流星痕

サヤ

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転の流星

争いの元

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「―目覚メラレタカ」


 ふっと目を開けると、ボレアリスは朝焼けに染まる空の下、柔らかな草原に横たわっていた。
 周りは破損した建物の残骸で溢れていたがとても静かで、邪竜との戦いは終わっているようだ。
 先程聞こえた主を探そうと首を巡らせると、すぐそこに自分達を捕らえた、半人半獣のローマー達が勢揃いしていた。
 ローマー……!
 一瞬身構えるが、彼らからは殺気を感じられず、またボレアリス自身体力をだいぶ消耗していた為、動作としてはゆっくりと身体を起こすだけとなった。
 蒼龍となった時に傷はほとんど完治したようだが、代わりに身体が鉛のように重く、ただ起き上がるという動作さえ苦労する。
 魔力が空っぽだ。こんなの久しぶりだな。
 なんとか身を起こして一息つくと、それを見守っていたローマー達が一斉に頭を垂れた。
「……?」
 何のつもりかと見ていると、ボレアリスに声をかけたでろう、先頭にいるローマーが口を開いた。
「今迄ノ非礼無礼、ドウカオ許シヲ。我ガ君、
「……!」
 意外と言えば意外。当たり前と言えば当たり前の一言だった。
 自分はこのローマー達の目の前で蒼龍へと姿を変えたのだから。
 そうか。彼らは国を持たなくても、王を敬う気持ちは持ち続けているんだ。
「……ヨシテクレ。私ハ王トシテハ、モウ死ンダ身ダ」
 静かに否定すると、ローマーはゆっくりとかぶりを振る。
「歴史ハ存ジテオリマス。シカシ、我等ハ国ヲ持タズ王ヲ敬ウ者。貴女様ガ存命デアル限リ、我等ノ王ニ変ワリアリマセン。オ仲間モ、此方デ捜索シテオリマス故、ドウゾ御安心ヲ」
 国が無くても、この身に蒼龍を宿している限り、私は彼等の王、か……。彼等にとって私は、バスターボレアリスではなく、王女アウラなんだな。
「有リ難ウ。……良ケレバ話ヲ聞カセテホシイ。君達ノ歴史ヲ」
 アウラは体力の回復を待ちながら、ローマーの話を聞こうと尋ねると、一番人間に近い姿をしたローマーが応えた。
「それでしたら、僭越ながら私めが御説明させていただきます」
「……君、フィックスター語が話せるの?」
 驚いて聞くと、若いローマーはこくりと頷く。
「各地での情報収集が、私の役目なので」
「そうか。古語だと理解が難しい時があるから、助かるよ」
 アウラが微笑むと「有り難きお言葉」とローマーが顔を伏せる。
「我等の歴史も長う御座います。蒼龍様は、我等の事をどこまで御存知でしょうか?」
「生憎、そちらの知識はほぼ皆無でね。さっき仲間から少し聞きかじった程度だよ」
 はにかみつつ、シェアトから聞いた事をかいつまんで話すと、ローマーはゆっくりと頷いた。
「大方の事は合っております。貴女様のお仲間は、大変聡明なお方のようですね。それでは、蒼龍様がお聞きになりたいのは、我等の内情、でしょうか?」
「うん。君達は地下で戦ったローマー達よりも、人間に近い姿をしている。一体何があったの?」
 この質問は、軽い興味本位だった。
 しかし、彼の第一声で、アウラは話を聞かない訳にはいかなくなる。
「事の発端は、赤の襲撃にあります」
「……何だって?」
 赤の襲撃、星の歪み、風の王国グルミウム滅亡事件……。
 様々な呼び名はあれど、これらは全て、アウラ達グルミウム国民からあらゆる物を奪いさった、あの事件を指している。
 世界的に有名なあの事件に、人界と関わりの無いはずのローマーがどう関係しているというのだろう。
「あれは、本来なら起こりうるはずの無い事件にございます。人の力を越えた、赤龍の力……」
 人の力を……。
「まさか、あの事件は君達が起こしたの?けど、ローマーの姿を見たのも、存在を知ったのも今日が初めてだ」
「無論、我等はあの事件と直接的な関わりはありません」
 ローマーはアウラの言葉を即座に否定する。
「しかし、事件のきっかけとなるあの力を授けたのは、間違いなく我等の身内であります」
「……詳しく聞かせてくれ」
 このローマー達からは深い悲しみと後悔が伝わってくる。
 普段、あの事件の話になると、アウラは胸の内に自然と強い怒りがこみ上げてくるのだが、今は不思議とその感情はわいてこない。
 ローマーは一度大きく息を吐き、そしてゆっくりと語り出す。
「蒼龍様を始め、我等緑龍が、鳥や植物の声を聞くのと同様、赤龍には元々獣を従わせる力があります。前星歴の頃より、その力量次第では、他の龍を従わせる者もおりました。しかしそれは過去の話。知識を得た代わりに力を失ったでは、到底成し得ない業です」
 彼は敢えて人の身を強調して言う。
 絶対に出来ないという事ではない。それはつまり……。
「転生式を終えた者なら可能、という事?」
 アウラの質問に、ローマーはこくりと頷く。
「内なる龍を完全に掌握する為、同胞の赤龍は先代の朱雀様に召集され、操獣の技の強化を命じられました。我等は国に所属しておりませんが、王たる五大聖獣様の命は絶対です。……朱雀様の望むまま与えた力の結果が、あのような恐ろしい事に」
 そこで耐えられなくなったのか、ローマーは目頭を手で押さえ、嗚咽を漏らし始める。
 アウラは、ローマーが落ち着くまで静かに待った。
 しばらくすると落ち着きを取り戻し、ローマーは続きを話し始めた。
「それから我等は赤龍に、我等自身の力を弱める事を提案したのですが、彼等は王の命令に従ったまでの一点張り。結局、我等のみがこのように力を弱める形となり、今は赤龍がこれ以上被害を増やさぬようにと、戦いが始まりました」
「でもそれは、火の帝国ポエニーキスが勝手に悪用した結果だ。あれ以降、エルタニン天帝の名の元に、人に使用する事は禁止された。君達が責任を感じる必要は無いんじゃない?」
 そう慰めようとするが、ローマーは首を横に振る。
「いえ。それでも赤龍の中には、未だに力を貸す者もいます。この先、同じ過ちを繰り返さない為にも、我等は力を抑えるべきなのです。それが出来ないのであれば、滅ぶ方が良いでしょう。これは、我等緑龍の誇りを賭けた戦いでもあるのです。いくら蒼龍様といえど、これを止める事は出来ません」
 誇りを賭けた戦い……。確かに、そんな事を言われたら、止める事なんて出来ない。……それにしてもポエニーキスは、まだ力を望むのか。一体何をすれば気が済むんだ?
 考えるだけで腸が煮えくりそうな思いを無理矢理引き剥がし、アウラは改めてローマー達に微笑む。
「分かった。止めたりはしない。ただ、これだけは言わせて欲しい。私達の為にありがとう。君達の健闘を祈る」
 ローマーは驚いたように目を見開き、そして再び恭しく頭を垂れる。
「我等はいつでも貴女様の味方に御座います。何かありましたら、いつでもお呼び下さいませ。例えそれがどのような死地であっえも、必ず駆け付けましょう」


