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019 覚悟
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「――文弥君、大丈夫ですかあ?」
おや、委員長じゃないか。
俺の心配をしてくれてやってきた……のではないな、当然ながら。
何かと俺と絡める機会は逃さずやってくるのだ。
「大丈夫よ、心配ないわ。治療も終わったから。行くわよ」
「一応もう少し休ませたほうが良いかもしれませんよ? あ、ここも擦り傷がありますね」
委員長は席を立つ俺を再び着席させて、救急箱からテキパキと物を取り出していた。
私は出来る女なのですと、アピールしたげに。
「沁みますよ、我慢してくださいね」
「あ、うんっ」
治世の治療とは違い、委員長は俺の腕の擦り傷に消毒液を適度に含んだガーゼを優しくつけてくれる。治世の乱暴な当て方とは大違いだ。
「絆創膏をつけて、と。はいっ、完璧です。あら、頬の絆創膏もしわが寄っちゃってますね、これでは剥がれてしまいますよ。取り替えましょう。こうして、こうっと」
「ありがとう、手馴れてるね」
絆創膏を綺麗につけてもらえた。
治世が雑に貼り付けたのと比べると、ぴったりと肌につく感触からしてその差は歴然だ。
……二人の表情も、今や歴然としている。
暖かな笑顔を浮かべる委員長の後ろには、氷点下よろしくと言わんばかりに目を細めた冷たい表情の治世。
治世のこめかみに青筋が浮かんでおり、俺は微笑をすぐに取り下げた。
「治世さん駄目ですよ、もう少し丁寧にやらなければ」
「ちっ」
「あら~舌打ちしちゃってえ。そういうのはいけませんよ~」
険悪なムードになりうるであろう状況だが、委員長の柔らかな雰囲気と心を緩ませる口調によってなんとか中和されている。
「委員長、体育は出なくていいの? まさかサボり?」
「保健室の先生は何かとここを留守にしがちで、救急箱の置いてある場所が分からないかもしれないと思い馳せ参じたのであります」
小さな敬礼をする委員長。
……可愛いなあ、俺への好感度アップ目的とは分かっていても。こういうお茶目なところが、好きだったんだ。今は委員長としての性格も加味されているとはいえ、あんまり変わりはない。
「それくらい教えてもらわなくても分かるわよ」
「でも私、心配性でして」
「なんだか、付きまとってるように見えるんだけど」
おっと、軽く突き始めたな。
委員長の反応を見たいようだが、そう容易くはボロなど出さないであろう。
「お二人と良い友人関係を作りたいので~」
どうも調子を狂わされる。
彼女の崩れない笑顔もあるが、纏う独特の雰囲気もあって。
どれだけ鋭い攻撃をしようにも、まるで弾力ある透明なクッションに受け止められて当たったのかどうかすら曖昧で誤魔化されてしまう感覚に見舞われる。
「ちなみにお二人は今度の土曜日、お暇ですか?」
「土曜日? えーっと……」
突然の質問に、思わず治世に視線を振った。
「…………暇よ。それが、何か?」
治世は視線を合わせない。
不審に思われないようにか、これといった反応も見せず対応していた。
俺も平静を装うとしよう。変に視線を送ったりするのは、やめておこう。
「では遊びに行きませんか?」
「遊びに?」
「ショッピングをしたり、ボウリングをしたり、後はそうですね……巷で話題の喫茶店に行くというのは、どうでしょうか!」
最後は気合を乗せて、やや声が大きくなっていた。
「……どう、でしょうか?」
不安げに聞いてくる。
これも演技なのは分かってる、分かっているけれども心が揺らされてしまう。
“委員長”からのお誘いがあるのは展開通りだ。
三人でわいわい遊んで、“委員長”は俺を誘惑してきて、治世がやきもちを焼いてといった展開があるのだが、その辺は治世の性格が変化しているので少し違った展開になるだろう。
更にこっちは彼女が既に敵だと分かっている時点で、このお誘いに向ける姿勢は全然違う。
女性からの折角のお誘いだってのに、素直に喜べないな。
「土曜日ね、いいわ。文弥もいいわよね」
治世はすんなりと承諾した。
断るのも一つの選択ではあるがそうした場合、先の展開がこれまた分からなくなるし……このお誘いは受けておいたほうがいいかもしれない。
「いいよ。遊びに行こう」
