死後の世界が科学的に証明された世界で。

智恵 理陀

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第二章

6.自殺薬

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 伊部凛子。
 年齢は二十八歳、AB型。二十二歳の時にローカル番組にて霊能力者として紹介される。名立たる霊能力者と共に心霊スポットなどを巡っていたが、彼女の発言は他の霊能力者とは違う意見ばかり。
 それも半分以上は「見えない」か「いない」が多く、ポンコツ霊能力者や0能力者といったあだ名がネットではつけられていたが、その美貌から彼女はじわじわと人気が上がっていたようだ。
 心霊系の番組はただでさえ細々となんとかやっていけていた当時であったが、彼女が二十四歳の時に天国事件が発生し、番組はとどめを刺されたようなもので打ち切りとなった。
 それ以降、彼女が何かしら番組に出演する機会はなく、霊能力者を名乗る者達は暴露本を出版しての隠居、占い師などへの転向などで世間から消えていった。
 現在は霊的相談所とは名乗っているものの、彼女の事務所は老朽化の激しいビルの二階。
 看板も下げておらず教えてもらわなければ相談所であるかも分からない。
 それで生活していけているのかと思ったのだが、どうやら彼女はご両親の遺産で食っていけているようだ。
 ご両親は彼女から聞いたとおりで、天国事件から一年後に亡くなっている。それがきっかけとなったのか酒、煙草を始め、吃音症も発症してしまった。
 カウンセリングも受けていたようだがここ二年間は一度も受けていない。
 薬物に手を出したのが半年前、現在はこれといった住居は決めておらず事務所か知人宅で寝泊りをする生活だとか。
 彼女についてのデータをささみちゃんから頂いて、思った感想は……死にたがっている、ような気がして……ならなかった。
 自暴自棄が今も続き、彼女の体は崩壊していく。病院へ行ったのはもういつかも覚えていないらしく自分の体は大切にしていないようだった。
 研究所には医療・宿泊施設も完備されている、彼女とは午後も話を聞いていたが、睡眠不足が深刻で職員に一先ず預けるとした。彼女も同意して、気絶するように眠ってしまっていた。
 危険ドラッグによる体力の低下もあるとの事だ。暫くここの施設で療養させるのも、彼女のためにもいいかもしれない。
 然るべき管轄への引渡しの必要は、特務特権によって保留とされる。
 一応見逃すという取引はしたからな、彼女についての情報を他の管轄へ漏らさねば問題はない。
 彼女は研究所に預けておき、俺と木崎君は押し寄せる仕事を前に一先ず昼休憩を取った後に行動予定の整理から入るとした。
 事務所に戻るべきか、しかし研究所を出るならついでにどこかに寄って何か一つでも済ませられるものがあったら済ませていきたいところだが、これといったついで事もなければ直帰もありだ。
 何よりここの作業室は事務所よりも快適で、事務所に戻って作業するよりも気持ち的な面から捗る。
 暖かな風が送られ、常に過ごしやすい温度をキープしてくれるクーラーがついている。事務所のぼろいストーブは温かかったり肌寒くなったりと安定しない。

「さて。筆跡鑑定のほうは、と」

 届けられた封筒から書類を取り出した。
 長々と文章が並べられている。
 天国交信装置に書かれていた文字と、窓に書かれていた文字とでは比べる上でも難しいが、筆勢や文字形態、筆癖は極端に類似しているため、現段階では同一人物である可能性は高いと記載されていた。
 しかし最速での鑑定であり、確定と言える段階まではまだ時間が掛かるとの事。
 天国交信装置に直接関わっているとされる人物が平輪市にいた、まだ市内若しくは県内のどこかにいる可能性は十分にある。
 人物像は一切ないものの、不審なバンなどがあればすぐに情報がくるようお願いしているところだ。
 書類を彼女にも見せる。

「同一人物である可能性は高い、ですか」
「ああ、後は天国交信装置の使用許可がもしおりればあの場の光景を映像化してもらって調べる事もできるんだがな」
「映像化? そういう事もできるのです?」
「ああ、画質はあまりよくないがな。装置の使用中に録画機器を通して死者が最後に見た光景を映像として保存できるようになったんだ」
「死者の記憶の映像を保存……すごい世の中になってきましたね」
「まったくだ。しかし教団は誰もが顔を隠しているから個人の特定は出来ないがね、背丈や骨格から性別の判別くらいだ」

 使用許可についてはあまり期待は出来ない。
 今回の集団自殺に関して、筆跡鑑定の結果だけでは上が動くとは思えない。もう少し調べて許可が下りるような素材を集めるべきか。
 ポケットの端末に手を伸ばし、電話をかけた。

「やあ、ささみちゃん。ちょっといい?」
『何さ~』
「宮内早苗って名前の人、調べられるかい?」
『ただ調べるつっても、同じ名前の奴が全国にどれだけいると思ってんだ?』
「今日の事件で一命を取りとめた人がいただろう? その人の名前かもしれないんだ」
『マジか? それなら話は早えぞ~』
「もし顔と名前が一致したら彼女に関する情報をこっちによこしてくれないか?」
『オーケー』

 これで、病院で危篤状態になっている今回の自殺志願者の名前が一致すれば、伊部さんの話していた内容がまた的中する。
 であれば……伊部さんから生霊状態である宮内早苗と話をしてもらい、情報を引き出す――まったく、我ながら妙な捜査方法だ。

