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責任
再会
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数日後の夕方。
雨上がりで空がやわらかく白む。
駅から少し離れた喫茶店。
ハルは窓際の席に座っていた。黒い柔らかな髪を耳にかけ、メロンソーダが注がれたグラスのストローに口をつける。
「すまない、待たせた」
カランと扉のチャイムが音を立てるとほぼ同時に、陸の声がした。
走ってきたのか、息が少し上がっている。
ふぅと息を吐き、目の前に腰を下ろす。
シャツの襟に雨粒が一つ、光った。
先日蓮の部屋で体を重ねた時と同じ背筋、誠実さが滲む目。
「……来てくれたのね、うれしい」
座ったままハルが言う。
本心なのに陸を直視できず、呼び出した側のはずなのにその声音はどこか上の空だった。
「あの夜の話、ちゃんとしておきたいから」
真剣な陸の瞳に射抜かれ、ハルは一瞬だけ身構える。
別れ話でも、条件交渉でも、どちらでも捌ける覚悟はある――はずだった。
しかし、陸が続けた言葉はどちらでもなかった。
「俺は、軽く諦められない。始まったのなら、隣りに居てほしいのはハルだ。交際を申し込んでもいいか?……嫌なら、ここで終わりにしていい」
目を逸らさないで言う。
真面目にもほどがある台詞が、嘘っぽくならない男。
ハルの喉がすっと鳴った。笑ってごまかすこともできた。
でも今回は昔からの癖が役に立たなかった。
「……終わりにしたくない。私だって、あなたに惹かれてしまったんだもの、」
言葉は勝手に落ち、目頭が熱くなる。
自分でも驚くくらい、軽くて、重い言葉。
陸の肩から、目に見えない力が抜ける。
「拒まれたらどうしようかと思った」
ふっと和らいだ顔に、ハルは胸を撃たれる感覚を覚えた。
(あなたにも怖いものがあるの?)
店員がコーヒーを置いて去る。
湯気の向こうで、陸が照れくさそうに微笑んだ。
「その……手、つないでいいか」
「?…ここで?」
思わず訊き返す。
「ここで」
低い声が心地良い。
ハルは微笑んで指先を差し出した。
大きい掌が重なる。握り方が不器用で、やさしい。
ふとハルが窓の外を見ると、濡れた街路樹が風に揺れていた。
きらきらと眩しい水滴が木々に撥ねて、まばゆい光が瞳に飛び込んだ。
これから育てていく2人の恋を祝福しているかのように。
「ねぇ陸、次はあなたのしたいことも、私の欲しいものも、叶えられるかしら?」
次を約束する日が来るなんて思わなかった。
「……あぁ。努力しよう」
どこまでも真剣な陸に、ハルはくすっと小さく笑う。
「それと、」
ハルは、テーブルの下でそっと陸の太腿に触れる。
「この前の最後のとこで止めた陸、嫌いじゃなかった。ずるい」
陸がずるくない、と苦笑する。
「ずるかったわよ。……ねぇ、今夜は長めのキスだけで帰してみる?」
「長めで済むか、試してみないと分からないな」
「ふふ、そういうところが好きよ」
グラスの氷がまた鳴る。
指は絡めたまま、笑い会う。
始まりは嵐のように過ぎ去った。
今はこの心地の良い静けさの中を、2人肩を並べて歩いていけると確信した。
――
止んだはずの雨がまた降り出し、街灯の光がぼんやりと滲む。
陸は無言で受付を済ませ、ハルの手を引きラブホテルの廊下を進んでいた。
「……初めてなのよね?」
「っ…うるさい」
耳まで赤い。そんな陸を見て、ハルは口角を上げる。
部屋の扉が閉まると同時に、陸は深く息を吐いた。
心臓の音が自分でも煩い。空手の試合より緊張している気がした。
ハルは大きなベッドに腰掛け、バッグをサイドテーブルに置き、足を組む。
しなやかな手で髪を耳にかけ、わざとらしく陸を見上げた。
