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第一部
その2.お湯でもかけたら男に戻らない?
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目覚めはまあまあ。
ほんの少し、眠気と倦怠感は引きずっているけれど顔を洗えば多少はマシになる。
鏡に写る自分は酷く平凡で凡人で普通でどこにでもいそうで、二次元だったらモブみたいなもんで、ハリウッド映画だったらなんらかの爆発で死亡しているか、ホラーなら真っ先にフラグを立てて死んでいそうだ。
さあて今日も一日、相も変わらずいつもと変わらない朝が始まる――と思っていたが、その日の朝は、妙な事があった。
食卓にあったのはスクランブルエッグにウインナー、それとポテトサラダ。
朝から謎にちゃんとした朝食が出ている、これは夢か?
いつもなら母さんは面倒だとか言って煙草吸いながら作っては、出来上がりは焦げた目玉焼きかしょっぱいチャーハンばっかなのに。
食卓から聞こえる鼻歌。
今日の母さんは酷く上機嫌だな、それにどこか変わった気がする。
どこだろう? うーん……。
「ほらあ、早く食べちゃいなさーい!」
何だろうな、背景に何か絵でもつけるとしたら綺麗な花なんかが似合うのではないか。
父さんはコーヒーを飲みながら新聞を読んでおり、その姿はいつもよりも渋く見える。
どっかの社長に就任したかのような貫禄さえある。
気のせい、か……?
「お、おはよう」
「うむ、おはよう」
父さんはどこかハードボイルドな雰囲気。
朝から調子が狂うなあと思いつつ、父さんも時にはこんな落ち着いた朝を迎える時があるのだなと然程深くは考えず俺はいつものようにテレビを見ながら食事を頂くとした。
『おはようございます、今日も良い天気で清々しいですね、それでは朝のニュースを始めたいと思います。本日も宜しくお願い致します!』
またあの新人美人キャスターが喋っていたが今日は全然噛まないな、それどころかベテランかと言いたくなるくらいにはきはきと、そして堂々とした喋りになっていた。
練習したのかな、人の成長を見られるのは悪くないね。
「あ、美味しい……」
母さん、いつの間に料理の勉強したんだ? すごく美味しいぞこれ。
ふふっ、珍しく俺は朝からいい気分でいられている。
母さんも主婦のプロになりましたと言わんばかりに動いている、父さんは家を出る際も渋さは変わらず、これから社長会議ですか? と問いたくなるくらいにかっこよかった。
今日は何かいい事あるかもしれないな。
「はい、これ」
「……えっ!?」
弁当を渡された。
受け取って、思わず弁当と母さんを交互に見る。
「べ、弁当?」
「弁当よ?」
それはごく普通の家庭ではよくある事かもしれないが、俺の母さんは今まで弁当を作ってくれた事は数える程度しかない。
毎回昼飯代を渡してくるのが当然だったのに、朝食もそうだが一体どうしたんだ?
「何言ってんの、愛する息子のために弁当を作るのは当然じゃない」
母さんの皮を被った何かじゃないだろうなこれ。
「ほら、遅刻するわよ! いってらっしゃい!」
「い、行ってきます……」
いつもなら行ってきますと言っても居間から「はいはい」としか返事が無かったけど、今日は手を振って見送ってくれてる。
何だか変な感じ……しかし悪くない。
暖かい日差しに思わず、満足感をたっぷりと含んだ深呼吸をした。
軽やかな足取りで登校するその道中、薫と合流する場所に到着して一度足を止める。
「あれ? いないな」
薫の姿は無く、そんでもって足を止める。
薫がいつも立っている場所には少女が一人立っている、彼女も誰かと待ち合わせか? だとしたら待ち合わせ場所が被ってしまって生きづらいな。
うちの学校の制服……だが見覚えはない。
しかしそこに立たれると厄介だ、薫と待ち合わせしている間、同じ場所で肩を並べていたら彼女に『こいつ、私に気があるのかしら』とでも思われたりしたくない。
薫の到着が遅かったら先に学校へ向かうとしよう、少し遅い歩調であればそのうち合流するだろう。
そしたら朝からだらだらとした会話をしながらの登校となる、いつもの朝だ。
とりあえず俺は少女を意識しつつもいつもの待ち合わせ場所は放棄し、彼女を通り過ぎた先で薫を待とうとしたその時、
「待てよ浩太郎っ!」
少女が目の前に立ちはだかった。
びっくりしたな、何だ何だ!?
