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承の星々
聖霊シルフ
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小さな羽根よりもさらに透明感のある、目を凝らさないと見えないような身体を持つシルフ達は、泉を隔てた奥からアウラ達をじっと見つめている。
「シルフが、あんなに……」
アウラはシルフを見るのは初めてではないが、彼等は普段、山頂などの高地や、空気の澄んだ森や川などを好んで生息している。
祠に住んでいるのはごく僅かのはずだし、シルフになれる魂も限られている。
それだけ、多くの強き魂を持った国民や兵士が死を迎えたという事なのだろうか?
考えている、その中の一匹が、泉を越えてアウラ達の元へ近付いてくる。
きっとこのシルフが、先程話しかけてきたシルフだろう。
そのシルフはアウラの目鼻の先まで来て、フィックスター語で言った。
「久しいですね、アウラ。最後に会ったのは、 昨年の貴女の誕生祝い、ですか」
去年の誕生日に会ったシルフ……?
「あ、アルマク?」
その名を口にすると、目の前の聖霊は正解の変わりにくすりと微笑んだ。
アルマクは生前、初代近衛師団長を勤め、聖霊となった後はエラルドを始め、多くの近衛師団長を育成した偉大な人物だ。
知った聖霊、更には年配者を目の前にして、アウラの心にほんの少しだけ余裕が生まれた。
「アルマク。あの聖霊達は?みんな、あれにやられた人達?それに、私達が護られているってどういう……」
矢継ぎ早に質問していると「しー」と鼻に手を当てられた。
「落ち着きなさい。順番に説明します」
言われてはっとする。
これではルクバットと同じだ。
そのルクバットはというと、アルマクの事が上手く見えていないのか、アウラに隠れるようにして、背中越しに声がする方をキョロキョロと探している。
「さて、まずはあそこにいる聖霊達ですね。彼等はみな、世界中に住んでおり、今回の騒動で一時的に集まったシルフ達です。残念ですが、あの事件が元で聖霊になった魂は、一つもありません。貴女の母君や、エラルドも」
「そんな……」
改めて知らされると、心に鉛を入れられたような気分になる。
「でも、どうして母さまも?」
エルは自決だが、母は違う。
アウラを庇い、目の前で風に溶けた母が、聖霊になっていない筈がないのに。
「あの方は今、ヴァーユ王と共にいます」
「え、父さまと?どういうこと?」
「彼女は確かに、聖霊になりうる魂の持ち主ですが、それには敢えてならず、ヴァーユ王の気を静める役を自ら買ってでたのです。
王は確かに邪へと堕ちましたが、そのおかげで、無闇な破壊はしないでしょう」
母さま……。母さまが亡くなられてから、父さまが何処かへ行ってしまったのは、そういう事なの?
物静かで聡明な母。
常に穏やかに微笑み、影から国王を支えた妃。
彼女は、死してもなお、夫を支え続けている。
「さて次は、貴女方が護られているという件ですね。こちらは少々話が難しく、また酷な内容になりますが……」
覚悟はあるか?
無言で問い掛けてくるアルマクに、アウラはしっかりと頷いた。
「ちゃんと知りたい。何が起きたのか。私は、知らなきゃいけないから」
「そうですか。分かりました」
言うとアルマクは泉の近くへと移動し、
「時にアウラ。ここで目覚めてから、自分の顔を確認しましたか?」
と尋ねてきた。
何か変な物でも付いていただろうか。
慌てて、泉の水面に顔を映してみると、
「……え?」
透き通った水面に移し出された自分を見て、大きな違和感を覚えた。
母を真似て伸ばし始め、肩甲骨を越えた辺りまであった髪が、ばっさりと切られ、肩よりも短くなっている。
おそらく、処刑の際に切られたのだろう。
だが、驚く点はそこではない。
アウラ自身、とても気に入っていた蒼天の髪色が、瞳ほどではないが、深い緑へと変色していた。
「どうして?」
「それが、護られている証の一つ」
再びアルマクと向き合い、話を聞く。
「ここで目を覚ます前に、声を聞いていませんか?」
「声……。そういえば」
確かに聞いた。
闇の中でフェディックス語を話す、謎の声。
「それは貴女自身」
「私?」
「そう。貴女の中に眠る蒼龍。火の帝国で死に直面したあの瞬間、貴女はまず、自分自身に助けられた」
「あれが……」
今思い返せば、確かにそのような事を言っていた。
「我ハウヌノ本質。ウヌハ我ノ器」
そういう意味だったんだ。
「でも、あんな所でどうやって?」
「人が死を迎えた時、その肉体がどうなるかは知っていますか?」
質問しているのはこちらなのに、アルマクは質問を投げかけてくる。
あまり好きではないやり取りだが、アウラは以前に学んだ事を素直に答える。
「故郷の土に還る。グルミウムなら風、北国のサーペンなら水」
エルも母さまも、風になって消えた。
アルマクは一つ頷く。
「その通り。貴女の肉体も、処刑される寸前から今まで、それに近い状態にありました」