「あれりゃっ~嬉しいですね。ではまた後で予定を固めましょうか。そろそろ戻らないといけませんし」
「そうね、早いとこ戻りましょう」
しかし彼女と一緒には保健室からは出ず。
一度、立ち止まり彼女を見送った後に、治世は振り返って口を開いた。
「……あちらから仕掛けてくる可能性はあると思う?」
「仕掛けるというか、委員長は街のどこかにいるであろうラトタタと連絡を取り合いたいのと、連絡が取れたら特異が宿ってるのかを彼女に調べてもらうつもりなんだよ」
「ふぅん、そういう事ね。あいつらが合流した時点で……ラトタタはもうお前の事を把握しているから、こっちの事は知られてしまうわね」
「うん……やっぱり断ったほうがいいかな?」
「断ったところで委員長がラトタタと接触するまで然程猶予はないでしょうから、あまり変わらないわ」
「そうかもね……。委員長から動き出してきたって事は、ラトタタと接触できる見通しも立ってるんだろうし」
「ならこの際流れに身を任せてみて、泳がせ方を変えてみるのはどう? そのほうが色々と探れるかもしれないわ」
「あえて相手に動いてもらうと?」
ずっとこのまま日常系ストーリーを続けて隠せるわけでもないしな。
「ええ、それにいつまでもこそこそと隠れて守りに入るわけにもいかないわ」
「それもそうだね、じゃあ……その方針で動いてみようか」
すると治世は、俺の両頬に手を当てる。
――とはいっても、優しくではなく挟むように。ほんわかムードなど皆無。
「文弥……どうなるかはまだ定かではないけれど、委員長は敵だと――私達は敵同士だと認識しあう日になるかもしれないわ。分かる?」
「ふぁ、ふぁい……」
「こっちも、美耶子さんに言って、相手が仕掛けてきた場合を想定して準備をするわ。お前も覚悟が必要よ」
「ふぇ、ふぇい……」
真っ直ぐに瞳を見てくる。
暫しお互いに視線を交差させた後に、彼女は手を離した。
「よし、行きましょう」
「う、うん……」
覚悟と言われて、心にずっしりとくるものがある。
理解はしている、できている。委員長は敵、それは俺が設定した。
けれど……たとえ演技であっても、クラスメイトとして、委員長として接してくる彼女を見ていると俺の覚悟はとても脆く感じる。
願わくはこのままほんわか日常系で進んでほしいものだ。
おや、委員長じゃないか。
俺の心配をしてくれてやってきた……のではないな、当然ながら。
何かと俺と絡める機会は逃さずやってくるのだ。
「大丈夫よ、心配ないわ。治療も終わったから。行くわよ」
「一応もう少し休ませたほうが良いかもしれませんよ? あ、ここも擦り傷がありますね」
委員長は席を立つ俺を再び着席させて、救急箱からテキパキと物を取り出していた。
私は出来る女なのですと、アピールしたげに。
「沁みますよ、我慢してくださいね」
「あ、うんっ」
治世の治療とは違い、委員長は俺の腕の擦り傷に消毒液を適度に含んだガーゼを優しくつけてくれる。治世の乱暴な当て方とは大違いだ。
「絆創膏をつけて、と。はいっ、完璧です。あら、頬の絆創膏もしわが寄っちゃってますね、これでは剥がれてしまいますよ。取り替えましょう。こうして、こうっと」
「ありがとう、手馴れてるね」
絆創膏を綺麗につけてもらえた。
治世が雑に貼り付けたのと比べると、ぴったりと肌につく感触からしてその差は歴然だ。
……二人の表情も、今や歴然としている。
暖かな笑顔を浮かべる委員長の後ろには、氷点下よろしくと言わんばかりに目を細めた冷たい表情の治世。
治世のこめかみに青筋が浮かんでおり、俺は微笑をすぐに取り下げた。
「治世さん駄目ですよ、もう少し丁寧にやらなければ」
「ちっ」
「あら~舌打ちしちゃってえ。そういうのはいけませんよ~」
険悪なムードになりうるであろう状況だが、委員長の柔らかな雰囲気と心を緩ませる口調によってなんとか中和されている。
「委員長、体育は出なくていいの? まさかサボり?」
「保健室の先生は何かとここを留守にしがちで、救急箱の置いてある場所が分からないかもしれないと思い馳せ参じたのであります」
小さな敬礼をする委員長。
……可愛いなあ、俺への好感度アップ目的とは分かっていても。こういうお茶目なところが、好きだったんだ。今は委員長としての性格も加味されているとはいえ、あんまり変わりはない。
「それくらい教えてもらわなくても分かるわよ」
「でも私、心配性でして」
