流星痕

サヤ

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承の星々

新参者

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 フォーマルハウトが相手を傷付けずに戦う方法を模索し始めて、早二年の月日が流れた。
 あの日以降親しくなり、戦い方の助言してくれるベナトシュを相手に槍を突いたりなぎ払ったり、時に、武器とは呼べない物を手にし、己の全能力を駆使する日々。
 その努力の成果を見せる、バスター協会の仕官受験最終選考が行われた。
 試験は午前中の内に終了し、フォーマルハウトは試験の手応えをベナトシュに報告する為、いつもの甘味所に急いでいた。
 ベナトシュは、いつもの長椅子に座っている。
「ベナトシュさん!」
 声をかけると、何かの文を読んでいたベナトシュがこちらに気付き、片手を上げる。
「よぉ、フォー。随分機嫌が良いな。さては、上手くやったな?」
「はい!あ、でも、今回も多分、ダメだったと思います」
「はあ?ダメって、まさか負けたのか?」
 頬をかき、苦笑しながら伝えると、ベナトシュはありえないといった驚き顔。
「いえ。負けたわけではないんですけど、上手くいかなくて、自分から降参したんです。けど、後悔はしてません。これからも僕なりの戦い方で、仕官を目指そうと思います」
「……そっか。お前が後悔してないってんなら、俺は応援するだけだな」
「心強いです。ところであの、先ほど読んでいたあれって……」
 ベナトシュが片手に持っていた紙に視線を移すと、やはり見知った焼き印が見える。
「ああ、協会からだよ。邪竜の討伐要請」
 そう言うベナトシュの口調は、若干暗い。
 協会直々の討伐要請?
「そうですか。気をつけて下さいね」
 さぞ強力な邪竜なのだろうと、そう深くは考えずに応援する。
「サンキュ!けど行く前に、ちょっくら新人の顔でも見てくっかな」
「新人?……あ、そうか」
 今日の協会は午前中は仕官の、午後はバスターの最終試験が行われている。
「今年は、どんな人がバスターになったんでしょうね?」
「さあな。けど今回は、随分と若いのが来てるって噂だぜ。だから、受かってたらその顔拝んでやろうと思ってよ」
「顔、極悪人みたいになってますよ」
 うへへと笑うベナトシュは、悪戯を思い付いた少年のようだ。
「お前も、今日はもう帰れよ。家族の人が待ってるだろ」
「そうですね。結果を報告したら、どうせまた怒られるんでしょうけど」
 と苦笑を浮かべ、ベナトシュと別れた。


「おめでとう、フォーマルハウト」
 家に帰り、いきなり広間に通されたと思ったら、養父ハマルの祝福に出迎えられた。
「父さん、まだ早いですよ」
 同じく広間にいた義兄アクベンスは、書類を見ながら父を窘める。
「なに、どうせ明日には分かる事だ。今言っても、そう変わりはせん」
 二人が何の話をしているのかさっぱり読めないフォーマルハウトに、義兄が決定的な言葉を発する。
「これで、ようやくお前も、ウヌカルハイの名に恥じない人間になったわけだ。これに甘んじる事なく、精進する事だ」
「え……ということは僕、試験に受かったんですか?だって、棄権したのに」
 自ら負けを認めた者が合格?
 だがハマルは、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべて言う。
「あれに勝敗は関係ないよ。我々が見ているのは、戦況においてのその者の動き、考え方だ。我々はこの国の砦。矛である必要は無い。
その点、お前の動きは実に見事だった。明日、正式に合格通知を受け取ったら、皆で祝杯をしよう」
 認められた。僕の戦い方が……。やっぱり、間違ってなかったんだ。
 状況を把握するのに時間が掛かり、脳がじわじわと喜びを受け入れ、
「やった……!あ」
 と、小さくガッツポーズを決めた。
 が、その直後、二人が目の前にいる事を思い出し、恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。
「す、すみません。嬉しくて、つい」
 照れ笑いを浮かべ言うと、ハマルも嬉しそうに笑う。
「ははは。お前のそんな顔は久しぶりだな。そうだ。お前もこれを見るかい?」
「何ですか?」
 ハマルが差し出した羊皮紙を受け取ろうと前に進み出ると、
「父さん、それは!」
 とアクベンスが再び止めに入るが、ハマルはそれをやんわりと制し、それを渡してきた。
「今回バスターになった者達だ。よく、覚えておきなさい」
「これが……随分と少ないんですね」
 受け取った紙はそれほど大きくはなく、書かれている名前も、片手で数えられるほどしかない。
「合格者は必ず半数以下になるからな。毎年そんなものだ」
 何やら手続きをしているのか、アクベンスは手を止めずに言う。
「そういえば、受験者の中に随分と若い人がいたみたいなんですが……」
「ああ。一番下の名前の子がそうだよ」
 ハマルにそう言われて再び目を通す。
「え、女の人?」
「ああ。お前よりもはるかに幼い、女の子だったよ。おそらく、家族や国の為だろう」
「国の為って、もしかしてこの人……」
 言葉の意味に気付き、掠れた声で言うと、ハマルは静かに頷いた。
「ああ。風の王国グルミウムの出身だよ」
 ……。


