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第二話 交渉成立。
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翌日。
明日太くんは何者だったのかという疑問から始まった朝。
上体を起こしてあくびを一つ。
なんだかもやもやして昨日はよく眠れなかった。
何故会ったことを内緒にしてほしかったり、口止め料まで払う必要があったのだろう。
……まあいい。聞くのが一番早い。
口止め料を貰っておいてなんだけど、判然としない状態は解消させたい。
「兄ちゃーん、起きてー」
「兄ちゃーん、起きてるー?」
二人の妹がどたどたと駆けつけては顔を覗かせていた。
「起きてるよ」
「よかったー」
「よかったねー」
ツインテールの長女が二葉、三つ編みの次女が三月である。
二人は顔を見合わせて笑顔を作り、また廊下を掛けて階段をどたどたと下りていった。歳が近いのもあって非情に仲が良い。
「ふわぁ」
あくびをして、体を伸ばしてベッドから降りる。
制服に着替えて朝食を済ませて、いざ家を出る。
その際に母さんからは「ちゃんと勉強してくるのよ、あんた馬鹿なんだから」と朝から軽くへこむありがたい声援を頂き退屈な通学路へ。
二人の妹は既に俺を追い越してどたどたと学校へ向かっていっていた。
まったく朝から元気な奴らだ。その元気を少しくらいわけてもらいたいものだね。退屈な通学路も、二人にとっては楽しい通学路なのかもしれない。そういう時が、俺にも昔はあった――かも。
倦怠感がまだ体中を纏う中、住宅街を抜けると建物の階層も高くなっていく、この街中を抜ければ俺の通う高校――四方木高校がある。
通学にかかる時間は徒歩十五分といったところ。それなりに近い。
街中に入って数分後。
「おはよ」
「おう、おはよう」
車両の喧騒に揉まれながら信号待ちをしていたところに声を掛けてきた女子は――俺の友達である佐久間芙美だ。
ゆるふわショートという名の、やや寝ぐせのついた髪型。整った目鼻立ちながら髪型も整ってほしかった。
趣味はゲーム、ファッションには興味なし。ちなみに昨日一緒にゲームをしていたのもこいつの家でだ。
それでいてお互いに不思議と異性として見ていないために恋仲に発展することもなく、ラブコメな日常を送れる日は望み薄い。
「昨日はどうも」
「おう、またゲームするか」
「よろしく。あんたもそろそろゲーム機買えば?」
「他人の家でなら熱心にやれるけど、いざ買うとなると多分持て余すタイプ」
「ああ、そう」
「でも妹達のためにそろそろ買ってやるのもありか」
「とんだシスコンだね」
「そうでもない」
芙美曰く、俺は一緒にゲームができる喋るたんぱく質程度にしか思っていないとのこと。
俺だってお前はゲーム仲間であり、腐れ縁であり、そこそこ胸のでかいたんぱく質としか思っていないんだからな。
「……なあ芙美」
「なんだい京一」
「クラスに明日香さんっているじゃん」
「いるね」
「明日香さんってそっくりの弟さんはいるのかな」
「……いや、いないよ」
唐突にこの話を振るのは――芙美と明日香さんが幼馴染という関係だからだ。
彼女のことを聞くなら、芙美に聞くのが手っ取り早い。
「そうか」
「どうしたのよ、いきなり」
「いやな、昨日に……明日香さんそっくりの人に出会ってさ」
「そっくりの人?」
悪いな明日太くん、口止め料は無駄に終わったぜ。
シュークリーム御馳走様。
「明日太って名乗ってたんだよ」
「明日太……?」
「そう、明日太」
「……明日香が男装してたんじゃない?」
「体格や声も違ったんだぜ」
「ふぅん、そう」
信号が青になったので足を進める。
歩きながら芙美は顎に手を当てて何やら考えている様子だった。
「そいつ曰く、明日香さんの弟だっていうんだ、弟なんかいたか?」
「あんたも知ってる通り明日香に姉はいるけど、弟は……いないよ」
ちょいちょい挟む妙な沈黙は一体何なのだろう。
「何か知ってる?」
「……いや、何も。あの子は自分のことあまり話さないタイプなんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。わたしだってあの子のこと詳しいわけじゃない、まあ……他の子よりは詳しいけど」
