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転の流星
想う思い
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いきなりの急展開で、ボレアリスが立ち去った今でも、シェアトの心臓はバクバクと強く脈打っている。
私が、ボレアリスさんの使者に?
ネージュは突拍子の無い事をよく言うが、今回ばかりは思考が追いつかない。
「……陛下。今の話、本気ですか?」
静かに口を開いたのは、謁見の間ずっと黙っていたエニフだった。
その口調は、少し怒っているように聞こえる。
「何故シェアトなのですか?」
「シェアトだからじゃ。あのバスターは滅亡後もグルミウムにいたと言うておったが、その確証はどこにも無い。不確かな事実に踊らされるなど、実に滑稽な事じゃ。しかし、事実であれ偽りであれ、使者がシェアトであれば有意義な物となろう。世界を知る良い機会であるし、この子はグルミウムについても良く知っておるからの。それに、この子に万が一の事があって困るのは、あのバスターの方だ」
エニフの質問に、ネージュはそう流暢に答えるが、エニフは更に噛み付く。
「確かにそうかもしれませんが、危険が大きすぎます。バスターの使者ですよ?それも、蒼竜に一人で挑むような無鉄砲者の」
「この世に絶対など無い。何かを求めるのであれば、それ相応の覚悟は必要じゃ。シェアトも子供ではないのだ。ここから先は、妾達がどうこう言う問題ではなかろう」
そうエニフを黙らせ、天子は穏やかな表情でシェアトを見た。
「シェアト。此度の件、ゆっくりと考えておいで。無理強いはしない。妾は、そなたの意思を尊重しよう」
エニフも天子に続く。
「……そうですね。シェアト、もし引き受けたとなれば、これは貴女にとって、とても大きな財産になるでしょう。もしかしたら、父君の手掛かりも掴めるかもしれません。ですが、危険を伴う物だということを、忘れないで下さい」
「……はい。善処します」
成長を願うネージュに、危険を案ずるエニフ。
二人の想いにすぐに応える事が出来ず、シェアトも重い足取りで城をあとにした。
「どうしよう……」
一人になり、悶々とした気持ちを抱えたまま時間は流れ、日は西へと傾き始める。
この国を出て世界を回るなんて、考えた事なかったな……。外には、本だけでは学べない事が沢山あって、それを肌で感じて、すごく良い経験になると思う。天子様や、エニフ様のお役にも立てるし、それはとても嬉しい事だけど、でも……。
即座に母や弟の顔が浮かび、そしてボレアリスの事を考える。
彼女の身体についた傷痕や、彼女に纏わる話を思い出すと、震えずにはいられない。
さっきの話からすると、私より年下よね。それに、最年少バスターって聞いてるから、随分と前からこんな危険な仕事に身を置いてる。
「国の為とはいえ、どうしてそこまで……」
彼女にとって風の王国は、命よりも大切な物なの?
いつからそこに足を向けていたのか。
気づけば、ボレアリスが宿泊している宿の前まで来ていた。
本人に、聞いてみよう。
ぐ、と意を決し、シェアトは宿の中へと歩を進めた。
†
水の王国に着いてからは寒さで筋肉が硬直しっぱなしだったので、ボレアリスは束の間に出来た余暇を利用し、療養中に利用していた秘湯に来ていた。
少し険しい道を通るせいか、人に出会った事は無く、出迎えてくれるのはいつも野生の動物達だった。
軽く運動をして身体の緊張をほぐし、衣服や武器を縁に置いてから掛け湯し、ゆっくりと湯に身を浸す。
冷え切った足先から浸かっていくと、痺れにも似た感覚の後にじわじわと熱の心地良さが全身を包み込んで行く。
「……ふぅ」
無防備ゆえに気は抜けないが、気配に敏感な野生動物達がいるおかげで、適度にリラックス出来る。
「何故、明かさなかった?」
良い湯加減で気分が高揚し、鼻歌でも唄いそうになった頃、ノトスが話し掛けてきた。
一瞬、何を言っているのか解らなかったが、すぐに昼間の事だと理解した。
「何故って、こんな姿では信じてもらえないでしょう?アウラ王女は、蒼天の髪なんですから。真実より、世の中に広まる噂の方がよほど信憑性がある。あながち、間違ってもいませんしね」
そう皮肉を込めて笑うと、ノトスの窘めるようなため息が漏れる。
