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転の流星
義手の秘密
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三つある通路の中でも比較的明るく、幅に余裕のある道を、ベイドとシェアトの二人組は、ゆっくりと進んでいた。
泉があった広間からだいぶ歩いてきたが、今のところは何もなく、ただただほの暗い道が続いているだけだ。
「他の皆は、大丈夫でしょうか?」
自分の少し後ろをついて歩くシェアトがぽつりと呟く。
「ルク君にはグラフィアスがついているけど、フォーさんは一人だし、ましてアウラ様なんてあんな状態で巡礼だなんて」
黙っていると不安なのか、先ほどから胸に秘めている想いをぽつりぽつりと吐き出していく。
「そうですね。確実に言えるのは、現状誰も身の安全を保証出来ない状態にある、という事だけです」
彼女の不安を煽るつもりは無いが、だからと言って偽りや気休めを言うつもりもない。
「人の心配をするのは、まず自分達の安全を確保してからにしましょう。もしかすると、一番危険なのは、私達なのかもしれませんからね」
おそらく、別れたメンバーの中で一番危険なのは、自分達だろう。
ベイドとシェアト。
どちらも戦闘の経験は豊富ではない上に、実戦向きな技も魔法も少ない。
唯一の救いは、シェアトが秀でた回復魔法や補助魔法を扱える事だろう。
「厄介な記憶と遭遇しない事を祈りましょう。もし出逢ったら、アルマクが言っていたとおり、全力で逃げる。良いですね?」
「は、はい。そうですね」
シェアト自身、その辺りの危機感は持っているようで、堅い声で返事をする。
そのまま二人は、横一列になって先へと進んでいく。
それから何分もしないうちに、二人の前方から、何か硬い物が石畳を踏む、コツという乾いた音が響いた。
「今の音は……」
「記憶の欠片かもしれませんね。ちょっと灯りを点してみます。少し離れてください」
シェアトを少し後方に退げ、懐から銃を抜き、通路の奥目掛けて発砲した。
その一発の弾丸は、強い光を放ちながら通路の暗闇を射抜き、音を立てた正体を照らし出す。
「……鹿?」
それは、立派な角を持った大きな牡鹿だった。
牡鹿はこちらをしばらく見た後、ゆっくりとした動作で背を向けた。
その瞬間、牡鹿が地に足を着けた場所から緑が生え、あっと言う間に辺りは森に包まれていった。
一瞬でその場に移動したかのように、広さ、明るさ、そして空気までもが変化している。
「これが、記憶の欠片、でしょうか?」
あまりの出来事に呆気に取られる二人だが、そこで立ち止まっているわけにもいかない。
「とにかく、あの鹿について行ってみましょう。何か手掛かりが掴めるはずです」
「はい」
生い茂った草木の間をゆっくりと、しかし立ち止まる事なく進んでいく牡鹿の後をついていく二人。
見失わないように少し距離を詰めると、その鹿が、何かを背負っているのが見えたが、布で隠れていて、それが何なのかまでは分からない。
「あの子、何処まで行くんでしょうか?」
人が通る事を予想されていない獣道を進んでいる為、シェアトが息を切らしながらそう尋ねる。
「さあ?ですが、アウラ王女の記憶である事は間違いないでしょうから、一応戦いの準備と、逃げ切れるだけの体力は残しておいた方が良いでしょうね」
そう答えたものの、ベイドの息も切れかけている。
目の前の急斜面を何とか登り、鹿は何処へ行ったかと顔を上げると、近くに大木に隠れるようにして建てられた、小さな丸太小屋があり、そこに牡鹿が入っていくのが見えた。
未だにこれが何の記憶なのか判断出来ないままだが、少なくとも今すぐ戦闘が起こるとは考え難いと判断した二人は、一旦呼吸を落ち着けてから、開け放たれた扉から丸太小屋の中を覗き込んだ。