「は、はい?」
クラスが違うのだろう、俺は彼女を知らないが彼女は俺を知っているようだ。
どこかで会ったか? いいやそんなはずはないんだが。
「俺だよ俺!」
「誰……?」
オレオレ詐欺もこのご時勢では女子高生を使って実際に会うような手を使うようになったのだとしたら即座に警察へ連れて行って逮捕不可避だ。
それと気になるのは――少女が俺って言う時点でおかしいだろ。
君はあれか? 個性を強くしたい的なあれか? 芸能人にもいなかったっけ? 一人称を僕って言う子が。
それ系? それ系なの?
「俺だって! よかった、やっと気付く奴がいた!」
「ど、どちら様ですか?」
変化? 何を言ってるんだ?
誰かと勘違いしているのかもしれない。
「俺だって! 薫、雪寺薫だっつーの!」
「……は?」
一体この子は何を言っているんだ?
どこか地面を探せば頭の螺子が転がっているんじゃないかな?
一緒に探してやろうか? プラスドライバーかマイナスドライバーが必要なら言ってくれ、家から取ってくる。
……それともあれか?
待て、冷静に考えるんだ。
こいつは俺と薫の名前を知っている。
「ふっ、なるほど……薫とグルになって、からかおうって魂胆かい?」
「違うわい!」
薫の奴、どこに隠れてるんだ? この状況を遠くから見て楽しんでるのか?
俺を待っている間、暇だから知り合いに協力してもらってからかう――こういう魂胆かい?
俺は見回して薫を探してみたが見つからなかった。くそう。
しかしこの子演技上手いな。演劇部所属かもしれない、最近の演劇部って迫真の演技をマスターしてるんだねえ。
「あの、薫はどこ?」
「ここだよ! 俺だよ!」
「……はあ」
この子は何が何でも薫がどこにいるかを教えてくれないようだ、誠に遺憾である。
「はあってなんだよはあって! 中学以来からの親友にその反応はショックだ!」
「そういうのいいから、薫が近くにいるなら素直に教えてよ」
「だからここだって!」
駄目だ、話が通じない。
悪乗りが過ぎると流石に俺も怒っちゃうぞ。
「薫に会ったらよろしく言っておいて」
「俺だって言ってるだろ!」
「……そう」
くそっ、ネタばらしはまだなのか?
長引くと気まずくなるぞ。
「えーっと、俺……学校あるから。では、薫によろしく!」
ここは強行突破といこう。
俺は彼女の横を通り過ぎて学校へ向かうとした、ここで時間を潰してしまって遅刻したら嫌だからね。
それに声を荒げられると通行人の視線も寄せられてくるので可愛らしい少女と一緒にいるのは悪くないがこんな状況を招くのならば距離は取りたい。
「俺が薫なんだよ! 薫なんだって! 薫なんじゃあ!」
「ちょっ……やめてっ……! 何その薫三段活用!」
後ろから羽交い絞めをされて身動きが取れなくなった。
人生でも初めてだ、女性に羽交い絞めされるなんて。
……ちょっと嬉しいかも。
それに何か柔らかいものが二つ……うーん、こんな状況ではあるが今俺はものすごく幸せを感じているッ!
