運命の君とふたりで

沢渡奈々子

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運命の君とふたりで5

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「あれ、ゆい姉さんは?」
 食卓につくと、凛が優美に尋ねた。
「そろそろ帰って来る頃よ? あと十分で着くって凛が帰って来る直前に電話あったか……」
「たっだいまぁ~」
 言うが早いか、凛の姉・唯がダイニングに入って来た。続いて、
「お邪魔します」
 という別の女性の声が聞こえた。昨日凛が見せてくれた写真に写っていた、唯の番その人だった。
「ねぇねぇ凛のオメガちゃん来てるんでしょ? わーわーわー! オメガちゃん可愛い可愛い!!」
 長身の超美人が蒼を見るや、いきなり携帯電話を取り出して撮影を始める。蒼の友人・凪の番もかなりの美女だったが、凛の姉も負けてはいなかった。むしろ凛に似ている分、蒼としては唯の方に軍配を揚げたいと思った。
「唯姉さん、やめてくれ」
 やれやれと言った様子で凛が蒼を抱き寄せる。勢いに押されて何も言えずに目を瞬かせる蒼。
(もう俺は驚かない……驚かないからな)
「唯ちゃん……」
 唯の後ろに立っていた小柄で可愛い女性が口元を歪ませる。
「あ、もちろん私にとって一番可愛いのは志織しおりだから! 不動のオンリーワン! でもねでもね、可愛い弟がずっと好きだったオメガちゃんをやっと連れて来るって言うもんだから、楽しみで楽しみで!
 蒼ちゃん、よね? 初めまして! 凛の姉の唯です!」
 見た目はクールな美女なのに、突き抜けた明るさで蒼の手を握って上下に揺らす様は、凛とはかなりかけ離れた性格をしているなぁ、と蒼は感じた。
「あ、末永蒼です! よろしくお……」
「――あおちゃん?」
 その時、唯の同伴者――番の女性が蒼を見て目を丸くした。それに反応する蒼。
 その顔をまじまじと見る。その時、蒼の頭の中で古いひきだしが開いた。幼い頃の記憶をぱらぱらとめくり、とある場所で止まった。
「え……? あれ? ……もしかして、しーちゃん?」
「やっぱりあおちゃん! 久しぶり! 顔見た時からあれ? って思ってたんだけど、名前聞いたらやっぱりあおちゃんだって思って! 私のこと覚えててくれたんだねぇ。嬉しいなぁ」
「うわぁ……俺、凛から写真見せてもらってたけど気づかなかったぁ。しーちゃんだったのか、凛のお姉さんの番って。……てことは、しーちゃんってオメガだったの?」
「そうだよぉ。あ、そういえばみどちゃんとみっちゃんは元気? みっちゃんイケメンに育った?」
「二人とも元気だよ。姉ちゃんは相変わらずブラコンだし、充は今も同じクラス。結構イケメン」
「やだ、志織ちゃんと蒼ちゃんって知り合いなの?」
 優美の視線が二人の間を往復する。
「昔、家がご近所同士だったんです。私はあおちゃんのお姉さんの翠ちゃんと同級生で、いつも一緒に学校に行ってたのよね?」
 唯の番である日浦志織ひうらしおりは、かつて蒼の家の二軒先にあるマンションに住んでいた。翠の同級生ということもあり、蒼が幼い頃は毎日のように遊んでもらっていた。当時からとても可愛らしい顔をしていた志織は、実は蒼の初恋の相手である。志織が六年生の時、父の転勤のために名古屋に引っ越しをすることになったのだが、転居当日、蒼は離れたくないと志織にしがみついて号泣したのだった。
 八年の時を経て再会した二人は、恋人を放置して泉のように次々に湧く思い出話に花を咲かせていた。
「こっちの大学に通うことになってまた戻って来たんだけど、連絡してなくてごめんね。もう私のことなんて忘れちゃってるかな、って思ってて」
「途中までは手紙やりとりしてたけど、いつの間にかしなくなっちゃったもんね。それに今の今まで忘れてたや。あ、そういえば、しーちゃんが昔バレンタインにチョコあげてた担任の七瀬川ななせがわ先生、今同じ小学校で副校長先生やってるんだよ」
「そうなんだぁ。七瀬川先生、懐かしいなぁ」
「マジ懐かしい。こうしてまたしーちゃんと会えるなんて」
「そうだねぇ。私が引っ越しした時、あおちゃん三年生? だったよね。あまり見た目変わってないよね、あの頃から」
「ひでぇ! 俺だって少しは成長してるから!」
「蒼」
「志織」
 盛り上がるオメガたちを、双方の番アルファが抱き寄せる。
「……初恋、ってどういうこと? 蒼」
「バレンタインにチョコあげた先生ってどんな人かな? 志織」
 よく似ている姉弟が、よく似ている作りものの笑顔で番を問い詰める。
「あー……えっと、俺の初恋、しーちゃんだった、から」
「ふーん……」
「やだなぁ。チョコあげた、って言っても、ただ憧れてただけよ?」
「へぇ……」
(やべぇ……やぶ蛇だった……)
 志織との再会に気をよくしてうっかり昔の思い出を口にしてしまったことを、蒼は少し後悔した。充にさえ嫉妬する凛が、蒼の初恋の人を目の当たりにして何を思うか、浮かれていた蒼にはそこまで考えが至らなかった。
「唯姉さんはまだいいよね。その人は今、ここにはいないんだから。俺なんて……蒼の初恋の人が唯姉さんの番だなんて……」
「は、初恋ったって、ちっさい頃の話だよ?」
 フォローしてはみるが、今一つ効き目はない。
「俺の初恋は蒼なのに……」
 凛は大仰にため息をついて、肩を落とした。
「……マジか」
「うっそ! うそうそ! 凛の初恋は小学校の時剣道クラブにいた上級生のアルファの女の子ですー。私知ってますー」
 目を見張る蒼をよそに、唯が志織を抱いたまま勝ち誇ったような表情で凛を吊し上げる。
「それは! ……ただ、強かったからカッコいいと思っただけで……」
「――凛、俺はおまえが過去に誰を好きだったとしても、気にしないよ? 凛は気にするの?」
 懇願の念を込めた眼差しで、蒼は凛を見上げた。
「蒼……またそんな可愛い顔して……」
 凛が頬を赤らめて再び蒼を抱き寄せる。
「はっ、凛は図体デカいくせに小さいなぁ。それでも僕の息子なのかねぇ。蒼くんの方がよっぽど器が大きいときたもんだ」
 一成が首にかけていたタオルを振り回しながら喜々として言う。
「凛は一成くんの若い頃にそっくりよ。……さ、お食事いただきましょう」
 優美が一成に向かってかぶりを振った。

