流星痕

サヤ

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転の流星

本当の気持ち

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 槍を構えうなだれているフォーマルハウトは、相変わらず暗い表情のままで、アウラを直視しようとしない。
「……これが、協会が出した答え?」
 アウラの問いに彼は答えず、槍の穂先を地面に一回、軽く付ける。
 すると、飛行船の入口を覆っていた土壁が広がり、船全体を覆い隠した。
「何の真似だ?」
「大丈夫。皆には危害は加えません。ただ、こうすれば僕達の声もやり取りも、中の皆には気付かれませんから」
 いきなりの出来事でつい凄んでしまったが、どうやら彼なりの気遣いだったようだ。
「アウラ」
 肩に止まるアルマクが声をかけてきて、それに小さく答える。
 そして、アウラとアルマクが自分から離れてから、彼に話しかけた。
「ここまでするって事は、やっぱり分かってるんだね?私の事」
「……協会からは、転生式が不完全でいつ邪竜になるとも知れない貴女を野放しにするには危険すぎると」
「すでに蒼竜父さまという脅威がある中、更にもう一匹増えたりしたら適わないもんね。でもさ、フォーさんはもう、分かってるんでしょ?私がこの先、何を為そうとしているかを。その能力で」
「!……気付いて、いたんですか?」
 アウラの最後の一言でフォーマルハウトは弾かれたように顔を上げ、ようやくアウラと目を合わせた。
「最初に気付いたのはアルマクだけどね。でも、ここまでやったら気付いてくれって言ってるようなものだよ」
 巨大な土の塊と化した飛行船に目をやり笑うと、フォーマルハウトもほんの少しだけ笑った。
「このまま、見逃してもらう事は出来ないのかな?」
「出来る事なら、僕もそうしたいです。ですが、残念ながら僕はただの一兵卒にしかすぎません。今の僕に出来る事は、貴女をスレイヤーにして、その監視役に着くくらいです。ですが……」
「陳情するも叶わず、今に至る、か」
「すみません……」
 申し訳なさそうに謝る彼を見ていると、なんだか笑えてくる。
 これが、今から自分を殺そうとしている人間の姿なんだからな。
「ま、いいよ。最初から殺される気なんて更々無いし、実行不可能だと分かれば、協会も考え方を改めてくれるかもしれないもんね」
 アウラは羽織っていたマントを脱ぐのと同時に、右腕を刀であるハルピュイアへと変化させる。
「さ、そろそろ始めようか?」
「僕も、出来る事なら貴女を殺したくありません。だから……」
 フォーマルハウトが槍を両手に持ち、悲しい顔をする。
「全力で、きてください」
「……!?」
 彼が言い終わるのと同時に、急に身体の自由が効かなくなる。
 地面に、とてつもなく強い力で引っ張られているようだ。
「くっ」
 抗いはするもののその引力には勝てず、思わず膝をつく。
 それでもアウラを引き寄せる力は弱まる事なく、腰刀で上半身を支えるのがやっとだ。
 その隙にフォーマルハウトは、アウラの背後に岩の巨人、ゴーレムを召還する。
「このまま殴り殺します。何か言い残す事は、ありますか?」
「……そんな事言ってる暇があるなら、さっさと殺るんだな」
「……っ!?が……」
 槍を構えていたフォーマルハウトが急に胸元を押さえて苦しみ出す。
 それと同時にアウラを引き寄せていた力が弱まり、急いでその場から遠ざかる。
「ふぅ」
 一息つくと、フォーマルハウトも苦しみが収まったようで、息を整えながら取り落とした槍を再び構え直す。
「驚いたよ。まさか重力を操れるなんてね。流石、私の監視役を任されただけの事はある」
「そちらこそ。真空状態を作れるなんて、思ってもいませんでした」