「ねぇ陸。もっと、こっちに来て」
陸は一歩近づく。その大きな影に、ハルの胸は高鳴る。
ジャケットを脱いだ陸が、ぎこちなくベッドに腰を下ろした。
ハルはその膝に跨ると、陸の肩に指を這わせ、すぐに唇を重ねた。
時間が止まるような長いキス。
熱が混じり、舌が触れると陸の喉から息が漏れる。
「……っ、は……」
「ふふ、いい顔ね。どう?これだけで帰っちゃう?」
陸は余裕なく微笑み、呟く。
「そんな顔をしたハルをここから出す訳にはいかないな、俺も大概だが…」
「キスだけでこんなになってるものね…?」
ハルは、かわいいと微笑み返し陸のズボンの膨らみを撫でた。
慣れた手つきで枕元にあった箱を手に取る。
そして細い指で銀色の小さな包みを持ち上げた。
「ふふ、ねぇ、陸。見て?」
形の揃った歯で包みを開けるハル。
中から鮮やかなピンク色のゴムを摘み上げ、先端を口に含む。
陸が困惑していると、躊躇うことなくハルは陸の昂ぶりに手を添えて口付けた。
何をされているのか、目が離せなかった。
「っ……は……!」
陸の喉から呻きが零れる。
背筋がしなり、指がベッドシーツを握りしめた。
なぜだかわからないが、申し訳なさと期待が入り交じる。
そんな陸をよそにハルの口腔内に自身の熱が呑まれ、根元でぴたりと止まった。
「……できた」
いたずらっぽく微笑みながら、濡れた唇を舐めるハルが囁いた。
「また大きくなったわね。つけ心地はどう?」
「っ……訊くな、」
陸は耳まで真っ赤になり顔を覆う。
そう言いながらも昂ぶりは限界まで硬く脈打っていた。
――
シーツに押し倒されたハルの太ももに、大きな掌が触れる。
先程のカフェで手を繋いだときと同様、触れ方は意外なほど慎重で壊さないように気を遣われているようだ。
「……優しいのね」
「ハルが、細いから……」
陸は視線を逸らしながら、ハルの腰骨をゆっくり撫でる。
ワンピースがめくられ、淡い下着を丁寧に下げられる。
露わになった硬い金属とレザーの感触に陸の手が止まった。
「……その、それは……大丈夫なのか? 痛くはないのか……色々と」
動揺した顔。真剣すぎて、茶化せない。
ハルは一瞬だけ目を伏せ、困ったように笑った。
「そう思うわよね……」
(でも――あなたなら……)
陸は戸惑いながらも、やんわりとベルトの上から包み込む。
ごつごつした大きな手なのに、優しく、それがかえってもどかしい。
「すまない……どうしたものか……」
陸の声は苦悩に滲む。
その不器用な温もりに、ハルの心臓が震えた。
(……これがなければ、陸はもっと…?)
罰と拒絶の象徴のように絡んだベルトを、初めて外してほしいと願ってしまった。
「……ん、いいのよ…そのまま触って…そう…ぁあっ…」
ハルが陸の手を取り、導くように腰を預ける。
陸は深く息を吐き、鍛えられ引き締まった腕でしっかりとハルを抱き上げた。
節くれだった大きな手が、こんなにも優しく感じるなんて。
「陸……」
「……俺に、させてくれ」
熱が重なり、奥へと貫かれた瞬間、ハルの瞳が揺れる。
「んっ……は、ぁ……! 大き……っ」
陸は必死に息を整え、細腰を支えながら動く。
荒い呼吸と、カチャカチャと揺さぶられ小さく鳴る金属音。
ちぐはぐな心と体を陸に求められ、またハル自身も求めてほしいと望む。
汚れた体と過去、身の丈に余る浅ましい願いに涙が滲んだ。
「……っく……ハル……」
「んっ……もっと……っ、たくさん、来て……」
ベッドがきしみ、二人の声が交じる。
じゅぷ、じゅぷっ…
水音とシーツの布擦れの音。
愛すべき者を守りたいと望むかの様に、陸は両手でハルの顔を包む。
「ハル…ハル…、っ…ぐ、出すぞっ…」
「あっ…、ん、陸、陸っ…もう、イッちゃう…私もっ…」