「なんだか、付きまとってるように見えるんだけど」
おっと、軽く突き始めたな。
委員長の反応を見たいようだが、そう容易くはボロなど出さないであろう。
「お二人と良い友人関係を作りたいので~」
どうも調子を狂わされる。
彼女の崩れない笑顔もあるが、纏う独特の雰囲気もあって。
どれだけ鋭い攻撃をしようにも、まるで弾力ある透明なクッションに受け止められて当たったのかどうかすら曖昧で誤魔化されてしまう感覚に見舞われる。
「ちなみにお二人は今度の土曜日、お暇ですか?」
「土曜日? えーっと……」
突然の質問に、思わず治世に視線を振った。
「…………暇よ。それが、何か?」
治世は視線を合わせない。
不審に思われないようにか、これといった反応も見せず対応していた。
俺も平静を装うとしよう。変に視線を送ったりするのは、やめておこう。
「では遊びに行きませんか?」
「遊びに?」
「ショッピングをしたり、ボウリングをしたり、後はそうですね……巷で話題の喫茶店に行くというのは、どうでしょうか!」
最後は気合を乗せて、やや声が大きくなっていた。
「……どう、でしょうか?」
不安げに聞いてくる。
これも演技なのは分かってる、分かっているけれども心が揺らされてしまう。
“委員長”からのお誘いがあるのは展開通りだ。
三人でわいわい遊んで、“委員長”は俺を誘惑してきて、治世がやきもちを焼いてといった展開があるのだが、その辺は治世の性格が変化しているので少し違った展開になるだろう。
更にこっちは彼女が既に敵だと分かっている時点で、このお誘いに向ける姿勢は全然違う。
女性からの折角のお誘いだってのに、素直に喜べないな。
「土曜日ね、いいわ。文弥もいいわよね」
治世はすんなりと承諾した。
断るのも一つの選択ではあるがそうした場合、先の展開がこれまた分からなくなるし……このお誘いは受けておいたほうがいいかもしれない。
「いいよ。遊びに行こう」
「あれりゃっ~嬉しいですね。ではまた後で予定を固めましょうか。そろそろ戻らないといけませんし」
「そうね、早いとこ戻りましょう」
しかし彼女と一緒には保健室からは出ず。
一度、立ち止まり彼女を見送った後に、治世は振り返って口を開いた。
「……あちらから仕掛けてくる可能性はあると思う?」
「仕掛けるというか、委員長は街のどこかにいるであろうラトタタと連絡を取り合いたいのと、連絡が取れたら特異が宿ってるのかを彼女に調べてもらうつもりなんだよ」
「ふぅん、そういう事ね。あいつらが合流した時点で……ラトタタはもうお前の事を把握しているから、こっちの事は知られてしまうわね」
「うん……やっぱり断ったほうがいいかな?」
「断ったところで委員長がラトタタと接触するまで然程猶予はないでしょうから、あまり変わらないわ」
「そうかもね……。委員長から動き出してきたって事は、ラトタタと接触できる見通しも立ってるんだろうし」
「ならこの際流れに身を任せてみて、泳がせ方を変えてみるのはどう? そのほうが色々と探れるかもしれないわ」
「あえて相手に動いてもらうと?」
ずっとこのまま日常系ストーリーを続けて隠せるわけでもないしな。
「ええ、それにいつまでもこそこそと隠れて守りに入るわけにもいかないわ」
「それもそうだね、じゃあ……その方針で動いてみようか」
すると治世は、俺の両頬に手を当てる。
――とはいっても、優しくではなく挟むように。ほんわかムードなど皆無。
「文弥……どうなるかはまだ定かではないけれど、委員長は敵だと――私達は敵同士だと認識しあう日になるかもしれないわ。分かる?」
「ふぁ、ふぁい……」
「こっちも、美耶子さんに言って、相手が仕掛けてきた場合を想定して準備をするわ。お前も覚悟が必要よ」
「ふぇ、ふぇい……」
真っ直ぐに瞳を見てくる。
暫しお互いに視線を交差させた後に、彼女は手を離した。
「よし、行きましょう」
「う、うん……」
覚悟と言われて、心にずっしりとくるものがある。
理解はしている、できている。委員長は敵、それは俺が設定した。
けれど……たとえ演技であっても、クラスメイトとして、委員長として接してくる彼女を見ていると俺の覚悟はとても脆く感じる。
願わくはこのままほんわか日常系で進んでほしいものだ。
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