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002 『あの頃に戻りたい?』
しおりを挟む一つの目標に向かってずっと走り続けていた。
けれどもそれが叶うかどうかなんて、何の保証もされてはいないわけで、自分は努力している――といってもそれは、つもりであって他人からすればまだまだ努力が足りないのかもしれない。
佐久間文弥、二十五歳。
夢は作家になる事。
その夢が叶う気配は、今のところまったくない。
自分に才能がないのは既に理解している。ここいらで早々に諦めて別の目標を立てるのも賢い判断かもしれない。
揺れ動く中、最近では現実から逃げるために酒を喉へと流しこみ、怠惰を貪りそれでいてどこか自分を諦めるわけでもなく、微かな希望だけは一丁前に抱いて眠る、その繰り返しだ。
その時を待つだけで自分から行く勇気も既に消失してしまっており、心の中にはほぼ炭になってしまっている焚火にまだ健気にも必死に酸素を送り続けている。
夢に向かって走り続けた結果、就職活動も大きく躓きを見せてしまったがなんとか就職はできた。
正直……あんまりいい会社ではないが。
残業は多々あるし、無茶振りによる予定の変調は日常茶飯事、神経を削らされるような日々にダメージの蓄積は主に胃腸。
肉体労働はないもののパソコンにずっと向き合う仕事なので目や肩が疲れるのもあって満身創痍で帰路に着くのも屡々。
唯一の癒しが酒になり、いつしか物語を書く事は二の次になってしまっていた。
苦労のため息が出る日々だ。
昔を思い出す事が多くなった、今の生活に満足していないからだろう。
高校時代が一番楽しかったな、あの頃に戻りたい。
廃部同然の文芸部を、同じ志を持つ物見谷美菜という先輩と共に立て直して……といっても幽霊部員三人を用意して文芸部を存続させただけなのだが、いやしかし立て直したのは間違いない。
ともかく、そうして先輩と一緒に文芸部でいくつもの小説を読んで、ある時には先輩と一緒に物語を考えて実際に書いたりもした。
当時の俺はというと中二病がまだ心の中で渦巻いており、そのはけ口がやはり小説の中。
先輩は小説の心得があり、文法などアドバイスをもらいながら書いていたものだ。
今思えば俺はよくあんなものを先輩に見せたものだな。
主人公・明日葉公人が異能力を持つヒロインと共に組織の敵と立ち向かう異能力バトル小説――読み返したら吹き出すか悶絶するかの二択であろう。
ちなみに先輩はその後、高校卒業間近の頃に作家デビューを果たしていた。
高校生のちょっと変わった日常を巡る恋愛小説で、読んでみたがやっぱり先輩は俺と違って才能そのものが違う。
当時はその界隈でも大物若手作家として有名で、そんな先輩に憧れて……。
憧れて……今や特に何者にもなれていない自分がいる。
それどころか――俺だって面白い話を書けるはずなんだ……と、ネットの小説サイトを眺めたり、小説大賞のページを睨んではそんな愚痴をこぼす嫉妬の塊になってしまった。我ながら情けない。
妄想だけは立派で、いつか書店に本が並んでいずれはコミカライズ、アニメ化、などなど浮かび上がる希望は俺の心を励ますように脳内で楽しく渦巻いてくれている。我ながらおめでたい脳みそだ。
こんな時に先輩がいてくれたらな……。
先輩なら何か俺へ心に響く言葉を投げかけてくれただろうよ。
高校卒業以来、先輩とは疎遠になってしまったけれど、最近一度だけ連絡がきたんだよな。
『佐久間くん、佐久間文弥くん』
休憩中に、スマホをこっそりと覗いた。
この人は、よくこういった切り出し方をする人だった。
この時は多忙を極めていたのもあってメッセージに気付かず、返事をしたのはそれから三日後の事だったが既読すらついていない。
きっと今後も既読がつく事はないだろう。
――何故ならば、先輩はこのメッセージを送ったその日に亡くなったのだから。
それを知ったのは、つい先ほどの事だ。
先輩が本を出版していた会社のホームページをふと覗いてみたら、お知らせのところにその訃報が載っていた。