ゴムの中に陸の欲望が解き放たれる。
後を追うようにハルも張り詰めた窮屈な隙間からたらりと吐精した。
「ハル、ちゃんと気持ちよかったか…?」
少し不安そうに尋ねる陸の声。
「…私、普段これのせいでイけないのよ。でも見て…出ちゃったみたい…」
ハルは自身の白濁を指で拭い、照れくさそうに笑ってみせた。
その目尻には、自己嫌悪を陸のやさしい体温で溶かした涙の跡があった。
――
シャワー後の蒸気を纏ったまま、ハルはベッドに腰掛けて髪をタオルで拭いている。
そこに陸がもう一枚タオルを持って近づいた。
「……拭かせてくれ」
そう言うとぎごちなくも丁寧に濡れた髪を拭き始める。
ごつごつとした大きな手の先程とは違う慣れた動きに、ハルは思わず目を細めた。
「……あらやだ、ずいぶんと手慣れてるのね?」
ハルは先日までそういうことと縁がなかったのにと言わんばかりに呟く。
「ん?あぁ、妹がいるから」
陸は優しくハルの髪に残る水滴をタオルにしみこませながら答えた。
「そう、優しいお兄さんなのね。妹ちゃんはきっとあなたに似てまじめなのかしら?」
陸の優しい手つきの正体に腹落ちしたハルは口元に手をあて、くすくすと笑う。
「どうだろうな。全然似てないとは言われるが」
そんな他愛もない会話に、二人はしばし笑みを交わす。
だが次の瞬間、陸が真剣な声で「……なぁ、ハル」と口にした。
振り返ると、陸はベッドに散らばった銀色の包みの残骸を見て眉を寄せていた。
「なぜここにある無料のゴムは2つしかないんだ?……それと、小さくて窮屈だったんだが…」
呆気にとられたハルは目を瞬かせる。
「……もう、真面目に何を言うのかと思ったら」
笑いながらするりと陸の首に腕を回し、唇を寄せて囁く。
「あなたって本当に育てがいがありそうね」
甘い微笑みに、陸は一瞬返す言葉を失う。
しかし否、となおも続ける。
「っ…俺はただ、その…」
「じゃあ今度は、大きなサイズをたくさん用意しましょう?」
ハルの甘い誘惑に結局答えこそわからなかったものの、陸は次を期待して反応しかけた自身の昂りに心の中で鎮まれと喝を入れた。
雨上がりで空がやわらかく白む。
駅から少し離れた喫茶店。
ハルは窓際の席に座っていた。黒い柔らかな髪を耳にかけ、メロンソーダが注がれたグラスのストローに口をつける。
「すまない、待たせた」
カランと扉のチャイムが音を立てるとほぼ同時に、陸の声がした。
走ってきたのか、息が少し上がっている。
ふぅと息を吐き、目の前に腰を下ろす。
シャツの襟に雨粒が一つ、光った。
先日蓮の部屋で体を重ねた時と同じ背筋、誠実さが滲む目。
「……来てくれたのね、うれしい」
座ったままハルが言う。
本心なのに陸を直視できず、呼び出した側のはずなのにその声音はどこか上の空だった。
「あの夜の話、ちゃんとしておきたいから」
真剣な陸の瞳に射抜かれ、ハルは一瞬だけ身構える。
別れ話でも、条件交渉でも、どちらでも捌ける覚悟はある――はずだった。
しかし、陸が続けた言葉はどちらでもなかった。
「俺は、軽く諦められない。始まったのなら、隣りに居てほしいのはハルだ。交際を申し込んでもいいか?……嫌なら、ここで終わりにしていい」
目を逸らさないで言う。
真面目にもほどがある台詞が、嘘っぽくならない男。
ハルの喉がすっと鳴った。笑ってごまかすこともできた。
でも今回は昔からの癖が役に立たなかった。
「……終わりにしたくない。私だって、あなたに惹かれてしまったんだもの、」
言葉は勝手に落ち、目頭が熱くなる。
自分でも驚くくらい、軽くて、重い言葉。
陸の肩から、目に見えない力が抜ける。
「拒まれたらどうしようかと思った」
ふっと和らいだ顔に、ハルは胸を撃たれる感覚を覚えた。
(あなたにも怖いものがあるの?)
