二分の一のきみへ。

智恵 理陀

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第二十三話 二分の一のきみへ。

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 明日香が出てこなくなって二日目。
 周子さんに頼まれたものの、しかしどうすればいいのやら。
 考えてはいるもまともな発想も出てこない、時間だけが経過していく。
 伊橋先生の予約はすぐにとれた、先生が急遽診てくれるとのこと、ありがたい。
 先生が明日香を呼び出してくれることに期待したい。
 放課後に明日太を迎えに行き、伊橋医院へ。
 さあ、どうなる。

「また先生とお話か」
「明日香を呼び出せるかな」
「どうだろうねえ」

 明日太は眉を歪めながらそう答える。
 明日太自身、そんなに期待していない様子に見てとれた。
 しかし折角急遽診てくれるときたのだ、ここで踵を返すわけにはいかない。

「おまたせしました」
「お疲れ様」

 病院に到着し、周子さんと合流する。

「先生に診てもらう前に、いいかしら?」
「ん、いいよ」

 また周子さんは明日太を座らせて、その手を握って呼び掛ける。

「明日香……今日は先生に診てもらいに来たの、よかったら出てきてちょうだい」 
「……」
「……」
「……応答なし」
「そう……」

 切ないため息。
 ためしに俺も問いかけてみよう。

「明日香~」
「……」
「明日香~」
「くすぐったいっ」

 耳元で囁いてみたものの、明日太からは嫌がられる始末。
 明日太から反応を聞いてみようとしたら、「反応なしだよ!」とすぐに答えを返されてしまった。
 周子さん、明日香を呼び出すのは俺でも駄目そうな気がする……。
 それから明日太は診察室へ入り、俺達は待つとした。
 隅のほうに座って待合室を軽く一瞥する。
 病院の利用者はぼちぼちといったところ。
 様々な症状を抱える患者さん達がいるとして、この中に明日香と明日太のような――解離性障害を持つ患者さんもいるのだろうか。
 流石にいても肉体は切り替わらないと思うが、話をしてみたい。明日香を呼び出すための手がかりが掴めるかもしれない。
 まあしかし今は黙ってこの椅子に凭れているとしよう。
 待つこと数十分、ようやくして明日太が戻ってきた。
 淡い期待として、明日香が出て来やしないかと思ったがそうもいかないか。
 続いては俺達が呼ばれたので診察室へ入るとする。

「……駄目でしたか」
「ええ、わたしでは難しいかもしれません。明日香さんとよく接していた貴方か、親しい友人である京一くんや芙美さんのほうが、まだ彼女が出てくる可能性があるかもしれません」
「わたしも何度か呼び掛けてみましたが全然駄目でして……やはり喧嘩のきっかけがわたしでしたから、それが原因でしょうか」
「可能性は考えられますが、何にせよ諦めずに呼び掛けていきましょう」
「はい、先生……」
「彼女を呼び出すには何か心を大きく動かすような要素が必要かもしれませんね」
「心を大きく、動かすような要素……ですか」
「ええ、明日太くん曰く彼女は覚醒しているようなので、であれば思わず出ていきたくなるようなことがあればいいのですが」
「う、ん……すぐには、思いつきませんね」

 思わず出ていきたくなるようなこと、といえばどんなことだろう。
 わっと脅かすとか? 
 ……脅かすのはやめておこうか、逆に引っ込んじまいそうだ。

「また二日後に予約を入れておきますので、わたしも色々と考えてみます」
「よろしくお願いします、先生」

 よろしい結果とはいえない。
 先生の呼び掛けでもダメだった、俺達だって何度も呼び掛けてはいるが……明日香が出てくる気配はない。
 このままずっと出てこないんじゃないだろうか。
 そんな不安が心を突いてくる。
 そうして、明日香が出てこなくなって三日が経過した、してしまった。
 授業中、先生の放つ眠気を誘う呪文には耳を貸さず、俺はただひたすらに明日香がどうやったら出てくるのかを考えていた。
 彼女の座る席は空席、その空席をじっと見つめて、思考を巡らせる。
 先生曰く、思わず出ていきたくなるようなこと――とあったが、どういうのがいいのか、未だに回答が見つからない。
 焦燥感も滲み出てきている、本当に明日香がこのままずっと出てこないんじゃないかという不安が、現実になりそうな気がして。

「どうしたもんかねえ……」
「何かいい案はないの?」
「あったらとっくに実行してる」
「そうよねえ」

 放課後、部室にて作戦会議。
 明日香がいないと芙美と二人のみなのでおのずと二人用のゲームで対戦することになる。
 将棋にオセロ、とそういったものでは俺が弱すぎて歯ごたえがないので、今日は芙美とポータブルゲーム機でモンスターを狩るとした。

