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満月

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「先生、テオドールの件は何か進展があったのか?」
 レオンティーヌと私とカメリア。
 三人で夕食を囲んでいる最中、レオンティーヌがそう尋ねてきた。
 私が川に向かった事をセザールから聞いているようだ。
「うん、まあね。あらかたの方向性は決まったよ」
「それは朗報だ。是非聞かせてくれ」
 レオンティーヌの期待に答える為に、私は水を含み話が出来る状態を作る。
「結果を一言で現すととても単純な話なんだけど、その痣の進行を完全に止める方法は、テオドールが認めてくれる婿を見つける事だ」
「具体的には?」
「そうだね。彼が何を持って認めてくれるかはまだ分からないけれど、昨晩彼と話をした限りだと、彼以上にティーナ、君を守れる相手じゃないとダメだと思う」
「ふむ。……それはまた、随分と漠然とした答えだな」
 レオンティーヌは考え込むように下を見つめながら果実を口に含む。
「私もまだ、そこに至っては手探りだからね。仮に昨日のような決闘でティーナを負かす相手が現れたとしても、テオドールが認めない限り、君の命は変わらず蝕まれてしまうことは確実だ」
「テオドールが候補者達に嫉妬したという件だな。セザールから聞いたよ。婿候補を寄越すのはしばらく止めるよう、父には手紙を出してある」
「ジェルマンに痣の話もしたかい?」
「いや。元々背中のやつは知っているからな。胸元の方は伝えておいた方が良かったか?」
 そこまで聞いて私は被りを振る。
「いや。こんな事にるとは彼も思わなかっただろうから、そっとしておこう。早めに解決して、テオドールには本来の役目を果たしてもらった方が良い」
「本来の役目?」
「あれ?言わなかったっけ。生者と冥婚した場合、本来は守護霊として働くんだよ。相手との縁が深い分、尚更ね。ジェルマンもそれを見越してだったと思うよ」
「でも今のテオは、お嬢様を殺そうとしている怨霊なんでしょう?」
 執事として給仕を行うセザールが、空になった私のグラスに水を注ぎながら会話に加わってきた。
「テオが認める婚約者を探すよりも、降魔士でも呼んで除霊した方が早いのでは?」
「残念ながら、冥婚相手はそんな方法では除霊は出来ない。それにあわじ結びで繋がっている相手だ。手荒な真似は出来ないよ」
「もし、無理矢理除霊したらどうなるんだ?」
「最悪の場合は、ティーナの魂ごとあの世行き。良くて植物状態かな」
「……」
 興味本位な口調で尋ねるレオンティーヌにそう答えると、彼女よりもセザールの顔色が悪くなる。
「とにかく、しばらくテオドールはやって来ない筈だから、その間にちゃんとした対策を考えるよ。それで一つ、頼みがあるんだ。明日の事なんだけど」
「どうした?急に改まって」
「明日は満月の日なんだ」
「うん?そうだな」
「そう。……私のについて、何か聞いてないかい?」
 暗な訪ね方をすると、レオンティーヌには心当たりがあったようで「ああ」と納得の声を上げる。
「そうか。明日がか」
「うん。本来なら一日中部屋に閉じこもって誰にも会いたくない所なんだけど……少し手伝ってくれるかな?」
「何をだ?さっさと言ってくれ」
 なかなかはっきりとした事を言わない私に焦れったくなるレオンティーヌ。
 そこに私は、更に不可思議な言葉を足していく。
「明日少しの間、この身体を。だからティーナには、私を見張ってて欲しいんだ」
「先生を、見張る?どういう意味だ」
「言葉のままの意味だよ。明日は一日中彼の時間なんだけど、ちょっとそれを利用して、私はあの世に行ってくる。だからその間、この身体を好き勝手されないようティーナに見てて欲しいんだ」
「いや待ってくれ。全く意味が分からないぞ」
 ストップと片手をこちらに突き出し、もう片方の手で頭を抱える。
「あの世に行く?死ぬつもりなのか?」
「いいや。魂を飛ばすだけだ」
「……よく分からんが、先生があの世に行っている間に、先生を見ていればいいのか?」
 何とか理解しようとはしているようだが上手く呑み込めず、彼女の眉間には深い皺が刻まれている。
「うん。いちおう強力な呪詛はかけておくけど、もし動き出したら殺してくれて構わないから」
「唐突に物騒な事を言うな……」
「まあ、殺しても死なない身体だからね。暴れられないように痛めつけてくれればいいからさ」
「そこ、笑う所ですか……」
 はは、と笑う私を見てセザールが完全に引いている。
 事情が分からない者が聞けば、完全にイカれた発言ではあるのは確かだ。
「すぐに戻るつもりだけど、私が留守にしている間は、カメリアを頼るといいよ」
 視線をカメリアに向けると、彼女はん?と小首を傾げてこちらを見返し、セザールが訝しげに言う。
「そんな小さな子供に、何が出来るんですか?」
「この子は私と……というか、彼と契りを交わしていてね。感覚を共有する事が出来る。彼の動きを感じとったら教えてくれるから、常に気を張っておく必要は無いよ」
「契り……」
「変な意味じゃないからね?」
 意味深そうに呟くレオンティーヌにそう念押しする。
 彼女には妙な疑いをかけられてばかりだ。
「まあとにかく、明日はもろもろ迷惑かけるけどよろしくお願いするよ」
「うーん……。まだ完全に理解はしきれていないが、大役を任された事は確かだな。分かった、引き受けよう」
 消化不良気味なレオンティーヌではあるが了承してくれ、明日の予定が決まる。
「しかし、あの世に行って、何をなさるおつもりですか?テオを探しに?」
「いいや。あの世も広いからね。何の縁も持たない私には無理だよ。ちょっと知り合いに用事があってね」
 セザールの質問にそうはぐらかす。答えたとしても、彼らとは何の因果の無い人物だ。
 ま、会ってくれるかは別だけどね。
 とりあえずは、明日のお楽しみだ。


