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転の流星
期待の超新星
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豪雨と燃え盛る爆炎の中、嵐で揺れ動く飛行船に、更なる激しい衝撃が走る。
嵐の中、突如として現れた邪竜がグラフィアス達に返り討ちにされ、その巨体を船の縁に打ち付けながら、海の闇の中へと沈んで行ったせいだ。
その衝撃と重みで、船も転覆しかねない程に傾くが、ベイド達の頑張りで何とか体制を立て直す。
「ちっ。あの邪竜、最期の最期で俺達を道連れにするつもりかよ」
「そうなる前に、あなたの炎で爆発するところでしたよ?もう少し範囲を考えて下さい。フォーさんとシェアトが燃料周りを守護していなかったら、確実に引火していました」
悪態をつくグラフィアスにベイドがそう注意すると、グラフィアスは意にも介さず言い返す。
「守りがいると分かっていたからやってたんだ。そうじゃなかったら、ちゃんと加減してる。それと、炎の威力が上がっていたのは、ルクバットが制御してないからだ」
「え、俺のせいなの?ちゃんと言われた通りにやっただけじゃんか」
「制御が出来てないって言ってんだ。力任せに動けば良いってもんじゃないだろ」
「分かってるよ。でも、俺だって頑張ってるんだから」
「ま、まあいいじゃないですか。今のところ、皆無事なんですから」
言い返すルクバットの間を、フォーマルハウトの困り顔が割って入り、シェアトの緊張した声が続く。
「そうよ。それに、今はそんな事やってる場合じゃないでしょ?まだ危険は去ってないんだから」
「……そうだね」
まだ言い返したい事はあったが、ルクバットは今自分に出来る事をする為、船の先端に立ち、船が壊されないよう全体に張られた東風の維持に努め、アウラの帰りを待つ。
そのすぐ横に、グラフィアスが前を見つめたまま立つ。
「さっきも言ったとおり、お前らがこの船の羅針盤だ。狂わず、ちゃんと導け。頼りにしてる」
「……グラン兄」
嬉しかった。
いつも不機嫌で、自分を足手まといだといって相手をしてくれないが、最後にはきっちりと面倒を見てくれて、そして今回は、信頼までしてくれた。
アウラとはタイプが違うが、彼もまたルクバットにとって尊敬すべき師だ。
「勿論!大船に乗った気でいてよ」
「ふん。どう見ても小船だけどな」
気合いを入れて答えるルクバットに、相変わらずの嫌み口調のグラフィアス。
一見デコボコだが、風と炎の調和が確かにそこにはあった。
アウラ。ここは絶対に守るから、アウラも頑張れ。
闇の向こうに消えていったアウラに届けるように、吹き荒れる風の中心を見つめる。
一瞬、そこの闇が歪み、低く鋭い唸りが響いた。
「国への侵入を許してはならん。殿下が御帰還した今、もはや遠慮する必要はない。あれを、容赦無く叩き潰せ!」
「―え?」
直後。
「うわっ!」
「くっ。今度は何だ?」
船に硬い何かがぶつかる音と、異常を知らせる警報がけたたましく鳴り響く。
「船底に穴を開けられた!これ以上の損傷は耐えられないぞ」
シェリアクの緊迫した声が警報に混じって聞こえる。
即座に対応したのはフォーマルハウトだった。
「僕が補強に向かいます。ここを任せて良いですか?」
「頼む!……おい、どうした?」
大剣を構え、臨戦態勢を取るグラフィアスがそう聞くと、ルクバットは闇の中を見つめたままそこを指差す。
「あそこから声がしたんだ。多分、また来るよ」
「何?」
グラフィアスがそこを確認しようと一歩乗り出した直後、再び声がした。
「放て!」
「来た!朔春宵」
円月輪を振りかざし、闇から飛び出す風の塊を掻き乱す。
「そこか。拘虎狼牙!」
それにグラフィアスも続いて縛炎を作り、相手の攻撃を遮断し、更に風の流れを可視化する。
すると闇の奥から、声が問い掛けてきた。
「風使いがいるのか。貴様は何物だ?グルミウムの民ならば、ポエニーキスを排除せよ!我等の邪魔立てをするな」