「明日太のほうはどう?」
「相変わらずよ、特に変わった様子はない。呼び掛けても明日香の応答は無し」
「そうか……」
「……何か心を大きく動かすような要素、ねえ? あ、罠設置しとこ」

 医師の言葉を反芻する芙美。
 俺も心の中で反芻する。
 さて、どうしたものか。
 どうやったら明日香の心を大きく動かせる?
 ……昨日からずっと考えているが、まともな発想は出てこない。
 今日もまた何もできずに一日が過ぎてしまうのだろうか。

「よし、モンスターが罠に掛かった」
「中々やるな」
「あんたももう少し活躍してよ」
「そのうち頑張る」

 今は明日香のことを考えなくてはな。
 ……といっても、こちらも手詰まり状態なのだがね。
 モンスターをひと狩り終えたところで、軽く一息つく。
 すると部室の扉がゆっくりと開けられた。

「ん?」
「やあ」
「えっ、明日太⁉」
「僕だよー」

 まさかの、明日太がご登場。
 お洒落な私服姿で学校の雰囲気とはまったく合わない。
 そういえば周子さんがこの前買った服を渡していたっけな、外出の際はお洒落な私服を身に纏っているわけだ。

「どうしたの学校に来たりしてっ」
「いやぁ暇だったものでね。あっ、ちゃんと戸締りしてきたよ、はいこれ鍵」
「あ、うん」
「しかしよく入ってこれたな」
「裏口からささっとね。意外とばれないものさ」

 明日太は席についてはコップにお湯を注いで紅茶のティーバッグを入れる。
 ほのかに紅茶の香りがし始める。

「大胆な行動だな……ちゃんと戸締りしておこう」

 念のために鍵を掛けておく。
 朝日奈がやってこないとも限らないのでね。

「明日香を呼び出せる案は何か浮かんだかい?」
「いんや、全然」

 ……いや、ちょっとしたことなら、思い浮かんできてはいるんだ。
 ただ、実行に移すのが……少し不安なだけで。
 けれどもちょうど明日太が来ているのだし、実行に移そうか。

「さて、ちょっと行ってくるよ」
「ん? どこに?」
「購買」
「そか」

 部室を出て、一応左右確認。
 朝日奈の姿は無し。
 その足で一階へ向かった。
 目指すは――

「ここか」

 放送室。
 現在も放送部による何気ない校内放送が流れている。
 俺はノックをして中に入った。
 放送部がスタジオで放送している中、二人ほど待機している生徒の列に並ぶ。
 すると放送部らしき生徒が俺のほうへと寄ってきた。

「自由放送コーナーの放送希望者?」
「はい」
「じゃあこの後順番が回ってきたらスタジオに入ってね。あっ、変なことは言わないことっ、いいかしら?」
「ええ、分かってます」

 心臓の鼓動が大きく脈動しはじめる。
 自分でも緊張しているのがよく分かる。
 自由放送コーナーが始まり、並んでいた二人が入っていく。
 俺の番は次だ。
 二人は何やら部活の勧誘をしており、話し終えると「緊張したー」なんて言ってスタジオから出てくる。
 さあ、俺の番が回ってきた。
 スタジオの中に入り、椅子に座る。
 マイクが目の前に、ある。
 あとは喋るだけだ。

「それでは続きまして、えーっとお名前と学年をお願いします!」
「日比野京一、一年生です」
「日比野くんね、それでは自由放送、どぞー!」

 深呼吸をする。
 深く、深く。
 緊張は未だに解れない。
 それでもいいさ、喋る時に躓かなければ。

「その、どうも……日比野京一です」

 先ずは自己紹介、と思ったが既に自己紹介をしていたのを思い出した。
 序盤からやってしまったが、まあいい。
 兎に角、やるしかない。
 カーストとかそういうのももう気にするかってんだ、やってやる。

「実は気になる子がいて、今日はその人にメッセージを送りたくてここに来ました」

 スタジオ内にいる司会の人が口笛を吹いた。
 盛り上げてくれているようだが、ちょっと鬱陶しい。

「望月明日香さん、聞いてくれてるかなっ! 君の笑顔は素敵だし、一緒にいると楽しいし、最近はゲーム部を作って一緒に活動してすごく楽しかった!」

 まだまだ、こんなもんじゃない。
 俺はもう一度息を吸って、言葉を続ける。

「君が落ち込んでいる時は全然力になれなかったけど、君に手を差し伸べられる人間でありたいんだ! よかったら出てきてほしい、そして俺の告白を受け止めてほしい!」

 拍手が送られる。
 テンションが上がってきた。

「それに部活だって二人じゃあ全然楽しめないよ、やっぱり君がいてくれなきゃ部活も楽しくない! だから、出てきてくれないかな! あと、その、えーっと! 付き合ってください! よろしくお願いしまぁぁぁぁぁぁぁぁあす!」