   †


「ほう……。それが例の魔王の顔か」
「聞いていたよりも、おぞましい顔ですね」
 翌日、私の部屋にやってきたレオンティーヌとセザールは私の顔を見るなりそれぞれの感想を述べる。
「あんまり見ないでくれるかな?私もこの顔は嫌いなんだ」
 自分の事ではないとはいえ、私をしげしげと観察して発言されると嫌な気持ちになる。
「何というか、もっと覇気のような物を纏っていると思っていたのだが、期待外れだな」
「所詮は死人の顔さ。中身が私じゃ、王の風格なんて出ないでしょう。それでも、生前の彼は本当に恐ろしい存在だったよ」
 魔王の姿を見て期待外れなどという感想を保たれるとは、平和になったものだ。
「何千、何万という命が彼らに消されてしまったのだからね」
「……すまない」
 レオンティーヌの言葉を諫めるように少しきつめに言えば、彼女は素直に謝る。
「いいさ。それより、早速始めよう。カメリア」
「うん」
 カメリアを近くに引き寄せ腕を差し出すと、彼女は躊躇なく私の腕に噛み付く。
 鋭い痛みの後に鮮血が腕を伝い、カメリアはその一筋をペロリと舐めとる。
「な、何をしているんだ?」
「彼の血液を体内に取り入れる事で、魔力を増強させているんだ」
 いきなりの出来事に驚く二人をよそに説明すると、レオンティーヌが呟くように納得する。
「普通の子供では無いとは思ったが、魔族なのか?」
「半分だけね。か弱い種族のお姫様さ。普通に接してあげてほしいな」
 魔王の血を取り込んだカメリアの瞳が、普段の黄金色から紅に染まり、髪が腰元よりも長くなったのを確認して、よしよしと頭を撫でる。
「カメリア。私はこれからに行ってくるから、彼が動きそうになったら、ティーナに教えるんだ。いいね?」
「ん。行ってらっしゃい」
 魔王の膨大な魔力を取り込んだカメリアは少しぼーっとしているが、私の言葉をしっかりと理解して返事をする。
「それじゃ、ちょっと行ってくるね」
「ああ。気をつけてな?」
 ドア付近で緊張な面持ちのレオンティーヌとセザールにそう挨拶し、私は自身に強力な呪縛を施した後、肉体から魂を切り離した。


 目的地は、冥界。
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