運命の君とふたりで

沢渡奈々子

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運命の君とふたりで4

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 末永家と鳴海家は電車で二駅の距離だが、双方の家が間の駅に若干寄っているので実際はもっと近い。車で行けば七分ほどで着く。出がけに伸が車で鳴海家まで送ると申し出てくれたのだが、一緒に歩きたいと二人は言い、電車で行くことにした。
「こんなに近いのに高校入るまで会ったことなかったなんて不思議だな」
 ここまで近くに住んでいたら、凛のような美形の噂が蒼の耳に届いてもおかしくないはずなのだが、不思議なことに高校に入学するまで凛のことを見たこともなければ、噂を聞いたこともなかったのだ。それどころか高校に入ってしばらくは凛の存在を知らなかったし、同じクラスになるまでは気にしたことすらなかった。
 凛が入学式の日に既に蒼を運命の番として認識していたことを考えると、ずいぶんと残酷なことをしてきたな……と、蒼は今になって軽い罪悪感を覚えるのだった。
「もっと早く出会っていたら、今の竹内の位置に俺がいて、蒼の可愛い成長過程を見られたかも知れないのに……」
 凛が悔しそうに言い出したので、
(さっき充にこっそりメッセージしといてよかった……)
 蒼は心の底から安堵した。自宅を出発する前に、凛には気づかれないよう『明日は鳴海家から登校する』と充に連絡をしておいたのだ。もし凛の前でメッセージをしていたら、
「蒼……毎日竹内と一緒に学校行ってるんだね……」
 などと拗ねるのが目に見えているからだ。
 途中、例によって逆ナンパされたりしたのだが、凛は待ってましたとばかりに「番とのデート中なので!」と、脂下がった顔で蒼のくちびるにキスをしたり、人目もはばからずいちゃつこうとしたので、蒼は車で送ってもらわなかったことを少しだけ後悔した。
「ふわぁ……大きな家だなぁ」
 凛の家は和風の大きな平屋建てだった。大きな門構えの向こう側に広々とした庭と、落ち着いた佇まいの家屋が見える。
 凛のイメージから勝手に洋館に住んでいると思い込んでいた蒼にとっては、それはかなり意外だった。
「大きいけど、結構古いんだよ外側は」
「何か……緊張してきた、俺」
 名家の香り漂う住まいに圧倒され、蒼の足が竦んだ。
「大丈夫だよ。俺ね、両親と姉には蒼のことを話してあるんだ。番だって分かった日から、いろいろ相談もしてきたから。だからみんなずっと蒼に会いたがってたんだよ。昨日蒼が寝ている時に、番になったことも報告しておいたんだ。喜んでくれたよ?」
「そ、そうなのか……でもどきどきする」
「行こうか」
 凛は玄関の引き戸に手をかけた。
「ただいまー」
 凛が家の奥に向かって声をかけると、そこからぱたぱたと走る音がした。
「おかえりなさい、凛」
 凛にどことなく似た、とても可愛らしい女性が出迎えてくれた。
(お姉さんかな……いやでも写真で見た人と違うなぁ)
 蒼が首を傾げると、
「ただいま、母さん」
「お、母さん!?」
 凛に母さんと呼ばれたその人が、目を見開いている蒼の姿を認め、
「あぁっ、この子が蒼ちゃんね? やだやだやだ可愛い!」
 弾んだ声でそう言ったかと思うと、蒼をめいっぱい抱きしめた。いきなりの抱擁に動くことも忘れた蒼。
(お母さんかよ……若ぇ!)
「母さん、やめて。俺の蒼に触らないで」
 二人の間に割って入ろうとする凛。
「やだー。うちの息子たちは二人とも大きくて可愛くない。娘まで大きく育っちゃってもう、こんな可愛らしい息子が欲しかったの~」
 ハグハグさせて~。と言いながら、抱きしめるのをやめない凛の母。小柄で若々しく、三人の子供がいるようには見えない。
「あ、あの! 末永蒼です! 初めまして」
 何とかその腕から抜け出し、挨拶をする蒼。
「ずっと凛から聞いていたから、初めましてな気がしないわ。よろしくね、蒼ちゃん。凛の母の優美ゆみです」
「あ、っと、これ、うちの母からです」
 道すがら買ってきた菓子折りを優美に渡す。
「やだ、お気遣いありがとう。ほんと可愛い」
「いいからもう、あがるよ? 蒼、このスリッパ使って」
 そう言うと凛はブルーのスリッパを上がり框に置いた。
「見た目は和風だけど、中は割と今時の家なんだな、凛」
 スリッパに足を通し、家の中を見渡して蒼が言う。家の中は洋風のフローリングの廊下が続き、天井にはシンプルだがお洒落な人感センサーつきのシーリングライトがついている。浴室やトイレとおぼしき扉も引き戸ではあるが和風のナラ材ではなく、オーク材の明るい色味のものが使用されていた。どれも比較的新しく、最近リフォームしたと思わせる内装だった。
「そうだね。やっぱり使い勝手は今風の方がいいよね」