一瞬、何かの間違いではないかと何度も見直し、混乱する思考の中、仕事を放棄してなんとか冷静を保とうと先輩に関するもの全てを調べ尽くしたが、どうやらその事実に間違いはないようだ。
死因は自殺……らしい。
それも俺にメッセージを送った日に、だ。
最期に何かを伝えたかったのかもしれない。
自分がすぐに返事をしていれば、何か変わっていたかもしれない。
……かもしれない、かもしれないと、脳内でずっと巡っている中、その日はまともに仕事ができないまま帰路についた。
渾然とした意識がようやく整理されてきた頃、真っ暗な公園のベンチで泣くだけ泣いた。
葬儀はいつなのだろう。詳細をここであくせく調べるよりも先輩の身内に聞くほうが早いか。
帰りにコンビニで酒を買ったが店員がぎょっとしていたあたりから俺の顔はさぞかし酷い顔だったのだろうが構うものか。
今日は先輩の本を読みながら酒を飲む、そう決めたのだ。
飲まなきゃやってられない。
俺が現在住んでいるのは狭いアパートで、もちろん一人暮らし。
もう少し恋愛に積極的になっていれば今頃素敵な女性と同棲していたのかもなあなんてくだらない事を思いながら玄関の鍵を開けた。
「……ん?」
伸びる短い廊下に、何か落ちている。
紙……? アパートを出る前に書類でも落としてしまったのだろうか。
「原稿用紙……?」
拾い上げて、俺は首を傾げた。
今の日常生活ではまったくと言っていいほどに縁がなくなってしまったものだ。当然俺の住む空間にそれがあるのはおかしい。
「何か書いてあるな……」
20×20の、見慣れた原稿用紙。
三行目あたりに、一文が記されていた。
「『あの頃に戻りたい?』だって……?」
あの頃? あの頃と言われてもね、何だその漠然とした質問は。
……しかしこの原稿、玄関から少し離れた廊下に落ちていた。
郵便受けから入れたにしては遠すぎやしないか……? なんだか不気味だ。いやいや……郵便受けから入れても、そう、きっとうまく風に乗って廊下まで漂ったのだろう。
ホラーは苦手なんだ、そういう系のを想像する事も。
まあいい、ただの悪戯だ。
そう片付けて俺はその原稿をくしゃっと――はせず、一応折りたたんでテーブルへと置いた。
今はこんな悪戯に振り回されるほど心は揺さぶられない。
缶チューハイを開けて、いつもは気分が高鳴るプシュッという音も、今日はやはり心にまでは響いてこない。
酒のついでに買ったのり弁を食べ終えて、先輩の本を手に酒を喉へと流しこんだ。
「先輩……」
もう二度と会えないし、もう二度と先輩の小説も読めない。
そう思うと涙ばかりが溢れてくる。酔いによる高揚もなく、ただ只管に暗澹たる気分を漂っていた。
やっぱり、あの時先輩のメッセージにすぐ返信できていたら……。
空になった缶を握りつぶし、気が付けば既に三缶目に突入しており久しぶりの酩酊を味わっていた。
先輩の死を悼み、先輩の本を読み、酒を喉へと流しこむの繰り返しで、悲しみから逃げるための酒はあまり美味しくはなかった。
ベッドへ横になり、見慣れた天井を見つめながらふと思う。
――あの頃に戻りたい?
原稿に書いていた一文、まるで釣り針のように心の中にしぶとく引っかかっている。
「戻れるなら、高一の頃がいいかな……。そんでもって、そうだな……前とは違う高校生活を楽しんでみたいかも。例えば……ああ、俺の書いた物語のような高校生活……とか」
優しくて物静か、そんでもって整った容姿で暖かな雰囲気を纏うヒロインや、いつもマイペースのほんわか系な可愛い妹がいる――ちょいと主人公あるあるなところもあるが、しかしそんな環境には憧れる。
朝は妹が起こしてくれるんだ、可愛い妹がね。
そして幼馴染が毎朝迎えに来てくれて……敵が出てきてハチャメチャな日常で、もちろんその日々に先輩も混ざって過ごしてくれれば尚良しだ。
ああ、先輩……。
瞳を閉じて、まぶたの裏に先輩との思い出と、まどろみ、意識は夢の中へ。
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