「は?死んで生き返ったっていうの?」
「ふふふ。そんな事が出来たら、死者など生まれないでしょう」
愉快そうに笑うが、アルマクが言った事はそういう事ではないのか。
「でもまあ、死んだといっても過言ではないでしょうね。貴女の肉体は、つい先ほどまで、この世に存在していなかったのですから。信じられないのなら、彼に聞いてみましょう」
言ってアルマクはルクバットの前にすい、と進み出る。
「ルクバット。アウラと出会う前に、ここで何を見ましたか?」
突然話しかけられたルクバットはどうすればいいのか迷うように、空中とアウラを交互に見、しばらくしてアウラに言った。
「あ、あのね。水の中に光る変な卵みたいのがあったよ。それで、ボクが寝ている間に大きくなってて、お姉ちゃんになったの」
「光の卵が、私に?」
「原子分解再構築」
ぽつりと、アルマクが呟く。
「人の力では成し得ない技。アウラの蒼龍は、その肉体を原子レベルまで分解し、風となってあの難を逃れた。そして再び、この地で人として生を取り戻したのです」
さっぱり意味が解らない。
難しい顔をしていると、アルマクはもう一度、少しだけ分かり易く説明してくれた。
「遥か昔。人が龍として生活していた頃は、その身を特有の能力そのものに変化させていました。人の姿を得た私達には失われた神技。それを貴女の蒼龍が行い、貴女を救った」
「どうしてそんな事を?何で、私の蒼龍は起きてるの?」
「事故とはいえ、貴女は転生式を行った。その時に蒼龍は目を覚まし、アウラを蝕もうとしたけれど、貴女は自分を見失わず、生きる事を望んだから、今の貴女がある。けれど、蒼龍は眠りについた訳ではない。そうですね?」
「うん。力を貸すって言ってた。また試すとも言ってた」
「そう。蒼龍は今も貴女を試し続けている。貴女が今も貴女でいられるのは、ノトスのおかげ」
「ノトス、様?」
意外な名前だ。
父ヴァーユの曾祖父にあたり、アウラの守護霊であり、学問の師でもある。
あの事件で一人になってから姿を見ていない。
「ノトス様はどこに?」
「そこにいますよ。貴女の中にね」
「私の、中?」
見えるわけないのだが、胸元に手を当てそこを見下ろす。
「そうですね。私には蒼龍を抑えるように、上から覆い被さって蓋をしているように見えます。いずれ、彼を感知出来る時が来ますよ。貴女の髪色が変わったのは、ノトスが中にいるからでしょうね」
エルが助け、蒼龍が生かし、ノトス様が守ってくれている……。
「貴女達を護っているのは、それだけではない」
アウラの心を読んだように、アルマクは続ける。
「耳を澄ましてみて。何か聞こえますか?」
「?……何も」
言われて耳を澄ますが、何も聞こえない。
「おかしいですね」
「何が?」
「この国は今や亡国。国を荒らす騒音が聞こえてもいいのでは?」
確かにそうだ。
この祠は、首都からそう遠くは離れていない。
結界が張られているとはいえ、突破を試みる者がいてもおかしくはない。
「誰が護っているの?この国を」
アウラも馬鹿ではない。
ここまでくれば、誰かのおかげだとすぐに理解する。
けれど「誰」なのかは解らない。
この巨大な王国を、一体誰が護っているのだろう。
「風ですよ」
「風?」
「そう。今は巨大な竜巻が、この国をすっぽりと覆っている状態です」
「ま、まさか、その風って、もしかして……」
「察しがいいですね。そう、あの事件で倒れた、この国の者達です」
震え声で尋ねるアウラに対し、さらりと答えるアルマクの言葉が信じられなかった。
「主に近衛師団の兵士達ですね。多少、民間人も混じっているようですが」
国民まで。どうして、そこまで……。
「……私達に、そこまでしてもらう価値なんてあるのかな?」
そう呟いた後、突然の爆風が巻き起こり、思わず尻餅をついた。
「ほらほら、ふざけた事を口走るから、皆が怒ったみたいですよ」
クスクスと上品に笑うアルマク。
しかしその直後、底冷えするような声と瞳で一言。
「多くの人が命を賭した中で救われたちっぽけな命が、そのような戯れ言を口にするな」
「……っ」
その言葉は、どんな鋭利な刃物より深く、アウラの胸に突き刺さった。
そうだ……。私は、生かされたんだ。
「私は、どうすればいいの?」
「生きなさい。数刻でも長く、生き続けなさい。それが今、貴女に出来る唯一の恩返し」
生きる……。
「それならアルマク。お願いがある」
アルマクは何も言わず、アウラの言葉の続きを待つ。
「私に、生きる術を教えてほしい」
「それはつまり、私に稽古をつけろと?」
アウラもまた、黙って頷く。
「戦えなきゃ、生き残れない。強くならないと、誰も護れない」
「……しかしアウラ。貴女はまだあまりに幼い。そんな小さな身体で修行をすれば、自然と成長する骨や筋肉が悲鳴をあげて……」
「ウソだよ!」
思わず声を荒らげ、怒りをぶつけた。
「知ってるんだ。グルミウムの技は自分の力に頼らず、相手や自然の力を使うって。それにエルは私よりも小さい時から稽古をしていたって聞いた。それなら私だって出来るのに、何でそんな嘘をつくの?
