賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

文字の大きさ
26 / 62

イルドダス

しおりを挟む
「あの、賢者さま」
「ん?」
「昨日の小屋、賢者さまも住んでいたんですか?」
 エルフの集落を探すべく、イルドダスの森に入ってから暫くして、ラーシュがそう尋ねてくる。
「どうしてそう思うんだい?」
「いや、あの……賢者さまに似た人の絵も、あったので……。ごめんなさい」
 聞いてはまずかったと思ったのか、最後にそう付け足す。
 聞かれた私としては、そんな絵残ってたかな?と思案していただけなので、可哀想な事をした。
「別に謝らなくてもいいよ。君の言う通り、私も少しの間だけど、あそこに住んでいたよ。子供の頃にね」
「じゃあ、あの絵の人に恋をしたというのは、賢者さまのお父さん?」
「いいや。彼は私の師匠だよ。魔法について教えを受けていたんだ」
「賢者さまのししょー!強い?」
 昨日、特急で作製した抑制剤の効果でいつもの調子に戻ったカメリアが聞いてくるが、私は笑って首を横に振る。
「いやいや、それが全く。神の御業が扱えるという事以外は、てんで駄目だったよ。私に魔法を教えてくれたのは、あそこに並んでいた魔導書だったよ。そんなだから、国からもぞんざいな扱いを受けてしまったんだろうね」
 本来は重宝されるべき存在だが、癒やし手として以外の取り得を持たない彼は、魔王との抗争時、最前線で回復士として魔力が枯れるまで働かされ、あっという間に見放された悲しき男だった。
 私が彼についたのは、そんな枯れた後の状態で、魔法を教わるなんて事は無かった。
「……賢者さま?」
「っと。ごめんごめん。感傷に浸っている場合じゃないね。とりあえず今は、ラーシュの事について話そうか」
 ほんのちょっぴりナーバスになったが、今は目の前の問題を片付けるのが先だ。
「ラーシュはエルフについてどれだけの事を知ってるのかな?」
 単刀直入に尋ねる。
 今から行くのはエルフしかいない集落。
 母親に会いたいという理由で目指してはいるが、今まで人間である父親と生きてきた彼にとってそこは、未知の世界に等しいかもしれない。
 ラーシュもそれを自覚してか、浮かない表情で答える。
「それが、あんまり……。父さんも、あまり知らないみたいで」
「なるほど。だとするとエルフの住む世界は、君にとって生きにくい場所かもしれない。彼らは元々、外界との交流を求めない種族だからね。正直、ハーフエルフの君を受け入れてくれるかどうかも分からない」
「僕は、どうしたら良いんでしょう?」
「それを決めるのは君だ。母親と共に暮らしたいのであれば、認めてもらえるよう努力するしかないし、顔を見るだけでいいのなら、その後は一人で生きたって良い」
 彼にも時間は沢山ある。
 何をどうするかは、自分自身で決めれば良い。
 その時、不意にカメリアが話の輪に加わってきた。
「カメリア達と一緒じゃダメなの?」
「ん?」
 フェロモンの効果は関係無しに、カメリアはラーシュの事を気に入っているようだ。
 私は純真無垢な瞳を向けてくる彼女を見て、伝える。
「そういう訳にはいかないよ。それにカメリア。私達だって、ずっと一緒にいるわけじゃないんだよ?」
「え、賢者さま。カメリアとバイバイするの?」
「いずれはね。でもそれはまだ先の話だよ。とりあえず今は……」
「やだ!カメリア、賢者さまのヨメだもん。ずっと一緒にいるもん!」
「カメリア……」
 しまったな。余計な事を言った。……というより、嫁の意味分かってたのか。
 そんな事よりも、イヤだイヤだと私のローブの裾を千切れんばかりに引っ張って駄々を捏ねるカメリアを宥めるのが先だ。
「わ、分かったら。私が悪かった。カメリアとは離れないよ」
「……ほんと?」
 じ、と疑わしい目で見つめられるとついたじろいでしまう。
「ああ、約束するよ」
 君が旅立つ、その日まではね。
 心の中でそう付け加え、彼女の頭を優しく撫でる。
「さあ、もう行こう。森の中は暗くなるのが早い」
 カメリアの手を引き、私達は再びエルフの住む場所を探す。


