ある日突然タイムリープしてしまった社畜、自分の書いた物語が現実となった過去をやり直す。

智恵 理陀

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030 発見

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「準備も整った事だし――先ずは、ミスタースミスで床をぶち抜いてくれ!」
「やって、ミスタースミス」

 凛ちゃんが呟くと、ミスタースミスは右手を巨大化させて思い切り床へと叩きこんだ。
 床は容易く崩壊していく。

「おぉあ!?」

 その衝撃は空気を震わせ、床が砕けては亀裂がラトタタの足元まで走っていった。
 ミスタースミスは、床に壁と攻撃を更に加えていく。不安定になっていく足元に危機を察知して身構えるラトタタ――通路は瞬く間に破壊されていく。
 俺達の足元もぐらついて崩れていくがその瞬間に俺達の足元にはミスタースミスによって床が作られて落下は免れた。
 計画通りだ。

「どう?」
「流石だよ凛ちゃん!」
「ふふん」

 嬉しそう。無表情ではあるけど、そこはかとなく。

「くそがぁあ!」

 ラトタタは辛うじて天井から垂れ下がったケーブルに掴まって難を逃れていた。
 異能を使って再び攻撃をしようとしてくるが、俺はすぐにこの球体の影を彼女へと放り投げた。

「な、なんだこれ!」
「目は閉じておいたほうがいいよ!」
「何ぃ……?」

 ミスタースミスの手元から離れた球体はゆっくりとほころんでいく。
 となれば当然、中に噴射した殺虫剤も外に出ていく。

「にぎゃぁぁぁぁあ!!」

 鼻を両手で覆うラトタタ。
 ケーブルは掴んでおかなくていいのかな?

「あっ」

 そんな切ない声を漏らして、彼女は落下していった。
 様々な物を巻き込む派手な落下音だった。
 彼女の安否を確認したかったが、その前に影の床が伸びて視界を阻んだ。

「心配する相手が、違う」
「そ、そうだよね!」

 余計な心配というものだな、これは。
 床を解けば俺達を追う道も絶たれる。そう簡単に追ってはこれまいが、かといって余裕があるわけでもない、先を急ごう。

「って凛ちゃん、鼻血出てるよ!」
「連続して異能を使うのは……キツい」
「ごめん、負担を掛けた……」
「いい」

 ここへきて凛ちゃんは連続して異能を使い続けている。
 更に今はミスタースミスをずっと出現させてフル稼働状態を継続しているために重りを乗せられている動いているようなものだろう。
 凛ちゃんは袖で鼻血を拭い、気合を入れているのか深く深呼吸をした。

「大丈夫?」
「問題ない」

 先へと進むと非常階段への扉へ突き当たった。
 他の通路はどこも棚と机で塞がれている、進むべきはこの扉で良さそうだ。

「罠は……ない。一度能力を解除する」
「少しでも力は温存しないとね」

 所々塗装が剥げて錆の目立つ鉄骨階段は一歩踏み込む度にざりっとこれまた塗装がはがれていき、嫌な想像が脳裏を過ぎる。
 下を見るとその想像は増幅、意識は上に向けよう。

「誰か上に行ったような跡がある」
「本当だ、錆付いた階段を歩くのは嫌だったのかな?」

 上へ――最上階への階段は軽く錆が左右へどけられており、足でさっとよせた姿が思い浮かぶ。

「自分達は上にいるっていう、目印かも」
「それもありえるか」

 汗ばんだ額や熱を帯びた体を風が心地よく撫でてくれて、上の階へ到着する頃には程よい清涼感を得られた。
 もう少し風に当たってはいたいが今は時間が惜しい。

「開ける」
「いつでもどうぞ」

 こうして先の分からぬ状態で扉を開けるというのは、心臓がきゅーっと締め付けられるような気分になる。
 扉は悲鳴のような軋む音を立てながらもなんとか開き、慎重さを乗せた重い足取りで中に入る。
 先ほどの戦闘のせいか、床の亀裂がこれまた目立つな。

「治世は、この先か……」
「警戒」
「そうだね、警戒しておこう」

 最上階はこれまたごちゃごちゃと乱雑さが見られる空間だった。
 廊下の左右には電源の入っていない謎の電子機器がそこかしこに積み重ねられており、所によっては移動するにも窮屈を強いられた。
 足元にはいくつもケーブルが通っており、ただでさえ薄暗いのに波を打ってるケーブルがあって足を取られそうになる。
 物陰が多く潜むには十分だ、委員長が隠れて後ろからぐさっ――という展開は勘弁してもらいたいものだな。
 俺が刺されるのは展開が変更される前の話だから、大丈夫……だよな? 一応後ろにも意識は向けておこう。

