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話し合い
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「さあて、と」
一人部屋に戻ってきた私は軽く伸びをしてから寝台の隅に腰掛ける。
やることがあるとはいってもすぐには動けず、まずは時を待つ。
直に彼の時間だ。
窓辺から差し込む月明かりは煌々と輝き、私の足元を優しく照らす。
もうすぐ満月か……。出来れば外で過ごしたいけど、事情を知っているティーナなら、匿ってくれるかな?
満月の日は、日中問わず魔王の姿のまま過ごさなければならない。
けれど今の状況を考えると、このまま満月の日を迎える可能性がある為、その日だけは誰とも会わないようにする必要がある。
そのうち話してみよう、とそんな事を考えていると、やがて身体に変化が訪れる。
数秒の違和感の後に現れる醜い姿。
慣れたとはいえ、やはりこの身体は嫌いだ。
「事が起きるまで、まだ時間はかかるだろうし……」
私は魔王の姿のまま、昼間読んでいた書物の続きを読んで時間を潰す事にした。
何を待っているのかというと、レオンティーヌが夢を見るのをだ。
記憶が無いという夢を見た時、痛みがあると彼女は言っていた。
つまり、彼女の元婚約者であったテオドールが夢枕に立っている可能性がある。
そしてその夢は、私の考えが正しければ、今夜も見る筈だ。
根拠としては、昼間に出会った婚約者候補達。
おそらくレオンティーヌが記憶に無い夢を見るのは、彼女がそんな男性達と出会った日。
彼らに嫉妬した冥婚相手が、レオンティーヌを叱責しに現れるのではと予測している。
流石に淑女の寝室で見張っているわけにもいかず、カメリアを送り込み彼女と感覚を共有させて監視する事にしたのだが、負担を減らす為にも出来るだけ共有時間は減らしたい。
一応、レオンティーヌの寝室がある方向に感覚を研ぎ澄ませてみるが、何も聞こえないのが残念だ。
「使えない耳だなぁ」
魔王の長く尖った耳を引っ張り愚痴る。
人が夢を見るのは、明け方が多い。
ティーナが何時に起きるのかは知らないけど、今夜は気が抜けないな。
私は警戒をしつつ、されど力を入れすぎずにその時が来るのを静かに待つ。
「……来たな」
見張り始めてから四時間が経過した頃、何度目かのカメリアとの感覚共有をさせると、すぐにレオンティーヌの呻き声が聞こえてきた。
ごめんよ、カメリア。
今まで聴覚だけにしていたが、今だけは五感の全てを共有させて、状況を把握する。
カメリアの隣で苦悶の表情を浮かべて眠るレオンティーヌ。
そして彼女の枕元に、彼はいた。
半透明の、全身がずぶ濡れ状態の少年。
恨めしそうな顔でレオンティーヌを見つめ、一人何か呟いている。
「レオちゃんは僕のだ……。他の奴らには渡さない。……僕のお嫁さんなんだ……!」
ぶつぶつと、言霊を繰り返す度に、レオンティーヌが苦しそうに呻く。
「もう止めないかい?」
私がカメリアの口を借りて声を掛けると、少年は虚ろな表情をこちらに向けた。
「君がそうやってティーナを苦しめるなら、私は黙って見過ごすわけにはいかない。本来の君は、ティーナを守る存在だろ?」
相手を諭すように、落ち着いた口調で話し掛ける。
冥婚が死者と生者の間で執り行われた場合、死者が守護霊となる事はよくある。
レオンティーヌと縁の深い者なら、このままにはしておけない。
「……守る?」
反応した。会話は出来る。
「僕は、守ってるよ?レオちゃんを、変な男達から守ってる」
「ティーナは自分で相手を選べるよ。君がそうやって傷付けていたら、いずれ彼女は死んでしまう。殺して守るのが、君のやり方なのかい?」
「違う!」
「……っ」
私の言葉に少年が激昂し、それに呼応してレオンティーヌが一層苦しみ出す。
マズい。下手に刺激するとティーナが危険だ。でもまだだ。まだ決定打に欠ける。
私は彼を刺激すぎないよう注意を払いつつ、会話を続ける。
「それなら教えてくれないかい?君はティーナを、どうやって守っているんだい?」
「僕は守ってるんだ、レオちゃんを……。あいつらじゃダメだ。あんなやつらに僕のお嫁さんは渡さない……!僕は、守るんだ」