「こちらへどうぞ。夕飯の支度出来ているわよ。凛が蒼ちゃんを連れて来てくれるって言うから、腕によりをかけたのよ」
 ダイニングルームに案内され入ると、大きなテーブルが真ん中にあり、そこには既に豪華な料理が何品も並んでいた。
「中華にしてみたんだけど、蒼ちゃん、中華はお好き?」
 改めて見ると、そこにはエビのチリソース、空芯菜の炒め物、和え物から点心まで揃えられていた。
「美味しそう~。俺、好き嫌いはないです」
 好き嫌いをしたら背が伸びないと思い、昔から何でも食べてきた。結局、背は伸びなかったが。
「蒼ちゃんはえらいわね~。凛はねぇ、ブロッコリーとかぼちゃが苦手なのよ? 子供みたいでしょ?」
「……へぇ」
 思わずくすりと笑いが漏れる蒼。以前友達として出かけていた時に食事の話題をしたら「俺は何でも食べられるから」と言っていたのに。何もかもかなわない凛に唯一勝てる要素を見つけたことで、何となく嬉しくなったしまったのだ。
 にやけながら凛をちらりと見ると、
「蒼が手ずから食べさせてくれるなら、きっと食べられると思うんだ」
 にっこりと笑って返された。
(うっわ……そう来たかぁ……)
 やっぱり凛には勝てない――そう思い知る蒼だった。
「ほらほら、いちゃいちゃしてないで。荷物を置いて手を洗ってらっしゃい」
 優美がぱん、と手を打った。
「洗面所行こうか、蒼」
 蒼の背に手を添えて入り口へ促す凛。扉のところまで行くと、ふいにそれが開き誰かが姿を現した。
「おっと、失礼」
 入って来たのは、長身で凛にそっくりな男性だった。風呂上がりなのか髪がほんのり濡れており、首にタオルを巻いていた。
「父さん、風呂だったの」
 凛が目を丸くする。
(お父さんかよ……こっちも若ぇ! 鳴海家って不老不死かなんかの家系なのか?)
「……」
 凛の父・一成いっせいが蒼の顔をまじまじと見つめる。
「あ、あの……末永、蒼、です」
 一成の眼力に気圧され、思わずたじろぐ蒼。
「可愛い……昔の優美ちゃん思い出すなぁ」
 呟きながら、がばりと蒼を抱きすくめる一成。
「わっ」
(何なんだ凛の両親は! 夫婦そろって抱きつきぐせでもあるのか?)
「父さん、やめろってば」
 凛が父の腕を引き剥がそうとする。そのはずみで、一成の手の平が蒼の首筋に引っかかる。
「っ!」
 刹那、蒼の背筋に凄まじい怖気が走った。凛に触れられた時に湧いてくる甘気とはまったく違う、得体の知れない気持ち悪さが全身を襲う。胃の腑からこみ上げるものを感じ、思わず一成を突き飛ばそうと押してしまった。
 さほど力が入らなかったので突き飛ばすほどではなかったが、拒否の意志は伝わったのだろう。一成が驚いて目を見開いた。
「す、すみませんっ……うぅ……」
 未だ収まらない吐き気を堪えながら、蒼が謝罪する。
「こら一成くん! 今、蒼ちゃんのうなじ触ったでしょ。ダメじゃないの、可哀想に……顔色悪くなってるじゃない」
 微かに震える蒼を見て、優美が夫を叱る。
「え……どういう……」
 優美の言葉の意味が分からず、蒼は首を傾げる。
「ごめんなさいね、蒼ちゃん。番になったオメガの子はね、番以外のアルファやベータに噛み跡を触られると気持ち悪くなったりするのよ。特に噛まれたばかりの頃は過敏になっているから。番以外は生理的に受けつけないって言うのかしらね。だから美容院で髪切ってもらう時とかは厚手の絆創膏とか湿布とか貼って行った方がいいわよ。そうすれば直に触られるよりだいぶマシなの。最近はそういうのを気遣ってくれる美容院もあるけれど」
「そう、だったんですか……知らなかった」
「蒼、ごめんね、馬鹿な父で」
 凛が蒼の背中を労るように擦る。さながら妊娠してつわりに苦しむ妻を気遣う夫のような姿である。
「蒼ちゃんはオメガになってそんなに経っていないのよね? ましてや昨日番になったばかりなんだから、知らなくても当然よ。私もオメガだから、もし分からないこととかあったら聞いてね。蒼ちゃんのお母さんはベータだそうだから、いくらお母さんでもどうしたって分からないことは出てくると思うの。そういう時は私を本当のお母さんだと思って頼ってね。凛の大切な子は私にとっても大切な子だもの」
 優美がにっこりと笑った。
(そっか、凛のご両親も運命の番同士なんだ……)
「しっかし、親に向かって馬鹿とは何だ馬鹿とは、凛よ」
「俺の大事な大事な蒼に不快感を与える人間は、いくら親でも例外なく馬鹿と呼ばせてもらうよ」
 冷めた目で自分の父を一瞥する凛。
「凛ひどい……。それはともかく、蒼くん、ごめんね」
「あ、いいえ……もう大丈夫ですから」
 吐き気も収まり、顔色もだいぶ戻ってきた蒼は一成に向かって笑って手を振った。
「蒼ちゃん夕飯食べられそう? 大丈夫なら手を洗ってらっしゃい」
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