば周りは先程の獣達と、屈強そうな身体つきの男達に取り囲まれ、そのまま私達は捕らえられてしまった。
基本、朝日が登る前から目は覚めているが、日が登っても暫くの間はただ静かに書物に目を通しているのが常だ。
一日を始める基準は、すぐ近くですやすやと寝息をたてている少女だ。
少女の名前はカメリア。年端もいかない子供だが、私の娘では無く、訳あって一緒に世界を巡っている。
寝付きは良いが、寝起きはあまり宜しくなく、起こそうとしてひどい目に遭ってからは、彼女が自然に覚醒するまで放置する事にしたのだ。
「ん~。ん……」
一度、大きく伸びをしたかと思えば再び丸くなり、またすやすやと寝息を立てる。
その動作を二度、三度と繰り返していくうちに、頻繁に寝返りを打つようになってきた。
どうやらそろそろお目覚めのようだ。
「……今日は早い方かな」
私はとうに読み飽きた書物をパタンと閉じ、消えかけていた薪の火を起こす。
そしてなるべく音を立てないように近くの川辺へと向かった。
近くの川辺の底は浅く、覗き込めば川底が透き通った水を通して良く見える。
覗き込んだ拍子に、近くにいた魚達が散り散りになって逃げていくのが見えた。
「この顔で逃げられるのは、ショックだな」
顔を見て逃げたわけでは無いのは十分承知しているが、水面に映る自分の顔を見て一安心する。
「おはよう、私」
上流から下流へ、緩やかに流れる水面に映るのは、人の顔。
精悍な顔つきとは程遠い、紫水晶の垂れ下がった瞳、膨らみがあり、ほんの少し口角の上がった唇、鼻を含め全体的に丸みのある顔付き。
赤茶色の柔らかい髪は整えてはあるものの従来の癖っ毛で、前髪や揉み上げ部分は跳ねていて、何となく野暮ったさを感じる。
どれも紛れもない、自分自身の顔の一部だ。
昨日の夜、カメリアの瞳に映っていた魔王の顔では無い。
人の姿に戻れた事をしっかりと確認した後は、朝の準備に取り掛かる為、まずは顔を洗った。
次いで飲み水を確保する為に革袋を広げていると、後ろから声が掛かった。
「賢者さま、おはよ!」
カメリアのお目覚めだ。
「おはよう、カメリア。顔を洗ったら、朝食にしようか」
「うん!」
カメリアは隣にくると、髪が濡れるのもお構いなく水中に顔ごと突っ込み、バシャバシャと豪快に顔を洗い、犬のようにぶるぶる、と首を振って水気を飛ばす。
それはいつもの光景だが、隣にいる身としては水が飛んで濡れるし、何よりも飲み水として汲んでいた水が台無しになってしまう。
「あのねカメリア。キミも一応女の子なんだから、もう少しお淑やかに……」
「ごはんどれ?」
やんわりと注意しようとするものの、まるで聞いてはいない。
彼女に淑女としての教養を与えるのは、なかなか骨が折れそうだ。
「……はあ。あの辺りにイワナがいたから、それにしようか」
川の中間辺りを指差すと、
「分かった!」
とカメリアは勢い良くそこへ向かって走っていく。
そんなに騒々しくしては魚が逃げてしまうが、彼女はそんなのお構い無しだ。
言われた通り川の中間まで行くとそこで静止し、魚が周辺に戻ってくるのをじっと待つ。
そして獲物を見つけたようでゆっくりと腕を上に持ち上げ、異様に長く伸びた鋭い爪をにゅっと突き立て……。
ザン!
と豪快に水しぶきをあげて腕を水中へと振り下ろす。
カメリアが腕を引き上げると、彼女の長く延びた爪には立派なイワナがビチビチと暴れながら突き刺さっていた。
「穫れた!」
彼女は嬉しそうに笑い、魚を爪から引き抜いて私の足元へと放り投げる。
そうして同じ動作を何度か繰り返す内に、陸に打ち上げられた魚は片手では数え切れない程になった。
「カメリア、その辺にしなさい。捕りすぎは良くないよ」
そう一声掛けると彼女は大人しく従い川から上がった。
「いっぱい穫れた!」
「うん、ありがとう。でも今度からは食べる分だけにしなさいね。さあ、手を洗ってごはんにしよう。身体も乾かさないと」
カメリアが穫ってくれた魚を抱えて夜営地まで戻り、早速朝食の準備に取り掛かる。
捕りたての魚を焼いている間、川でびしょ濡れになってしまったカメリアの髪を乾かす。
手の周りに魔力を集中させ程良い温風を作り出し、以前露天商から買い取った櫛を使って丁寧に梳いていく。
カメリアは髪を梳いてもらうのが気に入っているようで、始終鼻歌を歌いながら伸ばした足をパタパタと動かしている。
が、
「いたっ!」
がり、と櫛が堅い物にぶつかる衝撃と共にカメリアが叫び、ぱっとそこを押さえた。
耳の上部から髪に隠れて生えている角に、引っ掛けてしまったようだ。
「ああ、ごめんよ。怪我しなかったかい?」
慌てて確かめてみるが、角は特に傷付いた様子は無く、カメリアも「大丈夫」と頷いてくれたのでほっとする。
見た目は本当にどこにでもいる普通の少女なのだが、カメリアはただの人間では無い。
人間と魔獣コボルトの間に出来た混血児だ。
長く延びる爪、耳の上部から生える二本の角、異様に白い肌……。
こういった些細な部分が人とは異なる為、それなりに気をつけなくてはいけないのだが、つい忘れてしまう。
角に触れないよう気をつけながら髪を乾かす作業を続ける。