守る守ると、譫言のように繰り返し、それからはこちらが何を聞いてもそれしか言わない。
これ以上はティーナとカメリアに負担をかけるだけか。
そう判断し、私はカメリアから自分の意識を手放し、自分の部屋へと五感を戻した。
「……あいつらじゃダメ、か」
一人になった部屋で、ぽつりと呟く。
彼はティーナを守る事に固執していた。それに、彼の状態……。もう少し情報が欲しいな。
ふと、窓辺に目線を向けると、空がうっすらと明るみ始めていて、私の姿も人間のそれに戻っていた。
一日の始まりだ。
†
「ティーナ、ちょっといいかな?」
朝食を終えてしばらくした後、カメリアの面倒をメイドに任せ、レオンティーヌの公務が落ち着いた頃を見計らって彼女がいる執務室に赴く。
部屋に入る前にそう声をかけつつ、開け放たれた扉をノックしようとした刹那、その手を止めた。
机に向かうレオンティーヌは、姿勢こそ正してはいるが、立てた片腕を枕に眠っていた。
規則正しく寝息を立てている彼女の顔色は、些か疲れているように見える。
昨日はだいぶ負担をかけさせてしまったからな。無理もない。
申し訳ないという気持ちを持ちつつも、彼女に用事があった私は急に手持ち無沙汰になる。
そんな折、背後に人の気配を感じて振り返ってみると、執事のセザールが立っていた。
「申し訳ありません。少しの間、寝かせてあげて下さい」
昨夜とは打って変わって仕事モードのセザールは、静かに執務室に入るとレオンティーヌの肩に毛布を優しく掛ける。
「領主としての仕事も大変なのにこんな事になって、最近はちゃんと休めていないんです」
「そうだろうね。あの子、ティーナにだいぶ執着しているみたいだったから」
「……テオに会ったんですか?」
セザールは少し驚いたような顔で質問する。
「ああ。昨日、少しだけ会話をしたよ。それでティーナにいくつか質問をしたかったんだけど……。そうだ。君でも答えられるかもしれない。確か幼なじみなんだよね?」
「ええ、まあ。それでしたら場所を変えましょう。ここだと彼女を起こしてしまう」
「構わないよ。あとそれと、ティーナの婚約者候補というのは、あとどれくらいいるんだい?」
セザールが先行する道のりで尋ねると、彼は振り向くことなく答える。
「とりあえずは昨日の五名で終わりです。もうしばらくすれば、旦那様がまた何名か紹介なさるとは思います」
「そう。出来ればそれは、今の問題が解決するまでは止めてもらいたいな。痣の進行が遅まると思うから」
「そうですか。それでしたら私の方から、旦那様に文を出しておきます」
セザールはある一室の前で立ち止まり、こちらを振り向きながらそう答え、ドアを開けた。
「どうぞ。私の部屋です」
「ありがとう。お邪魔するね」
通された部屋は、私が借りている客室とほぼ同等の広さで、物は多いがすっきりと整えられている。
奥には扉が付いているが、おそらく食堂と繋がっているのだろう。
パタンと扉を閉めたセザールは私を通り越して部屋の奥まで行き、台座に置かれていたポットを手に紅茶を注ぐ。
「最適な温度ではありませんが、まだ温かいので、いかがですか?」
「いただくよ。ティーナに、だったのかな?」
ポットと一つのカップがトレーに乗っていたのでそう尋ねると、セザールは軽く微笑む。
「ええ。お疲れの様子でしたので、アールグレイでもと思ったのですが……ミルクティに変更ですね」
「よく見てるんだね」
「私はここの執事ですから。どうぞ」
「ありがとう」
紅茶を受け取るとセザールは寝台の端に腰掛け紅茶を一口飲む。
「それじゃ、聞かせてもらいたいんだけど、いいかな?」
私も一口飲んでから話を切り出した。
「……テオの、何を聞きたいのですか?」
ほんの少しだけ、嫌そうな顔をするセザールに、私はある意味残酷な質問をする。
「そのテオって子の、死因だよ」
一人部屋に戻ってきた私は軽く伸びをしてから寝台の隅に腰掛ける。
やることがあるとはいってもすぐには動けず、まずは時を待つ。
直に彼の時間だ。
窓辺から差し込む月明かりは煌々と輝き、私の足元を優しく照らす。
もうすぐ満月か……。出来れば外で過ごしたいけど、事情を知っているティーナなら、匿ってくれるかな?
