流星痕

サヤ

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結の星痕

弔い

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 この日が訪れるのを、いったいどれだけ待ち望んだ事だろう。
 もしかしたらこれは、風の王国グルミウムの聖なる祠に流れ着いた事で起きた、奇跡なのかもしれない。
 人格を失い、ただの邪竜と化してしまった父から、人間だった頃の想いが伝わってくる。


「アウラ!またそのような悪戯を。少しは大人しくしたらどうだ」
「またエラルドに頼んで空を飛んだそうだな?あれほどいかんと言っているだろう」
「エラルドを、お前の目付役にしたのは間違いだったな」
 伝わってくる感情の殆どが、アウラに対する小言ばかり。
 幼いアウラは窮屈な城内生活から自由になりたいばかりに、父に反抗する事でそれを楽しみ、受け流してきたが、今となっては父が何故おれほど厳しくしていたのかよく分かる。
 父はとても厳しい人だった。
 しかしその裏には、アウラに対する深い愛情が溢れていた。
 父だけでなく、母やエラルドも同じで、不器用な父に変わり、その愛情をアウラに届ける為の橋渡しをしてくれていた。
 あのまま家族に囲まれて、大切な友人や大好きな国と共に生きていけたなら、どんな未来が待っていたのだろう。
 それは、どんなに思い描いてもみつからない答え。
 それを考える度に胸が苦しくなり、何度もフラームを怨んだ。
 そして同時に、自分自身を呪った。
 どうしてあの時、自分には戦う力が無かったのか。
 皆と一緒に戦う事が出来たなら、こんな思いを抱く事なく、共に風に還る事が出来たかもしれないのに……。
  勿論、この考えがいけない事なのは十分承知しているし、これが原因で風達に怒られ、アルマクに諭された事もある。
 でも、だからこそ、今になって抑えていた感情が吹き出した。
「あなた達は私に、ただ生きろと言うけれど、そんな私の気持ちを考えた事があるのか?幼い子供が、目の前で家族や友人を失って、たった独り取り残されて生きていく事になった者の絶望が!そりゃ、私は皆に命を救われた身だ。皆が助けてくれたおかげで今もこうして生きていられる。生きてて良かったと思える事もあった。それでもこの十年、何度も死を味わった。その度に悔しくて、怖くて……ほっとした。二度と経験したくないような事だって数え切れないくらいやってきた!お前達は私を守る為に必死に戦ってくれたけど、それも重荷だった。もちろん感謝はしきれないくらいにしているさ。本当はこんな事を言ったら皆を悲しませるだけだってのも理解してる。けど、思うくらい良いじゃないか。私はそんなに、出来た人間じゃないんだから!」
 言ってる事が滅茶苦茶で、自分でも理解出来ない。
 邪竜が、アウラの首もとに食らいつく。
 とても痛かったが、同時に懐かしい声がした。
「アウラ……」
「アウラ」
 父様、母様。
「このような事態になるのだったら、もっとお前と正面から向かい合っておけば良かったな」
「ごめんなさいアウラ。あなたには、辛い思いばかりをさせてしまったわね」
「そんな事!」
 両親の悲しげな言葉に力強く被りを振る。
「父様、私の方こそもっと素直に甘えていれば良かったんです。母様も、これまで何度も、私を助けてくれたじゃないですか」
 十年ぶりの会話。
 そこに華が咲いたわけでは無い。
 邪竜はアウラの首を引きちぎらんばかりに牙を突き立ててきて、アウラも負けじと邪竜を締め上げ、鋭い爪を相手のはらわたに食い込ませる。
 ギリギリと音を立て、どちらも一歩も引かず、力は完全に拮抗している。
 唐突に、父が話しかけてきた。
「アウラ、ここまでよく耐えてきたな。今こうしていられるのも、お前のおかげだ。感謝する。そして不甲斐ない父で、本当に申し訳なかった」
「止めてください。そんな、謝罪など」
「私からも言わせてちょうだい。あなたのおかげで、私達はようやくこの呪いから解放される。……これでお別れよ。だから、最後に一つだけ、先ほどの言葉を聞いたうえで、もう一度だけ、聞かせてちょうだい」
 改めて問う母。
「あなたの人生は、素晴らしい物だった?」
「……」
 何故、また聞くのだろう。その答えは、母はとっくに知っている筈だ。
 心が読めるこの人に、嘘をつける人間なんて、いないのだから。
 意図が分からず黙っていると、母はにこりと微笑んだ。
「真実の言葉を、あなたの口から聞きたいの」
 私の、口から……。
 先ほどぶちまけた不安や恐怖は、アウラの人生を代表する一部。
 思い返せば、自分の人生はとても血生臭い物だ。
 殺したり、殺されそうになったり、恨まれたり……時には感謝もされたりして。
 正直この十年、よく生きてこれたと思う。
 それは戦いだけでなく、人生の重圧に、よく潰されなかったと。
 そこにはやはり、アウラにも守るべき存在があったからだ。
 ルクバット……。いや、ルクバットだけではない。
 バスターとして旅をするようになってからは、アウラにとってかけがえのない物はどんどん増えていった。
 さっきは感情に任せてあんな事を口走ってしまったけれど、やはり母には全てお見通しだったようだ。
「……うん」
 ぽつりと、言葉を零す。
「生きていなければ出会えなかった、大切な仲間が出来た。知り得なかった知識も、沢山あった。私のこれまでの人生は、決して明るいとは言えない。多分、苦しい事や、辛かった事の方が多かったけど、それでも……悪くはないよ」
 瞬間、邪竜の力が一気に弱まり、アウラの爪がそのまま邪竜の身体を引き裂き……。
 暖かい風と桜の花弁が舞い上がり、アウラの周りを舞う。
「これで心残りはもう無い。ようやく、ゆっくり眠る事が出来る。これも全て、お前のおかげだ、我が娘よ」
「お休みなさい、アウラ。あなたの風の行く末を、お父様と一緒に見守っているわ」
「お休みなさい、二人とも。どうか安らかに、良い夢を見られますように……」
 二人が東の空へ飛び去っていく頃には、アウラも人の姿に戻っていて、いつまでも二人を見送った。


「アウラー!」
 遠くから仲間が呼ぶ声が聞こえ、振り返ると皆が駆け寄ってきてくれていた。
「おい、ついにやったのか?」
「グラン兄、落ち着いて」
 興奮気味に詰め寄るグラフィアスを、ルクバットがやんわりと制する。
「アウラ。お父さん達とは仲直り出来た?喧嘩した後は、ちゃんと仲直りしなくちゃいけないんだよ?」
 そう悪戯っぽく失明してくる。
 こいつ、分かってるくせに。
 アウラも、軽く鼻で笑ってから答える。
「ああ、ちゃんと仲直りしたよ。というより、もともと喧嘩なんかしてないけどね」
「そっか。それなら良かった。おめでとう、アウラ」
 そう笑うルクバットは、まるで自分の事のように嬉しそうだ。
 そして二人の会話から状況を察したシェアトも祝いの言葉を掛けてくれた。
「おめでとう、アウラ。お父様達、ようやく落ち着けたんだね」
「ありがとう。うん、これでようやく肩の荷が降りたよ。後は、グルミウムの件を、天帝さま、に……」
「アウラ!?」
 話の最中だというのに、急激な眠気に襲われ、身体が傾しむ。
 それは到底抗えるような物では無く、アウラはそのまま仲間に身を預け、深い眠りの淵へと落ちていった。
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