 腹の奥から力を込めて、全力で叫んだ。
 スタジオ内は俺の絶叫の余韻が残った。
 改めて、拍手が送られ、

「さぁ、望月明日香さんの返答はいかがなものなのでしょうかぁぁあ! 久しぶりにこの自由放送で出てきた愛の告白! 行方が気になりますねぇ!」

 司会者も興奮気味。
 俺もまた同じだ。

「ちょいとお聞きしましょうかね、望月明日香さんのどういったところが好きなのかな?」
「やはり笑顔でいるところですね、そりゃもう可愛いんですよ、ええ」
「なるほどなるほど!」
「その他には、普段は和気藹々としているけどお姉さんの前ではちょっと縮こまったりするところとかもまたいいですね!」
「おお~、萌えますね!」
「そう、萌えです! 明日香、聞こえてるかー! ああいう感じもまたいいんだ! 萌えるんだよぉぉお!」
「いやーいいね! 青春って感じだね!」
「ええ、もしもオッケーがもらえたらもっと青春したいですね! あのちっこい手を繋ぎたいです!」
「やー! どうなることやらー!」

 するとその時、放送室の扉が勢いよく開いた。
 そこには――

「あれっ、明日香?」

 そう。
 彼女が。
 明日香が、いた。
 顔が真っ赤になった、彼女が。

「おや、これはもしや噂の明日香さんがご登場ですか?」
「見てくださいよ、可愛いでしょう?」
「可愛いですねぇ! さあ、明日香さん、遠慮せずにこちらへどうぞ!」

 明日香は勢いのある歩調でスタジオ内へとやってくる。
 大丈夫かな、耳まで真っ赤っかだよ。

「……」
「あ、明日香?」

 俺の腕を無言で引っ張る明日香。

「明日香さん、愛の告白のお返事は!」

 マイクを向けられ、明日香は顔を更に真っ赤にさせて、

「ほ、保留で!」

 そう言って、俺をスタジオから連れ出した。
 保留。
 ……保留か、うーむ。

「京一くん、卑怯だよ、こんなの……」

 部室へと連れられる中、彼女はそう言った。

「えっ、卑怯?」
「こんなの、出てこざるを得ないじゃん……! もうっ!」
「あ、可愛い」
「かわっ……! んもうー!」

 肩をぽこぽこと殴られた。
 何はともあれ。
 彼女を呼び出すことには成功した。
 後々が怖いが、それは後々考えることにしよう。
 その日、京一による愛の告白は何気に反響を呼び、次の日にはちょっとした噂になっていた。
 俺もそうなのだが、告白相手の明日香も噂になっており、いやはや巻き込んでしまって申し訳ない気持ちになった。
 翌日から早速の呼び出しは先ず、周子さんから。
 例の放送について問われ、明日香を呼び出すための作戦だと言い、愛の告白については……。
 ……まあ、本気ですとのことを告げた。
 周子さんは鋭い眼光で俺を見つめて、

「そう」

 とだけ告げて、なんとも言えない空気だったが無事に明日香を呼び出せたことには感謝しているようだった。
 伊橋先生曰く。
 あのままずっと明日香が引きこもっていた場合、出てこれなくなる可能性も無きにしもあらずだったので、俺が呼び出したのは結果的によかったとのこと。
 ちなみに肉体が切り替わる原因については未だに分からず。
 一先ず、今の明日香の精神は安定している。
 てなわけで今日も今日とてゲーム部の活動をするわけだが。

「なあ明日香」
「な、何っ」
「あの返事、保留からどうなったのかなって」
「ま、まだ保留!」

 うーむ。
 未だに愛の告白の返事は保留のままか。
 でもいいかな。

「はぁ、お熱いことで……」

 しゅるしゅると、明日太に入れ替わり。

「まったくだよ、まさか京一があんな行動に出るとはね」
「ほんとほんと」

 しゅるしゅると戻り。

「い、いいからゲーム部の活動、するわよ!」
 俺としては愛の告白の返事を聞いてからにしたいところだが、どうやら中々返事は聞けそうにない。
 まあいいか。
 楽しい日々が送れることは間違いないのだから。
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