満月の日は、日中問わず魔王の姿のまま過ごさなければならない。
けれど今の状況を考えると、このまま満月の日を迎える可能性がある為、その日だけは誰とも会わないようにする必要がある。
そのうち話してみよう、とそんな事を考えていると、やがて身体に変化が訪れる。
数秒の違和感の後に現れる醜い姿。
慣れたとはいえ、やはりこの身体は嫌いだ。
「事が起きるまで、まだ時間はかかるだろうし……」
私は魔王の姿のまま、昼間読んでいた書物の続きを読んで時間を潰す事にした。
何を待っているのかというと、レオンティーヌが夢を見るのをだ。
記憶が無いという夢を見た時、痛みがあると彼女は言っていた。
つまり、彼女の元婚約者であったテオドールが夢枕に立っている可能性がある。
そしてその夢は、私の考えが正しければ、今夜も見る筈だ。
根拠としては、昼間に出会った婚約者候補達。
おそらくレオンティーヌが記憶に無い夢を見るのは、彼女がそんな男性達と出会った日。
彼らに嫉妬した冥婚相手が、レオンティーヌを叱責しに現れるのではと予測している。
流石に淑女の寝室で見張っているわけにもいかず、カメリアを送り込み彼女と感覚を共有させて監視する事にしたのだが、負担を減らす為にも出来るだけ共有時間は減らしたい。
一応、レオンティーヌの寝室がある方向に感覚を研ぎ澄ませてみるが、何も聞こえないのが残念だ。
「使えない耳だなぁ」
魔王の長く尖った耳を引っ張り愚痴る。
人が夢を見るのは、明け方が多い。
ティーナが何時に起きるのかは知らないけど、今夜は気が抜けないな。
私は警戒をしつつ、されど力を入れすぎずにその時が来るのを静かに待つ。
「……来たな」
見張り始めてから四時間が経過した頃、何度目かのカメリアとの感覚共有をさせると、すぐにレオンティーヌの呻き声が聞こえてきた。
ごめんよ、カメリア。
今まで聴覚だけにしていたが、今だけは五感の全てを共有させて、状況を把握する。
カメリアの隣で苦悶の表情を浮かべて眠るレオンティーヌ。
そして彼女の枕元に、彼はいた。
半透明の、全身がずぶ濡れ状態の少年。
恨めしそうな顔でレオンティーヌを見つめ、一人何か呟いている。
「レオちゃんは僕のだ……。他の奴らには渡さない。……僕のお嫁さんなんだ……!」
ぶつぶつと、言霊を繰り返す度に、レオンティーヌが苦しそうに呻く。
「もう止めないかい?」
私がカメリアの口を借りて声を掛けると、少年は虚ろな表情をこちらに向けた。
「君がそうやってティーナを苦しめるなら、私は黙って見過ごすわけにはいかない。本来の君は、ティーナを守る存在だろ?」
相手を諭すように、落ち着いた口調で話し掛ける。
冥婚が死者と生者の間で執り行われた場合、死者が守護霊となる事はよくある。
レオンティーヌと縁の深い者なら、このままにはしておけない。
「……守る?」
反応した。会話は出来る。
「僕は、守ってるよ?レオちゃんを、変な男達から守ってる」
「ティーナは自分で相手を選べるよ。君がそうやって傷付けていたら、いずれ彼女は死んでしまう。殺して守るのが、君のやり方なのかい?」
「違う!」
「……っ」
私の言葉に少年が激昂し、それに呼応してレオンティーヌが一層苦しみ出す。
マズい。下手に刺激するとティーナが危険だ。でもまだだ。まだ決定打に欠ける。
私は彼を刺激すぎないよう注意を払いつつ、会話を続ける。
「それなら教えてくれないかい?君はティーナを、どうやって守っているんだい?」
「僕は守ってるんだ、レオちゃんを……。あいつらじゃダメだ。あんなやつらに僕のお嫁さんは渡さない……!僕は、守るんだ」
守る守ると、譫言のように繰り返し、それからはこちらが何を聞いてもそれしか言わない。