そこは灯りが灯っていないのか、とても薄暗かった。
もしこの扉が閉まっていたら、目が慣れるまで手元は見えないのではと思う程に暗い。
手狭な小屋の中にいるのは、追っていた牡鹿と、寝具の上に横たわる何か。
それを包んでいる布と、牡鹿の背中が軽くなっている事から、牡鹿が運んでいた物だと分かる。
そして、牡鹿がその立派な角を器用に使って布を捲り上げた瞬間、その正体が分かった。
「……あっ!」
それを見てシェアトが小さな悲鳴を上げたのもほぼ同時だった。
それは、人だ。
それも、ベイド達がよく知る人物。
肩につくかどうかの、短めの緑髪。
静かに目を閉じている右側に走る、一筋の切り傷。
そこから下へ目線をずらせば、鎖骨の辺りから更に深い傷痕が伸び、包帯で包まれている右腕のほとんどが失われている。
アウラだ。
状態から見るに、蒼竜と一騎打ちをした時から、それほど時は経っていないのではないか。
という事は、大きく見積もってもこれは、三年程前の記憶……。
「誰だ?」
記憶の時を特定しようと思案していると、唐突に聞き慣れない声が響いた。
しわがれた男の声。
一体どこにいるのかと目を凝らすと、牡鹿に隠れるようにして立っている男を発見した。
背はそれほど高くはなく、灰色のフードを目深に被っていて、顔が口元くらいしか見えない。
「何者だ?」
再度、男は尋ねる。
その声は警戒心に満ちており、威圧感すら覚える。
どうやらこの記憶は、自分達を認知しているらしい。
「あ、私達は……」
「旅の者です。慣れない道で迷ってしまって、そこの鹿についていったら、ここに辿り着いたんです。もしよろしければ、ここで少し休ませて頂けませんか?」
狼狽するシェアトを遮ってそう適当に言うと、男は不愉快そうに牡鹿を睨んだ。
「余計な者まで連れてきおって……。見ての通り手狭だ。適当に休まれい」
ぶっきらぼうな言葉ではあるが、とりあえずはいても良いようだ。
「これ、アウラ様の記憶なんですよね?」
扉を閉めてすぐ近くのテーブルに腰掛けると、シェアトがそう耳打ちしてきた。
「ええ、その筈です。これがアルマクが言っていた、記憶が実体を得るという事なんでしょう。記憶の持ち主がああやって眠っているのに関わらず現れたということは、彼女の人生に大きな影響を及ぼす物なのかもしれません。とりあえず、あまり刺激はしない方が良いでしょう」
若干の含み笑いを浮かべて答えるベイド。
既にこれが何の記憶なのか、大体の検討がついており、さっきからあの無愛想な男の挙動に釘付けだ。
男はしばらくアウラを眺めた後、革製の手袋を嵌めた両手を伸ばし、おもむろに彼女の右腕の包帯を剥がし始めた。
その腕が露わになると、シェアトが小さく呻き口元を押さえるが、男二人は眉一つ動かさない。
そして男が片手で鹿に指示を出すと、寝具脇に色んな器具が並べられた。
男はそこから箱型の機械を選び、そこから伸びている糸をアウラの左手首に巻き付ける。
巻いている途中で、糸は熱を帯びたように煙をあげ、ぷつりと切れてしまった。
「ほぅ、これは上々」
男は感心したように呟き、今度はリングを手に、アウラの右腕と見比べる。
「あの、何をされているんですか?」
シェアトが尋ねるが、男は聞こえていないのか、黙々と作業を続けていく。
「ベイドさん……」
困ったシェアトが助けを求めるようにこちらを見てくるので、ベイドは視線をそのままに答える。
「義手ですよ。彼は、アウラ王女の腕を造っているんです。これは、彼女が義手を手に入れた時の記憶です」
おそらくさっきは、魔力を測っていたのだろう。
これを見届ければ、きっと原始分解再構築の秘密に近付ける。兄さんを、救える……!