「その詳しい部分をどうか詳しく」
「本人に直接聞きなよ、わたしからは話さない」
「そうか」
とりあえず雰囲気から察するに。
芙美は何かしら知ってはいるようだが、自分の口からは話すつもりはないようだ。
少し自分の中にある望月明日香という少女について整理しよう。
彼女の名前は中学時代からよく耳にしていた。可愛い、綺麗、いい子――まあ、なんつーか人気者なのだ。
同じクラスになったのは高校が一緒になってから。
高校生になって早一か月、中学校同様に高校でも周囲による彼女の評価は高い。
性格はほんわかという言葉が似合うほどに温厚。誰にでも優しく接して笑顔を絶やさない。そんな笑顔に心臓を貫かれた男は多数いるのではないだろうか。
「それで、その明日太っていう奴とは何かあったの?」
「ん、シュークリーム奢ってもらった」
「なんだ、ただのいい奴かい」
「いや、自分のことは内緒にしろっていう口止め料」
「口止め料貰っておいて翌日には破るんだ」
「俺ってそういう奴なんだよ」
「京一って信用ならないよね」
「だよね、俺もそう思う」
呆れ顔で芙美は笑みをこぼした。
本当に俺って客観的に見ると信用ならない奴だよな。
「けど内緒にしろだなんて、変だと思わないか?」
「ええ……そうね。本当に……本当に、明日太って名乗ってたの?」
「ああ、名乗ってた」
「明日香の聞き間違いでもなく、見間違いでも、ないの?」
「ああ、聞き間違いでもなく見間違いでもない」
「ああ、そう」
芙美は神妙な面持ちで顎に手を当てる。
こういう時はなんというかミステリアスで魅力的。けれどもやはり異性としては見れない、俺達ってもうそういう仲で定まってしまっている。
それから数分後。
同じ人波に流れる人達も増えていき、同じ学校の生徒達の楽しげな会話も増えてきた。
街中を抜けて四方木高校に到着。
数年前に建て替えられたばかりで校舎自体はまだ真新しさが残っている。純白の壁は清潔感があっていい。
俯瞰で見るとカタカナのコの字型の校舎、中庭は手入れされていてベンチがいくつかあり好評。
四階建てで一年は四階、二年は三階、三年は二階で授業を受ける。四階まで段数を刻むのは正直面倒である。
今日は朝から先生と風紀委員が校門前に立って生徒達の制服チェックをしていた。
「そこっ、ネクタイをちゃんと閉めなさい」
「おっと、すみません……」
俺は大丈夫かなと思った矢先に注意された。
ネクタイがちょっと緩んでいただけなのだが、厳しいチェックだ。
あんまりネクタイは閉めすぎると窮屈なんだがまあいいだろう。今だけちゃんとしてやる。
「……って、今の人は確か」
「そ。明日香のお姉さん」
通り過ぎて、再び振り向いて確認した。
何人かいる風紀委員の中に、腕を組んで威圧感を纏った人物が一人。
つり目の鋭い相貌ながら整った顔立ち、明日香さんとは顔はあまり、似ていない。
名前は確か……望月周子。
俺と同じくらいの身長で女子にしては長身、すらりとした体躯。それでいて出るところは出ているときた、思わず振り向かせたのは間違いなく彼女の魅力があってこそだ。
視線は主に、胸へいった、胸へ。芙美よりも、でかい。
「綺麗な人だな、明日香さんには似てねーけど」
「そうね、綺麗な人よね」
快活な足取りで校舎に向かう芙美。
周子さんには見向きもしない。
「わたし、あの人苦手」
その言葉を聞くと、快活というより逃げるような足取りに見えてきた。
実際、そうなのだろう。芙美を追いかけて校舎へと入る。
「……」
「おい、またか?」
「うん」
芙美の下駄箱には何やら紙屑が入れられていた。
手紙だったようだが、くしゃくしゃにちぎられて読めやしない。
誰かが意図的に入れたのだろう。
送り主であろう間島という字だけは辛うじて見えた。
「先生に相談は?」
「してない、そのうちおさまると思ってる」
「そのうちが長引いたらしんどいぞ」
「別にいい」
腹が立つ。
しているほうにも、されているほうにも。
それでいいのか芙美。
そんでもって、やっているほうも芙美のことが気に入らないのなら直接言えばいいのに。