「……ノトス様私はまだ生きていますが、あの日、アウラは死んだと思っています。今の私は、アウラ王女ではなく、ただのバスター、ボレアリスなんですから」
そう真面目に答えると、ノトスは何も言わなくなった。
暫く黙ったまま湯に浸かっていると、一羽の小鳥が舞い降りてきた。
ルクバットの修行に協力してもらっているツグミだ。
「お疲れ様。そっちの調子はどう?」
労いの言葉をかけると、ツグミは二、三口水を含んでから鳴いた。
「彼、何モシナイヨ?」
「何も?」
オウム返しに言うと、ツグミは一度頷く。
「ズット座ッテ、何カ言ッテル」
話し掛けてるのか。けど、まだ心が通い合ってないんだな。
「そっか。ありがとう」
お礼を述べ、流れる雲を見つめ呟く。
「頑張れ、ルクバット」
そのまま空を眺めていると、騒々しい鳴き声と共にまた違うツグミが現れ、そのまま湯の中へ突撃してきた。
激しい水しぶきをあげながら現れた突然の来訪者に驚いた他の動物達は散り散りに逃げ出すが、当のツグミ本人はお構いなしに羽根をばたつかせて上機嫌だ。
「女連レテ来タ!女ー!」
このツグミには、自分を訪ねに来た者を案内するように頼んである。
このタイミングで会いに来る者など、サーペンの使者以外にはいないだろう。
もう決まったのか。
女と聞いた時点でだいたいの予想はついたが、一応縁に寄り、身構える。
しばらくすると、
「おーい、小鳥さーん?何処へ行ったのー?」
聞き覚えのある声と共に、シェアトの姿が見えた。
やっぱりあの子か。
想定通りの人物が現れた事で警戒を解くと、シェアトもこちらに気付いたようだ。
「あ、ボレアリスさん!良かった、会えて。途中まで小鳥に付いて行ったんですけど、見失っちゃって。……て、ごめんなさい、入浴中ですよね」
駆け寄り、慌てて後ろを向くシェアトの姿は、途中で転んだのか、衣服がずぶ濡れで、髪も乱れて泥だらけだ。
「随分と苦労させたみたいだね。ごめん、この子に案内役を頼んだ私が悪かったよ」
罰のつもりでツグミに水をかけてみるが、変わらず羽根をばたつかせている。
「気にしないで下さい。私がドジなだけですから」
そうかぶりを振るシェアトの身体は、寒さからぶるぶると震えている。
「シェアトも入っていきなよ。そのままじゃ風邪をひくよ」
「え……や、でも」
堅い声を出し、戸惑うシェアト。
王女だった頃、湯浴みの時はいつも次女に介抱してもらっていた自分とは違い、裸を見られるのに抵抗があるようだ。
それでも、やはり寒さには勝てなかったようで、ややあってシェアトも湯に浸かった。
「―ん~!生き返るな~」
まるで老婆のような台詞を吐きながら、両腕を気持ち良さそうに伸ばすシェアト。
その白い腕には出来たばかりの切り傷がいくつも浮かんでおり「こんなとこまで」と呟きながら治癒術を施していく。
傷は、腕だけでなく、大きく実った胸元にもあり、シェアトはそこも丁寧に治療していく。
「すごいね」
「祖母の家が医者の家計だから、昔から習っていたんです。これくらいの傷ならすぐに治せますよ」
思わず漏れ出た感想の本意はそこでは無かったのだが、シェアトはそう得意気に話してくれた。
「それにしても、こんな所に温泉があったなんて知らなかったな」
「けっこう険しい道を通るからね。人が来る事はまず無いと思うよ」
簡単に説明するとふーんと納得する。
「結局、使者はシェアトに決まったんだね」
「あ、いえ。それはまだなんです」
本題を口にすると、シェアトは申し訳なさそうにかぶりを振る。
「ここへ来た理由は、あなたの事が知りたかったからなんです」
「私の?」
意外な言葉に驚いたが、シェアトはその理由をぽつりぽつりと話してくれた。
「国を取り戻したいという気持ちは理解出来るんです。けど、その若さでバスターになったのは何故なのか。あなたにとって、故郷とは何なのか。それは命を賭ける程の事なのか。……それが知りたくて」
そんな理由で悩んでいるのか。
「……シェアトってさ、年いくつ?」
質問には答えず、逆に違う質問を返す。
「え?来月で十九ですけど」
「家族は?」
「母と弟の三人暮らしです」
「ふーん。だったらさ、自分の事だけを考えた方が良いよ」
唐突すぎて訳が分からないといった感じのシェアトをよそに、ボレアリスは話を続ける。