私は、生きなきゃいけないんでしょ?私にも、守る力をちょうだい!」
そこまで言い切ると、アルマクは満足気に微笑み、何かを差し出した。
それは、あの事件で一時的に手にした、エラルドの腰刀だった。
「それだけの覚悟があるなら大丈夫ですね。冷たい事を言ってごめんなさい。元より貴女には蒼龍を抑えるつもりでしたが、少々試させてもらいました。
これは、私がエラルドに授けた物。大切な物を護る為に与えた力。大切に、使いなさい」
緊張の高まりと共に、エラルドの形見を手にとる。
あの時は感じなかったが、かなり重い。
おそらく、もう二度と、手放す事はないだろう。
エル。見守ってて、私を……私達を。
ふと、横にいるルクバットの事が気になった。
「ルクバットはどうするの?」
一緒に修行をするには、彼は幼すぎる。
「彼には先に、他のシルフ達から学を学んでもらいます。試練は受かっていますから、修行は後々行うとしましょう。もちろん、アウラも修行だけではないですよ」
「うん。分かってる」
「ならさっそく始めましょう。私はエラルドほど、甘くはないですよ。覚悟なさい」
「よろしくお願いします!」
ルクバットが受けた試練とは何だったのか。
その疑問を聞く暇も無く、アルマクによる厳しく辛い修行が始まった。
「シルフが、あんなに……」
アウラはシルフを見るのは初めてではないが、彼等は普段、山頂などの高地や、空気の澄んだ森や川などを好んで生息している。
祠に住んでいるのはごく僅かのはずだし、シルフになれる魂も限られている。
それだけ、多くの強き魂を持った国民や兵士が死を迎えたという事なのだろうか?
考えている、その中の一匹が、泉を越えてアウラ達の元へ近付いてくる。
きっとこのシルフが、先程話しかけてきたシルフだろう。
そのシルフはアウラの目鼻の先まで来て、フィックスター語で言った。
「久しいですね、アウラ。最後に会ったのは、 昨年の貴女の誕生祝い、ですか」
去年の誕生日に会ったシルフ……?
「あ、アルマク?」
その名を口にすると、目の前の聖霊は正解の変わりにくすりと微笑んだ。
アルマクは生前、初代近衛師団長を勤め、聖霊となった後はエラルドを始め、多くの近衛師団長を育成した偉大な人物だ。
知った聖霊、更には年配者を目の前にして、アウラの心にほんの少しだけ余裕が生まれた。
「アルマク。あの聖霊達は?みんな、あれにやられた人達?それに、私達が護られているってどういう……」
矢継ぎ早に質問していると「しー」と鼻に手を当てられた。
「落ち着きなさい。順番に説明します」
言われてはっとする。
これではルクバットと同じだ。
そのルクバットはというと、アルマクの事が上手く見えていないのか、アウラに隠れるようにして、背中越しに声がする方をキョロキョロと探している。
「さて、まずはあそこにいる聖霊達ですね。彼等はみな、世界中に住んでおり、今回の騒動で一時的に集まったシルフ達です。残念ですが、あの事件が元で聖霊になった魂は、一つもありません。貴女の母君や、エラルドも」
「そんな……」
改めて知らされると、心に鉛を入れられたような気分になる。
「でも、どうして母さまも?」
エルは自決だが、母は違う。
アウラを庇い、目の前で風に溶けた母が、聖霊になっていない筈がないのに。
「あの方は今、ヴァーユ王と共にいます」
「え、父さまと?どういうこと?」
「彼女は確かに、聖霊になりうる魂の持ち主ですが、それには敢えてならず、ヴァーユ王の気を静める役を自ら買ってでたのです。
王は確かに邪へと堕ちましたが、そのおかげで、無闇な破壊はしないでしょう」
母さま……。母さまが亡くなられてから、父さまが何処かへ行ってしまったのは、そういう事なの?