はやる気持ちを抑えようと、汗ばんだ掌をぎゅっと握り締める。
しかし、そこから先の出来事は、恐ろしいほどに呆気なく終わりを迎える。
幾つかのリングをアウラに近付け、別の物に変える行為を十数回繰り返したあと、男がようやく、皆が見慣れ、後にベイドが改良を加える事になるリングを手に取った。
そして、男が今まで同様アウラの右腕にそれを近付けると、リングが蒼い光を放ち、明滅した。
「これか」
やれやれといった具合に呟くと、男は工具道具を掴み、義手の取り付けを開始した。
その方法は義肢職人ではないベイドから見ても強引と分かる程に大胆で、かつ簡素である。
まずリングを嵌める為の土台を右腕に作り、そこに例のリングを嵌めるだけ。
どうも男は雷の帝国の人間のようで、自らの魔力で工具を作動させ、アウラの神経回路を麻痺させ、痛みを与えないようにしているようだ。
一連の動作が終わると、男は大きく息を吐き出し、椅子に座って葉巻をくわえ、近くでずっと見守っていた牡鹿に連れて行けと命じた。
「な!?それで終わりですか?」
あまりの呆気なさに納得出来ず、思わず声を荒らげてしまう。
「普通、義肢というのは装着者に合うよう、一から造る物でしょう?それなのに、元からある物をそのまま使うなんておかしいじゃないですか!」
男はベイドの勢いに多少驚いたようだが、それでも落ち着いた様子で煙を吐き出す。
「適合ならしたじゃないか」
「さっきの蒼い光の事ですか?確かに適合はしたみたいですが、それでも納得いきません。私は、あれをどうやって造ったのかを知りたいんです。お願いします、私に造り方を教えてください。あれがあれば、兄を救えるんです!」
「兄?」
「はい。私の兄は、ある実験で肉体を失い、意思だけの存在となってしまいました。ですが、貴方のその技術があれば、肉体を取り戻す事が出来る筈なんです。ですから……」
「言いたい事は分かった」
必死に思いを伝えていると、男が半分以上は残っている葉巻の火を消しながら言葉を遮り、
「だがこれは、誰にも教えられん。教える事は出来んのだ」
被っていたフードと手袋を脱いだ。
「……!」
その下は、酷い火傷に覆われていた。
顔は、目より上の損傷が酷く、そのせいで両目が異様に飛び出しているように見え、爛れた皮膚がそのまま固まったその両手では、細かい作業など到底出来ないだろう。
「これは多分、これらを造った時に負った物だ。ついでに俺は、自分が何者なのかも忘れた。今の俺に出来る事は、残ったこいつらを、適合する者に渡すだけだ」
そうして再びフードを被った直後、ぐにゃりと世界が歪み始める。
見ると牡鹿がアウラを背に乗せ、小屋から出て行こうとしていた。
記憶の欠片が、終わりを迎えようとしている。
「待ってください!忘れただなんて。では何故、貴方は私の前に現れたんですか?せめて何か、ヒントだけでも……!」
焦りでそう捲し立てると、歪みかけている男が何かを投げてよこした。
余っている義手の一つだ。
「そんなに知りたきゃ自分でやってみろ。俺みたいにはなるなよ」
そこで欠片は完全に終わりを告げ、ベイド達は元の通路に戻ってきていた。
今の記憶を、ベイド達が見た事にどんな意味があったのか。
その答えは、ベイドの手の中にしっかりと残されていた。
「良かったですね、ベイドさん」
ずっと隣にいたシェアトが嬉しそうに言う。
「ええ。小さな一歩ですが、とても大きな一歩です。必ず、解明してみせますよ。それにしても、お恥ずかしい所をお見せしましたね」
「そんな事ないです。お兄さんを本当に大切にされているんだなって、感動しました」