「俺はルクバット。ここでアウラの帰りを待ってるんだ。グラン兄は確かにポエニーキスの人だけど、悪さなんてしないよ。俺達はただ、アウラの記憶を取り戻しに来ただけなんだ。だから、攻撃を止めて、俺達を中に入れて。お願いだよ!」
必死に訴えるが、返ってきた言葉は意外な物だった。
「ルクバットだと?我が息子が、敵の毒牙にやられたというのか。なんと愚かな……」
「え、息子……?」
「アウラ王女殿下をここまで護衛し、無事帰還した事は褒めてやろう。だが、敵までも招き入れるつもりならば、貴様もここで果てるが良い」
先の一言で聞きたい事がまだあるが、声は一切の追求を許さず、今まで以上に風を一点に集中させる。
立ち込めていた煙が消えた先には、肉眼で確認出来る程の風の塊が、悲鳴をあげていた。
あんなの、俺だけじゃどうにも出来ない……。
「まるで台風の弾丸だな。あんなの喰らったら、船も俺達も木っ端微塵だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!俺達はただ……」
「さらばだ。風と共に消え去れ!」
咆哮と共に穿たれる巨大な弾丸。
ダメ元で阻止せんと迎え撃つルクバット達。
しかし、勝敗は見えている。
衝撃で激しく揺れ、軋む船。
端々から床板や金属片が剥がれ飛び、大破も時間の問題だ。
ルクバットは全魔力を注いで応戦するが、じりじりと風の塊は近付いてくる。
もう、ダメだ。……ごめん、アウラ。約束、守れなくて。迷惑ばっかりかけて。……俺が守るって決めたのに、このまま一人前にもなれずに終わるなんて、そんなの……。
「嫌だ!」
このまま終わりたくない。終わるわけにはいかない。
ただその一心で、目の前の弾丸を押し返す。
一体、自分のどこにこんな力が潜んでいたのか、こちらの風を裂いて突き進んできていた弾丸が進行を止め、押しつ押されずの拮抗状態となった。
「くっ。こ、の……!」
押し返せない。何とかしてずらさなきゃ。
船に負担をかけない為にも軌道をずらしたいが、そんな緻密なコントロールがルクバットには出来ず、且つそんな余裕すらも無い。
こんな時、アウラがいたら……。
頼りある師匠を思うが、今は自分で何とかするしかない。
「ベイド!何とか船を動かせないのか?」
「さっきから何度もやっています!ですが依然、梶は効かず、破損箇所もフォーさんが抑えてくれていますが、増える一方です」
自分では力になれないグラフィアスが通信機に向かって怒鳴るが、どうにもならず手詰まりのようだ。
俺が、何とかしなくちゃ……!
「―ルクバット。私の声が聞こえているなら、次の合図で力を緩めなさい」
「え?」
回らない頭で必死に解決策を練っていると、不意に柔らかい風が囁いてきた。
今度は誰?今の声は……。
「今です!」
「は、はい!」
謎の声に言われるがまま、全身全霊を込めて撃ち込んでいた風を緩める。
それによって、今まで動きを止めていた風の弾丸が再び進行を始め、急激に船に迫ってくる。
が、その軌道は今までと異なり、下から押し上げられるかのように上へと逸れ、船の上を通り抜けていった。
その弾丸に吸い込まれるように、船の一部が激しい音を立てて飛んでいくのを、ルクバット達は共に飛ばされないよう船にしがみつきながら呆然と眺めた。
「一体、何が起きたんだ?お前、何をした?」
「分かんない。俺は何もしてないんだ。ただ急に、女の人の声がしたんだよ。風を緩めろって」
どこから聞こえたのかも分からない声の主を探して辺りを見渡すが、嵐が作り出す闇が広がっているだけだ。
そして、
「ルクバットー!」
風に乗って、自分を呼ぶ明るい声がした。
上を見上げると、満面の笑みを湛えたアウラが、両手を広げて急降下してきていた。
「アウラ!」
急スピードで落ちてくるアウラを受け止めようと両手を広げて構えるが、彼女は数メートル手前でふわ、と浮かび、そしてルクバットに抱きついた。
「凄いよルクバット!エルの声が聞こえたんだね。それに左翼隊とも戦えてた。シグマがいるのに、よく頑張ったね。お疲れ様!」
心の底から嬉しそうにはしゃぐアウラ。
しかし今は、アウラの帰還を喜んではいられない。
「―うわっ?」
急に、船の揺れが大きくなる。
「おい、この船落ちてないか?」
