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未来
陽だまりの扉(本編:愛を刻んで「陽だまりの扉」)
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カーテンを揺らす風が、バターと焼きたてのタルトの香りを連れてきた。
冬の名残を少しだけ残した空気が、ハルの頬をくすぐる。
カウンターには、開店祝いの花が花瓶に挿してある。
ひとつひとつにリボンが巻かれ、名札が揺れた。
“マスターより”
“アキ・ユキより”
白いエプロンのポケットから、メモ帳を取り出す。
リストにはすでにほとんどの項目にチェックがついていた。
「エスプレッソマシン清掃済」
「チーズタルト焼成完了」
「窓拭き」
「レジテスト」
「ハル、外の看板、出してくるね~!」
「これ飾るね、」
アキが声をかけると、ユキが後ろから花のリースを抱えてついていく。
ガラス戸の向こうで、二人の笑い声が弾けた。
その明るさが、どこか春の光みたいで、ハルは思わず微笑む。
カウンターの奥ではマスターがコーヒー豆を計量していた。
もう何度も繰り返した手つきなのに、その姿を見ると、まだ少し背筋が伸びる。
「ハル、落ち着いてるな」
「そう見えるかしら?結構ドキドキよ、」
「ははっ、まぁランウェイよりはマシだろ」
「……それもそうね、」
苦笑すると、マスターは軽く頷いた。
「新しい居場所だな、」
その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなった。
かつては誰かに作られた舞台で“飾り”だった自分が、
いまは手のひらで、生地を混ぜ、香りを整え、居場所を作っている。
それは、長い戦いのあとにようやく見つけた穏やかなオアシスのようだった。
「……ありがとう、マスター」
「礼はこれから来るお客さんにしろ。
今日のハルは…たぶん相当、綺麗だぞ」
「ふふ、ちょっと、それ誰の真似よ?!」
「…お前の彼氏の言い方に似てただろ」
頬が少し熱くなって、ハルは視線を落とした。
(陸、早く来ないかしら……)
「看板いい感じだよ~!」
「リースも可愛い、」
アキとユキが戻ってきて、声を弾ませた。
「……ありがと。じゃ、いよいよね」
そう言って、ハルは深呼吸した。
胸の奥に、春の匂いが満ちていく。
カウンターの端に飾られた花が、風に揺れた。
まるで「いってらっしゃい」と言うみたいだった。
「オープンします」
小さく呟いて、ハルはドアの札を裏返す。
「CLOSED」から「OPEN」へ。
その瞬間、外の光が差し込んで、白い店内を包んだ。
――
昼下がり。
客のざわめきとコーヒーの香りが混ざり合う。
焼き立てのタルトが冷めていく音、泡立て器の軽い音、笑い声。
“店が生きてる”音。
――扉のベルが小さく鳴った。
「いらっしゃい!」
顔を上げると、見慣れたふたりのシルエット。
「お、きたきたー!蓮~、ゆーまくん!」
「ふふ、久しぶり!」
アキとユキがメロンソーダフロートを飲みながら応える。
ハルの頬が自然にゆるんだ。
双子もだが、エプロンの自分でこのふたりを迎えるのは初めてだった。
――卒業してから、まだ一ヶ月も経っていない。
けれど、ハルの中ではもう遠い季節のようだった。
「卒業とカフェ開店おめでとう、ハル。
…双子いつからいんの?」
蓮から差し出された花束は、思ったよりも軽かった。
でも、両腕で受け取った瞬間、胸の奥に確かな重みが落ちてくる。
ミモザ。
小さな黄色の花がいくつも寄り添って、柔らかく揺れている。
「わぁ、綺麗……ありがと。ミモザ、好きよ」
ハルはそう言って、花束を抱え直した。
自然と口元がほどけて、微笑みが浮かぶ。
「ありがとう。すごく、嬉しい」
向かいでは双子が蓮にピースサインしながら開店前から手伝ってたことを伝えていた。
「おめでとうございます、ハルさん!
蓮さんのチョイスですよ~!
アキさんにユキさんも、こんにちは!」
「ふふ。ありがとう、優真!
あ、やっぱり?そうだと思ったわ」
(あぁ……ちゃんと、ここまで来たんだ)
モデルだった頃、
人に見られるための笑顔は、いくらでも作れた。
でも今は違う。
誰かに差し出されたものを、そのまま受け取って、
そのまま笑っていられる。
花束に視線を移したアキとユキが「かわいい!」「映える~!」と声を上げる。
「ここ、置こうよ。みんな見えるところ」
ユキが続ける。
「えぇ、それがいいわ」
ミモザは、店の中央の棚に飾られた。
そこは、光がいちばんよく当たる場所。
しばらくすると、またベルが鳴る。
「ハル、改めておめでとう」
陸がチューリップの花束を抱えて現れた。
「陸…ふふ、ありがとう!」
「蓮さん、来てたんですね。優真も、久々だな」
陸はカウンターに並んで腰掛けると、ハルに花束を渡し、ぺこりと頭を下げた。
(このチューリップも、あとでミモザといっしょに飾ろうかしら)
その背後でさらにベルが鳴る。
「ハルー!おめでとーーー!!!」
続いて元気よく現れたのは、陸の妹、ゆめだった。
春の光を受けて、笑顔が輝く。
今日は髪をゆるく巻きおろしているせいもあっていつもより大人びて見えた。
「ゆめ、静かにしろ」
陸がたしなめるもなお、ゆめは止まらない。
「あ、お兄ちゃん!
