流星痕

サヤ

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転の流星

君から学んだこと

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 アウラとルクバットを先頭に、一行は薄暗い洞窟の中を進んでいく。
 この洞窟は、外から聖なる祠へと繋がる唯一の場所だが、いくつにも道が分かれていて、普通なら簡単には辿り着けない構造になっている。
 しかし二人は特に迷うような素振りを見せる事なく、立ち止まったりもせずに、当たり前のように突き進んでいく。
 何故分かるのかと尋ねると、風が呼んでるからだと、二人は口を揃えて答えた。
 グルミウム出身者にしか聞こえない、風の声に導かれているようだ。
 それとはまた別に、フォーマルハウトは他にも気になっていた事を尋ねる。
「あの、アウラさん。さっきの化け物、ラミアとトウテツはもう出ないと言っていましたが、どうしてそう言い切れるんですか?あれはけっきょく、何なんです?」
「だって、あれはいないんだもん」
「え?いないって……」
「そう。本当のような嘘で、嘘のような本当。だからあれは、いないのと一緒なの」
 いないのと一緒……?
 アウラの説明では今一理解出来ず、一人でもんもんとアタマを抱えていると、何かを察したシェアトが介入してきた。
「……もしかしてそれって、風の噂とか風の便りってやつですか?ごく僅かな情報だと現実を帯びずにとても脆い幻だけど、昔から伝わる言い伝えや、多くの人が信じている噂は、現実に近い物として現れるっていう……。実際は、風の聖霊シルフや妖精ピクシーが化けてるって聞きますけど」
 彼女の具体的な説明によって、アウラは笑顔になる。
「やっぱりシェアトは物知りだね。その通りだよ。たぶん、私達の話を聞いてて、ラミアやトウテツになって出てきたんじゃないかな?」
「しかし出てきたものの、この中に赤子がいなかった為に姿を消した、というわけですか」
 最後にベイドがそう付け足す。
 確かに、会話の中でラミアとトウテツは小さな子供や赤子を狙っている存在であった。
 それが理由で消えてしまったのなら、合点がいく。
「風の噂。奥が深いですね……」
「シルフはいたずら好きだからね。あ、あそこ。あれが祠の入口だよ」
 アウラが指差す先、薄暗い視界の中から、ぼんやりと扉の輪郭が見えてくる。
 その扉は、土の天地エルタニンにある聖なる祠へと続く扉と、とてもよく似ていた。
 おそらく、祠へと繋がる扉は全て、同じ造りをしているのだろう。
 一見すると単純な石造りのようだが、その材質は一切不明という、前星歴からの遺物。
 音やあらゆる衝撃を通さない、現存する物質の中でダントツな強度を誇る防壁だ。
 丁度扉の上に大木でもあるのか、木の根があちこちから顔を出して水を滴らせている。
「えっと……この扉、どうやって開けるんだっけ?」
 アウラは開け方を知らないようで、どこかにヒントになる物が無いか、キョロキョロと扉の周りを見渡す。
 扉の造りは同じでも、開閉方法は国により全く異なる。
 土の天地エルタニンの扉には、一応誰もが開けられるように文字が刻まれている。
 しかしその文字は、前星歴に使われていたフェディックス語の為、現在使われているフィックスター語しか分からない者には読む事ができず、扉を開ける事は出来ない。
 フォーマルハウトは、風の王国グルミウムの扉にも開門方法が書かれていなかと上から順に探し、そして見つけた。
「あそこに文字が刻まれています。扉の開門方法じゃないでしょうか?」
 文字は、扉の最上部に一行。
 それもかなり小さな大きさで刻まれており、目を凝らしてようやく気付く大きさだ。
 文字の形状はエルタニンの物と同じ、フェディックス語であった。
「あの文字、古語だな。読めるか?」
「たぶん読めると思うけど、文字が小さすぎてよく見えないわ」
 問われたシェアトは何とか解読しようと足や首を精一杯伸ばすが、その程度の高低差で何が変わるわけでもなく、ダメだわ。と首を振って諦めた。
「ちょっと待ってね」
 アウラがふわりと浮かび上がり、文字の前まで軽々と浮上し、解読を試みる。
「うーん。……ねえ、羽根が三つ並んでるのと、握手してるのって、何て読めばいいの?」
 アウラは掌に羽田が三つ、縦に並んでいる様子を書き、その後、自分の右手と左手で握手を交わした。
「えっと、羽根が三つあるなら舞うです。踊りを舞うとかの。握手してるのはたぶん、仲良くとか共にって意味です」
「まう、共に……あ、そっか。分かった!」
 シェアトから答えを聞いたアウラは空中でしばらく考え込んだ後、やがてぱっと顔を輝かせて相槌を打つ。