「集中力が必要だから、あまり実践向きじゃないけどね」
 敵を誉めあい、互いに軽く笑う。
 二人とも、とても命のやり取りをしているようには見えない。
 そして、フォーマルハウトの顔付きが変わった。
「……ここからは、全力でいきますね」
「どうぞ。私も、油断せずに行くから」
 改めて向かい合うと、辺りを静寂が包み込む。
 最初に動いたのは、フォーマルハウト。
 彼が槍を横に一閃するとゴーレムが反応し、ゴツく太い拳をアウラ目掛けて振り下ろす。
 アウラはそれを難無く退け、蒼裂斬を飛ばしてゴーレムを粉砕する。
 砕け散るゴーレムや、ゴーレムの拳が抉った土が勢い良く飛散し、土煙が舞う。
 それを見たフォーマルハウトは槍を此方に向け、穂先をくるりと一回転させた。
 すると、四散していた岩が空中で止まり、吸い寄せられるようにアウラの元へ集まり、あっという間に覆い隠した。
「うっ……」
 閉じ込められ身動きが取れない閉鎖された空間と、それでもなお吸い寄ってくる岩に圧迫され息が詰まる。
東風こち!明月閃」
 身の周りに東風を作り強引に空間を押し広げ、僅かに出来たその隙間に、三日月形の真空派を当て、今度こそ岩を粉々に粉砕する。
「鳳仙花!」
 お返しとばかりに、ハルピュイアからアイリスへと武器を変化させ、空気の弾丸をフォーマルハウトに浴びせる。
 しかし彼はそれを、巨大な土壁で全て弾き返す。
「彼、防衛戦に長けていますね」
 二人の戦いを見守っているエラルドが、そうアルマクへと話し掛ける。
 アルマクもそれを見て頷く。
「ええ。それに、攻撃的に見えて、相手を無力化する技が多い。アウラにとって、今までとは違うタイプでしょう」
 アウラは彼をどう対処するのか、それを見守っていると、彼女は急に微笑み、地に足を着けて唐突に話し掛けた。
「フォーさんてさ、人を殺した事無いんじゃない?」
 ぴくり、と槍が一瞬震えたのをアウラは見逃さない。
「図星?それに加えて、フォーさんは私を殺したくないと思ってる。そんなんでよくこんな任務を受けたよね。断れない性格なわけ?」
 確かめるように、ゆっくりと言葉で追い詰める。
 彼は何も言わず、両手を震わせる。
「……それとも、こんな任務は想定外だった?」
「っ!」
「天帝様から受けた任務は、私の護衛と、私の正体の確認だけで、私の抹殺は別の人からの命令だったりして。そして多分、その人は天帝様からの許可を得ていない独断」
 フォーマルハウトの震えが見る見る内に大きくなっていく。
「危険な芽は早めに摘んでおこうっていうタイプだね。ま、それは別に悪くはないけど。でもフォーさんはその考えに賛同出来ていない。それでもその人の命令に背く事も出来ない立場。そう考えると、その人物は上司の……」
「五月蝿いな、黙れよ!」
 突然、震わせるが吠えた。
 吐き捨てるように、必死な顔で。
「君に僕の何が分かる?ただの兵士でしかない僕が、何を言ったって無駄なんだ。所詮僕は操り人形で落ちこぼれフォールだ。上が操るままに、従うしかないんだよ!」
 全てを否定するように槍を振り上げ、がむしゃらに迫ってくる。
「そう。悲しいね。……けど」
 アウラは腰刀を抜き払い、槍を難無く捌き、微笑みかける。
「私は、貴方がとても優しい人だって、知ってるよ」
 驚きで硬直する彼にアイリスを向け、囁くように呟く。
「ヤドリギ」
 義手から、幾つかの蔦が延び、フォーマルハウトを拘束し、彼の体力を奪う。
「……う」
 体力を奪われたフォーマルハウトは、やがて立っている事も出来なくなり、その場に崩れ落ちた。
「……」
 アウラは腰刀を納め、義手を元に戻し、フォーマルハウトの槍を拾い上げ、彼の前に座り込む。
「……殺さないんですか?僕を」
「邪竜でもないただの人を殺すわけないだろ?それに、あんなに迷いのある槍じゃ、私は殺せない」
