2 / 62
人助け
しおりを挟む
私の一日の始まりは、その日によってバラバラだ。
基本、朝日が登る前から目は覚めているが、日が登っても暫くの間はただ静かに書物に目を通しているのが常だ。
一日を始める基準は、すぐ近くですやすやと寝息をたてている少女だ。
少女の名前はカメリア。年端もいかない子供だが、私の娘では無く、訳あって一緒に世界を巡っている。
寝付きは良いが、寝起きはあまり宜しくなく、起こそうとしてひどい目に遭ってからは、彼女が自然に覚醒するまで放置する事にしたのだ。
「ん~。ん……」
一度、大きく伸びをしたかと思えば再び丸くなり、またすやすやと寝息を立てる。
その動作を二度、三度と繰り返していくうちに、頻繁に寝返りを打つようになってきた。
どうやらそろそろお目覚めのようだ。
「……今日は早い方かな」
私はとうに読み飽きた書物をパタンと閉じ、消えかけていた薪の火を起こす。
そしてなるべく音を立てないように近くの川辺へと向かった。
近くの川辺の底は浅く、覗き込めば川底が透き通った水を通して良く見える。
覗き込んだ拍子に、近くにいた魚達が散り散りになって逃げていくのが見えた。
「この顔で逃げられるのは、ショックだな」
顔を見て逃げたわけでは無いのは十分承知しているが、水面に映る自分の顔を見て一安心する。
「おはよう、私」
上流から下流へ、緩やかに流れる水面に映るのは、人の顔。
精悍な顔つきとは程遠い、紫水晶の垂れ下がった瞳、膨らみがあり、ほんの少し口角の上がった唇、鼻を含め全体的に丸みのある顔付き。
赤茶色の柔らかい髪は整えてはあるものの従来の癖っ毛で、前髪や揉み上げ部分は跳ねていて、何となく野暮ったさを感じる。
どれも紛れもない、自分自身の顔の一部だ。
昨日の夜、カメリアの瞳に映っていた魔王の顔では無い。
人の姿に戻れた事をしっかりと確認した後は、朝の準備に取り掛かる為、まずは顔を洗った。
次いで飲み水を確保する為に革袋を広げていると、後ろから声が掛かった。
「賢者さま、おはよ!」
カメリアのお目覚めだ。
「おはよう、カメリア。顔を洗ったら、朝食にしようか」
「うん!」
カメリアは隣にくると、髪が濡れるのもお構いなく水中に顔ごと突っ込み、バシャバシャと豪快に顔を洗い、犬のようにぶるぶる、と首を振って水気を飛ばす。
それはいつもの光景だが、隣にいる身としては水が飛んで濡れるし、何よりも飲み水として汲んでいた水が台無しになってしまう。
「あのねカメリア。キミも一応女の子なんだから、もう少しお淑やかに……」
「ごはんどれ?」
やんわりと注意しようとするものの、まるで聞いてはいない。
彼女に淑女としての教養を与えるのは、なかなか骨が折れそうだ。
「……はあ。あの辺りにイワナがいたから、それにしようか」
川の中間辺りを指差すと、
「分かった!」
とカメリアは勢い良くそこへ向かって走っていく。
そんなに騒々しくしては魚が逃げてしまうが、彼女はそんなのお構い無しだ。
言われた通り川の中間まで行くとそこで静止し、魚が周辺に戻ってくるのをじっと待つ。
そして獲物を見つけたようでゆっくりと腕を上に持ち上げ、異様に長く伸びた鋭い爪をにゅっと突き立て……。
ザン!