 そしてその笑顔のまま下に降りてきて言う。
「ね、誰か指笛吹ける?」
「指笛?」
「うん。文字にね、書いてあったの。風と共に舞い歌え。さすれば道は開かれん。て。それで思い出したんだ。父さまは扉を開ける時、いつも指笛を吹いていた。きっとあれが、扉の開け方なんだと思う」
 嬉々として説明する彼女からは偽りや間違いなどは感じられない。
 すごい。ここまでフェディックス語を理解しているなんて……。僕なんか軍学校に入ってから習い始めて、今でも得意じゃないのに。
 フォーマルハウトは改めて、アウラという存在を再認識する。
 やっぱりこの人は、王家に連なる人に間違いない。そしてきっと、本人が言うとおり、その身に蒼龍を宿している……。
 そのたびに、自分に課せられた使命を思い出し、複雑な気持ちになる。
 この先で、彼女が本当に王女なのかどうか、はっきりする。
 そして、蒼龍の事も。
「フォーさんは?指笛出来る?」
 突然話しかけられ、はっと我に帰る。
 どうやらその指笛はただ吹けば良いというものでもなく、メロディーに乗せなければいけないようで、指笛は吹けても、そこまでの技術は誰も持ち合わせていないようだ。
「……あ。僕も指笛は出来ないですけど、ゴーレムにやらせてみましょうか?」
 フォーマルハウトは、今自分が考えていた事が、誰かに気付かれていないかどぎまぎしながら、槍を構えた。
 そしてスケッチブックから巨人が描かれている紙を一枚引き抜き、それを地面にそっと置いて、槍の先端でとん、とつついた。
 すると、紙は溶けるように土に吸い込まれ、少しの間を置いて土が隆起し、見る間に紙に描かれていた巨人の姿を形成した。
「うわ、土の人形だ!」
「僕はゴーレムと呼んでいます。見た目はこんなですが、大抵の事はできますよ」
 興奮するルクセンブルクにそう説明し、ゴーレムに指笛を吹くよう、槍をふるい、命令する。
 するとゴーレムは、ゴツゴツとした指を口の中に入れて、見た目には似つかわしく無い程軽快な音を奏で始めた。
 それに合わせて、アウラも近くに生えていた草を取り、草笛を奏でる。
 すると、音楽に合わせるように扉がゆっくりと開き始めた。
 少しずつ開かれる扉の隙間から漏れ出る風が、二人の楽曲に唄を添えるように流れ、扉が完全に開く頃、音楽は静かに終演を迎えた。
 扉の向こう側には、更に道が続いていた。
 しかしいままで通ってきた洞窟とは違い、通路のあちこちで明滅する何かのおかげで仄かに明るい。
「何かしら?」
 不思議に思ったシェアトが、その一つに近付き様子を伺った。
 それは蛍に似た昆虫で、体全体から白い光を発していた。
「虫だわ。体全体が光ってる」
「おや?光の色が赤に変わりましたね。警戒信号でしょうか」
 その珍しい虫を観察しようとベイドが手を伸ばそうとした途端、
「あ、触らないで!」
 とルクバットが慌てて制止をかけた。
「石光虫は臆病なんだ。赤くなったのも、怖がってる証拠だよ。ヘタに触るとそのまま死んじゃう事もあるから、そっとしておいてあげて」
「そうですか。それはまた繊細な生き物ですね」
 納得したベイドが手を下ろし、壁際から離れると、アウラが嬉しそうにルクバットに礼を述べた。
「ルクバットありがとう。石光虫はもうこの辺のしかいない大切な虫だから、良かったよ」
 それに対して、ルクバットも笑顔で答える。
「これもアウラが教えてくれたことだよ。さあ、行こう。泉まで行けば、皆がいるはずだよ」


 奥へ進むにつれて、だんだんと道幅が狭くなっていく。
 石光虫の数もだいぶ減り、もう少し行けばまた暗闇が広がっている。
「もうちょっとで泉がある場所に着くよ。少し暗い所を歩くから、みんなで手を繋ご」
 アウラの指示で皆して手を繋ぎ、暗い細道を縦一列で進む。
 確かに泉が近いようで、空気がひんやりと冷たく、時折水溜まりを踏んでばしゃばしゃと音が響く。
「見えた!」
 アウラの叫びと共に、前方に仄かな光が差してきた。
 その光は徐々に大きくなり、やがて全員を包み込むのと同時に、大きな空間に出る。
「ここは……」
 蒼く輝く空間の光の発生源はおそらく、広間の大半を占めている泉だろう。
 その泉を中心に、蒼い光が伸びておろ、広間全体を淡く包んでいる。
 そしてにその中心には、何かがいた。
 水面に浮かぶそれは、透き通るように柔らかな声で言う。
「ようこそ、風の王国グルミウムの聖域へ。そしてお帰りなさい。ルクバット、アウラ」
 名を呼ばれた二人は互いに顔を見合わせ、そして元気に返事をする。
「ただいま!」
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