店員がコーヒーを置いて去る。
湯気の向こうで、陸が照れくさそうに微笑んだ。
「その……手、つないでいいか」
「?…ここで?」
思わず訊き返す。
「ここで」
低い声が心地良い。
ハルは微笑んで指先を差し出した。
大きい掌が重なる。握り方が不器用で、やさしい。
ふとハルが窓の外を見ると、濡れた街路樹が風に揺れていた。
きらきらと眩しい水滴が木々に撥ねて、まばゆい光が瞳に飛び込んだ。
これから育てていく2人の恋を祝福しているかのように。
「ねぇ陸、次はあなたのしたいことも、私の欲しいものも、叶えられるかしら?」
次を約束する日が来るなんて思わなかった。
「……あぁ。努力しよう」
どこまでも真剣な陸に、ハルはくすっと小さく笑う。
「それと、」
ハルは、テーブルの下でそっと陸の太腿に触れる。
「この前の最後のとこで止めた陸、嫌いじゃなかった。ずるい」
陸がずるくない、と苦笑する。
「ずるかったわよ。……ねぇ、今夜は長めのキスだけで帰してみる?」
「長めで済むか、試してみないと分からないな」
「ふふ、そういうところが好きよ」
グラスの氷がまた鳴る。
指は絡めたまま、笑い会う。
始まりは嵐のように過ぎ去った。
今はこの心地の良い静けさの中を、2人肩を並べて歩いていけると確信した。
――
止んだはずの雨がまた降り出し、街灯の光がぼんやりと滲む。
陸は無言で受付を済ませ、ハルの手を引きラブホテルの廊下を進んでいた。
「……初めてなのよね?」
「っ…うるさい」
耳まで赤い。そんな陸を見て、ハルは口角を上げる。
部屋の扉が閉まると同時に、陸は深く息を吐いた。
心臓の音が自分でも煩い。空手の試合より緊張している気がした。
ハルは大きなベッドに腰掛け、バッグをサイドテーブルに置き、足を組む。
しなやかな手で髪を耳にかけ、わざとらしく陸を見上げた。
「ねぇ陸。もっと、こっちに来て」
陸は一歩近づく。その大きな影に、ハルの胸は高鳴る。
ジャケットを脱いだ陸が、ぎこちなくベッドに腰を下ろした。
ハルはその膝に跨ると、陸の肩に指を這わせ、すぐに唇を重ねた。
時間が止まるような長いキス。
熱が混じり、舌が触れると陸の喉から息が漏れる。
「……っ、は……」
「ふふ、いい顔ね。どう?これだけで帰っちゃう?」
陸は余裕なく微笑み、呟く。
「そんな顔をしたハルをここから出す訳にはいかないな、俺も大概だが…」
「キスだけでこんなになってるものね…?」
ハルは、かわいいと微笑み返し陸のズボンの膨らみを撫でた。
慣れた手つきで枕元にあった箱を手に取る。
そして細い指で銀色の小さな包みを持ち上げた。
「ふふ、ねぇ、陸。見て?」
形の揃った歯で包みを開けるハル。
中から鮮やかなピンク色のゴムを摘み上げ、先端を口に含む。
陸が困惑していると、躊躇うことなくハルは陸の昂ぶりに手を添えて口付けた。
何をされているのか、目が離せなかった。
「っ……は……!」
陸の喉から呻きが零れる。
背筋がしなり、指がベッドシーツを握りしめた。
なぜだかわからないが、申し訳なさと期待が入り交じる。
そんな陸をよそにハルの口腔内に自身の熱が呑まれ、根元でぴたりと止まった。
「……できた」
いたずらっぽく微笑みながら、濡れた唇を舐めるハルが囁いた。
「また大きくなったわね。つけ心地はどう?」
「っ……訊くな、」
陸は耳まで真っ赤になり顔を覆う。
そう言いながらも昂ぶりは限界まで硬く脈打っていた。
――
シーツに押し倒されたハルの太ももに、大きな掌が触れる。
先程のカフェで手を繋いだときと同様、触れ方は意外なほど慎重で壊さないように気を遣われているようだ。
「……優しいのね」
「ハルが、細いから……」
陸は視線を逸らしながら、ハルの腰骨をゆっくり撫でる。
ワンピースがめくられ、淡い下着を丁寧に下げられる。
露わになった硬い金属とレザーの感触に陸の手が止まった。
「……その、それは……大丈夫なのか? 痛くはないのか……色々と」
動揺した顔。真剣すぎて、茶化せない。
ハルは一瞬だけ目を伏せ、困ったように笑った。
「そう思うわよね……」
(でも――あなたなら……)
陸は戸惑いながらも、やんわりとベルトの上から包み込む。
ごつごつした大きな手なのに、優しく、それがかえってもどかしい。
「すまない……どうしたものか……」
陸の声は苦悩に滲む。
その不器用な温もりに、ハルの心臓が震えた。
(……これがなければ、陸はもっと…?)