これ以上はティーナとカメリアに負担をかけるだけか。
そう判断し、私はカメリアから自分の意識を手放し、自分の部屋へと五感を戻した。
「……あいつらじゃダメ、か」
一人になった部屋で、ぽつりと呟く。
彼はティーナを守る事に固執していた。それに、彼の状態……。もう少し情報が欲しいな。
ふと、窓辺に目線を向けると、空がうっすらと明るみ始めていて、私の姿も人間のそれに戻っていた。
一日の始まりだ。
†
「ティーナ、ちょっといいかな?」
朝食を終えてしばらくした後、カメリアの面倒をメイドに任せ、レオンティーヌの公務が落ち着いた頃を見計らって彼女がいる執務室に赴く。
部屋に入る前にそう声をかけつつ、開け放たれた扉をノックしようとした刹那、その手を止めた。
机に向かうレオンティーヌは、姿勢こそ正してはいるが、立てた片腕を枕に眠っていた。
規則正しく寝息を立てている彼女の顔色は、些か疲れているように見える。
昨日はだいぶ負担をかけさせてしまったからな。無理もない。
申し訳ないという気持ちを持ちつつも、彼女に用事があった私は急に手持ち無沙汰になる。
そんな折、背後に人の気配を感じて振り返ってみると、執事のセザールが立っていた。
「申し訳ありません。少しの間、寝かせてあげて下さい」
昨夜とは打って変わって仕事モードのセザールは、静かに執務室に入るとレオンティーヌの肩に毛布を優しく掛ける。
「領主としての仕事も大変なのにこんな事になって、最近はちゃんと休めていないんです」
「そうだろうね。あの子、ティーナにだいぶ執着しているみたいだったから」
「……テオに会ったんですか?」
セザールは少し驚いたような顔で質問する。
「ああ。昨日、少しだけ会話をしたよ。それでティーナにいくつか質問をしたかったんだけど……。そうだ。君でも答えられるかもしれない。確か幼なじみなんだよね?」
「ええ、まあ。それでしたら場所を変えましょう。ここだと彼女を起こしてしまう」
「構わないよ。あとそれと、ティーナの婚約者候補というのは、あとどれくらいいるんだい?」
セザールが先行する道のりで尋ねると、彼は振り向くことなく答える。
「とりあえずは昨日の五名で終わりです。もうしばらくすれば、旦那様がまた何名か紹介なさるとは思います」
「そう。出来ればそれは、今の問題が解決するまでは止めてもらいたいな。痣の進行が遅まると思うから」
「そうですか。それでしたら私の方から、旦那様に文を出しておきます」
セザールはある一室の前で立ち止まり、こちらを振り向きながらそう答え、ドアを開けた。
「どうぞ。私の部屋です」
「ありがとう。お邪魔するね」
通された部屋は、私が借りている客室とほぼ同等の広さで、物は多いがすっきりと整えられている。
奥には扉が付いているが、おそらく食堂と繋がっているのだろう。
パタンと扉を閉めたセザールは私を通り越して部屋の奥まで行き、台座に置かれていたポットを手に紅茶を注ぐ。
「最適な温度ではありませんが、まだ温かいので、いかがですか?」
「いただくよ。ティーナに、だったのかな?」
ポットと一つのカップがトレーに乗っていたのでそう尋ねると、セザールは軽く微笑む。
「ええ。お疲れの様子でしたので、アールグレイでもと思ったのですが……ミルクティに変更ですね」
「よく見てるんだね」
「私はここの執事ですから。どうぞ」
「ありがとう」
紅茶を受け取るとセザールは寝台の端に腰掛け紅茶を一口飲む。
「それじゃ、聞かせてもらいたいんだけど、いいかな?」
私も一口飲んでから話を切り出した。
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