と豪快に水しぶきをあげて腕を水中へと振り下ろす。
カメリアが腕を引き上げると、彼女の長く延びた爪には立派なイワナがビチビチと暴れながら突き刺さっていた。
「穫れた!」
彼女は嬉しそうに笑い、魚を爪から引き抜いて私の足元へと放り投げる。
そうして同じ動作を何度か繰り返す内に、陸に打ち上げられた魚は片手では数え切れない程になった。
「カメリア、その辺にしなさい。捕りすぎは良くないよ」
そう一声掛けると彼女は大人しく従い川から上がった。
「いっぱい穫れた!」
「うん、ありがとう。でも今度からは食べる分だけにしなさいね。さあ、手を洗ってごはんにしよう。身体も乾かさないと」
カメリアが穫ってくれた魚を抱えて夜営地まで戻り、早速朝食の準備に取り掛かる。
捕りたての魚を焼いている間、川でびしょ濡れになってしまったカメリアの髪を乾かす。
手の周りに魔力を集中させ程良い温風を作り出し、以前露天商から買い取った櫛を使って丁寧に梳いていく。
カメリアは髪を梳いてもらうのが気に入っているようで、始終鼻歌を歌いながら伸ばした足をパタパタと動かしている。
が、
「いたっ!」
がり、と櫛が堅い物にぶつかる衝撃と共にカメリアが叫び、ぱっとそこを押さえた。
耳の上部から髪に隠れて生えている角に、引っ掛けてしまったようだ。
「ああ、ごめんよ。怪我しなかったかい?」
慌てて確かめてみるが、角は特に傷付いた様子は無く、カメリアも「大丈夫」と頷いてくれたのでほっとする。
見た目は本当にどこにでもいる普通の少女なのだが、カメリアはただの人間では無い。
人間と魔獣コボルトの間に出来た混血児だ。
長く延びる爪、耳の上部から生える二本の角、異様に白い肌……。
こういった些細な部分が人とは異なる為、それなりに気をつけなくてはいけないのだが、つい忘れてしまう。
角に触れないよう気をつけながら髪を乾かす作業を続ける。
「カメリア。朝食を済ませたら今日は何をしようか?」
私に目的の場所は無い。
旅をする目的はあるのだが、目指す場所は無い。
だからいつも、カメリアの行きたい方へ向かう。
「ん~……」
カメリアは人差し指を口元に当てて暫く考える。
彼女はコボルトとの生活が長かった為に、人間としての言葉使いや行動が覚束ない。
言葉や人間、特に女性としての所作を教えてはいるものの、なかなか身に付かないのがたまに傷だが、こうやって自発的に言葉を発してもらう為にも、敢えて話題を振る。
ややあって、カメリアは頭を少し後ろに傾けて上目遣いで答えた。
「海!」
「海?また唐突だね」
「お水、気持ち良かった!」
にか、と八重歯を見せて笑う。
そういう仕草は年相応の少女のもので、私は後ろから抱き抱えるようにして頭の上に顎を載せる。
「ふ~む、海かあ……。まだ寒いから泳ぐのは無理でも、散歩くらいは出来るか。よし、それじゃあ海に向かうとしよう」
「うん!」
こうして次の目的地が決まった。
近場の海まではここからのんびり歩いても三日程で辿り着く。
たった三日で次の目的地を決めなくてはいけないのは少し億劫だが、今は出発の準備をしなければ。
火の始末を済ませ、方角を確認し、海を目指して森の中を歩く。
道中で見つけた草花や食べられそうな木の実等をカメリアに教え、採集しながらの旅なので、なかなか森は抜けらず、気付けば森の中は陰りが見え始めていた。
「今日はこの辺りで休むとしようか。今晩のおかずは、山菜の盛り合わせだ」
不自然に開いた広間を見つけた私はカメリアにそう声を掛け、荷物をその場に下ろして今日穫れた食材を広げる。
カメリアは近くの木をきょろきょろと物色し、狙いを定めた内の一つに軽々と登り、そこに成っていた果実を二つ採ってきた。
「これ、美味しいよ」
見た目はイボイボしていてとても美味しそうには見えないのだが、彼女の果物に対する目利きは信頼出来る。
「ありがとう。それじゃあ火を起こすから、薪を集めようか」
そう声を掛けるが、今回は薪を集めるのも容易そうだ。
何しろあちこちに散らばっているのだから。
どうやらここは誰かが夜営地として使った跡地のようで、焚き火をした痕跡や人の足跡等がちらほら残っている。
規模としてはそれほど大きな広間では無い。おそらく十にも満たない隊商か何かだろう。
獣の足跡もあるけど、粗方探した後みたいだから、問題は無いかな。
そんな事をのんびりと考えてながら枝を拾っていたのだが、どうやらその考えは甘かったようだ。
「血の臭い……」
ぽつりと、カメリアがそう零した。
「え?」
本当に独り言のように呟いたものだから聞き漏らしそうになるが、カメリアはこちらを向いて何処か山の奥を指差す。
「血と、獣の臭いする。こっち来る!」
人間よりも優れた嗅覚が何かを察知し、興奮気味に伝えてくる。
そして程なくして、人の悲鳴と、獣の唸り声が響いてきた。
「参ったな、こんな夕刻に。面倒事はごめんだよ」
私はせっかく拾い集めた枝をその場に捨て、荷物を拾い上げてカメリアの手を引き、近くの物陰に隠れた。
声は確実にこちらに向かって来ている。
襲われているのは、一人か。……来た。隊商、じゃないな。
広間に飛び込んで来たのは一人の男。
手も足もひょろひょろにやせ細っており、武器も防具も持たず着の身着のままの状態だ。
追い剥ぎにでもあったのか?
