入れ替わり勇者と魔王は、世界の秩序を乱すか

さか様

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日記

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魔王の寝室は、静かすぎるほど静かだった。

魔王(中身:リュカ)は、広すぎる机の前に立ち、
引き出しの奥から見つけた革表紙の小さな日記を、しばらく見つめていた。

(……見ていいのか、これ?)

そう思ったのは最初だけだった。

気づけば、ページをめくっていた。

――今日も勇者が来た。
――名はリュカ。

たったそれだけの一文なのに、
文字が、やけに丁寧だった。

――無謀だ。
――だが、剣を構える姿勢が美しい。
――あれほど真っ直ぐな視線を向けられるのは、久しい。

リュカは、喉を鳴らした。

(……俺のことだ)

――今日も倒した。
――殺せた。
――だが、殺さなかった。

一度書いて、消した跡がある。

――殺せなかった。

さらに、書き直されている。

――殺したくなかった。

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

――傷が深かった。
――治癒をかけた。
――当然の処置だ。

だが、行間が続く。

――当然、ではない。
――あれが苦しむ顔を見るのは、好ましくない。

ページをめくる指が、止まらない。

――宿まで転送した。
――あの宿は安全だ。
――寝具も清潔だ。
――食事も、悪くない。

(……調べてる……)

――今日も来た。
――来ると分かっていた。
――結界が鳴る前から、分かっていた。

――待っていた。

リュカは、思わず日記を閉じかけ、
だが、また開いた。

――なぜ、何度倒しても来る。
――なぜ、目を逸らさない。
――なぜ、恐れぬ。

――恐れぬのではない。
――恐れても、来るのだ。

文字が、少し乱れている。

――強い。
――弱い。
――いや、どちらでもない。

――ただ、可愛い。

「…………いや、長…」

――あの目。
――剣を握る手。
――息を整える仕草。

――すべて、記憶に残ってしまう。

――魔王でなければ。
――敵でなければ。

――名を呼べたのだろうか。

リュカの指先が、震えた。

――我は魔王だ。
――世界の敵だ。
――だから、近づくことは許されぬ。

――だが。

――毎日、来るのが待ち遠しい。

短い一文。
だが、何度もなぞった跡がある。

――来なくなったら、
――我は、どうするのだろう。

――それを考えるのが、怖い。

最後のページ。

余白に、ひどく小さな字で、
まるで秘密のように書かれていた。

――これは、恋というものか。

リュカは、日記を胸に抱きしめた。

「……ラムザ……」

息が、少し震える。

(俺のことを……こんなふうに……)

胸の奥が、熱くて、痛い。

そのとき。

「陛下! 今宵の酒池肉林パーティーですが!」

扉の向こうから、手下の陽気な声。

「可愛い美女がたくさんですぜ!」

リュカの顔が、赤く染まった。

(しゅち、にくりん…?)

「――俺が好きなら!!」

勢いよく振り返り、叫ぶ。

「浮気をするなァァァァァ!!!」

沈黙。

「……陛下?」

我に返り、口を押さえる。

(……あ、まずい)

日記を机に戻し、深く息を吸う。

「……いや、下がれ。俺…、我は今日風邪だ」

扉が閉まる。

静寂。

「陛下って風邪ひくっけ?」

手下は締め出された扉の前で首を傾げた。

リュカの鼓動は止まらない。

「……どうしてくれるんだよ……」

日記の中の魔王はあまりにも真っ直ぐに、勇者を愛していた。
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