入れ替わり勇者と魔王は、世界の秩序を乱すか

さか様

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求む、薬

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結界の張られた秘密の部屋は、最近やけに居心地がいい。

それが問題だと、魔術師だけが気づいていた。

勇者の体をしたラムザが、小さな瓶を手にリュカの前に立つ。

「お前の剣だこだが」

魔王の体をしたリュカは、条件反射で目の前の自分の手を引き寄せかけ、慌てて止めた。

「……剣だこ?」

「放っておくと割れる。
宿屋の娘に頼んで、クリームをもらってきた」

そう言って、ラムザは目の前でクリームを塗り始めた。

自分は魔王の体なのに、肩がぴくりと跳ねた。

「こうして塗るといいらしい」

ゆっくり、丁寧に。
まるで自分のものを扱うように。

「……めちゃくちゃいい匂いするぞ」

ラムザは少し楽しそうに言って、手のひらを魔王に近づける。

「ほら」

近づけられた掌から、甘く柔らかな香りが立ち上る。

リュカは一瞬ためらい、それから小さく息を吸った。

「……ほんとだ」

思ったよりも素直な声が出て、
自分で驚く。

「ありがとう」

その言葉に、ラムザはほんの一瞬だけ目を細めた。

「当然だ」

短く答える。

二人の距離が、自然と近い。

部屋の隅で、魔術師が無言で咳払いをしたが、誰も気づかない。

しばらくして、リュカがふと思い出したように口を開く。

「あ、そういえばラムザ」

「ん?」

「メイジに教えてもらって、新しい魔法陣を考えてみたんだけど……」

言いながら、紙を取り出す。

歪で、試行錯誤の跡が残る陣。

「……どれだ?」

ラムザは身を乗り出し、ほとんど肩が触れる距離で覗き込む。

「ここ、回路が冗長だな」

「え、そうか?」

「この線を削って、代わりにここを繋げば――」

「うわ、かっこいい!」

声が弾む。

「応用が効く」

二人は完全に夢中になり、身を寄せ合う。

きゃっきゃ、と
年不相応の――いや、立場不相応な空気を出す。

魔術師は、額に手を当てた。

「……え、なんか距離、縮まってません?」

二人は、やはり聞いていない。

―――――

一段落して、リュカが急に静かになった。

視線を逸らし、喉を鳴らす。

「あ、あと……ラムザ」

「どうした?」

「……酒池肉林パーティー、来月あるんだけど……」

言いにくそうな声色に、後悔したのが顔に出た。と言ってもその顔は勇者の顔だが。

「えっ」

ラムザの動きが止まる。

「あ、え……えー……」

(しまった…美女がリュカに似てるって、バレてしまう…)

間が空く。

その沈黙に耐えきれず、ラムザは口を開いた。

「……我も…一緒に行こうか」

魔術師が、素で聞き返す。

「……なんて?」

「いや、ほら」

ラムザは慌てて言葉を継ぐ。

「ノリとか、あるだろう。パーティーのノリだ。それを教えるために、」

魔術師は、ゆっくりと首を傾げた。

「陛下?魔族の酒池肉林パーティーに、人間の勇者がいたらですね」

ため息をつく。

「囲まれて、マワされて、抱き潰されますよ?」

「は、はしたない!!」

リュカの声が裏返る。
魔王の姿なので、顔を赤らめ喚く姿がなんともちぐはぐだった。

「そんな話を、こんなところでするな!!」

ラムザは、勇者の姿で頭を抱えた。

(まずい…我が、完全にエロ魔王みたいになっている……)

「ち、違うんだリュカ!」

必死に両手を振る。

「我は……見てるだけ…見てるだけなんだ!!」

魔術師が、容赦なく刺す。

「いやいや陛下、前回、だいぶノリノリでしたよね?」

「ちょ…やめて?」

次の瞬間。

「うわぁぁぁん!!」

リュカが、完全に泣いた。

「もう知らない!!」

耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込む。

ラムザは、反射的に一歩踏み出し――はっとして止まる。

(……泣いてる我、キモ……)

俯瞰で見る自分の見た目に戸惑いながらも、視線だけは外せない。

魔術師は、深くため息をついた。

(私が原因だけど…なにこれ…)

結界の張られた小部屋で、今日もまた、勇者と魔王は互いの存在を強く意識しすぎて距離の取り方を見失っていた。
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