男は最早逃げる体力すら残っていないのか、その場に転がるようにへたり込んでしまう。
そしてすぐに、数匹の四足歩行の獣に取り囲まれてしまった。
「や、やめろ……。来るな!」
男の姿は見えないが、恐怖に満ちた悲鳴が上がる。
裸同然で、魔法も使えないのか。あれじゃ、もう終わりだな。
男の命の灯火が消えかかっているのに確信を持つと、不意に衣服を引っ張られた。
カメリアがローブの裾をぎゅっと掴んで、何かを言いたそうにじっとこちらを見つめている。
「……」
本当は関わりあいにはなりたくないが、カメリアに人が死ぬ瞬間を見せるのはもっと避けたい。
私は軽いため息と共に、カメリアの頭にぽんと手を乗せる。
「分かってるよ」
そう答えた後、私は片手で火の球を作り出し、獣の群れ目掛けて放り投げた。
突然の炎に驚いた獣達をよそに二、三発続けて投げ込み、最後に特大なのを獣に当てる。
たったそれだけで臆した獣達は気弱な声をあげながら森の奥へと逃げ戻って行った。
残された男は何が起きたか分からない様子だが、無事のようだ。
「さあ、今の内に逃げなさい」
最早隠れる意味も無い為、そう声を掛けながら男に近寄る。
男は、単に痩せているというより栄養をしっかり摂れていない。そんな印象を受けるくらいにガリガリだ。
獣達から逃げる道中で出来たのかは定かでは無いが、あちこちに擦過傷も沢山ある。
「あ、あんたは……」
「しがない旅人さ。それより早く逃げた方が良い。彼らがまた追ってくる前に」
「いーや。もう手遅れだ」
何故だろう。目の前の男と話している筈なのに、第三者に邪魔されてしまった。
「おや?」
気付けば周りは先程の獣達と、屈強そうな身体つきの男達に取り囲まれ、そのまま私達は捕らえられてしまった。
基本、朝日が登る前から目は覚めているが、日が登っても暫くの間はただ静かに書物に目を通しているのが常だ。
一日を始める基準は、すぐ近くですやすやと寝息をたてている少女だ。
少女の名前はカメリア。年端もいかない子供だが、私の娘では無く、訳あって一緒に世界を巡っている。
寝付きは良いが、寝起きはあまり宜しくなく、起こそうとしてひどい目に遭ってからは、彼女が自然に覚醒するまで放置する事にしたのだ。
「ん~。ん……」
一度、大きく伸びをしたかと思えば再び丸くなり、またすやすやと寝息を立てる。
その動作を二度、三度と繰り返していくうちに、頻繁に寝返りを打つようになってきた。
どうやらそろそろお目覚めのようだ。
「……今日は早い方かな」
私はとうに読み飽きた書物をパタンと閉じ、消えかけていた薪の火を起こす。
そしてなるべく音を立てないように近くの川辺へと向かった。
近くの川辺の底は浅く、覗き込めば川底が透き通った水を通して良く見える。
覗き込んだ拍子に、近くにいた魚達が散り散りになって逃げていくのが見えた。
「この顔で逃げられるのは、ショックだな」
顔を見て逃げたわけでは無いのは十分承知しているが、水面に映る自分の顔を見て一安心する。
「おはよう、私」
上流から下流へ、緩やかに流れる水面に映るのは、人の顔。
精悍な顔つきとは程遠い、紫水晶の垂れ下がった瞳、膨らみがあり、ほんの少し口角の上がった唇、鼻を含め全体的に丸みのある顔付き。
赤茶色の柔らかい髪は整えてはあるものの従来の癖っ毛で、前髪や揉み上げ部分は跳ねていて、何となく野暮ったさを感じる。
どれも紛れもない、自分自身の顔の一部だ。
昨日の夜、カメリアの瞳に映っていた魔王の顔では無い。
人の姿に戻れた事をしっかりと確認した後は、朝の準備に取り掛かる為、まずは顔を洗った。
次いで飲み水を確保する為に革袋を広げていると、後ろから声が掛かった。
「賢者さま、おはよ!」
カメリアのお目覚めだ。
「おはよう、カメリア。顔を洗ったら、朝食にしようか」
「うん!」
カメリアは隣にくると、髪が濡れるのもお構いなく水中に顔ごと突っ込み、バシャバシャと豪快に顔を洗い、犬のようにぶるぶる、と首を振って水気を飛ばす。
それはいつもの光景だが、隣にいる身としては水が飛んで濡れるし、何よりも飲み水として汲んでいた水が台無しになってしまう。
「あのねカメリア。キミも一応女の子なんだから、もう少しお淑やかに……」
「ごはんどれ?」
やんわりと注意しようとするものの、まるで聞いてはいない。
彼女に淑女としての教養を与えるのは、なかなか骨が折れそうだ。
「……はあ。あの辺りにイワナがいたから、それにしようか」
川の中間辺りを指差すと、
「分かった!」
とカメリアは勢い良くそこへ向かって走っていく。
そんなに騒々しくしては魚が逃げてしまうが、彼女はそんなのお構い無しだ。
言われた通り川の中間まで行くとそこで静止し、魚が周辺に戻ってくるのをじっと待つ。
そして獲物を見つけたようでゆっくりと腕を上に持ち上げ、異様に長く伸びた鋭い爪をにゅっと突き立て……。
ザン!
