流星痕

サヤ

文字の大きさ
42 / 114
転の流星

再構築

しおりを挟む
 ボレアリスがベイドに腕を診てもらっている間、ルクバット達はシェリアクからもてなしを受けていた。
 とは言っても、彼の指示の元、シェアトが飲み物を作ってくれたので、その表現は間違っている気もする。
 その後もシェアトは荷物は無事か、乾いたかと休む事なく忙しなく動き回っている。
 ふとグラフィアスを見ると、大剣の手入れをしていた。
「お前も水気くらいは拭っておけ。使い物にならなくなるぞ」
「あ、うん」
 言われてルクバットも武器を取り出す。
「へへ」
 真新しい武器はまだ傷一つ無く、刃の一本一本が鈍い輝きを放つ。
 まだルクバットの手には馴染んでおらず、ずっしりとした重みが掛かるが、これを使いこなせるようになった自分を想像しつつ、一生懸命に水気を拭い窓の外を眺めた。
 外は相変わらずのどしゃ降りで、森の様子が全く伺えない。
 雨、いつ止むかな?
 ため息混じりにじっと見つめていると、機械音が声を掛けてきた。
「ドウカシタカイ?外ニ何カアルノカイ?」
 振り返るとそこに誰かがいるわけではなく、光るモニターに向かって答える。
「雨止まないかと思ってさ。新しい武器の練習をしたいんだ」
 手入れを終えた武器を悲しげに見つめる。
 するとシェリアクは、不思議な事を言い出した。
「ナルホド。雨ガ邪魔ナワケダ。小範囲デ良ケレバ、雨ヲ封ジヨウカ?」
「封じる?」
「入口ノ脇ニ、三色ノレバーガアルダロウ?赤イノヲ引イテゴラン」
 何を言っているのか理解出来ないまま、入口まで行くと、確かにレバーが三色、赤、黒、青とあり、その下には黄色と白色もあった。
「これ?」
 言われた通り赤いレバーを下まで押し引くと、部屋の外が急に明るくなり、僅かに日射しが差し込んできた。
「え、晴れた?」
 急いで窓辺に近寄ると、身体中に暖かい日射しが当たる。
 しかし、横目で見ていたグラフィアスが更に奥を見つめながら言った。
「……少し向こうはどしゃ降りのままだ。止んだのはこの周辺だけみたいだな。一体どういう仕掛けなんだ?」
 それを説明してくれたのは、台所付近で遠巻きに見ていたシェアトだった。
「カメロパダリスの能力ね。彼等は天候を操るの。それを技術に応用したんじゃないかな?」
「操ルト言ッテモ、雲ヲ誘ウ程度サ。今ハ此処ヲ中心ニ、五十メートル程雲ヲ退ケタンダ」
 シェリアクは何でもなさそうにそう説明する。
「すっげー!ね、他のはどうなるの?」
「雲ノ質ガ変ワルンダ。黄色ハ雷、白ハ雪ダヨ」
「格好いい!」
 理屈は全く分からないが、凄いという事だけはよく分かる。
「晴レタトハ言エ、地面ハソノママダカラ、気ヲツケルンダヨ」
 そう言われてルクバットは、晴れにしてもらった本来の目的を思い出す。
「あ、うん!ありがとう。グラン兄も行こうよ」
 相手の了承を待たず、武器を片手に外へと飛び出す。
 確かに向こうの方は未だに豪雨で、雨の音すらも聞こえてくるが、上を見上げれば切り取られたように雲が無く、晴れ間が広がる。
「まぶしー!」
「晴れたくらいで騒がしい奴だな」
 後ろには武器を持ったグラフィアスが立っていた。
「グラン兄。俺の稽古に付き合ってよ」
「何で俺が、お前の面倒見なきゃいけねーんだ?一人でやってろ」
「だってこれ、まだ上手く使えないんだもん。グラン兄が作ったんだから、ちょっとくらい付き合ってくれても良いじゃんか」
 グラフィアスの冷たい態度に口を尖らせて抗議するが、彼はそれを鼻で一蹴する。
「ふん、甘えるな。俺がお前くらいの頃は、ずっと一人で鍛錬していた」
「ケチ!いいよもう。一人でやるから」
 何だよ。ちょっとくらい一緒にやってくれたって良いじゃんか。
 ふてくされてずかずかとグラフィアスから離れようとすると、背中に声が掛かる。
「お前の稽古に付き合う気は無いが、俺の相手くらいはさせてやってもいいぞ」
「え?」
「怪我して痛い目見たくないなら、一人で稽古するんだな」
「俺がグラン兄の相手?武器だって慣れてないのに?」
「嫌なら良いんだ」
 いや、でも……。
「えーい、こうなりゃヤケクソだ。よろしくお願いします!」
 ルクバットが円月輪を構えると、すぐさまグラフィアスの重い大剣が振り下ろされた。


