流星痕

サヤ

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承の星々

鋭い感性と高き理想

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 冷たい秋風が吹く雷の帝国カメロパダリスの辺境地にある、アクィラェ兄弟の研究施設。
 いつもは何かしらの激しい機械音が響いているのだが、今はそれがない。
 二人が留守にしているわけではなく、今は機械の微調整をしており、施設内では金属が擦れる音や、プログラミングをする乾いた音が忙しなく響いている。
「……そう言えばベイドは、最近現れたという最年少バスターの事を知っているかい?」
 黙々とプログラミングをしていたシェリアクが唐突に、思い出したようにそう話し掛けてきた。
「ええ。確か、私達がこの研究の許可を天帝様から戴いた年の人ですよね?……五年前、ですか」
 ベイドは一時手を止め、兄の方を見て質問に答える。
「もうそんなに経つのか。月日の流れは速いものだね」
 シェリアクも手を止め、昔を懐かしむように目を細める。
「そのバスターが何か?」
「ああ、うん。去年の暮れ年に、その子が瀕死の状態で、協会に担ぎ込まれたらしいんだ」
 ……?
「それが何か?バスターは邪竜を相手にしているのですから、命を落とす事だってそう珍しくはありませんよ?」
「それがね。その子が相手をしたという邪竜が、あの蒼竜らしいんだよ。しかも、たった一人で」
「蒼竜を、一人で?……よく生きて帰って来られましたね」
 シェリアクがもったいぶって話した理由がようやく分かった。
 蒼竜は発見報告すら挙がらないが、先手を打って結成された討伐隊は、未だに誰一人として帰ってきていない。
「そうだろう?まあ、片腕を失くしてしまったらしいけど、私もこの話を聞いた時は驚いたよ。けど、今は何となく、納得はしているんだ」
 くす、と含み笑いを浮かべるシェリアク。
 ベイドが何も言わずにいると、先を続ける。
「そのバスターはまだ十五そこらの少女。当然、一人で蒼竜に敵うわけがない。生き残ったというだけでも奇跡だ。けどその少女は、あのグルミウムの出身なんだって」
「いくら王とはいえ、理性を失くした邪竜が、国民の命を救った、なんて馬鹿げた事、言いませんよね?」
 消息不明の討伐隊の中には、もちろんグルミウム出身の者もいる。
 少女だけが助かった理由にはならない。
 シェリアクもそれは承知で、まさか。と笑い返す。
「肝心なのはこの先さ。そのバスターはグルミウム出身の少女。もし、彼女と蒼竜の間に、特別な繋がりがあるとしたら、どうだい?」
「特別な繋がり?」
 兄が何を言わんとしているのか。
 やたらとグルミウムの少女という単語に拘っているようだけれど……年齢は十五前後……まさか。
 兄の考えが読めたと同時に、少しの呆れが漏れる。
「もしかして兄さん。そのバスターが、火の帝国ポエニーキスで処刑された、グルミウムの王女だとでも言いたいんですか?」
「ご名答!」
 ふふ、と嬉しそうに笑うシェリアク。
「王族が邪竜になるなんて、滅多に無い事だからね。もしかしたら僅かながらも意識があるのかもしれないし、はたまた少女に宿る五大聖獣の御加護か。いずれにせよ、そのバスターと蒼竜の間に、何か特別な繋がりがあると考える方が自然なんじゃないかな?今はバスターの職からは退いているみたいだけれど、一度会ってみたいよ」
「まだ考えていたんですね。王女生存説」
「勿論だとも。それこそ、私達の研究の原点なのだからね。……それも、これでようやく形が実る」
 カチャカチャ、と軽やかに最後のプログラムを入力し終え、シェリアクは満足気な笑みを湛えて顔を上げた。
 ベイドも手に持っていたネジの最後の一本を締め終え、兄の横に並ぶ。
「やっとここまで来ましたね」
「ああ。あとは、成功しているかどうか、試すだけだ」
 二人の前にあるのは、長年の研究を重ねて造りあげた、原子分解再構築を人工的に行う装置。
 水溶液の入ったカプセルと、空のカプセルを繋ぐ太いパイプがあるだけの無骨で簡素な装置だが、必要な物は全て詰まっている。
 あとは空のカプセルに入り、外から装置を起動させれば、自動的に原子分解再構築が行われる筈だ。
「よし、それじゃ始めようか」
「兄さん!」
 シェリアクが気合いを入れ、装置へと一歩踏み出したところで、ベイドが声をかける。
「やっぱり、被験者は私が……」
 そこまで言うと、兄はにこりと微笑む。
「いや。これは私の作品だ。この身で、完成を祝いたい」
「しかし、万一失敗したら……」
「だからこそ、私がやるんだよ。大事な弟を危険な目に遭わせたくないし、もし失敗したとしても、お前ならこれを完成させる事が出来ると、信じているからね」
 そして兄は、そのままカプセルの中へと入っていく。
「別に死ぬわけじゃない。原子が散らばらない限り、安全だよ。だからそんな顔をするな、ベイド。さあ、始めてくれ」
「……分かりました」
 シェリアクの堅い意思を聞き、ベイドも覚悟を決めて装置のレバーに手をかける。
「兄さん」
 もう一度、穏やかに兄に声をかける。
「乾杯酒。良い物を取り寄せましょうね」
 にこりと兄が微笑むのを見届けた後、ベイドは力強くレバーを引き下げた。
 起動を始めた装置は轟音と共に兄を煙で包み込み、眩い発光を放つ。
「……う」
 その騒音は数秒で終わり、辺りは再び静寂に包まれる。
「兄さん!」
 光に眩んだ視界が戻り、ベイドの目に映ったのは、水溶液の中で光り輝く電気プラズマだった。
 兄がいたカプセルにはもう、何も入っていない。
 どうやら、原子分解は成功しているようだ。
 残るは再構築。
 しかし、兄であろう電気プラズマは、一向に再構築をしようとする気配を見せない。
 何かがおかしい。
「兄さん、私の声が解りますか?解るのなら、何か合図を下さい」
 焦りと共にカプセルに両手を付け叫ぶと、電気プラズマは一つ、発光を強めた。
 届いた!意思はある。
 不安の中に僅かな希望が射し込む。
 ベイドは装置を制御するモニターから、一定の電子音がしているのに気づき、近付いてみると、操作パネルに文字が打ち込まれていた。