ちらりと視線を感じてそのほうを見てみると、化粧の濃い別のクラスの女子生徒と目が合った。
すぐに目は逸らしたもののそいつは笑みをこぼしていた。
あいつは……朝日奈月那、だったかな。
中学の後半から何かと芙美とは馬が合わないのは知っていた。
今回は、手紙の送り主――間島が芙美に好意を持っており、朝日奈はそれが面白くないためにこうして何かしらの悪戯を、中学以来の取り巻きと一緒に行って楽しんでいる。
一言言ってやりたいが、芙美は俺の袖を引っ張ってそれを止めた。
また、心の中で思う。
それでいいのか芙美、と。
結局、何もせずに今日も騒がしい玄関を抜けて、四階の教室へ。
俺のクラスである6組のプレートは階段を上がってすぐだ。
ちなみに俺の席は窓側一番後ろ。
つい最近に席替えが行われてこの特等席を獲得した。
芙美は真ん中あたりの席で、明日香さんは廊下側一番後ろ。俺の席とはちょうど反対側にあたる。
教室に入る際には明日香さんが既にいる場合、自ずとその後ろ姿を確認することになる。
彼女の後姿は、見えた。
昨日最後に見た明日太くんとは違う後ろ姿だ。そりゃあ別人だから後ろ姿が違うのは当たり前か。けれども面影は、ある。――ような。
「おはよ、明日香」
芙美は真っ先に挨拶する。
「おはよう、芙美、京一くん」
「おはようさん」
俺も続いて挨拶をする――明日香さんは俺を見ても特にこれといった反応は示さない。
そのまま彼女はカースト上位のクラスメイト達と談笑する、いつもの明日香さんそのものだ。
とりあえず。
「……」
「……」
通り過ぎる。
「いや何も聞かんのかい」
横から芙美のツッコミが入った。
「ん、なんていうか普通に切り出すタイミングを逃した」
あの輪の中に割って入っていくのは少々勇気がいる。
「まあ聞くだけならいつでも聞けるからいいだろうけど。昼休み、わたしが飯でも誘っておこうか?」
「頼めるか?」
「いいよ、その代わりジュース奢って」
「交渉成立だ」
握手を求めたがそのまま芙美は席についてしまった。
素っ気ない奴だなあ。
ここはがっちりと握手してお互いに信頼を高めるところじゃないのかよ。
明日太くんは何者だったのかという疑問から始まった朝。
上体を起こしてあくびを一つ。
なんだかもやもやして昨日はよく眠れなかった。
何故会ったことを内緒にしてほしかったり、口止め料まで払う必要があったのだろう。
……まあいい。聞くのが一番早い。
口止め料を貰っておいてなんだけど、判然としない状態は解消させたい。
「兄ちゃーん、起きてー」
「兄ちゃーん、起きてるー?」
二人の妹がどたどたと駆けつけては顔を覗かせていた。
「起きてるよ」
「よかったー」
「よかったねー」
ツインテールの長女が二葉、三つ編みの次女が三月である。
二人は顔を見合わせて笑顔を作り、また廊下を掛けて階段をどたどたと下りていった。歳が近いのもあって非情に仲が良い。
「ふわぁ」
あくびをして、体を伸ばしてベッドから降りる。
制服に着替えて朝食を済ませて、いざ家を出る。
その際に母さんからは「ちゃんと勉強してくるのよ、あんた馬鹿なんだから」と朝から軽くへこむありがたい声援を頂き退屈な通学路へ。
二人の妹は既に俺を追い越してどたどたと学校へ向かっていっていた。
まったく朝から元気な奴らだ。その元気を少しくらいわけてもらいたいものだね。退屈な通学路も、二人にとっては楽しい通学路なのかもしれない。そういう時が、俺にも昔はあった――かも。
倦怠感がまだ体中を纏う中、住宅街を抜けると建物の階層も高くなっていく、この街中を抜ければ俺の通う高校――四方木高校がある。
通学にかかる時間は徒歩十五分といったところ。それなりに近い。
街中に入って数分後。
「おはよ」
「おう、おはよう」
車両の喧騒に揉まれながら信号待ちをしていたところに声を掛けてきた女子は――俺の友達である佐久間芙美だ。
ゆるふわショートという名の、やや寝ぐせのついた髪型。整った目鼻立ちながら髪型も整ってほしかった。
趣味はゲーム、ファッションには興味なし。ちなみに昨日一緒にゲームをしていたのもこいつの家でだ。