罰と拒絶の象徴のように絡んだベルトを、初めて外してほしいと願ってしまった。
「……ん、いいのよ…そのまま触って…そう…ぁあっ…」
ハルが陸の手を取り、導くように腰を預ける。
陸は深く息を吐き、鍛えられ引き締まった腕でしっかりとハルを抱き上げた。
節くれだった大きな手が、こんなにも優しく感じるなんて。
「陸……」
「……俺に、させてくれ」
熱が重なり、奥へと貫かれた瞬間、ハルの瞳が揺れる。
「んっ……は、ぁ……! 大き……っ」
陸は必死に息を整え、細腰を支えながら動く。
荒い呼吸と、カチャカチャと揺さぶられ小さく鳴る金属音。
ちぐはぐな心と体を陸に求められ、またハル自身も求めてほしいと望む。
汚れた体と過去、身の丈に余る浅ましい願いに涙が滲んだ。
「……っく……ハル……」
「んっ……もっと……っ、たくさん、来て……」
ベッドがきしみ、二人の声が交じる。
じゅぷ、じゅぷっ…
水音とシーツの布擦れの音。
愛すべき者を守りたいと望むかの様に、陸は両手でハルの顔を包む。
「ハル…ハル…、っ…ぐ、出すぞっ…」
「あっ…、ん、陸、陸っ…もう、イッちゃう…私もっ…」
ゴムの中に陸の欲望が解き放たれる。
後を追うようにハルも張り詰めた窮屈な隙間からたらりと吐精した。
「ハル、ちゃんと気持ちよかったか…?」
少し不安そうに尋ねる陸の声。
「…私、普段これのせいでイけないのよ。でも見て…出ちゃったみたい…」
ハルは自身の白濁を指で拭い、照れくさそうに笑ってみせた。
その目尻には、自己嫌悪を陸のやさしい体温で溶かした涙の跡があった。
――
シャワー後の蒸気を纏ったまま、ハルはベッドに腰掛けて髪をタオルで拭いている。
そこに陸がもう一枚タオルを持って近づいた。
「……拭かせてくれ」
そう言うとぎごちなくも丁寧に濡れた髪を拭き始める。
ごつごつとした大きな手の先程とは違う慣れた動きに、ハルは思わず目を細めた。
「……あらやだ、ずいぶんと手慣れてるのね?」
ハルは先日までそういうことと縁がなかったのにと言わんばかりに呟く。
「ん?あぁ、妹がいるから」
陸は優しくハルの髪に残る水滴をタオルにしみこませながら答えた。
「そう、優しいお兄さんなのね。妹ちゃんはきっとあなたに似てまじめなのかしら?」
陸の優しい手つきの正体に腹落ちしたハルは口元に手をあて、くすくすと笑う。
「どうだろうな。全然似てないとは言われるが」
そんな他愛もない会話に、二人はしばし笑みを交わす。
だが次の瞬間、陸が真剣な声で「……なぁ、ハル」と口にした。
振り返ると、陸はベッドに散らばった銀色の包みの残骸を見て眉を寄せていた。
「なぜここにある無料のゴムは2つしかないんだ?……それと、小さくて窮屈だったんだが…」
呆気にとられたハルは目を瞬かせる。
「……もう、真面目に何を言うのかと思ったら」
笑いながらするりと陸の首に腕を回し、唇を寄せて囁く。
「あなたって本当に育てがいがありそうね」
甘い微笑みに、陸は一瞬返す言葉を失う。
しかし否、となおも続ける。
「っ…俺はただ、その…」
「じゃあ今度は、大きなサイズをたくさん用意しましょう?」
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