「私の事を知っても、今は何の役にも立たないよ。嘘を言う可能性だってある。家族がいるなら、尚更自分を大切にした方が良い。私に付いて来たら、次はいつここに戻ってくるか分からないし、もしかしたら二度と戻れないかもしれない。もちろんそうならないように全力で守るけど、保証は出来ないからね。私自身、何度死を覚悟したか分からない。……この腕だってそう」
言いながら、普段人前では絶対に解かない擬態の腕を解除し、本来の右腕を見せる。
それを見たシェアトは小さな悲鳴をあげ、口元を両手で覆った。
「うそ……なんで」
「これが、本当の私の右腕。シェアト達が見ていたのは、魔法で創った紛い物。本当の腕は、蒼竜との戦いで失ったんだ」
徐々にシェアトの瞳に恐怖が宿り、ボレアリスの身体に残るいくつもの傷痕を見てきたので、これ以上恐がらせないよう少しだけ声のトーンを上げる。
「ま。ただ確実に言えるのは、仮にシェアトが死ぬ時は、私も死んでるって事ぐらいかな。何の気休めにもなってないけど」
冗談混じりに笑いながら湯から上がり、瞬時に身体を乾かしてから服を着る。
そして、木に吊して干しておいたシェアトの衣服を乾かしながら続ける。
「今回はいきなりだったと思うし、まして天子様からあんな風に頼まれたら、断り辛いのは当たり前だよね。でもシェアトは兵士でも無いんだから、自分の気持ちを大事にすべきだ。あまり長い時間は待てないけど、シェアトの誕生日くらいまでなら大丈夫だから、ゆっくり考えなよ」
天子のシェアトに対する態度は、とても友好的に見えた。
あれなら断ったところで、問題は無いはずだ。
自分の旅は、決して安全な物ではない。
だからこそ、他人の意見ではなく、自分の心と向き合ってほしい。
そんな想いを込めて、そうシェアトに伝える。
シェアトの服が乾く頃には月が登っていたので、ボレアリスは彼女を家まで送り届けてから宿に戻った。
私が、ボレアリスさんの使者に?
ネージュは突拍子の無い事をよく言うが、今回ばかりは思考が追いつかない。
「……陛下。今の話、本気ですか?」
静かに口を開いたのは、謁見の間ずっと黙っていたエニフだった。
その口調は、少し怒っているように聞こえる。
「何故シェアトなのですか?」
「シェアトだからじゃ。あのバスターは滅亡後もグルミウムにいたと言うておったが、その確証はどこにも無い。不確かな事実に踊らされるなど、実に滑稽な事じゃ。しかし、事実であれ偽りであれ、使者がシェアトであれば有意義な物となろう。世界を知る良い機会であるし、この子はグルミウムについても良く知っておるからの。それに、この子に万が一の事があって困るのは、あのバスターの方だ」
エニフの質問に、ネージュはそう流暢に答えるが、エニフは更に噛み付く。
「確かにそうかもしれませんが、危険が大きすぎます。バスターの使者ですよ?それも、蒼竜に一人で挑むような無鉄砲者の」
「この世に絶対など無い。何かを求めるのであれば、それ相応の覚悟は必要じゃ。シェアトも子供ではないのだ。ここから先は、妾達がどうこう言う問題ではなかろう」
そうエニフを黙らせ、天子は穏やかな表情でシェアトを見た。
「シェアト。此度の件、ゆっくりと考えておいで。無理強いはしない。妾は、そなたの意思を尊重しよう」
エニフも天子に続く。
「……そうですね。シェアト、もし引き受けたとなれば、これは貴女にとって、とても大きな財産になるでしょう。もしかしたら、父君の手掛かりも掴めるかもしれません。ですが、危険を伴う物だということを、忘れないで下さい」
「……はい。善処します」
成長を願うネージュに、危険を案ずるエニフ。
二人の想いにすぐに応える事が出来ず、シェアトも重い足取りで城をあとにした。
「どうしよう……」
一人になり、悶々とした気持ちを抱えたまま時間は流れ、日は西へと傾き始める。
この国を出て世界を回るなんて、考えた事なかったな……。外には、本だけでは学べない事が沢山あって、それを肌で感じて、すごく良い経験になると思う。天子様や、エニフ様のお役にも立てるし、それはとても嬉しい事だけど、でも……。
即座に母や弟の顔が浮かび、そしてボレアリスの事を考える。
彼女の身体についた傷痕や、彼女に纏わる話を思い出すと、震えずにはいられない。
さっきの話からすると、私より年下よね。それに、最年少バスターって聞いてるから、随分と前からこんな危険な仕事に身を置いてる。
「国の為とはいえ、どうしてそこまで……」
彼女にとって風の王国は、命よりも大切な物なの?