「あ、アリス!」
 聞き覚えのある声に振り返ると、シェアト、ルクバット、そしてグラフィアスがそれぞれの面持ちでこちらを見ていた。
「アリス!良かった無事で」
 シェアトが今にも泣き出しそうな声で思い切り抱きついてきたので、左腕だけでは支え難く、もう少しで倒れ込みそうになる。
「シェアト。無事で良かった」
「それはこっちのセリフだよ!随分探したんだから」
「ごめんごめん。でもほら、この通り無事だから。ルクバットも、よくやったな」
 シェアトの肩越しにそう労うと、ルクバットはにへらと笑う。
「グラン兄が一緒だったからね。へっちゃらだよ」
 名を呼ばれたグラフィアスは、取りあげられていたらしい大剣を、傷だらけのローマーから返してもらうところだった。
「随分と派手に暴れたみたいだな」
「天井は崩れてくるわ。こいつらがわらわらと出てくるわ……この借りはデカいからな」
「そうか。ならこれからは、私と一緒に行動でもするか?」
 不意に提案すると、当たり前のようにグラフィアスは訝しげにこちらを睨む。
「何のつもりだ?」
「借りはすぐに返したい質でね。悪くないだろ?」
「理由はどうあれ、私も賛成。グラフィアスがいてくれたら心強いわ。もちろん、アリスも頼りにしてるけど」
「俺も!グラン兄ともっと仲良くなりたいし

 二人が笑顔で賛同する中、グラフィアスは渋い顔のまま。
「後はお前の好きにしたらいいさ」
 そう伝えて話を終わらせると、ルクバットが気持ち悪そうな顔でひそひそと声を潜めて聞いてきた。
「ねえ、それよりこいつらどうしちゃったの?」
 彼の目線の先には、畏まって整列しているローマー達がいる。
「ああ、さっきの赤竜を倒すのに協力してくれてね、和解したんだ」
「え、何それ。どういうこと?」
 ルクバットの質問には答えず、悪戯っぽい笑みを浮かべて、ローマーにフェディックス語で言う。
「今ノ話ハ内密ニナ」
「御意」
「内密って、アリス一体何の話をしていたの?」
 シェアトが小首を傾げて言うが、それに対してもただ微笑むのみ。
「内緒。さぁ、もう行こう。早く入国して、まずはこの腕をなんとかしないと」
 壊れてしまった義手をさすり、ボレアリスはローマー達と別れを告げ、再び帝都カメロパダリスを目指す。
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