それでいてお互いに不思議と異性として見ていないために恋仲に発展することもなく、ラブコメな日常を送れる日は望み薄い。
「昨日はどうも」
「おう、またゲームするか」
「よろしく。あんたもそろそろゲーム機買えば?」
「他人の家でなら熱心にやれるけど、いざ買うとなると多分持て余すタイプ」
「ああ、そう」
「でも妹達のためにそろそろ買ってやるのもありか」
「とんだシスコンだね」
「そうでもない」
芙美曰く、俺は一緒にゲームができる喋るたんぱく質程度にしか思っていないとのこと。
俺だってお前はゲーム仲間であり、腐れ縁であり、そこそこ胸のでかいたんぱく質としか思っていないんだからな。
「……なあ芙美」
「なんだい京一」
「クラスに明日香さんっているじゃん」
「いるね」
「明日香さんってそっくりの弟さんはいるのかな」
「……いや、いないよ」
唐突にこの話を振るのは――芙美と明日香さんが幼馴染という関係だからだ。
彼女のことを聞くなら、芙美に聞くのが手っ取り早い。
「そうか」
「どうしたのよ、いきなり」
「いやな、昨日に……明日香さんそっくりの人に出会ってさ」
「そっくりの人?」
悪いな明日太くん、口止め料は無駄に終わったぜ。
シュークリーム御馳走様。
「明日太って名乗ってたんだよ」
「明日太……?」
「そう、明日太」
「……明日香が男装してたんじゃない?」
「体格や声も違ったんだぜ」
「ふぅん、そう」
信号が青になったので足を進める。
歩きながら芙美は顎に手を当てて何やら考えている様子だった。
「そいつ曰く、明日香さんの弟だっていうんだ、弟なんかいたか?」
「あんたも知ってる通り明日香に姉はいるけど、弟は……いないよ」
ちょいちょい挟む妙な沈黙は一体何なのだろう。
「何か知ってる?」
「……いや、何も。あの子は自分のことあまり話さないタイプなんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。わたしだってあの子のこと詳しいわけじゃない、まあ……他の子よりは詳しいけど」
「その詳しい部分をどうか詳しく」
「本人に直接聞きなよ、わたしからは話さない」
「そうか」
とりあえず雰囲気から察するに。
芙美は何かしら知ってはいるようだが、自分の口からは話すつもりはないようだ。
少し自分の中にある望月明日香という少女について整理しよう。
彼女の名前は中学時代からよく耳にしていた。可愛い、綺麗、いい子――まあ、なんつーか人気者なのだ。
同じクラスになったのは高校が一緒になってから。
高校生になって早一か月、中学校同様に高校でも周囲による彼女の評価は高い。
性格はほんわかという言葉が似合うほどに温厚。誰にでも優しく接して笑顔を絶やさない。そんな笑顔に心臓を貫かれた男は多数いるのではないだろうか。
「それで、その明日太っていう奴とは何かあったの?」
「ん、シュークリーム奢ってもらった」
「なんだ、ただのいい奴かい」
「いや、自分のことは内緒にしろっていう口止め料」
「口止め料貰っておいて翌日には破るんだ」
「俺ってそういう奴なんだよ」
「京一って信用ならないよね」
「だよね、俺もそう思う」
呆れ顔で芙美は笑みをこぼした。
本当に俺って客観的に見ると信用ならない奴だよな。
「けど内緒にしろだなんて、変だと思わないか?」
「ええ……そうね。本当に……本当に、明日太って名乗ってたの?」
「ああ、名乗ってた」
「明日香の聞き間違いでもなく、見間違いでも、ないの?」
「ああ、聞き間違いでもなく見間違いでもない」
「ああ、そう」
芙美は神妙な面持ちで顎に手を当てる。
こういう時はなんというかミステリアスで魅力的。けれどもやはり異性としては見れない、俺達ってもうそういう仲で定まってしまっている。
それから数分後。
同じ人波に流れる人達も増えていき、同じ学校の生徒達の楽しげな会話も増えてきた。
街中を抜けて四方木高校に到着。
数年前に建て替えられたばかりで校舎自体はまだ真新しさが残っている。純白の壁は清潔感があっていい。
俯瞰で見るとカタカナのコの字型の校舎、中庭は手入れされていてベンチがいくつかあり好評。
四階建てで一年は四階、二年は三階、三年は二階で授業を受ける。四階まで段数を刻むのは正直面倒である。