「……あ、あそこ」
 イルドダスの森を適当にさ迷って半日程経った頃、不意にラーシュがとある空間を指差した。
「なんだか、景色がぐにゃぐにゃしてます」
 彼がそう示す場所は、私の目からではなんの変哲も無い木々の間だった。
「カメリア。あそこから何か匂うかい?」
「……ううん。なんにも」
 カメリアに尋ねてみても同様の答えで、ラーシュにしか認識出来ていない。
「ふむ。どうやらあそこが入口ではあるみたいだけど、私達は歓迎されていないようだね」
 近くへ行って手を伸ばしてみるも、温度の変化も何も感じない。
「どうやら私達はここまでみたいだ。結界が見えたと言うことは、君の母親はこの向こうにいるよ」
「この先に……」
「行くかい?」
「……はい。せっかく、連れてきてもらいましたから」
 ほんの少しだけ考えた後、ラーシュは力強く頷く。
「ん、分かったよ。それじゃあラーシュ。君に私から、最後の忠告をしておこう」
「忠告、ですか?」
「ああ。君はエルフであり人間でもある。一方、この向こうにいる者は全員、ただのエルフだ。彼らは人間を恐れている。故に君を恐れるかもしれない。もしかしたら母親に出会う事なく、追い出されるかもしれない。酷い目にあうかもしれない。何が起きても君を守ってくれる人はいない。君を守れるのは、君自身だけだ。怖いかもそれないけれど、勇気を持って進むんだよ」
 ほとんど脅しのような激励。
 ここまで連れてきてなんだが、エルフとの交渉諸々全てをラーシュ一人でやらなければならない為、私に出来るのはこんな言葉を掛けてやる事だけしかない。
 それを理解したラーシュは、私の言葉を噛み締めるように深く頷いた。
「……分かりました。賢者さま、短い間でしたが、ここまで連れてきてくださり、ありがとうございます」
「ラーシュ……」
 名残惜しそうにカメリアが声をかければ、ラーシュは笑って彼女の頭を撫でる。
「カメリアも。僕を見つけてくれてありがとね。君がいなかったら、僕はまだ鎖に繋がれたままだったよ」
「また会える?」
「うん。いつかまた会おう」
「……うん!」
 ぶんぶんと、何度も力強く頷くカメリア。
 そんな彼女を私が静かに引き寄せれば、ラーシュは決意の籠もった表情で結界の入口に立つ。
「それじゃ、行ってきます」
「ああ。お母さんと仲良くね」
「はい!」
 私達に背を向け一歩踏み出せば、彼の身体は半分消え、エルフの森へと進んで行く。
「ラーシュ!」
「あっ」
 堪えきれなくなったカメリアが飛び出し、ラーシュを引き留めようとするが、彼の身体は彼女から逃げるように結界の中へ消え、空を掴んだカメリアは勢いそのままに地面へと倒れ込んでしまう。
「大丈夫かい?私達がついていくのは無理なんだよ」
 私はカメリアを抱き起こし、顔や身体についた土や汚れを払う。
 エルフの結界は他者を拒む。
 例え私でも、招かれていない限り中へ入るのは不可能だ。
「……賢者さま」
「うん?」
 ローブの、出来るだけ綺麗な部分でカメリアの汚れた顔を拭っていると、彼女の瞳から零れる涙でそれが湿る。
 そしてカメリアは、思いも寄らない言葉を口にする。
「カメリアのおかーさんも、どこかにいるのかな?」
「…………」
 突然の質問に、言葉が詰まる。
「カメリア、昔のこと、あんまり覚えてなくて。といた頃は、おとーさん、いたと思う。でも、おかーさんは分からない」
 ラーシュの母親探しに刺激されたカメリアが、記憶に無い母親の像を求めている。
 カメリアの母親は人間だ。
 コボルトの産まれる特性上、それは間違いない。
 けれど、その母親がどういった人物で、現在どうしているかなど、私も知る由も無い。
 おそらく、既にこの世には存在していないだろうという憶測しか立たない。
 私はカメリアにどう答えていいのか分からなず、暫く無言で彼女の顔を拭い続ける。
「……カメリア。私にも、君の母親の事は分からないんだ。ごめんよ」
 結局、そう謝るので精一杯だった。
 そう答えられると分かっていたのか、カメリアは何も言わない。
 だから私はもう一言付け足す。
「でもね、私がカメリアと出逢った日の事は、ちゃんと覚えているよ」
「……カメリアと?」
「ああ。カメリアは覚えているかい?」
「うん……まっしろいせかいだった」
 ぽつりと答えるカメリアに、私は微笑みかける。
「そうだね。あの日は、随分と雪が積もっていたものね」
 カメリアと出逢ったのは、一昨年のとある雪の日だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

処理中です...