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第17話 あふれる想い
しおりを挟む「離せこの悪魔ぁー!!」
そう叫んで、棒を持った村の子供が悪魔に殴りかかる。
驚いて目を見張る俺とクレハ。
《あ?何だこのガキ》
「うわっ」
だが子供では太刀打ちできる筈もなく、悪魔に突き飛ばされてしまう。
しかし、助けに来たのは子供だけではなかった。
「この悪魔野郎が!」
「兄ちゃん達の邪魔をすんじゃねえ!!」
《な…!やめろお前ら!》
なんと村人が次々と悪魔に飛び掛かったのだ。
突然大人数に襲われ、流石の悪魔も地面に押さえ込まれる。
お陰でクレハも自由になった。
「行け兄ちゃん!コイツは俺らが押さえとく!」
「いつもありがとうな!後は任せてくれ!」
「クレハちゃんも頼んだぞ!」
まさか、NPC達が助けてくれるだなんて。
胸が熱くなる中、フェンリルも声を上げる。
「急げ!もう時間が無いぞ!」
それを聞いてグイっと目元を拭い、クレハに手を伸ばした。
「行こうクレハ!」
「…っ、ええ!」
手を繋ぎ、一緒にフェンリルに飛び乗る。
唯一の弱みであるクレハさえいれば、もう怖くなんかない。
《ぐ…!離せぇぇぇえ!!》
俺達が行こうとしているのを目にし、悪魔が叫びながら波動を飛ばす。
それによって飛び掛かっていた村人達が弾き飛ばされた。
「! みんな!」
「大丈夫だ!気にせず行け!!」
怪我をしたであろう村人達の後押しを受け前を向く。
体を張ってまで作ってくれたチャンスだ。
不意にする訳にはいかない。
そんな俺達を止めようと、悪魔は翼を広げ尋常じゃないスピードで距離を詰めてきた。
しかし、それは一気に引き離される事になる。
「…!早…っ」
地面を蹴って走りだしたフェンリルのスピードは、俺の想像を軽く超えていた。
舌を噛みそうなくらいの速さで、流れる景色も輪郭が見えない。
あっという間にフィールドを移動し、いつの間にか統一世界エリアまで来ていた。
この速さなら間違いなく騎獣ルートも行けるだろう。
《させ…るかぁーー!!》
だが、自分の命の危機を感じた悪魔もしつこく食らいついてくる。
このスピードに追いついてくるなんて向こうも本気なのだろう。
「頼む!逃げ切ってくれ!」
「任せろ」
もしここでクレハを人質に取られれば今度こそ間に合わない。
俺達はフェンリルに全てを賭けた。
やがて遠くに見え始めるロジピースト城。
「あのアーチを潜ってから最上階の城壁に向かうんだ!出来るか!?」
フェンリルは騎獣ルートの事を直ぐ理解し、「容易い」と言いながら真っ直ぐアーチへ向かう。
けれど翼が無いのにどうやって最上階へ行く気だろう。
そう思ったが、要らぬ心配だった。
「…!」
アーチを潜った直後にジャンプするフェンリル。
そしてフェンリルが足場にしたのは、橋の両サイドに等間隔で立っていた石柱だ。
城に向かって段々と高くなるこの柱はゴールまでの階段だったのだと理解する。
《止まれぇえ!》
両サイドの石柱を使ってジグザグにジャンプしているのにフェンリルのスピードは落ちず、クレハを捕えようとする悪魔の手は宙ばかり掴む。
後は振り切って歪みに飛び込むだけだ。
「行っけぇぇえー!!」
前のめりになり叫んだ俺に応えるようにスピードを上げるフェンリル。
そして最後まで悪魔の邪魔を許さず、流れるような身のこなしで歪みの中へと飛び込んだ。
愕然とする悪魔と、振り返る形で足をスライドさせながら急停止したフェンリルが向かい合う。
「逃げ…きった?」
ーーパパーン♪ーー
【裏ルートにてロジピースト城クリア!
おめでとうございます!】
目の前に現れた表示と悪魔の顔が、俺達の勝利を物語っていた。
この場所は間違いなく、最上階にあった白い扉の先のゴールだ。
ついに、辿り着いたのだ。
《…っクッソ!クソ!!こ…のっ、この野郎が!殺してやる!!》
「!」
俺がダンジョンクリアしてしまった事でヤケを起こしたらしき悪魔が、怒り狂いながら襲いかかってくる。
しかし、俺に触れる直前にその手が青い炎に包まれた。
《ぐあぁあ!?なんだ、これ!?く…そ!こ…な…所、で…ギャァァァァァァア!!》
悲鳴を上げながら全身火だるまになる悪魔。
呆気に取られる俺達は何も言えずその状況を見る。
青い炎に燃やし尽くされた悪魔はそのまま塵と化し、跡形もなく消えてしまった。
「…やった、のか…?」
「そうよ!おめでとうアヒト君!」
クレハの言葉で一気に実感が湧く。
フェンリルから飛び降り、2人で抱き合いながら喜んだ。
その時だ。
ーーゴゴゴゴゴーー
「!何だ!?」
突然地震のように地面が揺れ始めた。
慌てる俺達を尻目に、フェンリルが落ち着いた様子で言う。
「時間…だな。今まで楽しかったぞアヒト。達者でな」
満足そうに笑みを作ってフェンリルがその場から消えた。
それによりついにサービス終了の時間が来たのだと悟る。
途端、俺の体が光の柱に包まれた。
なんとなく、これは現実世界に帰れるモノだとわかる。
徐々に身体が浮き始めた。
「あ…」
光に包まれているのは俺だけで、クレハは揺れる地面に立ち続けている。
そうか。
ここで、お別れなんだ。
わかっていた。
わかってはいたんだ。
でも、やっぱり…クレハを置いて俺だけ助かるなんて
嫌だ…!