 星歴千年 バスター合格者一覧
 そこに連なる人物名の一番下は、こう記されていた。


Borealiceボレアリス


     †


日が暮れる直前、バスター承認試験を終えたボレアリスは、仕官の誘導で協会広間に通された。
 そこには、試験初日に見た三人の親任官がおり、こちらを認めると、中央の親任官が口を開いた。
「今回の合格者は、君が最後のようだな。では、これを受け取りなさい」
 その親任官は、他の仕官が持ってきた重厚な箱から、掌サイズの紋章を取り出し、ボレアリスに差し出す。
「これよりそなたをバスターと認め、この証を授ける。これがあれば全ての国境を優に渡れる。我々協会は邪竜の情報提供を始め、あらゆる支援を約束する。これからの活躍と健闘を祈る」
「……」
 ボレアリスはそれに対して何を言うでもなく、紋章を受け取り、暗い顔のまま外に出た。
 バスターか。覚悟はしてたけど、辛い、職業だな。
 今は、バスターになれた喜びよりも、バスターになってしまった嫌悪感の方が強く出ている。
 バスターの試験は強さと覚悟が試されて、その内容は極秘。……言えるわけないよな。試験内容がだなんて。
 バスターは元人間を殺めているから殺人鬼と言うものは何人もいる。
 しかし試験では、実際に人間同士の殺し合いが行われており、それを今日、ボレアリスも経験した。
 試験で試される『強さ』では受験者一人とランダムにペアを組み、三日目の昼までに邪竜を討伐し、協会に帰還すること。
 続く『覚悟』では、その日の日没までに相手を殺す事が求められた。
 邪竜だから殺せる、という半端な覚悟では、バスターは務まらない。という協会の意向からだ。
 ボレアリスは覚悟の試練に手こずり、日没ギリギリで資格を得た。
「……」
 ぼんやりと手を眺める。
 念入りに洗ったので既に血は付いていないが、未だに相手の命を奪った瞬間の感触が拭えない。
「うっ」
 思い出しただけで吐き気が込み上げ、思わずえずく。
 覚悟を決めたはずなのに、いきなりこんなか……。情けないな。
 自虐的に笑い、一つ深呼吸をして、自分に言い聞かせる。
 もう決めたんだ。後ろは、振り向かない!


「アリスー!」
 薄闇の街中から、自分の名を呼ぶ声がし、大きく手を振って駆け寄ってくる少年がいた。
「ルクバット」
 階段下までやってきたルクバットは、息も絶え絶えに笑顔を見せる。
「お疲れ様!試験、どうだった?」
「あ、うん……」
 歯切れの悪い返事をしつつ階段を下りて前に立つと、手に持っていた紋章を見つけた彼はいっそうはしゃぎだす。
「あ、それ!バスターになれたんだね?おめでとう!やっぱりアリスはすごいや」
 その笑顔は、今の自分にはあまりにも眩しすぎた。
「アリス、どうしたの?どこか怪我でもしてるの?」
 ずっと暗い顔をしていたせいで、ルクバットは心配そうにそう言う。
「いや。大丈夫、ありがとう」
 心配させないよう、無理やり笑って答える。