素直に誉めてくれるシェアトの言葉が、今のベイドにはくすぐったく、心地良く感じる。
「そろそろ先に進みましょうか。もしかしたら他にも、我々に影響する欠片があるかもしれません」
泉があった広間からだいぶ歩いてきたが、今のところは何もなく、ただただほの暗い道が続いているだけだ。
「他の皆は、大丈夫でしょうか?」
自分の少し後ろをついて歩くシェアトがぽつりと呟く。
「ルク君にはグラフィアスがついているけど、フォーさんは一人だし、ましてアウラ様なんてあんな状態で巡礼だなんて」
黙っていると不安なのか、先ほどから胸に秘めている想いをぽつりぽつりと吐き出していく。
「そうですね。確実に言えるのは、現状誰も身の安全を保証出来ない状態にある、という事だけです」
彼女の不安を煽るつもりは無いが、だからと言って偽りや気休めを言うつもりもない。
「人の心配をするのは、まず自分達の安全を確保してからにしましょう。もしかすると、一番危険なのは、私達なのかもしれませんからね」
おそらく、別れたメンバーの中で一番危険なのは、自分達だろう。
ベイドとシェアト。
どちらも戦闘の経験は豊富ではない上に、実戦向きな技も魔法も少ない。
唯一の救いは、シェアトが秀でた回復魔法や補助魔法を扱える事だろう。
「厄介な記憶と遭遇しない事を祈りましょう。もし出逢ったら、アルマクが言っていたとおり、全力で逃げる。良いですね?」
「は、はい。そうですね」
シェアト自身、その辺りの危機感は持っているようで、堅い声で返事をする。
そのまま二人は、横一列になって先へと進んでいく。
それから何分もしないうちに、二人の前方から、何か硬い物が石畳を踏む、コツという乾いた音が響いた。
「今の音は……」
「記憶の欠片かもしれませんね。ちょっと灯りを点してみます。少し離れてください」
シェアトを少し後方に退げ、懐から銃を抜き、通路の奥目掛けて発砲した。
その一発の弾丸は、強い光を放ちながら通路の暗闇を射抜き、音を立てた正体を照らし出す。
「……鹿?」
それは、立派な角を持った大きな牡鹿だった。
牡鹿はこちらをしばらく見た後、ゆっくりとした動作で背を向けた。
その瞬間、牡鹿が地に足を着けた場所から緑が生え、あっと言う間に辺りは森に包まれていった。
一瞬でその場に移動したかのように、広さ、明るさ、そして空気までもが変化している。
「これが、記憶の欠片、でしょうか?」
あまりの出来事に呆気に取られる二人だが、そこで立ち止まっているわけにもいかない。
「とにかく、あの鹿について行ってみましょう。何か手掛かりが掴めるはずです」
「はい」
生い茂った草木の間をゆっくりと、しかし立ち止まる事なく進んでいく牡鹿の後をついていく二人。
見失わないように少し距離を詰めると、その鹿が、何かを背負っているのが見えたが、布で隠れていて、それが何なのかまでは分からない。
「あの子、何処まで行くんでしょうか?」
人が通る事を予想されていない獣道を進んでいる為、シェアトが息を切らしながらそう尋ねる。
「さあ?ですが、アウラ王女の記憶である事は間違いないでしょうから、一応戦いの準備と、逃げ切れるだけの体力は残しておいた方が良いでしょうね」
そう答えたものの、ベイドの息も切れかけている。
目の前の急斜面を何とか登り、鹿は何処へ行ったかと顔を上げると、近くに大木に隠れるようにして建てられた、小さな丸太小屋があり、そこに牡鹿が入っていくのが見えた。
未だにこれが何の記憶なのか判断出来ないままだが、少なくとも今すぐ戦闘が起こるとは考え難いと判断した二人は、一旦呼吸を落ち着けてから、開け放たれた扉から丸太小屋の中を覗き込んだ。