「こっちに来い!」
そのままわき道まで連れ込まれてしまった、抵抗はできるけどあえて抵抗せずに俺は羽交い絞めのままわき道へ。
通行人の視線が集中していたが彼らには一体どんな光景に見えたのだろう。
わき道に入るや彼女は羽交い絞めを解いて、財布を取り出した。
薫と同じ財布なんだね、もしかして薫と付き合ってる? 実ゎ私~薫と付き合ってて~その~おそろいの財布、きゃはっ☆とか言わないだろうな、のろけ始めたらすぐに走り去るぞ。
「これを見ろ!」
「……学生証?」
彼女の写真が載っている学生証。名前は――雪寺薫?
……まさかの同姓同名だ。
「珍しいね、俺の友達も雪寺薫っていうんだ」
「だから同一人物だっつーの! 何度も言ってるだろ!」
……頭が残念な子なのかもしれない。
どう反応すればいいのだろう?
『マジかよ! じゃあな!』
これでいくか? うーん、駄目だ、怒らせそうな気がする。
怒らせたくはないな、穏便にお引取り願って学校へ向かってもらいたい。
「分かった、信じよう」
「本当か!?」
「うん、でもちょっと気になる事があるからよかったら学校に行ってもらってからまた話さない? 遅刻しちゃうよ?」
「信じてないなおい!」
「うぐっ苦しいっ……!」
襟を掴まないでくれないかねっ!?
「どうしたら信じるんだよ!」
「さあ……」
あまりにも鬼気迫るものがあった。
遅刻覚悟で彼女の気が済むまで付き合ってやるか?
どうすれば彼女から解放されるかを考えるとする。
「俺と薫とでなきゃ知りえない事、とか……」
付き合ってやるのは五分だけだ、それ以上は時間を潰せない。
遅刻してホームルーム中に教室へ入る気まずさってのは嫌なもんだぜ?
「じゃあ……そうだな、昨日お前と一緒に話した内容とか昼休みに食ったものとか全部言い当てれば信じるか!?」
「試しに言ってみて。昼休み何食べた?」
つーかそろそろ襟から手を離してほしいなあ。
「学校の購買で買ったパンとおにぎり!」
「せ、正解……」
なんだこの子。
どっかで見てたのか?
「そんでもってリア充は爆発すればいいのにって話をした! 帰りは寄るところがあるからって分かれてお前は街のほうに向かった! どうだ!」
まるで一緒に行動していたかのように正確だ。
「そもそもお前と同じクラスで雪寺薫といったら俺しかいねーだろ!」
再び学生証を突きつけられて見てみると、載っているクラスは俺と同じ……ああ、確かに同じクラスの雪寺薫はあいつしかいない、男のあいつしか。
「いやいや……」
非現実的過ぎる……よな。
いきなり友達が女になるか? ありえない、ああ、ありえないね。
きっとドッキリだ、生徒手帳を細工したに違いない。
「まだ信じられないなら、“あれ”を言ってやろう」
「あれ?」
「中学時代、学校の帰りにエロ本拾ってちょっと読んじゃったよな俺達! しかもお前はその後また探しに――!」
大声でそう言われた。
……そう、言われた。
“あれ”を――歩道を歩く人達に十分聞こえるくらいの大声で。
「ああっと! ちょっと待ってー!」
「むぐぐぐっ」
慌てて俺は彼女の口を塞ぐ。
どうして……。
どうして薫とだけの秘密を彼女が!?
「ぷはっ。まだ信じないのならもっと喋ってやるぞ!」
「……マジか?」
本当に、薫?
とりあえずそれ以上俺の黒歴史をほじくりまわさないでほしいなあ……。
「マジだ!」
「……マジなのか!?」
「マジなんだ!」
思考が停止しそうになった。
マジ? その二文字が頭の中でずっと旋回してる。
「ふむふむ、主人公はあんな反応をする、と」
「えっ?」
後ろからぼそりと少女の声が聞こえてきた。
振り返るとわき道を覗き込む猫耳がひょっこりと出ている、昨日にそれを俺は見た記憶がある。
――本屋で会ったあの少女だ。
こちらを覗き込んでメモ帳に何か書いている仕草、間違いない。
「あっ、まずい」
どうしてここに……?