急所は外れたとはいえ、損害はやはり大きく、飛行船は警報を鳴らしたまま徐々に高度を下げ始める。
「どど、どうしようアウラ。俺もう、そんなに魔力残ってなくて……」
「大丈夫だよ、二人とも。私が何しに行ったか、忘れたの?」
慌てる男達を前に、悠然と微笑むアウラ。
その笑顔の直後、再び船が揺れた。
それは今までの荒々しい揺れではなく、何かに救い上げられたかのような、優しい物だった。
そして再び、あの女性の声がした。
「左翼隊に告げる。これより先、この船に危害を加える事を全面的に禁ずる。グルミウム王国国王、ヴァーユ王の御息女、アウラ王女殿下による勅命だ。これに逆らう者は逆賊と見なし、右翼隊の総力を持って誅殺する」
「この声、さっきの……」
「エルだよ。ルクバットの母さまで、右翼隊近衛師団の師団長。今この船を支えてくれてる」
「母さん。この風が……」
陽に照らされた、若草のような匂いがする。
母を懐かしむように、胸いっぱいに空気を吸い込む。
「じゃあ、あっちの風は?さっき、俺の事を息子って」
「あれは左翼隊の近衛師団。ルクバットの父さまの、シグマが師団長だよ」
「……父さん」
覚えてる。顔は思い出せないけど、とても厳しい人だった。
呆然と父の風を感じていると、彼はエラルドに話し掛けた。
「我等の任務は、侵入者の迎撃だ。殿下は、奴に拐かされているのではないのか?」
「例えそうだとしても、これは殿下がお決めになった事。これより先は、盾である私の仕事です」
「……なるほど」
短いやり取りだが、それだけで話はついたようで、左翼隊は驚く程あっけなく国に通じる道を譲った。
そしてエラルドが脇をすり抜ける中、二人は私的な会話を軽く交わす。
「数秒とはいえ、全勢力を止められるとはな。流石は俺の息子だ。計画も、上手くいっていそうだ」
「当然でしょ?あの子は私の、自慢の息子なのだから」
「……?」
自分の事について話しているのだろうが、その見当はつかぬまま、ルクバット達はエラルドの風に乗り、グルミウム王国へと入国する。
嵐の中、突如として現れた邪竜がグラフィアス達に返り討ちにされ、その巨体を船の縁に打ち付けながら、海の闇の中へと沈んで行ったせいだ。
その衝撃と重みで、船も転覆しかねない程に傾くが、ベイド達の頑張りで何とか体制を立て直す。
「ちっ。あの邪竜、最期の最期で俺達を道連れにするつもりかよ」
「そうなる前に、あなたの炎で爆発するところでしたよ?もう少し範囲を考えて下さい。フォーさんとシェアトが燃料周りを守護していなかったら、確実に引火していました」
悪態をつくグラフィアスにベイドがそう注意すると、グラフィアスは意にも介さず言い返す。
「守りがいると分かっていたからやってたんだ。そうじゃなかったら、ちゃんと加減してる。それと、炎の威力が上がっていたのは、ルクバットが制御してないからだ」
「え、俺のせいなの?ちゃんと言われた通りにやっただけじゃんか」
「制御が出来てないって言ってんだ。力任せに動けば良いってもんじゃないだろ」
「分かってるよ。でも、俺だって頑張ってるんだから」
「ま、まあいいじゃないですか。今のところ、皆無事なんですから」
言い返すルクバットの間を、フォーマルハウトの困り顔が割って入り、シェアトの緊張した声が続く。
「そうよ。それに、今はそんな事やってる場合じゃないでしょ?まだ危険は去ってないんだから」
「……そうだね」
まだ言い返したい事はあったが、ルクバットは今自分に出来る事をする為、船の先端に立ち、船が壊されないよう全体に張られた東風の維持に努め、アウラの帰りを待つ。
そのすぐ横に、グラフィアスが前を見つめたまま立つ。
「さっきも言ったとおり、お前らがこの船の羅針盤だ。狂わず、ちゃんと導け。頼りにしてる」
「……グラン兄」
嬉しかった。
いつも不機嫌で、自分を足手まといだといって相手をしてくれないが、最後にはきっちりと面倒を見てくれて、そして今回は、信頼までしてくれた。
アウラとはタイプが違うが、彼もまたルクバットにとって尊敬すべき師だ。
「勿論!大船に乗った気でいてよ」
「ふん。どう見ても小船だけどな」