と豪快に水しぶきをあげて腕を水中へと振り下ろす。
カメリアが腕を引き上げると、彼女の長く延びた爪には立派なイワナがビチビチと暴れながら突き刺さっていた。
「穫れた!」
彼女は嬉しそうに笑い、魚を爪から引き抜いて私の足元へと放り投げる。
そうして同じ動作を何度か繰り返す内に、陸に打ち上げられた魚は片手では数え切れない程になった。
「カメリア、その辺にしなさい。捕りすぎは良くないよ」
そう一声掛けると彼女は大人しく従い川から上がった。
「いっぱい穫れた!」
「うん、ありがとう。でも今度からは食べる分だけにしなさいね。さあ、手を洗ってごはんにしよう。身体も乾かさないと」
カメリアが穫ってくれた魚を抱えて夜営地まで戻り、早速朝食の準備に取り掛かる。
捕りたての魚を焼いている間、川でびしょ濡れになってしまったカメリアの髪を乾かす。
手の周りに魔力を集中させ程良い温風を作り出し、以前露天商から買い取った櫛を使って丁寧に梳いていく。
カメリアは髪を梳いてもらうのが気に入っているようで、始終鼻歌を歌いながら伸ばした足をパタパタと動かしている。
が、
「いたっ!」
がり、と櫛が堅い物にぶつかる衝撃と共にカメリアが叫び、ぱっとそこを押さえた。
耳の上部から髪に隠れて生えている角に、引っ掛けてしまったようだ。
「ああ、ごめんよ。怪我しなかったかい?」
慌てて確かめてみるが、角は特に傷付いた様子は無く、カメリアも「大丈夫」と頷いてくれたのでほっとする。
見た目は本当にどこにでもいる普通の少女なのだが、カメリアはただの人間では無い。
人間と魔獣コボルトの間に出来た混血児だ。
長く延びる爪、耳の上部から生える二本の角、異様に白い肌……。
こういった些細な部分が人とは異なる為、それなりに気をつけなくてはいけないのだが、つい忘れてしまう。
角に触れないよう気をつけながら髪を乾かす作業を続ける。
「カメリア。朝食を済ませたら今日は何をしようか?」
私に目的の場所は無い。
旅をする目的はあるのだが、目指す場所は無い。
だからいつも、カメリアの行きたい方へ向かう。
「ん~……」
カメリアは人差し指を口元に当てて暫く考える。
彼女はコボルトとの生活が長かった為に、人間としての言葉使いや行動が覚束ない。
言葉や人間、特に女性としての所作を教えてはいるものの、なかなか身に付かないのがたまに傷だが、こうやって自発的に言葉を発してもらう為にも、敢えて話題を振る。
ややあって、カメリアは頭を少し後ろに傾けて上目遣いで答えた。
「海!」
「海?また唐突だね」
「お水、気持ち良かった!」
にか、と八重歯を見せて笑う。
そういう仕草は年相応の少女のもので、私は後ろから抱き抱えるようにして頭の上に顎を載せる。
「ふ~む、海かあ……。まだ寒いから泳ぐのは無理でも、散歩くらいは出来るか。よし、それじゃあ海に向かうとしよう」
「うん!」
こうして次の目的地が決まった。
近場の海まではここからのんびり歩いても三日程で辿り着く。
たった三日で次の目的地を決めなくてはいけないのは少し億劫だが、今は出発の準備をしなければ。
火の始末を済ませ、方角を確認し、海を目指して森の中を歩く。
道中で見つけた草花や食べられそうな木の実等をカメリアに教え、採集しながらの旅なので、なかなか森は抜けらず、気付けば森の中は陰りが見え始めていた。
「今日はこの辺りで休むとしようか。今晩のおかずは、山菜の盛り合わせだ」
不自然に開いた広間を見つけた私はカメリアにそう声を掛け、荷物をその場に下ろして今日穫れた食材を広げる。
カメリアは近くの木をきょろきょろと物色し、狙いを定めた内の一つに軽々と登り、そこに成っていた果実を二つ採ってきた。
「これ、美味しいよ」
見た目はイボイボしていてとても美味しそうには見えないのだが、彼女の果物に対する目利きは信頼出来る。
「ありがとう。それじゃあ火を起こすから、薪を集めようか」
そう声を掛けるが、今回は薪を集めるのも容易そうだ。
何しろあちこちに散らばっているのだから。
どうやらここは誰かが夜営地として使った跡地のようで、焚き火をした痕跡や人の足跡等がちらほら残っている。
規模としてはそれほど大きな広間では無い。おそらく十にも満たない隊商か何かだろう。