     †


 研究所内に一人残されたシェアトがシェリアクと談笑していると、外から金属がぶつかり合う激しい音が聞こえてきた。
 何事かと窓から覗くと、ルクバットとグラフィアスが組み手をしていた。
 状況はグラフィアスが圧倒的有利で、ルクバットは防戦一方のようだ。
「危ないなぁ。怪我しないと良いけど」
 既に、顔にいくつもの切り傷を作っているルクバットを、はらはらした気持ちで見守る。
 それ以上見ていると心臓が保ちそうに無いので、グラフィアスを信じて窓から離れると、ちょうどボレアリスが戻ってきた。
 行きとは違って、今はマントを羽織っている。
 それに、心無しか顔色が悪いようにも見える。
「どうしたの?マントなんか着けて。なんか顔色も悪いけど、大丈夫?」
「ああ。義手を外したら、ちょっとね。シェリアクさん。弟君がお呼びでしたよ」
 彼女が疲れた声で言うと、
「ソノヨウダネ。デハ悪イケド、少シ席ヲ外サセテモラウヨ」
 とだけ残してシェリアクはモニターから消えた。
 それを見届けたボレアリスは、軽く息を吐きながら椅子に腰を下ろした。
「そんなに疲れる検査だったんだ。何か飲む?」
 身動きが出来ないシェリアクに変わってみんなに飲み物を作ったので、台所の勝手が分かっておりそう提案する。
「ありがとう。義手を外すのが、あんなに神経に障るとは思わなかったよ。……ルクバットは外?」
「うん。シェリアクさんがこの辺一体を晴れにしてくれて、グラフィアスと稽古してる。後で行ってみる?」
 ボレアリスと自分、それぞれの飲み物を手に聞くと、
「いや、今は休むよ」
 ボレアリスはありがとう、と礼を言いながらカップを受け取る。
 シェアトはボレアリスと机を挟んで正面の席に座った。
 ボレアリスは飲み物を一口し、カップの中身をまじまじと見つめている。
「これは?」
「フラットホワイト。疲れた時はこれが一番よ。昔お父さんがよく作ってくれたの。あ、苦かった?」
 苦味のある深いコクが特徴的な物なのでそう尋ねたが、彼女は笑顔で答える。
「いや、すごく美味しいよ。へえ、これをシェアトのお父さんがね」
「当時の私はまだ子供だったから、これに砂糖を沢山入れて、ほとんど違う物にしてたけどね」
 懐かしげに微笑むと、ボレアリスは小首を傾げる。
「当時って?」
「……ああ、アリスには話してなかったっけ?お父さん、私が小さい頃にバスターを目指して家を出てるの」
「父親が、バスターに?」
「あ、でも別に、身内に邪竜が出たとかじゃないの。ただお父さん、正義感の強い人だったから、苦しんでる人を放っておけなかったんだと思う」
「……そう」
 ボレアリスはフラットホワイトをまた一口飲み、静かに言う。
水の王国サーペン出身のバスターは多くないから、もしかしたら会った事があるかもしれないね」
「本当に?お父さん、ヴェガって名前なんだけど」
「ヴェガ。ヴェガ・サダルスード……」
「知ってる、かな?」
 恐る恐る尋ねると、ややあってボレアリスはゆっくりと首を横に振った。
「……いや。悪いけど知らないや。ごめんね」
「そっか。ううん、謝らなくていいよ。アリスは世界中を旅してるんだから、会う確率は低いだろうし」
 ぎこちなく笑うシェアトに対し、ボレアリスは申し訳なさそうに言葉を付け加えた。
「次土の天地エルタニンに戻ったら、心当たりに聞いてみるよ」
「うん、ありがとう」
 そう言うが、心の内は以前グラフィアスに言われた事で一杯だ。
 バスター承認試験では、お互いを討ち取りあう。
 彼の言った事が本当なら、父はもう、この世にはいないのかもしれない。
 暗い気持ちが渦巻き始めた時、再びモニターに光が宿り、喧騒な声が響いた。
「大変ダ!大発見ダヨ!」
 興奮のあまり音割れしており、耳が痛い。
「す、少し落ち着いて下さい。耳が」
「落ち着ク?ソレドコロデハナイ!大発見ナンダ!」
「う……。何が、大発見なんですか?」
 ボレアリスとシェアト、二人が耳を抑えながらそう聞くと、奥の部屋からドタバタとベイドが息を切らして走ってきた。
「ぼ、ボレアリスさん……。貴女ほんとに、この作品の作者が誰か、ご存知ないのですか?」
 息も絶え絶えに、片手に握り締めた義手を示しながら言う。
「ええ。友人の話だと、その職人は、誰も見たことが無いそうです。貴方までどうしたんです?何か分かったんですか?」
 シェリアクの騒動は何度か見たが、ベイドの慌てようは初めて見る。
 ベイドは呼吸を整え、上擦った声で答えた。
「これは、なんですよ」
「原子分解再構築、のですか?」
「そうです。私達は数年前に装置を作り、兄がその被験者となりました。しかし結果は再構築は成らず、兄はあの状態のまま」
 言われて、モニターに映る光を見つめ、シェアトは納得したやように頷く。
「そうか。白龍を宿すシェリアクさんの原子は電子。だから電子機器を通して会話が出来るのね」
「ええ。調べた結果この義手は魔力を使って再構築を行っているようなのです。これを解明する事が出来れば、兄を元の姿に戻せるかもしれない。ですからボレアリスさん。これの修理は是非私にやらせてください。半年、いや三ヶ月もあれば必ず直してみせます。勿論、お代も要りません」
 今までの穏やかさからは想像出来ない、鬼気迫る勢いに、数瞬きょとんとしたが、ふっと笑って答えた。
「頼まれるまでもなく、私は貴方達を頼りに此処へ来たんです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ありがとうございます!早速取り掛かりますね。直るまでは此処を自由にお使い下さい。兄さん行きましょう!」
 意気揚々と二人は奥へと引っ込む。
「三ヶ月か。けっこうかかるね」
 シェアトがため息気味に言うと、ボレアリスは静かに同意する。
「うん。でも、それだけ難しい物なんだろうね。待つしかないよ。……さて、と。それまでは徹底的に、ルクバットを扱いてやるとするか」
 にや、と悪戯っぽく笑い、ボレアリスは残っていたフラットホワイトを一気に飲み干し、外へ出て行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...