「おい! 待てっ!」
顔を引っ込めたので反射的に俺はわき道から出て少女を探すも姿は無く。
「何かあの女、夢の中に出てきた……」
「夢の中に?」
「女友達役としてなんたらって……くそっ、あいつが何かしたんじゃねーかこれ……」
つーか、冷静に考えよう。
俺は長考、この子――薫? も続いて長考に入った。
「……お湯でもかけたら男に戻らない?」
「試したけど戻らなかった」
アホな質問だった。
しかもそれを既に試した彼――いや、彼女? も大概だ。
「本当に……薫、でいいのか?」
「ああ、俺だ! ちょっと小さくなっちまったけど!」
小さくなって可愛くなったね。
胸は少し大きくなったね。
俺よりも外見はかっこよくて身長が高かった薫は、童顔でつぶらな瞳になって今は視線を下ろせている。
よく見ればどこか薫の面影があるな……。
耳のあたりとか。
「多分アレだよ……あの女は裏の組織で、俺が何か知っちまって女にしやがったんだ」
「どこかで聞いた事あるなそういうの」
「昨日少し記憶が無いんだ、多分俺は何か取引を目撃して後ろから殴られて朦朧とした意識の中で薬を飲まされたのかもしれない」
「女になるってより体が縮んで子供になりそうだなそれは」
それはまた別のジャンルが関わってくるような。
殺人事件とか絡むのは嫌だぞ、名探偵カオルとして少年探偵団を結成なんかしないでくれよ。
「つーか! つーかさっ! 家族は誰も俺が女になっても驚かなくてよ! 元々俺は女だったって思い込んでるんだ! お前が気づいてくれなきゃきっと発狂してたぜ」
「それはよかったな、俺も現在進行形で発狂しそうだ」
ええもう、本当に。
今が夢じゃないかと疑ってしまう。
猫耳フードの子、彼女が何かしたのか?
そもそも俺達を見て逃げたのも、何かしたと言っているようなものだ。
……でもどうやって? 非現実的すぎる事だ、その何かっていうのは。
現実なのかこれは、頬を抓るとそりゃあ当然痛みがあるから現実か、悲しいね。
現実だ、ああ、これは現実。
では冷静に考えてみよう。
もしかしたらあいつは科学者か何かで男を女に変える薬でも開発して飲ませた、とか。
しかし俺以外に気づかなかったというのならば話は別だ、薬でどうこうできるものではない。
いやしかし薬に加えて集団催眠を行うとか? まてまてもはや結論付けようと力技すぎる、それに薫を女にして何が目的だ?
とりあえず俺達はわき道から出て学校へ向かうとした。
学校へ行く気分ではないのだが、薫は学校でも自分がいきなり女になった事を家族同様誰も気づかないかが知りたいようだ。
それは俺もちょっと知りたいかも。
そんでもってどうして俺だけ気づけたのかも気になる。
何か気づける法則がある?
「はあ……尻のあたりがスースーする」
「なんか漫画とかで女になった奴って皆そんな台詞言うけど、現実でそれが聞けるとは思わなかった」
元男とはいえ、女子と肩を並べて学校へ行くのは……そわそわする。
それと朝から女子と一緒に登校となるとほら、一人で歩いている男子にはなんか優越感を感じられる。
悪くない気分、同時に俺って性格悪いなあと思ったり。
「どうしよう」
「どうしようって……俺に聞かれても」
「だよな。うーん、こうしてても何も始まらんし、学校行くか」
「薫って結構すらっと割り切るよね」
「そうか?」
「そうだよ」
俺なら絶対学校サボると思うんだが。
冷静に考えるなりいつもと変わらない薫に戻っている、もはや現状を楽観視しているのではないかこいつは。
ほんの少し、眠気と倦怠感は引きずっているけれど顔を洗えば多少はマシになる。
鏡に写る自分は酷く平凡で凡人で普通でどこにでもいそうで、二次元だったらモブみたいなもんで、ハリウッド映画だったらなんらかの爆発で死亡しているか、ホラーなら真っ先にフラグを立てて死んでいそうだ。
さあて今日も一日、相も変わらずいつもと変わらない朝が始まる――と思っていたが、その日の朝は、妙な事があった。
食卓にあったのはスクランブルエッグにウインナー、それとポテトサラダ。
朝から謎にちゃんとした朝食が出ている、これは夢か?