獣の足跡もあるけど、粗方探した後みたいだから、問題は無いかな。
そんな事をのんびりと考えてながら枝を拾っていたのだが、どうやらその考えは甘かったようだ。
「血の臭い……」
ぽつりと、カメリアがそう零した。
「え?」
本当に独り言のように呟いたものだから聞き漏らしそうになるが、カメリアはこちらを向いて何処か山の奥を指差す。
「血と、獣の臭いする。こっち来る!」
人間よりも優れた嗅覚が何かを察知し、興奮気味に伝えてくる。
そして程なくして、人の悲鳴と、獣の唸り声が響いてきた。
「参ったな、こんな夕刻に。面倒事はごめんだよ」
私はせっかく拾い集めた枝をその場に捨て、荷物を拾い上げてカメリアの手を引き、近くの物陰に隠れた。
声は確実にこちらに向かって来ている。
襲われているのは、一人か。……来た。隊商、じゃないな。
広間に飛び込んで来たのは一人の男。
手も足もひょろひょろにやせ細っており、武器も防具も持たず着の身着のままの状態だ。
追い剥ぎにでもあったのか?
男は最早逃げる体力すら残っていないのか、その場に転がるようにへたり込んでしまう。
そしてすぐに、数匹の四足歩行の獣に取り囲まれてしまった。
「や、やめろ……。来るな!」
男の姿は見えないが、恐怖に満ちた悲鳴が上がる。
裸同然で、魔法も使えないのか。あれじゃ、もう終わりだな。
男の命の灯火が消えかかっているのに確信を持つと、不意に衣服を引っ張られた。
カメリアがローブの裾をぎゅっと掴んで、何かを言いたそうにじっとこちらを見つめている。
「……」
本当は関わりあいにはなりたくないが、カメリアに人が死ぬ瞬間を見せるのはもっと避けたい。
私は軽いため息と共に、カメリアの頭にぽんと手を乗せる。
「分かってるよ」
そう答えた後、私は片手で火の球を作り出し、獣の群れ目掛けて放り投げた。
突然の炎に驚いた獣達をよそに二、三発続けて投げ込み、最後に特大なのを獣に当てる。
たったそれだけで臆した獣達は気弱な声をあげながら森の奥へと逃げ戻って行った。
残された男は何が起きたか分からない様子だが、無事のようだ。
「さあ、今の内に逃げなさい」
最早隠れる意味も無い為、そう声を掛けながら男に近寄る。
男は、単に痩せているというより栄養をしっかり摂れていない。そんな印象を受けるくらいにガリガリだ。
獣達から逃げる道中で出来たのかは定かでは無いが、あちこちに擦過傷も沢山ある。
「あ、あんたは……」
「しがない旅人さ。それより早く逃げた方が良い。彼らがまた追ってくる前に」
「いーや。もう手遅れだ」
何故だろう。目の前の男と話している筈なのに、第三者に邪魔されてしまった。
「おや?」
気付けば周りは先程の獣達と、屈強そうな身体つきの男達に取り囲まれ、そのまま私達は捕らえられてしまった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!
饕餮
ファンタジー
書籍化決定!
2024/08/中旬ごろの出荷となります!
Web版と書籍版では一部の設定を追加しました!
今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。
救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。
一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。
そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。
だが。
「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」
森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。
ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。
★主人公は口が悪いです。
★不定期更新です。
★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる