流星痕

サヤ

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転の流星

気高き者

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 ルクバットと共に雷の帝国カメロパダリスの宮廷に戻ったアウラは、再び例の三人と向き合った。
 そのうちの一人、シェアトは、傷だらけのアウラを見るなり、おろおろとした様子で念入りに治癒魔法を施してくれた。
「他に痛む所は無いですか?」
 一通り治療を終え、シェアトは不安そうな顔で尋ねてくる。
 アウラは出血していた膝小僧や腕を見回し、どこにもその面影が無いのを確認して答える。
「うん、もう大丈夫そう。ありがとう、上手だね、お姉さん」
 素直に感想を述べると、シェアトは照れたようにはにかみながら「恐れ入ります」と礼を述べた。
 すると腕組みをしながら壁にもたれていた三つ編みの男、グラフィアスが、あからさまに大きな溜め息をついた。
「ったく。手間取らせやがって」
「仕方が無いですよ。いきなりあんな話を聞かされて、信じろと言う方が酷と言うものです。私でも逃げ出します」
 アウラを弁護するかのように、モノクルを付けた科学者風の男、ベイドが言う。
 彼らについてはルクバットから話を聞いて、名前と見た目は覚えた。
 そして、王国復活の為に力を貸してくれる心強い味方である事も。
 アウラは一つ、深く息を吐き、皆に畏まって言った。
「先程は失礼致しました。改めて紹介させていただきます。私は風の王国グルミウム国王ヴァーユの娘にして、唯一王位継承者、アウラ・ディー・グルミウムです。至らない点も多々あるかとは思いますが、どうか私に力を貸してください」
 戴冠式の御披露目に備えて練習してきた振る舞い通り、ゆっくりと丁寧にお辞儀をする。
 それに対して、ベイドが笑顔で拍手をする。
「ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。流石は一国の王女。小さいながらも礼儀がありますね、こちらこそ、宜しくお願いしますね」
「ふん、王女なものか」
 アウラの挨拶を、グラフィアスはそう鼻で一蹴する。
 彼は最初からアウラが王女である事を否定していたし、それに加えて、国を滅ぼした火の帝国ポエニーキスの出身だとも言う。
 何か自分と縁でもあるのだろうか?
「グルミウムの王女は公開処刑されて死んだ。あれで生きてる筈がない。だから、お前が王女であるはずがないんだよ、影武者」
 最初と同じ理由の否定。
 世間では、王女アウラはポエニーキスの首都フォボスで公開処刑され、これによって王家は途絶え、グルミウムは完全に滅亡した事になっている。
 それでもアウラは、自分が王女である事実だけは自信を持って答えられる。
「でも、王女は私だよ」
「どうだか。実際お前はルクバットに、影武者だって言ったそうじゃないか」
「だから、そんなのはいないってば。ねえ、本当にそんな事言ったの?」
 その記憶が無いアウラがルクバットに問い詰めると、彼は少し困ったように頷く。
「う、うん。俺はそうやって聞いたよ。王女様の影武者として生きてきたって」
「おかしいな……。なんでそんな事」
 自分の事なのに、その理由がさっぱり分からない。
 首を捻って唸っていると、シェアトが苦笑気味に割入ってくる。
「ま、まあ落ち着いて。今は彼女が本物の王女様かどうかよりも、これからどうするかを考えた方が良いんじゃないかな?」
「……そうだね」
 答えが出ない物をいつまでも話し合っていても時間の無駄だ。
 今は先の事を考えないと。
 シェアトの案に最初に乗ったのはベイドだ。
「それでしたら、我々で少し話し合っていたのですが、一度協会本部へ戻ってみませんか?」
「協会って、土の天地エルタニンにある、バスターの?」
「ええ。現段階では、貴女の記憶を取り戻す手段は見つかっていませんし、このままバスターとして活動を続けるのも困難でしょう。ですから、一度状況を報告しておいた方が良いと思うんですよ。それにあそこならより多くの情報を入手し易いでしょうしね」
「そっか。ここにいても仕方が無いのか……。分かった。それじゃあ土の天地エルタニンに行こう。みんなに迷惑かけると思うけど、宜しくお願いします」
 ぺこりと頭を下げると、ルクバットが胸を張って笑顔で答えた。
「大丈夫、任せて。アウラの事は、俺がちゃんと守るからね!」
「こちらの戦力はグラフィアスとルクバット。微力ながら私と、補助としてシェアトですね。ふむ。王女様の記憶が戻るまでは、戦闘は極力避けた方が良いでしょう。邪竜と遭遇した場合は、逃げに徹しましょう」
 ベイドが周りの面々を見ながら確認し、各々が軽く頷く。
「では、今後の方針も決まった事ですし、もうすぐ日も暮れます。今日はこのまま宿でも取って、明日出発するとしましょう。私はこれから陛下に事の説明をしてきますので、皆さんは先に宿でゆっくりと休養を取ってください」
 その言葉を受けて、一行は明日に向けてそれぞれ準備を始めた。