今日は朝から先生と風紀委員が校門前に立って生徒達の制服チェックをしていた。
「そこっ、ネクタイをちゃんと閉めなさい」
「おっと、すみません……」
俺は大丈夫かなと思った矢先に注意された。
ネクタイがちょっと緩んでいただけなのだが、厳しいチェックだ。
あんまりネクタイは閉めすぎると窮屈なんだがまあいいだろう。今だけちゃんとしてやる。
「……って、今の人は確か」
「そ。明日香のお姉さん」
通り過ぎて、再び振り向いて確認した。
何人かいる風紀委員の中に、腕を組んで威圧感を纏った人物が一人。
つり目の鋭い相貌ながら整った顔立ち、明日香さんとは顔はあまり、似ていない。
名前は確か……望月周子。
俺と同じくらいの身長で女子にしては長身、すらりとした体躯。それでいて出るところは出ているときた、思わず振り向かせたのは間違いなく彼女の魅力があってこそだ。
視線は主に、胸へいった、胸へ。芙美よりも、でかい。
「綺麗な人だな、明日香さんには似てねーけど」
「そうね、綺麗な人よね」
快活な足取りで校舎に向かう芙美。
周子さんには見向きもしない。
「わたし、あの人苦手」
その言葉を聞くと、快活というより逃げるような足取りに見えてきた。
実際、そうなのだろう。芙美を追いかけて校舎へと入る。
「……」
「おい、またか?」
「うん」
芙美の下駄箱には何やら紙屑が入れられていた。
手紙だったようだが、くしゃくしゃにちぎられて読めやしない。
誰かが意図的に入れたのだろう。
送り主であろう間島という字だけは辛うじて見えた。
「先生に相談は?」
「してない、そのうちおさまると思ってる」
「そのうちが長引いたらしんどいぞ」
「別にいい」
腹が立つ。
しているほうにも、されているほうにも。
それでいいのか芙美。
そんでもって、やっているほうも芙美のことが気に入らないのなら直接言えばいいのに。
ちらりと視線を感じてそのほうを見てみると、化粧の濃い別のクラスの女子生徒と目が合った。
すぐに目は逸らしたもののそいつは笑みをこぼしていた。
あいつは……朝日奈月那、だったかな。
中学の後半から何かと芙美とは馬が合わないのは知っていた。
今回は、手紙の送り主――間島が芙美に好意を持っており、朝日奈はそれが面白くないためにこうして何かしらの悪戯を、中学以来の取り巻きと一緒に行って楽しんでいる。
一言言ってやりたいが、芙美は俺の袖を引っ張ってそれを止めた。
また、心の中で思う。
それでいいのか芙美、と。
結局、何もせずに今日も騒がしい玄関を抜けて、四階の教室へ。
俺のクラスである6組のプレートは階段を上がってすぐだ。
ちなみに俺の席は窓側一番後ろ。
つい最近に席替えが行われてこの特等席を獲得した。
芙美は真ん中あたりの席で、明日香さんは廊下側一番後ろ。俺の席とはちょうど反対側にあたる。
教室に入る際には明日香さんが既にいる場合、自ずとその後ろ姿を確認することになる。
彼女の後姿は、見えた。
昨日最後に見た明日太くんとは違う後ろ姿だ。そりゃあ別人だから後ろ姿が違うのは当たり前か。けれども面影は、ある。――ような。
「おはよ、明日香」
芙美は真っ先に挨拶する。
「おはよう、芙美、京一くん」
「おはようさん」
俺も続いて挨拶をする――明日香さんは俺を見ても特にこれといった反応は示さない。
そのまま彼女はカースト上位のクラスメイト達と談笑する、いつもの明日香さんそのものだ。
とりあえず。
「……」
「……」
通り過ぎる。
「いや何も聞かんのかい」
横から芙美のツッコミが入った。
「ん、なんていうか普通に切り出すタイミングを逃した」
あの輪の中に割って入っていくのは少々勇気がいる。
「まあ聞くだけならいつでも聞けるからいいだろうけど。昼休み、わたしが飯でも誘っておこうか?」
「頼めるか?」
「いいよ、その代わりジュース奢って」
「交渉成立だ」
握手を求めたがそのまま芙美は席についてしまった。
素っ気ない奴だなあ。
ここはがっちりと握手してお互いに信頼を高めるところじゃないのかよ。
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