二分の一のきみへ。

智恵 理陀

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第九話 波乱。

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「男子に混ざりたい」

 そんなことを、真剣な眼差しで、明日太は言った。
 体育の授業が始まり、自由に今は体育館でバスケをする時間となっているのだが、体育館裏で俺達は話をしている。
 中からはボールの弾む音や男子達の声が聞こえる。
 女子は外でテニスをしている。ぱこん、ぽこんといった音と、女子達の笑い声がテニスコートのほうから聞こえてくる。

「黙って明日香に戻ってテニスに戻ったほうがいいんじゃないか」
「僕はバスケがしたいんだ」
「……ったく、無茶なことを言いやがる」

 体育は隣の組と合同。
 まだそんなに隣のクラスのやつらの顔を覚えていないし、そんな中に一人くらい見知らぬ生徒が混ざっていても問題はなさそうだが、明日香に似ているためにそこをどうするかが問題だ。

「髪型は少し変えておいたほうがいいな」
「分かった」
「全体的に、天然パーマみたくして、と」
「ふむ」
「前髪で目を少し隠してみるか」
「よし、いいぞ」

 ジャージは男女同じ色だから大丈夫だ。
 サイズは小さいのでその分袖や裾をまくって誤魔化せばいい。

「……じゃあ、行ってみるか」
「おう!」

 てなわけで――明日太、体育潜入作戦の始まりだ。
 一先ず中の様子を窺ってみる。
 男子達が楽しそうにバスケをしているな、中には端のほうで座り込んで休憩している奴らもいる。
 彼らは隣のクラスの生徒だろう、名前は知らない。クラスが隣でも意識しなければそんなもんだ。
 だからこそ、明日太が一人混ざっても、きっと大丈夫だとは思う。
 そっと俺は靴の土を払って中に入る。
 なにせ、いきなり明日太に引っ張られたもんだから内履きのまま外に連れられてしまった。
 明日太はきちんと内履きを持ってきておりその場で履き替えて中へと入った。準備がいい。

「次の試合に混ざるか」
「そうしよう!」

 やる気は十分。
 そのやる気を休憩している彼ら一人一人にわけてやりたいね。
 先生がいないからってだらけ放題だ。
 待つこと数分、試合が終わり次の試合の準備に入った。

「次やる人ー」

 その呼びかけに手を上げるのは少ない。
 全体的にだらける雰囲気が漂っているがそんな中、明日太はやる気に満ち溢れていた。
 ビシッと伸ばしたその手。
 コートの中へと入ってストレッチをし始めた。
 変装もあってか、明日太が混ざっても誰も何も言わない。
 クラスメイトと明日太の必死な呼びかけによってなんとか人数は揃った。
 明日太とは同じチームで試合に臨む。
 いざジャンプボール。
 味方がボールを弾いて早速明日太のほうにボールがいった。
 明日太はボールを受け取っては鋭いドリブルを刻む。

「うぇ⁉」

 敵チームのクラスメイトが思わぬ声を上げていた。
 するっと抜けては、ボールを置いてくるようにリングの中へと入れていく。
 流れるようで、また鋭いその動きはお見事としか言えない。
 一人で容易く点数を入れてしまった。

「うんうん、思い通りに動く……!」

 両手を握っては離してを繰り返して、体の感触を確かめていた明日太。
 まだ確認程度の段階であんな動きができるとは、恐ろしいものだね。

「な、なあ京一くん、隣のクラスにあんな動ける奴いたっけ?」
「い、いたよっ。いつもは休憩してたけど、今日はやる気満々みたいだ」
「そ、そうか……」

 首を傾げるクラスメイトの田中くん。
 その疑問は正しいぞ、彼は今まで隣のクラスになんかいなかったんだからな。
 明日太の快進撃は止まらず、俺達のチームの点数はどんどん増えていった。
 田中くんは確かバスケ部だったな。何度明日太に抜かれたことやら、これじゃあバスケ部の面子も丸つぶれだ。
 明日太は翼が生えたかのように終始軽やかな動きで試合を掌握していた。

「き、きみ、名前は?」
「隣のクラスの明日太だ!」

 とりあえず隣のクラスと言っておけばいいのは、頭がいいなと思った。
 5組だろうが6組だろうが、聞かれたら隣のクラスという言葉によって明確な回答を避けられるし、案外聞いたほうも、隣のクラスかと納得してしまう。うちの学校は生徒数が多いのもあって、この技が使える。