     †


 天皇に諸々の説明を終え、今後の行動と協会とのやり取りをし、ベイドが宿屋に向かう頃には、月と星々が夜空を美しく彩っていた。
「おや?王女様は」
「別室で、もう休んでいます。よほど疲れたんでしょうね。よく眠ってますよ」
 にこやかに答えるシェアトを見るに、そうとう穏やかに眠っているのだろう。
 それに納得し、ベイドは手に持っていた羊皮紙を宙に掲げ皆に見せる。
「そうですか。こちらの手配も完了です。この親書を協会に渡せば、すぐに動いてくれるでしょう」
「ありがとうございます。何だかベイドさんばかりに動いてもらって、すみません」
「いえいえ、構いませんよこれくらい。好きでやっているだけですから。この手間で我々の研究が進み、なおかつ長年未開の土地であるグルミウムに行けるとなれば、お安いご用です」
「グルミウム……。一体、今はどうなっているんでしょう」
 シェアトの何気ない問いかけに答えたのは、意外にもルクバットだった。
「静かで何も無いけど、でも綺麗だったよ」
「ルク君……。そっか、二人は事件の後もしばらくあそこにいたんだっけ?」
「うん。俺はあんまり覚えてないけど、聖なる祠で、シルフ達と暮らしてたんだ。王都にも時々行ってたよ」
「ちょっと待て。おかしいだろ。あそこは事件直後から巨大な竜巻に覆われている。仮に中にいたとしても、出てこれるわけないだろ」
 グラフィアスがそう異議を唱えるが、ルクバットは難なく答える。。
「あれは母さん達だし、シルフ達も手伝ってくれたから、普通に出られたよ」
「あれらの風全てがグルミウムの民ですか?しかし、民間人が意思を持った元素になるとは思えませんね。……たしかあなたの母上は、王女の師だと言っていましたね。一体何者なんですか?」
「母さんはね、王国を守る騎士で、すっごく強いんだ」
 本人の自慢なのか、ルクバットはとても活き活きとした顔で言い、シェアトがそれに補足する。
「エラルドさんは当時のグルミウム王国最強の盾と云われていたんです。あそこには国王が指揮する近衛師団が右翼と左翼の二つあって、それぞれ内外を守備しているんです。エラルドさんは右翼隊の総師団長で、随分若い頃から国王ヴァーユの盾として活躍したみたいですよ。王の剣である、左翼隊の総師団長より強かったとも聞いています」
「あいつの強さはその速さだ。王国創立時のバケモノ、隼の再来とも言われてたな」
 珍しくグラフィアスも言葉を付け足す。
 隣国にもその名が通り、畏れられていた事がよく分かる。
「なるほど。ではつまりあの竜巻は、近衛師団の兵士というわけですか。それにしても、随分と立派な母君ですね。それだけ名のある親を持つと、子供は大変でしょう?」
「いやぁ、それほどでもないよ」
 謙遜こそするものの、ルクバットは照れくさそうに笑う。
「名のあると言えば、グラフィアスの家も名家じゃない?」
「俺のは別に……」
 ふいに話題をふられ、グラフィアスは顔を背ける。
「私は政界はあまり詳しくはないですが、アンタレス家といえば、相当優秀な戦士の家系ではなかったですか?」
「……ああ。先の大戦で、親父がその名を更に広めた。けど、親父はバスターになれずに死んで、英雄から負け犬へ転落した、しょうもない家系さ」
 苦々しげに言うグラフィアスは、誰とも目を合わせようとしない。
 確か、王女を捕らえたのが、アンタレス……。なるほど。どおりで王女の死に拘るわけだ。
「まぁ、名声なんてどこにでも転がっていまふから、落としたのならまた拾えばいいだけの話です。さて、我々もそろそろ休みましょう。明日からは、気を休める暇はないでしょうからね」
 グラフィアスを宥めそう号令を出し、それぞれ就寝の帰路へつく。
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