「ただいまー。腹減ったわ、飯ある?」
 食事が終わり、優美がデザートの杏仁豆腐を出したところでダイニングの扉が開いた。
「あ、ちょっと、そうったら遅いじゃないの。夕飯までに帰って来て、って三時頃メッセージしたのに」
「悪ぃ。帰ろうとしたら女の子に誘われちゃってさ。……って、このオメガの子誰?」
 凛の兄であり唯の弟である颯が蒼を見るなり尋ねた。凛は蒼のことを「両親と姉には話してあった」と言っていたので、おそらく兄は今初めて蒼の存在を知ったのだろう。それなのにいきなり蒼をオメガ判定するとは、さすが小野塚と血が繋がっているだけあるな、と蒼は苦笑した。
「凛の番の子よ。末永蒼くん。蒼ちゃん、凛の兄の颯です。よろしくね」
 優美の紹介に乗せて蒼はぺこりと頭を下げた。
 凛がおとぎ話の王子様のような穏やかで温かみのあるオーラをまとわせているのと違い、颯には鋭くそれでいて軽薄な雰囲気が漂う。どちらも比類なき美貌を湛えているのに変わりはない。しかし確かに顔の造作は似ているのに、ここまで血の繋がりを感じさせない兄弟も珍しいのではないかと蒼は思った。
「あー……そういやずっと前に唯から聞いたな。凛が片想いしてるオメガがいるって。この子がそのオメガ? 番になったんだ?」
「そうだけど。蒼に手を出したら許さないからね、颯兄さん」
 凛は蒼を抱き寄せて颯を威嚇する。
「へぇ、遂に凛も童貞卒業か。おめでと」
 颯が凛の頭をくしゃくしゃとかき撫でた。
「颯、変な言い方しないで素直に祝えないの?」
 優美が腰に手を当てて鼻息を荒くする。
「蒼、颯兄さんは恵斗より危ないから、絶対、絶対、絶対に近づいたらダメだからね? この家にいる時はなるべく俺から離れないで。何かされそうになったら助けを呼ぶんだよ?」
 凛が噛んで含めるように蒼を諭す。その言葉はまるで「俺はこれから密林に丸腰で放たれるのか?」と問いたくなるほどの用心深さを感じさせた。
 蒼は今まで度々凛を自宅へ連れて行った――というより、凛が蒼をいつも自宅まで送ると聞かなかったので、必然的に家族と顔を合わせることになっていたわけだが。凛は蒼の家族と顔なじみだったのに対し、蒼は今日が凛の家族と初対面だった。彼が今まで蒼を家に連れて来なかったのは、この兄の存在があったからだと蒼は即座に理解した。
「凛ちゃん凛ちゃん、さすがの俺も家族の番には手は出さないから。安心しなさい」
 どうどう、と凛を窘める颯。
「どうだか」
 どうやら凛は自分の兄であるにもかかわらず、颯のことを一切信用していないらしい。相変わらず蒼を守るように腕の中に閉じこめては、颯に軽く牙を剥く。
「えー、だって俺、志織ちゃんにも指一本触れてないよな? 唯」
「まぁね。でも私も志織に颯には近づくなって言ってあるよ。ね、志織?」
「言われたねぇ」
 志織がうんうん、と頷く。
「うわ何それ、俺、超信用されてない」
「日頃の行いが悪すぎるんだよ、颯兄さんは」
 鳴海家の一族の中でも、颯と小野塚は特に女癖、時には男癖が悪いと有名で、親戚一同から叱責されることも少なくない。しかし二人ともそれに懲りることなどないようだ。何年か前に親戚で集まった時に顔を合わせて以来、気が合った二人は時々つるむようになり、その度にアルファの美貌に惹き寄せられる者たちを男女問わず食い散らかしては泣かせているのだ。
 いつか刺されても不思議ではない二人を反面教師にしている凛が、誠実の塊のような男に育ったことは必然とも言える。蒼はそれを聞き、自分の番が颯ではなく凛でよかったと心の底から思ったのだった。
「そういえば蒼ちゃん、前に恵斗くんに変なことされたんですってね。ごめんなさいね。あの後恵斗くんにはちゃんと言っておきましたからね」
「あ……はぁ……」
 まさかその数ヶ月後の昨日、自暴自棄になっていたとはいえ、自分から小野塚を誘ったとは言えない蒼だった。
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