そこは灯りが灯っていないのか、とても薄暗かった。
もしこの扉が閉まっていたら、目が慣れるまで手元は見えないのではと思う程に暗い。
手狭な小屋の中にいるのは、追っていた牡鹿と、寝具の上に横たわる何か。
それを包んでいる布と、牡鹿の背中が軽くなっている事から、牡鹿が運んでいた物だと分かる。
そして、牡鹿がその立派な角を器用に使って布を捲り上げた瞬間、その正体が分かった。
「……あっ!」
それを見てシェアトが小さな悲鳴を上げたのもほぼ同時だった。
それは、人だ。
それも、ベイド達がよく知る人物。
肩につくかどうかの、短めの緑髪。
静かに目を閉じている右側に走る、一筋の切り傷。
そこから下へ目線をずらせば、鎖骨の辺りから更に深い傷痕が伸び、包帯で包まれている右腕のほとんどが失われている。
アウラだ。
状態から見るに、蒼竜と一騎打ちをした時から、それほど時は経っていないのではないか。
という事は、大きく見積もってもこれは、三年程前の記憶……。
「誰だ?」
記憶の時を特定しようと思案していると、唐突に聞き慣れない声が響いた。
しわがれた男の声。
一体どこにいるのかと目を凝らすと、牡鹿に隠れるようにして立っている男を発見した。
背はそれほど高くはなく、灰色のフードを目深に被っていて、顔が口元くらいしか見えない。
「何者だ?」
再度、男は尋ねる。
その声は警戒心に満ちており、威圧感すら覚える。
どうやらこの記憶は、自分達を認知しているらしい。
「あ、私達は……」
「旅の者です。慣れない道で迷ってしまって、そこの鹿についていったら、ここに辿り着いたんです。もしよろしければ、ここで少し休ませて頂けませんか?」
狼狽するシェアトを遮ってそう適当に言うと、男は不愉快そうに牡鹿を睨んだ。
「余計な者まで連れてきおって……。見ての通り手狭だ。適当に休まれい」
ぶっきらぼうな言葉ではあるが、とりあえずはいても良いようだ。
「これ、アウラ様の記憶なんですよね?」
扉を閉めてすぐ近くのテーブルに腰掛けると、シェアトがそう耳打ちしてきた。
「ええ、その筈です。これがアルマクが言っていた、記憶が実体を得るという事なんでしょう。記憶の持ち主がああやって眠っているのに関わらず現れたということは、彼女の人生に大きな影響を及ぼす物なのかもしれません。とりあえず、あまり刺激はしない方が良いでしょう」
若干の含み笑いを浮かべて答えるベイド。
既にこれが何の記憶なのか、大体の検討がついており、さっきからあの無愛想な男の挙動に釘付けだ。
男はしばらくアウラを眺めた後、革製の手袋を嵌めた両手を伸ばし、おもむろに彼女の右腕の包帯を剥がし始めた。
その腕が露わになると、シェアトが小さく呻き口元を押さえるが、男二人は眉一つ動かさない。
そして男が片手で鹿に指示を出すと、寝具脇に色んな器具が並べられた。
男はそこから箱型の機械を選び、そこから伸びている糸をアウラの左手首に巻き付ける。
巻いている途中で、糸は熱を帯びたように煙をあげ、ぷつりと切れてしまった。
「ほぅ、これは上々」
男は感心したように呟き、今度はリングを手に、アウラの右腕と見比べる。
「あの、何をされているんですか?」
シェアトが尋ねるが、男は聞こえていないのか、黙々と作業を続けていく。
「ベイドさん……」
困ったシェアトが助けを求めるようにこちらを見てくるので、ベイドは視線をそのままに答える。
「義手ですよ。彼は、アウラ王女の腕を造っているんです。これは、彼女が義手を手に入れた時の記憶です」
おそらくさっきは、魔力を測っていたのだろう。
これを見届ければ、きっと原始分解再構築の秘密に近付ける。兄さんを、救える……!