いや~…今日ここ来ないと一生後悔すると思って!」
ゆめは両手を広げ、カウンター越しのハルとハイタッチした。
「ねぇー!全部かわいい!!ココア飲みたい!」
「ふふ、ありがとう。来てくれて嬉しいわ。ココアね?」
ハルも微笑みながら応える。
そのあと、店内は一気に色づいた。
ゆめがカウンターに並ぶ顔ぶれを認識するのに、ほんの数秒かかった。
次の瞬間、「あれ……」と声を裏返らせ、目を見開く。
アキとユキが「どうも~」と微笑む。
蓮は「おー」とてをひらひらさせ、優真は少し照れたように会釈した。
ゆめはその場で小さく足踏みしながら、「息していい?」と本気で動揺している。
そこへ、遅れてベルが鳴り、優真の後輩の玲央が顔を出した。
玲央が貰った蓮のサイン入りタンブラーで笑ったり。
誰かが笑い、誰かが紹介され、誰かが写真を撮る。
注文の声とカップの音が重なり、会話はあちこちで弾んでいく。
ハルは一瞬、ミモザに視線を向ける。
寄り添う花たちのように、
ここに集まる人たちも、少しずつ輪を作っている。
胸の奥に、かすかな不安がよぎる。
(私に、できるかしら)
ちゃんと、続けられるだろうか。
ここを、誰かの居場所にしていけるだろうか。
でも――
蓮と優真は新しい挑戦をする。
自分の姿を少しだけ重ねてみた。
カウンターの向こうで、陸が静かに頷いた。
マスターが何も言わずにコーヒーを淹れている。
アキとユキの笑い声が、店の奥で弾んだ。
ハルは、もう一度ミモザを見る。
「……大丈夫、よね」
誰に向けた言葉でもない、小さな独り言。
居場所は、最初から完成しているものじゃない。
少しずつ、人と時間が重なって、
いつの間にか“帰れる場所”になるものだ。
ハルは顔を上げ、店内を見渡した。
「いらっしゃいませ」
その声は、もう迷っていなかった。
ミモザの黄色と赤いチューリップが、春の光を受けて静かに揺れている。
ここは、始まったばかりの場所。
そして、これから誰かが辿り着く場所。
ハルは、そう思いながら、次のカップを手に取った。
冬の名残を少しだけ残した空気が、ハルの頬をくすぐる。
カウンターには、開店祝いの花が花瓶に挿してある。
ひとつひとつにリボンが巻かれ、名札が揺れた。
“マスターより”
“アキ・ユキより”
白いエプロンのポケットから、メモ帳を取り出す。
リストにはすでにほとんどの項目にチェックがついていた。
「エスプレッソマシン清掃済」
「チーズタルト焼成完了」
「窓拭き」
「レジテスト」
「ハル、外の看板、出してくるね~!」
「これ飾るね、」
アキが声をかけると、ユキが後ろから花のリースを抱えてついていく。
ガラス戸の向こうで、二人の笑い声が弾けた。
その明るさが、どこか春の光みたいで、ハルは思わず微笑む。
カウンターの奥ではマスターがコーヒー豆を計量していた。
もう何度も繰り返した手つきなのに、その姿を見ると、まだ少し背筋が伸びる。
「ハル、落ち着いてるな」
「そう見えるかしら?結構ドキドキよ、」
「ははっ、まぁランウェイよりはマシだろ」
「……それもそうね、」
苦笑すると、マスターは軽く頷いた。
「新しい居場所だな、」
その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなった。
かつては誰かに作られた舞台で“飾り”だった自分が、
いまは手のひらで、生地を混ぜ、香りを整え、居場所を作っている。
それは、長い戦いのあとにようやく見つけた穏やかなオアシスのようだった。
「……ありがとう、マスター」
「礼はこれから来るお客さんにしろ。
今日のハルは…たぶん相当、綺麗だぞ」
「ふふ、ちょっと、それ誰の真似よ?!」
「…お前の彼氏の言い方に似てただろ」
頬が少し熱くなって、ハルは視線を落とした。
(陸、早く来ないかしら……)
「看板いい感じだよ~!」
「リースも可愛い、」
アキとユキが戻ってきて、声を弾ませた。
「……ありがと。じゃ、いよいよね」
そう言って、ハルは深呼吸した。
胸の奥に、春の匂いが満ちていく。
カウンターの端に飾られた花が、風に揺れた。
まるで「いってらっしゃい」と言うみたいだった。
「オープンします」
小さく呟いて、ハルはドアの札を裏返す。
「CLOSED」から「OPEN」へ。
その瞬間、外の光が差し込んで、白い店内を包んだ。
――
昼下がり。
客のざわめきとコーヒーの香りが混ざり合う。
焼き立てのタルトが冷めていく音、泡立て器の軽い音、笑い声。
“店が生きてる”音。
――扉のベルが小さく鳴った。
「いらっしゃい!」
顔を上げると、見慣れたふたりのシルエット。
「お、きたきたー!蓮~、ゆーまくん!」
「ふふ、久しぶり!」
アキとユキがメロンソーダフロートを飲みながら応える。
ハルの頬が自然にゆるんだ。
双子もだが、エプロンの自分でこのふたりを迎えるのは初めてだった。
――卒業してから、まだ一ヶ月も経っていない。
けれど、ハルの中ではもう遠い季節のようだった。
「卒業とカフェ開店おめでとう、ハル。
…双子いつからいんの?」
蓮から差し出された花束は、思ったよりも軽かった。
でも、両腕で受け取った瞬間、胸の奥に確かな重みが落ちてくる。
ミモザ。
小さな黄色の花がいくつも寄り添って、柔らかく揺れている。
「わぁ、綺麗……ありがと。ミモザ、好きよ」
ハルはそう言って、花束を抱え直した。
自然と口元がほどけて、微笑みが浮かぶ。
「ありがとう。すごく、嬉しい」
向かいでは双子が蓮にピースサインしながら開店前から手伝ってたことを伝えていた。
「おめでとうございます、ハルさん!