「……貴女は、心が読めるんですか?」
「……ぷ。あはははは」
 突拍子の無いその問いに、思わず吹き出してしまう。
 ぽかんとするフォーマルハウトをよそにひとしきり笑い、涙を拭いながらようやく答える。
「何を言い出すかと思ったら、心が読めるのはフォーさんの方だろ?」
「でも、だってさっき、僕の事を優しいって」
「ああ。だってそれは、もそうだったから」
 そう答えても、フォーマルハウトには心当たりが無いのか、まだ不可解な顔をしている。
「あの日、私が処刑された日に、助けようとしてくれたでしょ?」
「……え?」
 敵国の処刑台に立たされ、多くの好奇な目に晒され、屈辱に塗れている中、ただ一人だけ、必死に手を伸ばし、観衆の荒波の中でもがいていた青年。
 怯えたような、それでいてしっかりとした意志を秘めたその瞳は、目の前にいる人物と同じ物だ。
「もしかしたらこれは、祠の中で作られた偽りかもしれないけど、それでも、あの時のフォーさんは本物でしょ?それに、さっき自分の事を操り人形って言ったけど、それも違う。私を助けた事、救おうとした事。全部フォーさんの意志だ。だから、自分の考えを諦めないで」
「……アウラ王女」
 彼の手に、槍を返す。
 ヤドリギの拘束はとっくに解けているが、彼が槍を向けてくる事はない。
 大きな組織の中で、自分の意志を貫く事がどれだけ大変で難しい事か、アウラは何度も間近で見てきている。
「僕は、生まれやこの能力のせいで、いつも人の顔色ばかり伺っていて、自分の意志なんて、言えませんでした」
 槍を抱きかかえるようにして、ぽつりと話し始める。
「士官になんてなりたくなかった。僕はただ、平和に暮らせればそれで良かった。でも、、僕を育ててくれた人への恩返しがしたくて。そんな時、ベナトシュさんに出会って。僕なりの平和を目指せるようになった。それでも、やっぱり夢は夢でしかないって、諦めて……。そんな僕でも」
 ようやく顔を上げて、自分の思いを全て吐き出す。
「こんな不甲斐ない僕でも、貴女を守る事が出来るでしょうか?」
「……ああ、十分だよ。それに、自分の事は自分で何とかするから、そんなに気負わないで。私に力を貸して欲しい」
 和解の意を込めて左手を差し出すと、彼は意を決したように乱暴に手袋を脱ぎ捨て、素手でアウラの手を取り立ち上がる。
「ありがとうございます、アウラ王女。どうか、負けないでください」
 そう言う彼の顔は、涙を流してはいるがとても晴れやかだった。
「うん。こちらこそ、ありがとう」


「アウラ!」
 突然、第三者の声がして、飛行船からルクバット達が飛び出しアウラ達を囲う。
「大丈夫?さっきの何だったの?急に何も見えなくなって」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと模擬戦をしてただけだから」
「模擬戦?」
「ああ。ね?フォーさん」
「え、ええ。船が傷付いてはいけないので、ちょっと保護をしたんです。驚かせてしまってすみません」
 とっさにそうごまかし、フォーマルハウトも機転良く乗ってくれたおかげで、かなり怪しまれながらも何とか納得してもらえた。
「それじゃ、そろそろ行こうか。土の天地エルタニンに向かえば良いんだよね?」
「はい。スレイヤーへの承認を済ませたいので」
 フォーマルハウトに行き先を確認し、目的地を決める。
「分かった。それじゃ、出発しよう」
 座席に着き、ベイドに合図を送ると、船はゆっくりと浮上を始めた。
 外では、アルマクとエラルドが微笑んで見送ってくれている。
 行ってきます。
 アウラは小さく手を振り、故郷にしばしの別れを告げた。
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