いつもなら母さんは面倒だとか言って煙草吸いながら作っては、出来上がりは焦げた目玉焼きかしょっぱいチャーハンばっかなのに。
食卓から聞こえる鼻歌。
今日の母さんは酷く上機嫌だな、それにどこか変わった気がする。
どこだろう? うーん……。
「ほらあ、早く食べちゃいなさーい!」
何だろうな、背景に何か絵でもつけるとしたら綺麗な花なんかが似合うのではないか。
父さんはコーヒーを飲みながら新聞を読んでおり、その姿はいつもよりも渋く見える。
どっかの社長に就任したかのような貫禄さえある。
気のせい、か……?
「お、おはよう」
「うむ、おはよう」
父さんはどこかハードボイルドな雰囲気。
朝から調子が狂うなあと思いつつ、父さんも時にはこんな落ち着いた朝を迎える時があるのだなと然程深くは考えず俺はいつものようにテレビを見ながら食事を頂くとした。
『おはようございます、今日も良い天気で清々しいですね、それでは朝のニュースを始めたいと思います。本日も宜しくお願い致します!』
またあの新人美人キャスターが喋っていたが今日は全然噛まないな、それどころかベテランかと言いたくなるくらいにはきはきと、そして堂々とした喋りになっていた。
練習したのかな、人の成長を見られるのは悪くないね。
「あ、美味しい……」
母さん、いつの間に料理の勉強したんだ? すごく美味しいぞこれ。
ふふっ、珍しく俺は朝からいい気分でいられている。
母さんも主婦のプロになりましたと言わんばかりに動いている、父さんは家を出る際も渋さは変わらず、これから社長会議ですか? と問いたくなるくらいにかっこよかった。
今日は何かいい事あるかもしれないな。
「はい、これ」
「……えっ!?」
弁当を渡された。
受け取って、思わず弁当と母さんを交互に見る。
「べ、弁当?」
「弁当よ?」
それはごく普通の家庭ではよくある事かもしれないが、俺の母さんは今まで弁当を作ってくれた事は数える程度しかない。
毎回昼飯代を渡してくるのが当然だったのに、朝食もそうだが一体どうしたんだ?
「何言ってんの、愛する息子のために弁当を作るのは当然じゃない」
母さんの皮を被った何かじゃないだろうなこれ。
「ほら、遅刻するわよ! いってらっしゃい!」
「い、行ってきます……」
いつもなら行ってきますと言っても居間から「はいはい」としか返事が無かったけど、今日は手を振って見送ってくれてる。
何だか変な感じ……しかし悪くない。
暖かい日差しに思わず、満足感をたっぷりと含んだ深呼吸をした。
軽やかな足取りで登校するその道中、薫と合流する場所に到着して一度足を止める。
「あれ? いないな」
薫の姿は無く、そんでもって足を止める。
薫がいつも立っている場所には少女が一人立っている、彼女も誰かと待ち合わせか? だとしたら待ち合わせ場所が被ってしまって生きづらいな。
うちの学校の制服……だが見覚えはない。
しかしそこに立たれると厄介だ、薫と待ち合わせしている間、同じ場所で肩を並べていたら彼女に『こいつ、私に気があるのかしら』とでも思われたりしたくない。
薫の到着が遅かったら先に学校へ向かうとしよう、少し遅い歩調であればそのうち合流するだろう。
そしたら朝からだらだらとした会話をしながらの登校となる、いつもの朝だ。
とりあえず俺は少女を意識しつつもいつもの待ち合わせ場所は放棄し、彼女を通り過ぎた先で薫を待とうとしたその時、
「待てよ浩太郎っ!」
少女が目の前に立ちはだかった。
びっくりしたな、何だ何だ!?