いつからそこに足を向けていたのか。
気づけば、ボレアリスが宿泊している宿の前まで来ていた。
本人に、聞いてみよう。
ぐ、と意を決し、シェアトは宿の中へと歩を進めた。
†
水の王国に着いてからは寒さで筋肉が硬直しっぱなしだったので、ボレアリスは束の間に出来た余暇を利用し、療養中に利用していた秘湯に来ていた。
少し険しい道を通るせいか、人に出会った事は無く、出迎えてくれるのはいつも野生の動物達だった。
軽く運動をして身体の緊張をほぐし、衣服や武器を縁に置いてから掛け湯し、ゆっくりと湯に身を浸す。
冷え切った足先から浸かっていくと、痺れにも似た感覚の後にじわじわと熱の心地良さが全身を包み込んで行く。
「……ふぅ」
無防備ゆえに気は抜けないが、気配に敏感な野生動物達がいるおかげで、適度にリラックス出来る。
「何故、明かさなかった?」
良い湯加減で気分が高揚し、鼻歌でも唄いそうになった頃、ノトスが話し掛けてきた。
一瞬、何を言っているのか解らなかったが、すぐに昼間の事だと理解した。
「何故って、こんな姿では信じてもらえないでしょう?アウラ王女は、蒼天の髪なんですから。真実より、世の中に広まる噂の方がよほど信憑性がある。あながち、間違ってもいませんしね」
そう皮肉を込めて笑うと、ノトスの窘めるようなため息が漏れる。
「……ノトス様私はまだ生きていますが、あの日、アウラは死んだと思っています。今の私は、アウラ王女ではなく、ただのバスター、ボレアリスなんですから」
そう真面目に答えると、ノトスは何も言わなくなった。
暫く黙ったまま湯に浸かっていると、一羽の小鳥が舞い降りてきた。
ルクバットの修行に協力してもらっているツグミだ。
「お疲れ様。そっちの調子はどう?」
労いの言葉をかけると、ツグミは二、三口水を含んでから鳴いた。
「彼、何モシナイヨ?」
「何も?」
オウム返しに言うと、ツグミは一度頷く。
「ズット座ッテ、何カ言ッテル」
話し掛けてるのか。けど、まだ心が通い合ってないんだな。
「そっか。ありがとう」
お礼を述べ、流れる雲を見つめ呟く。
「頑張れ、ルクバット」
そのまま空を眺めていると、騒々しい鳴き声と共にまた違うツグミが現れ、そのまま湯の中へ突撃してきた。
激しい水しぶきをあげながら現れた突然の来訪者に驚いた他の動物達は散り散りに逃げ出すが、当のツグミ本人はお構いなしに羽根をばたつかせて上機嫌だ。
「女連レテ来タ!女ー!」
このツグミには、自分を訪ねに来た者を案内するように頼んである。
このタイミングで会いに来る者など、サーペンの使者以外にはいないだろう。
もう決まったのか。
女と聞いた時点でだいたいの予想はついたが、一応縁に寄り、身構える。
しばらくすると、
「おーい、小鳥さーん?何処へ行ったのー?」
聞き覚えのある声と共に、シェアトの姿が見えた。
やっぱりあの子か。
想定通りの人物が現れた事で警戒を解くと、シェアトもこちらに気付いたようだ。
「あ、ボレアリスさん!良かった、会えて。途中まで小鳥に付いて行ったんですけど、見失っちゃって。……て、ごめんなさい、入浴中ですよね」
駆け寄り、慌てて後ろを向くシェアトの姿は、途中で転んだのか、衣服がずぶ濡れで、髪も乱れて泥だらけだ。
「随分と苦労させたみたいだね。ごめん、この子に案内役を頼んだ私が悪かったよ」
罰のつもりでツグミに水をかけてみるが、変わらず羽根をばたつかせている。
「気にしないで下さい。私がドジなだけですから」
そうかぶりを振るシェアトの身体は、寒さからぶるぶると震えている。
「シェアトも入っていきなよ。そのままじゃ風邪をひくよ」
「え……や、でも」
堅い声を出し、戸惑うシェアト。
王女だった頃、湯浴みの時はいつも次女に介抱してもらっていた自分とは違い、裸を見られるのに抵抗があるようだ。