気合いを入れて答えるルクバットに、相変わらずの嫌み口調のグラフィアス。
一見デコボコだが、風と炎の調和が確かにそこにはあった。
アウラ。ここは絶対に守るから、アウラも頑張れ。
闇の向こうに消えていったアウラに届けるように、吹き荒れる風の中心を見つめる。
一瞬、そこの闇が歪み、低く鋭い唸りが響いた。
「国への侵入を許してはならん。殿下が御帰還した今、もはや遠慮する必要はない。あれを、容赦無く叩き潰せ!」
「―え?」
直後。
「うわっ!」
「くっ。今度は何だ?」
船に硬い何かがぶつかる音と、異常を知らせる警報がけたたましく鳴り響く。
「船底に穴を開けられた!これ以上の損傷は耐えられないぞ」
シェリアクの緊迫した声が警報に混じって聞こえる。
即座に対応したのはフォーマルハウトだった。
「僕が補強に向かいます。ここを任せて良いですか?」
「頼む!……おい、どうした?」
大剣を構え、臨戦態勢を取るグラフィアスがそう聞くと、ルクバットは闇の中を見つめたままそこを指差す。
「あそこから声がしたんだ。多分、また来るよ」
「何?」
グラフィアスがそこを確認しようと一歩乗り出した直後、再び声がした。
「放て!」
「来た!朔春宵」
円月輪を振りかざし、闇から飛び出す風の塊を掻き乱す。
「そこか。拘虎狼牙!」
それにグラフィアスも続いて縛炎を作り、相手の攻撃を遮断し、更に風の流れを可視化する。
すると闇の奥から、声が問い掛けてきた。
「風使いがいるのか。貴様は何物だ?グルミウムの民ならば、ポエニーキスを排除せよ!我等の邪魔立てをするな」
「俺はルクバット。ここでアウラの帰りを待ってるんだ。グラン兄は確かにポエニーキスの人だけど、悪さなんてしないよ。俺達はただ、アウラの記憶を取り戻しに来ただけなんだ。だから、攻撃を止めて、俺達を中に入れて。お願いだよ!」
必死に訴えるが、返ってきた言葉は意外な物だった。
「ルクバットだと?我が息子が、敵の毒牙にやられたというのか。なんと愚かな……」
「え、息子……?」
「アウラ王女殿下をここまで護衛し、無事帰還した事は褒めてやろう。だが、敵までも招き入れるつもりならば、貴様もここで果てるが良い」
先の一言で聞きたい事がまだあるが、声は一切の追求を許さず、今まで以上に風を一点に集中させる。
立ち込めていた煙が消えた先には、肉眼で確認出来る程の風の塊が、悲鳴をあげていた。
あんなの、俺だけじゃどうにも出来ない……。
「まるで台風の弾丸だな。あんなの喰らったら、船も俺達も木っ端微塵だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!俺達はただ……」
「さらばだ。風と共に消え去れ!」
咆哮と共に穿たれる巨大な弾丸。
ダメ元で阻止せんと迎え撃つルクバット達。
しかし、勝敗は見えている。
衝撃で激しく揺れ、軋む船。
端々から床板や金属片が剥がれ飛び、大破も時間の問題だ。
ルクバットは全魔力を注いで応戦するが、じりじりと風の塊は近付いてくる。
もう、ダメだ。……ごめん、アウラ。約束、守れなくて。迷惑ばっかりかけて。……俺が守るって決めたのに、このまま一人前にもなれずに終わるなんて、そんなの……。
「嫌だ!」
このまま終わりたくない。終わるわけにはいかない。
ただその一心で、目の前の弾丸を押し返す。
一体、自分のどこにこんな力が潜んでいたのか、こちらの風を裂いて突き進んできていた弾丸が進行を止め、押しつ押されずの拮抗状態となった。
「くっ。こ、の……!」
押し返せない。何とかしてずらさなきゃ。
船に負担をかけない為にも軌道をずらしたいが、そんな緻密なコントロールがルクバットには出来ず、且つそんな余裕すらも無い。
こんな時、アウラがいたら……。
頼りある師匠を思うが、今は自分で何とかするしかない。
「ベイド!何とか船を動かせないのか?」
「さっきから何度もやっています!ですが依然、梶は効かず、破損箇所もフォーさんが抑えてくれていますが、増える一方です」
自分では力になれないグラフィアスが通信機に向かって怒鳴るが、どうにもならず手詰まりのようだ。
俺が、何とかしなくちゃ……!