「は、はい?」
クラスが違うのだろう、俺は彼女を知らないが彼女は俺を知っているようだ。
どこかで会ったか? いいやそんなはずはないんだが。
「俺だよ俺!」
「誰……?」
オレオレ詐欺もこのご時勢では女子高生を使って実際に会うような手を使うようになったのだとしたら即座に警察へ連れて行って逮捕不可避だ。
それと気になるのは――少女が俺って言う時点でおかしいだろ。
君はあれか? 個性を強くしたい的なあれか? 芸能人にもいなかったっけ? 一人称を僕って言う子が。
それ系? それ系なの?
「俺だって! よかった、やっと気付く奴がいた!」
「ど、どちら様ですか?」
変化? 何を言ってるんだ?
誰かと勘違いしているのかもしれない。
「俺だって! 薫、雪寺薫だっつーの!」
「……は?」
一体この子は何を言っているんだ?
どこか地面を探せば頭の螺子が転がっているんじゃないかな?
一緒に探してやろうか? プラスドライバーかマイナスドライバーが必要なら言ってくれ、家から取ってくる。
……それともあれか?
待て、冷静に考えるんだ。
こいつは俺と薫の名前を知っている。
「ふっ、なるほど……薫とグルになって、からかおうって魂胆かい?」
「違うわい!」
薫の奴、どこに隠れてるんだ? この状況を遠くから見て楽しんでるのか?
俺を待っている間、暇だから知り合いに協力してもらってからかう――こういう魂胆かい?
俺は見回して薫を探してみたが見つからなかった。くそう。
しかしこの子演技上手いな。演劇部所属かもしれない、最近の演劇部って迫真の演技をマスターしてるんだねえ。
「あの、薫はどこ?」
「ここだよ! 俺だよ!」
「……はあ」
この子は何が何でも薫がどこにいるかを教えてくれないようだ、誠に遺憾である。
「はあってなんだよはあって! 中学以来からの親友にその反応はショックだ!」
「そういうのいいから、薫が近くにいるなら素直に教えてよ」
「だからここだって!」
駄目だ、話が通じない。
悪乗りが過ぎると流石に俺も怒っちゃうぞ。
「薫に会ったらよろしく言っておいて」
「俺だって言ってるだろ!」
「……そう」
くそっ、ネタばらしはまだなのか?
長引くと気まずくなるぞ。
「えーっと、俺……学校あるから。では、薫によろしく!」
ここは強行突破といこう。
俺は彼女の横を通り過ぎて学校へ向かうとした、ここで時間を潰してしまって遅刻したら嫌だからね。
それに声を荒げられると通行人の視線も寄せられてくるので可愛らしい少女と一緒にいるのは悪くないがこんな状況を招くのならば距離は取りたい。
「俺が薫なんだよ! 薫なんだって! 薫なんじゃあ!」
「ちょっ……やめてっ……! 何その薫三段活用!」
後ろから羽交い絞めをされて身動きが取れなくなった。
人生でも初めてだ、女性に羽交い絞めされるなんて。
……ちょっと嬉しいかも。
それに何か柔らかいものが二つ……うーん、こんな状況ではあるが今俺はものすごく幸せを感じているッ!