物静かで聡明な母。
常に穏やかに微笑み、影から国王を支えた妃。
彼女は、死してもなお、夫を支え続けている。
「さて次は、貴女方が護られているという件ですね。こちらは少々話が難しく、また酷な内容になりますが……」
覚悟はあるか?
無言で問い掛けてくるアルマクに、アウラはしっかりと頷いた。
「ちゃんと知りたい。何が起きたのか。私は、知らなきゃいけないから」
「そうですか。分かりました」
言うとアルマクは泉の近くへと移動し、
「時にアウラ。ここで目覚めてから、自分の顔を確認しましたか?」
と尋ねてきた。
何か変な物でも付いていただろうか。
慌てて、泉の水面に顔を映してみると、
「……え?」
透き通った水面に移し出された自分を見て、大きな違和感を覚えた。
母を真似て伸ばし始め、肩甲骨を越えた辺りまであった髪が、ばっさりと切られ、肩よりも短くなっている。
おそらく、処刑の際に切られたのだろう。
だが、驚く点はそこではない。
アウラ自身、とても気に入っていた蒼天の髪色が、瞳ほどではないが、深い緑へと変色していた。
「どうして?」
「それが、護られている証の一つ」
再びアルマクと向き合い、話を聞く。
「ここで目を覚ます前に、声を聞いていませんか?」
「声……。そういえば」
確かに聞いた。
闇の中でフェディックス語を話す、謎の声。
「それは貴女自身」
「私?」
「そう。貴女の中に眠る蒼龍。火の帝国で死に直面したあの瞬間、貴女はまず、自分自身に助けられた」
「あれが……」
今思い返せば、確かにそのような事を言っていた。
「我ハウヌノ本質。ウヌハ我ノ器」
そういう意味だったんだ。
「でも、あんな所でどうやって?」
「人が死を迎えた時、その肉体がどうなるかは知っていますか?」
質問しているのはこちらなのに、アルマクは質問を投げかけてくる。
あまり好きではないやり取りだが、アウラは以前に学んだ事を素直に答える。
「故郷の土に還る。グルミウムなら風、北国のサーペンなら水」
エルも母さまも、風になって消えた。
アルマクは一つ頷く。
「その通り。貴女の肉体も、処刑される寸前から今まで、それに近い状態にありました」
「は?死んで生き返ったっていうの?」
「ふふふ。そんな事が出来たら、死者など生まれないでしょう」
愉快そうに笑うが、アルマクが言った事はそういう事ではないのか。
「でもまあ、死んだといっても過言ではないでしょうね。貴女の肉体は、つい先ほどまで、この世に存在していなかったのですから。信じられないのなら、彼に聞いてみましょう」
言ってアルマクはルクバットの前にすい、と進み出る。
「ルクバット。アウラと出会う前に、ここで何を見ましたか?」
突然話しかけられたルクバットはどうすればいいのか迷うように、空中とアウラを交互に見、しばらくしてアウラに言った。
「あ、あのね。水の中に光る変な卵みたいのがあったよ。それで、ボクが寝ている間に大きくなってて、お姉ちゃんになったの」
「光の卵が、私に?」
「原子分解再構築」
ぽつりと、アルマクが呟く。
「人の力では成し得ない技。アウラの蒼龍は、その肉体を原子レベルまで分解し、風となってあの難を逃れた。そして再び、この地で人として生を取り戻したのです」
さっぱり意味が解らない。
難しい顔をしていると、アルマクはもう一度、少しだけ分かり易く説明してくれた。
「遥か昔。人が龍として生活していた頃は、その身を特有の能力そのものに変化させていました。人の姿を得た私達には失われた神技。それを貴女の蒼龍が行い、貴女を救った」
「どうしてそんな事を?何で、私の蒼龍は起きてるの?」
「事故とはいえ、貴女は転生式を行った。その時に蒼龍は目を覚まし、アウラを蝕もうとしたけれど、貴女は自分を見失わず、生きる事を望んだから、今の貴女がある。けれど、蒼龍は眠りについた訳ではない。そうですね?」
「うん。力を貸すって言ってた。また試すとも言ってた」
「そう。蒼龍は今も貴女を試し続けている。貴女が今も貴女でいられるのは、ノトスのおかげ」
「ノトス、様?」
意外な名前だ。
父ヴァーユの曾祖父にあたり、アウラの守護霊であり、学問の師でもある。
あの事件で一人になってから姿を見ていない。
「ノトス様はどこに?」