「なんだ。結局お前が残ったのか」
 ルクバットの頭を撫でようと手を伸ばした所で、聞き覚えのある図太い声が聞こえた。
 今度は後方、協会建物の中から。
 篝火かがりびに照らされて足元から順に見えてきた人物は、声色から想像出来るような、恰幅の良い男だった。
「あんた、試験にいた……」
 火の帝国ポエニーキスの男。
「レグルスだ。お前、風の王国グルミウムの出身だろ?こーんな若いのがまだいたんだな。にしても、やっぱりあいつはダメだったか。お前、運が良かったな。いや、それとも悪いのか?」
「何が言いたいんだ?」
 レグルスと名乗った男は、始終げらげらと笑っていてかんに障る。
 彼の言うあいつ、とはボレアリスが試験で戦った相手の事だろう。
「あいつは確かに強いけど、女子供には甘くてよ。お前はあいつの甘さに救われたって言ってんだ。今後、お前が一人で邪竜を相手にした時、すぐに死ぬって意味」
「……」
 受験者には、ポエニーキスの出身者が数多く参加していた。
 彼らは、ボレアリスがグルミウム出身だと知ると、一気に態度を変えてきた。
 ここは子供の来る場所じゃない。
 死にに来たのか。
 お前じゃ誰も救えない。
 等、どれも心ない言葉ばかり。
 このレグルスも、その一人。
 彼は今回、最初に資格を得ていた。
 何の躊躇いもなく、三日を共にした相手を、笑いながら殺していた。
「運が良いかどうか、試してみるか?」
 静かに敵意を向け、腰刀の柄に手をかける。
 エラルドの修行がなければ、とっくに掴みかかっていただろう。
「へっ。死にたがりが。言っとくが俺は、あいつみたいに甘くはないぞ」
 レグルスは重量感のある狼牙棒をこれ見よがしに取り出す。
 数秒の間の後、同時に斬りかかる。
 が、二人の武器が交じり合う事はなかった。
「っ!」
 目の前にもう一人、見知らぬ男がレグルスとの間に入ってきた。
 急いで後ろに下がり距離をとる。
 男は、手にしている鞘と刀でそれぞれの攻撃を受け止めた形でそこに立っていた。
 男が割り込んできたであろう方向を見ると、数メートル先に刀袋が落ちている。
 あれだけの距離を、一瞬で……。
「誰だお前」
 お楽しみを奪われたレグルスが訝しげに言うと、男は刀を鞘に納めながら爽やかに名乗った。
「俺はベナトシュ。お前達の先輩だ」
「先輩?お前もバスターか」
「ああ。それより、早く武器しまえよ。バスター同士のやり合いは御法度だ。資格を貰った日に剥奪なんて嫌だろ?」
「……ちっ」
 レグルスは不満気に唾を吐き捨て、歩き去った。
 ボレアリスも腰刀をしまい、ルクバットを連れてこの場を去ろうとする。が、
「あ、ちょい待ち」
 ベナトシュに呼び止められた。
「なあ、お前いくつ?」
「は?」
 突拍子のない質問。
 ベナトシュは軽い足取りでこちらに近付き、ボレアリスの顔を覗き込むようにして続ける。
「お前だろ?今回一番若い受験者って。年は?名前は何て言うんだ?」
「……ボレアリス。サジタリウス(十二月)で十になる」
「てことは、まだ九つかよ!あ~、負けたぁ」
 馴れ馴れしい態度に面くらいながら答えると、一人で勝手に落ち込むベナトシュ。
「俺な。十と二ヶ月でバスターになって、今の今まで最年少保持者だったのよ。てかお前、女なのな。女の名前使った男、じゃないよな」
 この場合、どこに突っ込んだら良いのか分からない。
 男に間違われる事は何度かあったが、正直今はこの男から早く離れたかった。
「あ、おい。だから待てって」
 そそくさと去ろうとするが、再び止められる。
 面倒くさいのに捕まったな。
 嫌々彼を見ると、ベナトシュは先ほど手にしていた刀とは違う物を取り出した。
「年では負けたが、実力はどうかな?」
 その柄には協会の印と、花綱がされている。
 あれは、節刀?
「俺はバスターであり、スレイヤーでもある。お前は流石に違うだろ?明日、ある邪竜を討伐に行くんだけど、一緒に来ないか?おまえの実力、俺に見せてくれよ」
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