「瓦礫や妙な機械ばかり」
「異能教のちょっとした実験室みたいなものさ。異能に関する装置もどこかにあるはずだ」

 その装置こそ、特異を取り出して保存できるものだ。

「治世たんを助けて、ついでにその装置を壊す」
「すんなりといけばいいけどね」

 けど展開的に何かトラブルの一つでもぶつけてきそうだ。
 うまくいっている流れで壁となる展開を作るものだからね。俺なら……治世を見つけて安心したところを――ってとこかな。
 慎重に先へと進んでいく。
 今のところは罠という罠もない。歩きづらいには変わりないが。

「ん? あのカーテンの先かな?」
「いかにもって感じ」

 まるでトンネルを模しているかのように機械類が積み重ねられており、その先は誘っているかのようにカーテンが靡いていた。
 何度も行き来されたのもあってかカーテンは所々磨り減って透けて見え、奥に誰か倒れているのが確認できる。
 ふと脳裏を過ぎるは、先輩が言っていたあの言葉。
 ――そうだなあ……悲劇でも取り入れようか。

「治世、かな……?」
「罠は……なさそう」

 周囲の安全を確認し、しかし油断はせずに前進する。

「治世!」

 カーテンを過ぎてすぐさま呼びかけた。
 もしかしてもう悲劇は成立してしまったのだろうか……そう思ったが、

「……ん」

 意識は朦朧としてはいるが俺の声に反応してくれた。

「ああ、よかった、本当に……」

 今すぐにでも彼女を抱きしめてやりたいけれど状況が状況だ、我慢しよう。
 手足は縄で拘束されており、ミスタースミスがすぐに縄を切ってくれた。

「…………文弥?」
「大丈夫? 怪我はな――いだだだだだ!」

 治世、何故に頬を抓ってくるんだい?

「どうして……どうして来たの!」
「えっ、き、きみを助けるために……」
「そんな事、頼んでないわ!」

 そんな切り出し方をしてくるんじゃないだろうかと予想はできていたが、予想外の圧力に俺は思わず縮こまった。

「あら……凛までいるの」
「……っす」

 うーん、素直じゃないなあ。
 もっと喜べばいいのに。

「まあいいわ! とりあえず絞める!」
「ぐぇぇ! 首絞めないで!」

 早いとこここから移動したいんだけどキレ散らかしてる治世が落ち着くまで待とう。

「はぁ……状況は?」
「下の階でラトタタと接触して、一応撃退したよ。委員長はどこにいるのか分からないけど、近くにいる……かも?」
「美耶子さんは何処にいるの?」
「ここに入る時に会ったよ、外にいる」
「……揉めたでしょ」
「ま、まあ……ほんの、ちょっと?」

 治世は全身の力みを解くかのような深い溜息をついた後に、瞳を閉じて深呼吸をした。
 状況整理中、かな?

「馬鹿な事をしたわね。私を助けるより切り捨てて異能教を叩く、これが最善の手でしょう?」

 こういう時は主人公らしい台詞を言ってヒロインの好感度を高めるべきか。
 俺には君が大切だから、とか最善の手は君を助ける事だぜ、なんて言葉を並べたらどう反応するのだろう。

「聞いてるの?」
「あ、はい、聞いてます。すみません」

 うん、駄目だ。
 不機嫌そうに腕を組んで眉間に深いしわを刻んでいる時点で彼女はきっと、照れるどころか多分、多分? いいやきっと、きっと? そりゃもう絶対――ああ、絶対にキレる。

「ちっ……私とした事が、大きなヘマをしたものだわ。原稿に夢中で……ええ、焦りもあったわね」
「何があったんだい?」
「後ろに気付かず薬を嗅がされて意識を失ったの。何よ、私の失態を聞いて嬉しい?」
「い、いや、そんな事は……」
「ふんっ、大ヘマもいいとこよ」
「そんなに自分を責めないで」
「……そうね。あの原稿にはお前が狙われていると書いてあったものだから焦ったのだし、これはお前のせいね」
「俺のせいになるかぁ」
「冗談よ、もう少し私が冷静に対処すべきだったわ」
「ちなみにあの原稿なんだけど、委員長が用意した偽物だったんだ」
「ちっ……やってくれたわね。次会ったらただじゃおかないわ」

 指の骨を鳴らして内なる殺意を育む治世。
 どうかお手柔らかに、と願ってもそれは叶わないだろう。

「っす」

 凛ちゃんも治世と同じく指の骨を鳴らしていた。治世と違って迫力がやや無し。

「治世た……治世の、異能って薬は効くの?」
「ええ、私の異能は損傷には発揮されるけど、薬にはほとんど駄目ね。軽い緩和程度でしかないわ。鍛錬すれば耐性が上がるかもしれないけどね」
「そう」

 どの異能もそれなりに何かしら弱点はつけているんだぜ。
 そういうの、大事な設定だよね。
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