「こっちに来い!」
そのままわき道まで連れ込まれてしまった、抵抗はできるけどあえて抵抗せずに俺は羽交い絞めのままわき道へ。
通行人の視線が集中していたが彼らには一体どんな光景に見えたのだろう。
わき道に入るや彼女は羽交い絞めを解いて、財布を取り出した。
薫と同じ財布なんだね、もしかして薫と付き合ってる? 実ゎ私~薫と付き合ってて~その~おそろいの財布、きゃはっ☆とか言わないだろうな、のろけ始めたらすぐに走り去るぞ。
「これを見ろ!」
「……学生証?」
彼女の写真が載っている学生証。名前は――雪寺薫?
……まさかの同姓同名だ。
「珍しいね、俺の友達も雪寺薫っていうんだ」
「だから同一人物だっつーの! 何度も言ってるだろ!」
……頭が残念な子なのかもしれない。
どう反応すればいいのだろう?
『マジかよ! じゃあな!』
これでいくか? うーん、駄目だ、怒らせそうな気がする。
怒らせたくはないな、穏便にお引取り願って学校へ向かってもらいたい。
「分かった、信じよう」
「本当か!?」
「うん、でもちょっと気になる事があるからよかったら学校に行ってもらってからまた話さない? 遅刻しちゃうよ?」
「信じてないなおい!」
「うぐっ苦しいっ……!」
襟を掴まないでくれないかねっ!?
「どうしたら信じるんだよ!」
「さあ……」
あまりにも鬼気迫るものがあった。
遅刻覚悟で彼女の気が済むまで付き合ってやるか?
どうすれば彼女から解放されるかを考えるとする。
「俺と薫とでなきゃ知りえない事、とか……」
付き合ってやるのは五分だけだ、それ以上は時間を潰せない。
遅刻してホームルーム中に教室へ入る気まずさってのは嫌なもんだぜ?
「じゃあ……そうだな、昨日お前と一緒に話した内容とか昼休みに食ったものとか全部言い当てれば信じるか!?」
「試しに言ってみて。昼休み何食べた?」
つーかそろそろ襟から手を離してほしいなあ。
「学校の購買で買ったパンとおにぎり!」
「せ、正解……」
なんだこの子。
どっかで見てたのか?
「そんでもってリア充は爆発すればいいのにって話をした! 帰りは寄るところがあるからって分かれてお前は街のほうに向かった! どうだ!」
まるで一緒に行動していたかのように正確だ。
「そもそもお前と同じクラスで雪寺薫といったら俺しかいねーだろ!」
再び学生証を突きつけられて見てみると、載っているクラスは俺と同じ……ああ、確かに同じクラスの雪寺薫はあいつしかいない、男のあいつしか。
「いやいや……」
非現実的過ぎる……よな。
いきなり友達が女になるか? ありえない、ああ、ありえないね。
きっとドッキリだ、生徒手帳を細工したに違いない。
「まだ信じられないなら、“あれ”を言ってやろう」
「あれ?」
「中学時代、学校の帰りにエロ本拾ってちょっと読んじゃったよな俺達! しかもお前はその後また探しに――!」
大声でそう言われた。
……そう、言われた。
“あれ”を――歩道を歩く人達に十分聞こえるくらいの大声で。
「ああっと! ちょっと待ってー!」
「むぐぐぐっ」
慌てて俺は彼女の口を塞ぐ。
どうして……。
どうして薫とだけの秘密を彼女が!?
「ぷはっ。まだ信じないのならもっと喋ってやるぞ!」
「……マジか?」
本当に、薫?
とりあえずそれ以上俺の黒歴史をほじくりまわさないでほしいなあ……。
「マジだ!」
「……マジなのか!?」
「マジなんだ!」
思考が停止しそうになった。
マジ? その二文字が頭の中でずっと旋回してる。
「ふむふむ、主人公はあんな反応をする、と」
「えっ?」
後ろからぼそりと少女の声が聞こえてきた。
振り返るとわき道を覗き込む猫耳がひょっこりと出ている、昨日にそれを俺は見た記憶がある。
――本屋で会ったあの少女だ。
こちらを覗き込んでメモ帳に何か書いている仕草、間違いない。
「あっ、まずい」
どうしてここに……?