はやる気持ちを抑えようと、汗ばんだ掌をぎゅっと握り締める。
しかし、そこから先の出来事は、恐ろしいほどに呆気なく終わりを迎える。
幾つかのリングをアウラに近付け、別の物に変える行為を十数回繰り返したあと、男がようやく、皆が見慣れ、後にベイドが改良を加える事になるリングを手に取った。
そして、男が今まで同様アウラの右腕にそれを近付けると、リングが蒼い光を放ち、明滅した。
「これか」
やれやれといった具合に呟くと、男は工具道具を掴み、義手の取り付けを開始した。
その方法は義肢職人ではないベイドから見ても強引と分かる程に大胆で、かつ簡素である。
まずリングを嵌める為の土台を右腕に作り、そこに例のリングを嵌めるだけ。
どうも男は雷の帝国の人間のようで、自らの魔力で工具を作動させ、アウラの神経回路を麻痺させ、痛みを与えないようにしているようだ。
一連の動作が終わると、男は大きく息を吐き出し、椅子に座って葉巻をくわえ、近くでずっと見守っていた牡鹿に連れて行けと命じた。
「な!?それで終わりですか?」
あまりの呆気なさに納得出来ず、思わず声を荒らげてしまう。
「普通、義肢というのは装着者に合うよう、一から造る物でしょう?それなのに、元からある物をそのまま使うなんておかしいじゃないですか!」
男はベイドの勢いに多少驚いたようだが、それでも落ち着いた様子で煙を吐き出す。
「適合ならしたじゃないか」
「さっきの蒼い光の事ですか?確かに適合はしたみたいですが、それでも納得いきません。私は、あれをどうやって造ったのかを知りたいんです。お願いします、私に造り方を教えてください。あれがあれば、兄を救えるんです!」
「兄?」
「はい。私の兄は、ある実験で肉体を失い、意思だけの存在となってしまいました。ですが、貴方のその技術があれば、肉体を取り戻す事が出来る筈なんです。ですから……」
「言いたい事は分かった」
必死に思いを伝えていると、男が半分以上は残っている葉巻の火を消しながら言葉を遮り、
「だがこれは、誰にも教えられん。教える事は出来んのだ」
被っていたフードと手袋を脱いだ。
「……!」
その下は、酷い火傷に覆われていた。
顔は、目より上の損傷が酷く、そのせいで両目が異様に飛び出しているように見え、爛れた皮膚がそのまま固まったその両手では、細かい作業など到底出来ないだろう。
「これは多分、これらを造った時に負った物だ。ついでに俺は、自分が何者なのかも忘れた。今の俺に出来る事は、残ったこいつらを、適合する者に渡すだけだ」
そうして再びフードを被った直後、ぐにゃりと世界が歪み始める。
見ると牡鹿がアウラを背に乗せ、小屋から出て行こうとしていた。
記憶の欠片が、終わりを迎えようとしている。
「待ってください!忘れただなんて。では何故、貴方は私の前に現れたんですか?せめて何か、ヒントだけでも……!」
焦りでそう捲し立てると、歪みかけている男が何かを投げてよこした。
余っている義手の一つだ。
「そんなに知りたきゃ自分でやってみろ。俺みたいにはなるなよ」
そこで欠片は完全に終わりを告げ、ベイド達は元の通路に戻ってきていた。
今の記憶を、ベイド達が見た事にどんな意味があったのか。
その答えは、ベイドの手の中にしっかりと残されていた。
「良かったですね、ベイドさん」
ずっと隣にいたシェアトが嬉しそうに言う。
「ええ。小さな一歩ですが、とても大きな一歩です。必ず、解明してみせますよ。それにしても、お恥ずかしい所をお見せしましたね」
「そんな事ないです。お兄さんを本当に大切にされているんだなって、感動しました」
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