「…っ、クレハ!」
絶えられず、俺はクレハに手を伸ばした。
このまま離れ離れになるなんて、そんな現実受け入れられない。
「アヒト君…っ!」
クレハも縋るように俺に手を伸ばした。
神様、どうか奇跡を。
クレハもどうか一緒に…
ーーバチィッーー
しかし、光の柱が拒むようにその手を遮る。
やはりNPCは連れて行けないのだ。
目の前にいるのに、もう触れる事すら叶わない。
クレハは弾かれた手を反対の手で包みギュッと握り締めた。
そして俺を悲しませないようにと、必死になって笑顔を作り見送りの言葉を吐く。
「元気…でね、アヒト君。私の分までいっぱい生きて…幸せになって」
あぁ…
本当に、この子は最期まで…
気持ちが、想いが溢れてくる。
この心を抑える事なんてもう出来ない。
笑われたっていい。
相手が人間じゃなくたって、そんな事知るものか。
「好きだ!!」
クレハを真っ直ぐ見て、気持ちを言葉にした。
少しでも、少しでも良いからこの想いが伝わってほしい。
叫びながら言った俺の言葉を聞き、目を見開くクレハ。
その大きな瞳から涙が零れ落ちる。
「好きだ好きだ好きだ!クレハ…!!」
通り抜けられない光の壁に張り付き、何度も何度も想いを伝える。
滲む視界で必死にその姿を捉えた。
クレハもぼろぼろと涙を落とす。
「…っ、私も好き…!大好き!」
弾かれるとわかっていながらも、限界まで近づきクレハも応えた。
周りの建物も崩れはじめ、クレハの身体も少しずつ透け始める。
「好きなの…アヒト君。離れたくない…置いていかないで…!」
押し込めていた本音を、もう隠す事なく伝えてくれる。
もう一度その手を掴めないかと光の壁を押すがどうする事もできない。
「クレ…ハ!俺も、ずっとそばに…」
涙で、言葉が詰まってしまう。
俺達の思いとは裏腹にもうクレハの姿は殆ど見えなくなり、俺も身体の感覚が無くなる。
それでも決して目を離さず、お互いに見つめあった。
「俺…絶対にクレハとまた会うよ。今は無理でも、いつか必ず…!」
その言葉を聞いて、嬉しそうにクレハが微笑む。
「もしまた出逢えたなら…例え何も憶えてなくても、何度だって何度だって好きになるわ。絶対よ」
「あぁ…俺もだ」
そう言って、俺達は泣きながら笑いあった。
いつかきっと…結ばれる日がくる事を信じて。
「大好きだよアヒト君…。一緒にいてくれてありがとう」
「こちらこそ。ありがとう、クレハ」
クレハの姿が完全に見えなくなり、俺も光に包まれた。
眩しさに目を開けていられず、ギュッと瞼を閉じる。
そして光が収まった時…俺は自分の部屋の中に立っていた。
「みん…な…?」
啜り泣く声に目を開けると、涙を流している両親や親友達の姿が映る。
俺の声を聞き、ハッとして全員がこちらを向いた。
「温っくん!!」
「温人!!」
母さんと父さんが俺の名を呼び咄嗟に駆け寄ってくる。
まるで存在を確かめるかのように、力一杯抱きしめられた。
「温っくん!温っくん!!良か、った…!帰ってきてくれたのね…!!」
ボロボロと嬉し涙を流す母さん。
父さんも同じように抱き着いて涙を流した。
「馬鹿野郎…心配、させて…!」
そこに更に海斗達も泣きながら抱き着いてくる。
心から喜んでくれる皆んなに囲まれ、もう堪え切れなかった。
「…ぅ……ふ…っ、あ…あぁ…」
涙が、次から次へと溢れてくる。
もう止められそうにない。
「ぅ…ぁ…ああぁぁーっ!!」
帰ってこれたこと
生きていられたこと
みんなとまた会えたこと
そして…大好きな、愛する人との別れ
色んな感情が湧き出し
涙脆くてすぐに泣いてしまう俺は
この日、人生で一番涙を流した――――
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