「明日太くん、バスケ部に興味はないかなっ?」
「バスケ部か……」

 何を真剣に悩んでいるんだ明日太は。

「ふふんっ、そのうちお邪魔しよう」

 そのうちはいつになるやら。
 俺は時計を見やる。
 そろそろ、頃合いか。明日太に耳打ちする。

「……明日太。靴を変えなくちゃならないから、早めに引き上げるぞ」

 授業終了間近となったので先生も戻ってくるだろう。
 終始わいわいしている明日太を強引に引っ張って先ずは明日太の外靴を回収する。

「くっ、もう少しみんなと遊んでいたかったな……」
「どうせ授業が終わるまでもうすぐだ、今はちゃんとバレないよう動こう」

 そのまま玄関へと向かう。
 外で体育をしている女子グループが戻ってくる前に靴を履き替えて明日香に戻らなくてはならない。
 見張りは任せろ。

「――ははっ、今度は靴隠してやろうよ」
「いいねえっ」

 その時、玄関から聞こえてくるは女子達の楽しげな声。
 楽しげといっても、なんというか嫌気が混じっていてあまり聞きたくない印象を得た。
 会話の内容も、いいものとは言えない。

「芙美のやつ、生意気なんだよ。ちょっと可愛いからってさ、あれって絶対周り見下してるタイプ」
「わかるわー」
「ちょっと可愛いからって調子乗ってるよねぇ」

 玄関から現れた女子三人組。
 褐色肌に厚化粧――朝日奈月那のグループだ。
 制服姿からして、体育はサボっていたようだ。
 朝日奈の手には内履きがあった、おそらく芙美のものに違いない。
 背を向けてどこかへと向かっており、俺達には気づいていない。
 芙美がいつもされている悪戯を、この目で見てしまった。
 心臓の鼓動が、高鳴っていく。
 声を掛けて止めるべきか、それともこっそりあとをつけて靴を回収するべきか。
 俺の場合は……後者だな。声を掛ける勇気は、ない。

「――おい!」

 だが、お隣さんは違う。

「あ゛ぁ?」

 振り返る朝日奈、そして他二人。
 全員の視線が声を上げた明日太へと向かう。

「お、おい馬鹿っ……!」

 まずい。
 これは非常にまずい。
 ここで何か問題でも起こしてしまったら明日香に切り替わるタイミングを逃してしまうかもしれない。

「お前……明日香? いや、違うか……」
「僕か? 僕は明日太だ!」
「明日太だぁ……?」

 全体をよく見ても、男性の骨格。
 首を傾げて、そんな生徒いたかなといった様子。

「その靴を返せ!」
「なによあんた、関係ないでしょ、引っ込んでなよ」
「いいや関係なくないね。芙美は大切な友達だ、今後一切彼女に悪戯しないでもらおうか」
「はっ、やだね。イラつくんだよあいつはぁ……!」

 左右の女子生徒(名前は知らん)はケラケラと笑う。
 そんな笑いのほうがこちらとしてはイラつく。
 けれども、このイラつきをぶつけるわけにもいかず、握り拳を作るのみの俺。
 すると明日太は快活な足取りで朝日奈の前へと進み、

「ふんっ!」
「あいたっ!」

 ごつんっと鈍い音――げんこつをくらわせた。
 すかさず靴を奪い取り、次には左右の女子生徒にもまたげんこつをくらわす。

「いったぁ!」
「何すんだよ!」
「てめぇ、女子に手を上げんのかよ!」
「いじめをする女子は女子と見ない! もっとげんこつしてやろうか?」

 俺の作る握り拳と違って、明日太の作る握り拳は迫力があった。
 その迫力にたじろぐ朝日奈達。
 そこへ体育を終えた女子生徒達が戻ってきた。
 朝日奈は舌打ちをしては、

「お、憶えてろよ!」

 なんていう捨て台詞を吐いてその場から立ち去っていった。
 まったく、どこの悪役の台詞だよ。

「や、やるじゃん明日太……」
「そういう京一はただ見てるだけで情けないぞ」
「どうもすみませんね」

 ぐうの音も出ない。
 我ながら情けないのは確かだ。

「さて、急がなくちゃ」

 明日太は芙美の靴を下駄箱へと入れて、自分の靴も戻す。

「今から外で合流するのは無理だな、入れ替わろう――明日香」

 明日太から明日香へ戻っていく。
 この光景は何度見ても不思議だ。

「……明日太ったら……」
「……っと、俺がここにいるのも変に思われるな。体育館に戻るよ」
「うん、またね」

 なんとも忙しい体育の時間だった。
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