それでも、やはり寒さには勝てなかったようで、ややあってシェアトも湯に浸かった。
「―ん~!生き返るな~」
まるで老婆のような台詞を吐きながら、両腕を気持ち良さそうに伸ばすシェアト。
その白い腕には出来たばかりの切り傷がいくつも浮かんでおり「こんなとこまで」と呟きながら治癒術を施していく。
傷は、腕だけでなく、大きく実った胸元にもあり、シェアトはそこも丁寧に治療していく。
「すごいね」
「祖母の家が医者の家計だから、昔から習っていたんです。これくらいの傷ならすぐに治せますよ」
思わず漏れ出た感想の本意はそこでは無かったのだが、シェアトはそう得意気に話してくれた。
「それにしても、こんな所に温泉があったなんて知らなかったな」
「けっこう険しい道を通るからね。人が来る事はまず無いと思うよ」
簡単に説明するとふーんと納得する。
「結局、使者はシェアトに決まったんだね」
「あ、いえ。それはまだなんです」
本題を口にすると、シェアトは申し訳なさそうにかぶりを振る。
「ここへ来た理由は、あなたの事が知りたかったからなんです」
「私の?」
意外な言葉に驚いたが、シェアトはその理由をぽつりぽつりと話してくれた。
「国を取り戻したいという気持ちは理解出来るんです。けど、その若さでバスターになったのは何故なのか。あなたにとって、故郷とは何なのか。それは命を賭ける程の事なのか。……それが知りたくて」
そんな理由で悩んでいるのか。
「……シェアトってさ、年いくつ?」
質問には答えず、逆に違う質問を返す。
「え?来月で十九ですけど」
「家族は?」
「母と弟の三人暮らしです」
「ふーん。だったらさ、自分の事だけを考えた方が良いよ」
唐突すぎて訳が分からないといった感じのシェアトをよそに、ボレアリスは話を続ける。
「私の事を知っても、今は何の役にも立たないよ。嘘を言う可能性だってある。家族がいるなら、尚更自分を大切にした方が良い。私に付いて来たら、次はいつここに戻ってくるか分からないし、もしかしたら二度と戻れないかもしれない。もちろんそうならないように全力で守るけど、保証は出来ないからね。私自身、何度死を覚悟したか分からない。……この腕だってそう」
言いながら、普段人前では絶対に解かない擬態の腕を解除し、本来の右腕を見せる。
それを見たシェアトは小さな悲鳴をあげ、口元を両手で覆った。
「うそ……なんで」
「これが、本当の私の右腕。シェアト達が見ていたのは、魔法で創った紛い物。本当の腕は、蒼竜との戦いで失ったんだ」
徐々にシェアトの瞳に恐怖が宿り、ボレアリスの身体に残るいくつもの傷痕を見てきたので、これ以上恐がらせないよう少しだけ声のトーンを上げる。
「ま。ただ確実に言えるのは、仮にシェアトが死ぬ時は、私も死んでるって事ぐらいかな。何の気休めにもなってないけど」
冗談混じりに笑いながら湯から上がり、瞬時に身体を乾かしてから服を着る。
そして、木に吊して干しておいたシェアトの衣服を乾かしながら続ける。
「今回はいきなりだったと思うし、まして天子様からあんな風に頼まれたら、断り辛いのは当たり前だよね。でもシェアトは兵士でも無いんだから、自分の気持ちを大事にすべきだ。あまり長い時間は待てないけど、シェアトの誕生日くらいまでなら大丈夫だから、ゆっくり考えなよ」
天子のシェアトに対する態度は、とても友好的に見えた。
あれなら断ったところで、問題は無いはずだ。
自分の旅は、決して安全な物ではない。
だからこそ、他人の意見ではなく、自分の心と向き合ってほしい。
そんな想いを込めて、そうシェアトに伝える。
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