 分解は完璧だ。意識もある。しかし、再構築を行う瞬間に、再び分解されてしまうようだ。
「再構築と同時に分解……。いや、分解の意識が強すぎるのか」
 無事、とは言えない状況だが、兄の存在をこうして確認出来たベイドはほっと胸をなで下ろし、すぐに頭をフル回転させる。
「兄さん、出来るだけ早く対処しますから、それまで諦めずに頑張りましょう!」
 ああ。私も、努力するよ。
 兄からのしっかりとした返事を読み、力強く頷く。
 原因を調べようと再びカプセルに近付くと、底で何かが光った。
 ベイドはそれを拾い上げしばらく見つめた後、兄が愛用していたモノクルを自身の左目にかけ、気持ちを新たに研究へと取り掛かった。


     †


「ルクバット、準備は出来た?」
 指穴有りの革手袋を左手にはめ、口を使って器用にスナップを留めながらボレアリスが言う。
 ルクバットからは「もうちょっと!」という返事が返ってきたので様子を見てみると、スカーフを首に巻くのに苦労しているようだった。
 彼の周りには私物が散らばっていて、出発にはまだまだ時間がかかりそうだ。
 ボレアリスは軽くため息をつき、ホルダーベルトを腰に巻き、その背部に腰刀を固定し、最後に大きめのマントを羽織って身体全体を覆い隠す。
 胸元にバスターの証取り付け、旅立ちの準備が整ったちょうどその時、タイミング良くベナトシュが部屋に入ってきた。
「お、ちょうど良いタイミングだったみたいだな。これ餞別。途中で食ってけよ」
 差し出された包み紙からは、甘い香りが漂ってくる。
彼からの餞別はいつも団喜だ。
「しかしまあ、そーゆう格好すると余計男か女か分からなくなるよな、お前」
 ボレアリスを上から下へとしげしげと眺め、ベナトシュはからからと笑う。
 それに対してボレアリスは、ため息と共にあしらう。
「余計なお世話だ。これが一番隠せるんだよ」
 蒼竜との死闘から三年が経ち、傷もすっかりと癒えたが、その傷痕はしっかりと残っている。
 失われた右腕、鎖骨から肩、額から右頬に向けて走る切り傷。
 このマントは、顔の傷以外の全てを隠してくれる。
「ずっとを出していると疲れるし、無いと絡まれるからな」
「確かに。……なあ」
「ん?」
 ベナトシュが声をかけてきた数瞬後、キィンと高い金属音響く。
 ベナトシュが抜きかけた刀と、ボレアリスが造り出した剣が鍔迫り合い、カチカチと音を立てている。
「良い反応だ。硬度もしっかりしてるし、大丈夫そうだな」
「ああ。まだ荒削りだけど、そろそろ実戦で試せる」
 満足そうに刀を鞘に戻すベナトシュを見、ボレアリスも腕を戻す。
「いよいよ始めるんだな、五国巡礼。どこから行くんだ?」
「サーペンだ。グルミウムの同盟国だったから、一番行きやすいし、雪解けも終わったから」
「北かぁ。俺あそこ苦手だわ、寒いし。……ところでさ、あいつも連れてくのか?」
 くい、と顎でボレアリスの後方を示すベナトシュに習い、後ろにある窓から外を眺めると、こちらを睨み付け、宿の前で仁王立ちするグラフィアスと目が合った。
 療養中もずっと近くにはいたが、事件の負い目からか、あれから襲ってくる事は無かった。
「別に連れてくつもりは無いけど、付いて来る気はあるみたいだな」
「はは。賑やかな旅になりそうだな。そのうち背中から斬られたりしてな」
「そんな不覚を取るようじゃ、私の夢は遥か遠く、だな」
 ベナトシュの言葉を軽く流していると「お待たせ!」とルクバットが近寄ってきた。
 スカーフも納得いくように巻けたようで、その上にはボレアリスがあげた風避けのゴーグルもある。
「ルク坊。しばらくの間、アリスはお前に任せるからな。しっかり守れよ!」
「うん、任せてよ。ベナト兄」
 ベナトシュの頼み事に気合いを入れるルクバットだが、
「ならせめて、飛び方くらい覚えてもらわないとな」
 ボレアリスの一言で、へにゃと顔を歪めた。
「それを言わないでよー。今練習してるんだから」
「ふふ。さ、そろそろ行こう。昼になってしまう」
 ルクバットの背中を軽く押すと、彼は駆け出して部屋のドアを開けてくれた。
 それに続こうとすると、ベナトシュが思い出したように声をかけてくる。
「あ、なあ。お前、あの噂知ってるか?」
「噂?」
「なんだ、知らないのか。だったら中央区にある酒場に寄ってみろよ」
「もったいぶるな。何があるんだ?」
 にやにやとするベナトシュに答えを求めると、彼の口から耳を疑う言葉が漏れ出た。
「なんかな、あのが来てるらしいぜ」
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