「そこにいますよ。貴女の中にね」
「私の、中?」
見えるわけないのだが、胸元に手を当てそこを見下ろす。
「そうですね。私には蒼龍を抑えるように、上から覆い被さって蓋をしているように見えます。いずれ、彼を感知出来る時が来ますよ。貴女の髪色が変わったのは、ノトスが中にいるからでしょうね」
エルが助け、蒼龍が生かし、ノトス様が守ってくれている……。
「貴女達を護っているのは、それだけではない」
アウラの心を読んだように、アルマクは続ける。
「耳を澄ましてみて。何か聞こえますか?」
「?……何も」
言われて耳を澄ますが、何も聞こえない。
「おかしいですね」
「何が?」
「この国は今や亡国。国を荒らす騒音が聞こえてもいいのでは?」
確かにそうだ。
この祠は、首都からそう遠くは離れていない。
結界が張られているとはいえ、突破を試みる者がいてもおかしくはない。
「誰が護っているの?この国を」
アウラも馬鹿ではない。
ここまでくれば、誰かのおかげだとすぐに理解する。
けれど「誰」なのかは解らない。
この巨大な王国を、一体誰が護っているのだろう。
「風ですよ」
「風?」
「そう。今は巨大な竜巻が、この国をすっぽりと覆っている状態です」
「ま、まさか、その風って、もしかして……」
「察しがいいですね。そう、あの事件で倒れた、この国の者達です」
震え声で尋ねるアウラに対し、さらりと答えるアルマクの言葉が信じられなかった。
「主に近衛師団の兵士達ですね。多少、民間人も混じっているようですが」
国民まで。どうして、そこまで……。
「……私達に、そこまでしてもらう価値なんてあるのかな?」
そう呟いた後、突然の爆風が巻き起こり、思わず尻餅をついた。
「ほらほら、ふざけた事を口走るから、皆が怒ったみたいですよ」
クスクスと上品に笑うアルマク。
しかしその直後、底冷えするような声と瞳で一言。
「多くの人が命を賭した中で救われたちっぽけな命が、そのような戯れ言を口にするな」
「……っ」
その言葉は、どんな鋭利な刃物より深く、アウラの胸に突き刺さった。
そうだ……。私は、生かされたんだ。
「私は、どうすればいいの?」
「生きなさい。数刻でも長く、生き続けなさい。それが今、貴女に出来る唯一の恩返し」
生きる……。
「それならアルマク。お願いがある」
アルマクは何も言わず、アウラの言葉の続きを待つ。
「私に、生きる術を教えてほしい」
「それはつまり、私に稽古をつけろと?」
アウラもまた、黙って頷く。
「戦えなきゃ、生き残れない。強くならないと、誰も護れない」
「……しかしアウラ。貴女はまだあまりに幼い。そんな小さな身体で修行をすれば、自然と成長する骨や筋肉が悲鳴をあげて……」
「ウソだよ!」
思わず声を荒らげ、怒りをぶつけた。
「知ってるんだ。グルミウムの技は自分の力に頼らず、相手や自然の力を使うって。それにエルは私よりも小さい時から稽古をしていたって聞いた。それなら私だって出来るのに、何でそんな嘘をつくの?
私は、生きなきゃいけないんでしょ?私にも、守る力をちょうだい!」
そこまで言い切ると、アルマクは満足気に微笑み、何かを差し出した。
それは、あの事件で一時的に手にした、エラルドの腰刀だった。
「それだけの覚悟があるなら大丈夫ですね。冷たい事を言ってごめんなさい。元より貴女には蒼龍を抑えるつもりでしたが、少々試させてもらいました。
これは、私がエラルドに授けた物。大切な物を護る為に与えた力。大切に、使いなさい」
緊張の高まりと共に、エラルドの形見を手にとる。
あの時は感じなかったが、かなり重い。
おそらく、もう二度と、手放す事はないだろう。
エル。見守ってて、私を……私達を。
ふと、横にいるルクバットの事が気になった。
「ルクバットはどうするの?」
一緒に修行をするには、彼は幼すぎる。
「彼には先に、他のシルフ達から学を学んでもらいます。試練は受かっていますから、修行は後々行うとしましょう。もちろん、アウラも修行だけではないですよ」
「うん。分かってる」
「ならさっそく始めましょう。私はエラルドほど、甘くはないですよ。覚悟なさい」
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