「―ルクバット。私の声が聞こえているなら、次の合図で力を緩めなさい」
「え?」
回らない頭で必死に解決策を練っていると、不意に柔らかい風が囁いてきた。
今度は誰?今の声は……。
「今です!」
「は、はい!」
謎の声に言われるがまま、全身全霊を込めて撃ち込んでいた風を緩める。
それによって、今まで動きを止めていた風の弾丸が再び進行を始め、急激に船に迫ってくる。
が、その軌道は今までと異なり、下から押し上げられるかのように上へと逸れ、船の上を通り抜けていった。
その弾丸に吸い込まれるように、船の一部が激しい音を立てて飛んでいくのを、ルクバット達は共に飛ばされないよう船にしがみつきながら呆然と眺めた。
「一体、何が起きたんだ?お前、何をした?」
「分かんない。俺は何もしてないんだ。ただ急に、女の人の声がしたんだよ。風を緩めろって」
どこから聞こえたのかも分からない声の主を探して辺りを見渡すが、嵐が作り出す闇が広がっているだけだ。
そして、
「ルクバットー!」
風に乗って、自分を呼ぶ明るい声がした。
上を見上げると、満面の笑みを湛えたアウラが、両手を広げて急降下してきていた。
「アウラ!」
急スピードで落ちてくるアウラを受け止めようと両手を広げて構えるが、彼女は数メートル手前でふわ、と浮かび、そしてルクバットに抱きついた。
「凄いよルクバット!エルの声が聞こえたんだね。それに左翼隊とも戦えてた。シグマがいるのに、よく頑張ったね。お疲れ様!」
心の底から嬉しそうにはしゃぐアウラ。
しかし今は、アウラの帰還を喜んではいられない。
「―うわっ?」
急に、船の揺れが大きくなる。
「おい、この船落ちてないか?」
急所は外れたとはいえ、損害はやはり大きく、飛行船は警報を鳴らしたまま徐々に高度を下げ始める。
「どど、どうしようアウラ。俺もう、そんなに魔力残ってなくて……」
「大丈夫だよ、二人とも。私が何しに行ったか、忘れたの?」
慌てる男達を前に、悠然と微笑むアウラ。
その笑顔の直後、再び船が揺れた。
それは今までの荒々しい揺れではなく、何かに救い上げられたかのような、優しい物だった。
そして再び、あの女性の声がした。
「左翼隊に告げる。これより先、この船に危害を加える事を全面的に禁ずる。グルミウム王国国王、ヴァーユ王の御息女、アウラ王女殿下による勅命だ。これに逆らう者は逆賊と見なし、右翼隊の総力を持って誅殺する」
「この声、さっきの……」
「エルだよ。ルクバットの母さまで、右翼隊近衛師団の師団長。今この船を支えてくれてる」
「母さん。この風が……」
陽に照らされた、若草のような匂いがする。
母を懐かしむように、胸いっぱいに空気を吸い込む。
「じゃあ、あっちの風は?さっき、俺の事を息子って」
「あれは左翼隊の近衛師団。ルクバットの父さまの、シグマが師団長だよ」
「……父さん」
覚えてる。顔は思い出せないけど、とても厳しい人だった。
呆然と父の風を感じていると、彼はエラルドに話し掛けた。
「我等の任務は、侵入者の迎撃だ。殿下は、奴に拐かされているのではないのか?」
「例えそうだとしても、これは殿下がお決めになった事。これより先は、盾である私の仕事です」
「……なるほど」
短いやり取りだが、それだけで話はついたようで、左翼隊は驚く程あっけなく国に通じる道を譲った。
そしてエラルドが脇をすり抜ける中、二人は私的な会話を軽く交わす。
「数秒とはいえ、全勢力を止められるとはな。流石は俺の息子だ。計画も、上手くいっていそうだ」
「当然でしょ?あの子は私の、自慢の息子なのだから」
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