蓮さんのチョイスですよ~!
アキさんにユキさんも、こんにちは!」
「ふふ。ありがとう、優真!
あ、やっぱり?そうだと思ったわ」
(あぁ……ちゃんと、ここまで来たんだ)
モデルだった頃、
人に見られるための笑顔は、いくらでも作れた。
でも今は違う。
誰かに差し出されたものを、そのまま受け取って、
そのまま笑っていられる。
花束に視線を移したアキとユキが「かわいい!」「映える~!」と声を上げる。
「ここ、置こうよ。みんな見えるところ」
ユキが続ける。
「えぇ、それがいいわ」
ミモザは、店の中央の棚に飾られた。
そこは、光がいちばんよく当たる場所。
しばらくすると、またベルが鳴る。
「ハル、改めておめでとう」
陸がチューリップの花束を抱えて現れた。
「陸…ふふ、ありがとう!」
「蓮さん、来てたんですね。優真も、久々だな」
陸はカウンターに並んで腰掛けると、ハルに花束を渡し、ぺこりと頭を下げた。
(このチューリップも、あとでミモザといっしょに飾ろうかしら)
その背後でさらにベルが鳴る。
「ハルー!おめでとーーー!!!」
続いて元気よく現れたのは、陸の妹、ゆめだった。
春の光を受けて、笑顔が輝く。
今日は髪をゆるく巻きおろしているせいもあっていつもより大人びて見えた。
「ゆめ、静かにしろ」
陸がたしなめるもなお、ゆめは止まらない。
「あ、お兄ちゃん!
いや~…今日ここ来ないと一生後悔すると思って!」
ゆめは両手を広げ、カウンター越しのハルとハイタッチした。
「ねぇー!全部かわいい!!ココア飲みたい!」
「ふふ、ありがとう。来てくれて嬉しいわ。ココアね?」
ハルも微笑みながら応える。
そのあと、店内は一気に色づいた。
ゆめがカウンターに並ぶ顔ぶれを認識するのに、ほんの数秒かかった。
次の瞬間、「あれ……」と声を裏返らせ、目を見開く。
アキとユキが「どうも~」と微笑む。
蓮は「おー」とてをひらひらさせ、優真は少し照れたように会釈した。
ゆめはその場で小さく足踏みしながら、「息していい?」と本気で動揺している。
そこへ、遅れてベルが鳴り、優真の後輩の玲央が顔を出した。
玲央が貰った蓮のサイン入りタンブラーで笑ったり。
誰かが笑い、誰かが紹介され、誰かが写真を撮る。
注文の声とカップの音が重なり、会話はあちこちで弾んでいく。
ハルは一瞬、ミモザに視線を向ける。
寄り添う花たちのように、
ここに集まる人たちも、少しずつ輪を作っている。
胸の奥に、かすかな不安がよぎる。
(私に、できるかしら)
ちゃんと、続けられるだろうか。
ここを、誰かの居場所にしていけるだろうか。
でも――
蓮と優真は新しい挑戦をする。
自分の姿を少しだけ重ねてみた。
カウンターの向こうで、陸が静かに頷いた。
マスターが何も言わずにコーヒーを淹れている。
アキとユキの笑い声が、店の奥で弾んだ。
ハルは、もう一度ミモザを見る。
「……大丈夫、よね」
誰に向けた言葉でもない、小さな独り言。
居場所は、最初から完成しているものじゃない。
少しずつ、人と時間が重なって、
いつの間にか“帰れる場所”になるものだ。
ハルは顔を上げ、店内を見渡した。
「いらっしゃいませ」
その声は、もう迷っていなかった。
ミモザの黄色と赤いチューリップが、春の光を受けて静かに揺れている。
ここは、始まったばかりの場所。
そして、これから誰かが辿り着く場所。
ハルは、そう思いながら、次のカップを手に取った。
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