「カメリア。朝食を済ませたら今日は何をしようか?」
私に目的の場所は無い。
旅をする目的はあるのだが、目指す場所は無い。
だからいつも、カメリアの行きたい方へ向かう。
「ん~……」
カメリアは人差し指を口元に当てて暫く考える。
彼女はコボルトとの生活が長かった為に、人間としての言葉使いや行動が覚束ない。
言葉や人間、特に女性としての所作を教えてはいるものの、なかなか身に付かないのがたまに傷だが、こうやって自発的に言葉を発してもらう為にも、敢えて話題を振る。
ややあって、カメリアは頭を少し後ろに傾けて上目遣いで答えた。
「海!」
「海?また唐突だね」
「お水、気持ち良かった!」
にか、と八重歯を見せて笑う。
そういう仕草は年相応の少女のもので、私は後ろから抱き抱えるようにして頭の上に顎を載せる。
「ふ~む、海かあ……。まだ寒いから泳ぐのは無理でも、散歩くらいは出来るか。よし、それじゃあ海に向かうとしよう」
「うん!」
こうして次の目的地が決まった。
近場の海まではここからのんびり歩いても三日程で辿り着く。
たった三日で次の目的地を決めなくてはいけないのは少し億劫だが、今は出発の準備をしなければ。
火の始末を済ませ、方角を確認し、海を目指して森の中を歩く。
道中で見つけた草花や食べられそうな木の実等をカメリアに教え、採集しながらの旅なので、なかなか森は抜けらず、気付けば森の中は陰りが見え始めていた。
「今日はこの辺りで休むとしようか。今晩のおかずは、山菜の盛り合わせだ」
不自然に開いた広間を見つけた私はカメリアにそう声を掛け、荷物をその場に下ろして今日穫れた食材を広げる。
カメリアは近くの木をきょろきょろと物色し、狙いを定めた内の一つに軽々と登り、そこに成っていた果実を二つ採ってきた。
「これ、美味しいよ」
見た目はイボイボしていてとても美味しそうには見えないのだが、彼女の果物に対する目利きは信頼出来る。
「ありがとう。それじゃあ火を起こすから、薪を集めようか」
そう声を掛けるが、今回は薪を集めるのも容易そうだ。
何しろあちこちに散らばっているのだから。
どうやらここは誰かが夜営地として使った跡地のようで、焚き火をした痕跡や人の足跡等がちらほら残っている。
規模としてはそれほど大きな広間では無い。おそらく十にも満たない隊商か何かだろう。
獣の足跡もあるけど、粗方探した後みたいだから、問題は無いかな。
そんな事をのんびりと考えてながら枝を拾っていたのだが、どうやらその考えは甘かったようだ。
「血の臭い……」
ぽつりと、カメリアがそう零した。
「え?」
本当に独り言のように呟いたものだから聞き漏らしそうになるが、カメリアはこちらを向いて何処か山の奥を指差す。
「血と、獣の臭いする。こっち来る!」
人間よりも優れた嗅覚が何かを察知し、興奮気味に伝えてくる。
そして程なくして、人の悲鳴と、獣の唸り声が響いてきた。
「参ったな、こんな夕刻に。面倒事はごめんだよ」
私はせっかく拾い集めた枝をその場に捨て、荷物を拾い上げてカメリアの手を引き、近くの物陰に隠れた。
声は確実にこちらに向かって来ている。
襲われているのは、一人か。……来た。隊商、じゃないな。
広間に飛び込んで来たのは一人の男。
手も足もひょろひょろにやせ細っており、武器も防具も持たず着の身着のままの状態だ。
追い剥ぎにでもあったのか?
男は最早逃げる体力すら残っていないのか、その場に転がるようにへたり込んでしまう。
そしてすぐに、数匹の四足歩行の獣に取り囲まれてしまった。
「や、やめろ……。来るな!」
男の姿は見えないが、恐怖に満ちた悲鳴が上がる。
裸同然で、魔法も使えないのか。あれじゃ、もう終わりだな。
男の命の灯火が消えかかっているのに確信を持つと、不意に衣服を引っ張られた。
カメリアがローブの裾をぎゅっと掴んで、何かを言いたそうにじっとこちらを見つめている。
「……」
本当は関わりあいにはなりたくないが、カメリアに人が死ぬ瞬間を見せるのはもっと避けたい。
私は軽いため息と共に、カメリアの頭にぽんと手を乗せる。
「分かってるよ」
そう答えた後、私は片手で火の球を作り出し、獣の群れ目掛けて放り投げた。
突然の炎に驚いた獣達をよそに二、三発続けて投げ込み、最後に特大なのを獣に当てる。
たったそれだけで臆した獣達は気弱な声をあげながら森の奥へと逃げ戻って行った。
残された男は何が起きたか分からない様子だが、無事のようだ。
「さあ、今の内に逃げなさい」
最早隠れる意味も無い為、そう声を掛けながら男に近寄る。
男は、単に痩せているというより栄養をしっかり摂れていない。そんな印象を受けるくらいにガリガリだ。
獣達から逃げる道中で出来たのかは定かでは無いが、あちこちに擦過傷も沢山ある。
「あ、あんたは……」
「しがない旅人さ。それより早く逃げた方が良い。彼らがまた追ってくる前に」
「いーや。もう手遅れだ」
何故だろう。目の前の男と話している筈なのに、第三者に邪魔されてしまった。
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