「おい! 待てっ!」
顔を引っ込めたので反射的に俺はわき道から出て少女を探すも姿は無く。
「何かあの女、夢の中に出てきた……」
「夢の中に?」
「女友達役としてなんたらって……くそっ、あいつが何かしたんじゃねーかこれ……」
つーか、冷静に考えよう。
俺は長考、この子――薫? も続いて長考に入った。
「……お湯でもかけたら男に戻らない?」
「試したけど戻らなかった」
アホな質問だった。
しかもそれを既に試した彼――いや、彼女? も大概だ。
「本当に……薫、でいいのか?」
「ああ、俺だ! ちょっと小さくなっちまったけど!」
小さくなって可愛くなったね。
胸は少し大きくなったね。
俺よりも外見はかっこよくて身長が高かった薫は、童顔でつぶらな瞳になって今は視線を下ろせている。
よく見ればどこか薫の面影があるな……。
耳のあたりとか。
「多分アレだよ……あの女は裏の組織で、俺が何か知っちまって女にしやがったんだ」
「どこかで聞いた事あるなそういうの」
「昨日少し記憶が無いんだ、多分俺は何か取引を目撃して後ろから殴られて朦朧とした意識の中で薬を飲まされたのかもしれない」
「女になるってより体が縮んで子供になりそうだなそれは」
それはまた別のジャンルが関わってくるような。
殺人事件とか絡むのは嫌だぞ、名探偵カオルとして少年探偵団を結成なんかしないでくれよ。
「つーか! つーかさっ! 家族は誰も俺が女になっても驚かなくてよ! 元々俺は女だったって思い込んでるんだ! お前が気づいてくれなきゃきっと発狂してたぜ」
「それはよかったな、俺も現在進行形で発狂しそうだ」
ええもう、本当に。
今が夢じゃないかと疑ってしまう。
猫耳フードの子、彼女が何かしたのか?
そもそも俺達を見て逃げたのも、何かしたと言っているようなものだ。
……でもどうやって? 非現実的すぎる事だ、その何かっていうのは。
現実なのかこれは、頬を抓るとそりゃあ当然痛みがあるから現実か、悲しいね。
現実だ、ああ、これは現実。
では冷静に考えてみよう。
もしかしたらあいつは科学者か何かで男を女に変える薬でも開発して飲ませた、とか。
しかし俺以外に気づかなかったというのならば話は別だ、薬でどうこうできるものではない。
いやしかし薬に加えて集団催眠を行うとか? まてまてもはや結論付けようと力技すぎる、それに薫を女にして何が目的だ?
とりあえず俺達はわき道から出て学校へ向かうとした。
学校へ行く気分ではないのだが、薫は学校でも自分がいきなり女になった事を家族同様誰も気づかないかが知りたいようだ。
それは俺もちょっと知りたいかも。
そんでもってどうして俺だけ気づけたのかも気になる。
何か気づける法則がある?
「はあ……尻のあたりがスースーする」
「なんか漫画とかで女になった奴って皆そんな台詞言うけど、現実でそれが聞けるとは思わなかった」
元男とはいえ、女子と肩を並べて学校へ行くのは……そわそわする。
それと朝から女子と一緒に登校となるとほら、一人で歩いている男子にはなんか優越感を感じられる。
悪くない気分、同時に俺って性格悪いなあと思ったり。
「どうしよう」
「どうしようって……俺に聞かれても」
「だよな。うーん、こうしてても何も始まらんし、学校行くか」
「薫って結構すらっと割り切るよね」
「そうか?」
「そうだよ」
俺なら絶対学校サボると思うんだが。
冷静に考えるなりいつもと変わらない薫に戻っている、もはや現状を楽観視しているのではないかこいつは。
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