【完結】わるいこと

さか様

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(あさとよるが、さんかい…)

隠れ家に来てから、三日が経過した。

「……もういいや、飽きちゃった」

本当に興味が失せたように、明也のその一言は突然放たれた。

床に座るユイを一度だけ見下ろし、微笑む。

「…呼ぼっか。鷹臣さん」

ユイが言葉の意味を噛み砕く前に、明也は床に落ちていたユイのスマホを拾った。

明也は短く息を吐きながら、文字を入力していく。

"迎えに来てあげてください。
ユイには迷惑をかけないよう伝えました。
住所は――"

送信し、用は終わったという顔をした。
スマホをユイに渡す。

ユイは何が起きたのかよく分からないまま、画面を見つめる。

「じゃ、帰るね。
わかってると思うけど余計なこと言わないでね」

窓の外は、気付けば夕方だった。
窓から斜めに差し込む光が、部屋の埃を浮かび上がらせている。

「……たかおみ、さん……」

ユイは小さく呟く。
でも、その名前を口に出しただけで、胸の奥がかすかに軽くなった。

(ごめんなさいしなくちゃ、)

理由は分からない。でも、そう思った。

――

ユイと連絡が途絶えたあと、鷹臣は眠れない日々を過ごした。

連絡はつかない。
支援員と話をし、警察にも足を運んだ。
しかし、確かな証拠がなくどうしようもなかった。

「成人で、家族同士なんですよね?
証拠や本人の判断もあるので……」

何度も聞いた言葉が、頭の奥に残る。

仕事中、画面を見ていても文字が流れていくだけだった。
指が止まり、思考が散っていく。

(……絶対、何かされている)

分かっている。
分かっているのに、動けない。

三日目の夕方、スマホが震えた。

ユイの番号からのSMS。
開くと、短い文面と、地図リンク。

"迎えに来てあげてください。"

血の気が引いた。

上司に一言だけ残して、鷹臣は会社を飛び出した。
夕方の街並みはひどく静かに感じた。

地図の示す先は、就労支援施設からそう離れてはいなかったが、辿り着くまでに何度も道を間違えた。

細い路地裏。行き止まりが多く、夕方の影がやけに長く見えた。

その奥に、灯りがあった。

――

隠れ家――扉は、少し開いていた。

中は、静かで生活の気配がない。
夕方なのに、時間が止まったみたいな空気。

扉を開けると、ワンルームにはベッド、散らばる道具、避妊具のゴミが散乱していた。
だと、嫌でもわかってしまう。鷹臣は思わず目を背けた。

すると、鼻歌が聞こえた。
聞き覚えのある、調子の外れた意味のない旋律。

ユイは床に座っていた。
ぼろぼろのシーツを抱え、壁にもたれている。

「……ユイ!」

駆け寄ると、ユイはゆっくり顔を上げた。

「たかおみ、さん」

ユイはカーテンから漏れた夕方の光を受けて、笑った。

状況に似つかわしくない、柔らかい笑顔が痛々しかった。

「……たかおみさん、ごめんね」

ユイは鷹臣が謝るよりも先にそう言った。

「……あっくん、かえったよ」

その一言に、胸が締めつけられる。
光に照らされたユイの肌には痣や噛み跡、擦り傷があった。

自分が、間違えたから――
鷹臣は奥歯を噛み締めた。

ユイは首を傾げる。

「……たかおみさん、ないてる?どこか、いたい?」

鷹臣は言葉を失い、その場に膝をついた。

「……ごめん、本当に…」

声が、震える。

「俺が……、俺の、せいで…」

三日前のこと。今日までのこと。
全部が一気に押し寄せて、息が詰まる。

「ちがうよ、ゆいの、まちがい」

ユイはしばらく鷹臣を見つめてから、鷹臣に手を伸ばそうとして、止まった。

行き場を失った手は胸の前で固く握られた。

「……あ、まって…
ゆい、いま……からだ、へんだから……」

目を逸らしたまま、小さく呟いた。

鷹臣は目を見開く。
酷いことが起きて、許せないはずなのに。
フェロモンが香り、ユイが煽情的に見えて、自己嫌悪が喉元までせり上がった。

「これ、着ようか」

鷹臣は自分の上着を脱ぎ、ユイの肩にかけた。
ユイはシーツを握ったまま、こくんと頷く。

手が肩に少し触れた。
ユイの体は、少しだけ熱かった。

外に出ると、夕焼けが建物の隙間に沈みかけていた。
タクシーを拾い、後部座席に座らせる。

鷹臣は隣に座わるが、必要以上にくっつかないように少し距離を空けた。

「ユイ、寒くない?」

「……だいじょうぶ」

走り出す車の中、街の明かりが流れていく。
ユイは窓に頭を少し付けて、小さく言った。

「……たかおみさん」

「なに」

「おとまりかい、たのしみだね」

鷹臣は返事ができなかった。
タクシーの揺れが、二人を家へ運ぶ。

いつの間にか暗くなった空には、大きな月がただ光っていた。
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