「伊部さんの話、本当でしょうか……」
「今のところは、当たってるな。一つ気になる点があるが」
「一つ?」
「最初に言っていただろう? 自殺志願者が集まったのは――十人と。現場にあった遺体は八人、一命を取りとめたのが一人で合計九人だ」
「ああ。確かに。しかし数え間違いという可能性は?」
「現場で見つかったPTP包装シートは十錠全てが無くなっていた。一錠は見つかっていない」
「……現場には本当に十人いたという事ですか?」
「かもしれない」

 彼女の話がなければ錠剤の一錠が足りない程度でそれほど疑問視されなかったであろう。
 もし遺体が一人、本当に消えているのだとしたら話は変わってくる。
 今回の事件は他の集団自殺事件とは少し違うかもしれない、より慎重に捜査を進めていこう。

「よう」
「山路さん、来ていたのですか」
「お、お疲れ様です」

 自慢の顎鬚をさすりながら、山路さんは空いていたテーブルに腰を下ろした。
 その独特な枯れ気味な低音の声と行儀の悪さは相変わらずだ。

「今日は研究所に用件が?」
「ちょいとな。話は聞いてるぞ、なんでも霊能力者? を保護して話を聞いてるらしいじゃねえの」
「ええ、まあ」
「まさかそいつの話を聞いて捜査を進めるとか言うんじゃないだろうな」
「……それがですね」

 訝しげに山路さんは俺を見る。
 特務の捜査方法は基本的に本人の自由であり、上司の許可も必要ない。何より上司との接触もほとんどないために一々許可を取って動くのは初動の遅れに繋がる。
 だが今回の捜査方法は自由というよりもやや奇妙。
 このまま進めていいのか、我ながら未だに疑問に満ちている。

「もう少し彼女の話を聞いて、捜査してみようかと思ってます」
「大丈夫なのか? そもそもそいつの危険性は?」
「大丈夫です。多分」
「驚いたよ、お前さんがそんな捜査をするなんてな。お嬢ちゃん、どう思うよ」

 話を振られて、木崎君は肩を上下させてから、口を開いた。

「え、わ、私は……多比良さんに従います」
「いい部下を持ってるねえ。羨ましいよ」
「山路さんは部下をつけないんですか?」
「俺は一人のほうがいい、部下と一緒に捜査をするってのは刑事時代に無理だと気付いたからな」

 山路さんは警視庁刑事部捜査第一課出身だ、刑事としては相当優秀だったとささみちゃんが言っていた。特務設立時の初期メンバーでもある。
 俺も特務に入った当初は山路さんの下で少しだけ就かせてもらったがその期間は短かった。本人が一人で行動したがる傾向にあるのだ。

「そっちの事件は任せてもいいか?」
「はい、今のところは問題ありません」
「なら俺は別んとこを進める」
「別のとこというと?」
「CIA、MI6、MSS、BDNといった諜報機関や宗教団体までもがこぞっとやってきてるんだよ」
「天国交信装置の争奪戦ってところですか」
「そんなとこだ」

 他国や宗教団体は天国交信装置が喉から手が出るほど欲しがっている。
 裏では諜報機関や宗教団体が衝突しあっているとよく聞く。山路さんや他のメンバーが主に引き受けているがいつか俺達にも何かしら関わる機会があるかもしれない。

「とりあえずいつでもフォローできるように情報は笹峰から貰ってはいる。霊能力者がどうこうは置いといて……何か掴めそうか?」
「まだ分かりませんが、今回の件は他とは違うような気がします。天国交信装置は小型化しており、現場から遺体が一人分消えている可能性もあります」
「消えてるだって?」
「霊能力者からの話を元にしておりますが、十人分の自殺薬が入ったPTP包装シートは全て空に対して、現場の人数は九人というのも引っかかります」

 今でも現場から自殺薬が出てきた報告はされていない。

「指紋のほうは?」
「今回は検出されてます、結果はまだ聞いていませんがもしかしたら、十人分の指紋が出るかもしれません」
「そうか、それは気になるな。進展がある事に期待するよ。霊能力者のほうもほどほどにな」
「もしかしたらその霊能力者のおかげで大きな進展があるかもしれませんよ」
「今時霊能力者というのもなあ……」

 俺も最初は同じ反応ではあった。
 今後の調べ次第では、もしかすると――だ。

「上は何か言ってこなかったのか?」
「報告もしていないですが、ささみちゃんとのやり取りから自分がどう動いているのかは把握しているはずです」
「その上で何も言ってこないって事は、一応は容認しているのか」
「おそらく」

 上司の指示を仰ぎたい気持ちもややある。
 連絡がきて、どうこう動いたほうがいいなどといったアドバイスの一つでもくれやしないかとスマートフォンが振動するのを期待しているのだが、その気配は未だにない。

「分かった。今日は事務所には戻るのかい?」
「時間次第といったところですね」
「そうかい、まあ戻らなくていいがな。オートロックのおかげで戸締りを気にしなくていいってのは便利なもんだなあ」
「まったくで」
「それじゃあ、俺は行く。天国教団を壊滅させたら連絡をくれ」
「ええ、そのうち連絡します」

 山路さんはくっくっと笑みを溢しながら退室していった。
 時計を気にしていたあたり、山路さんも忙しそうだ。

「さて、我々もそろそろ行こうか。筆跡鑑定はとりあえずの段階でも一応は聞けたし、指紋鑑定もまだまだ時間掛かるだろう」
「伊部さんはどうします?」
「話を聞くのは少なくとも明日だな」

 その間、少しでも情報収集と現状整理を優先する。
 現場にもう一度足を運び、教団の逃走ルートなどの割り出しを行いいくつかのルートを回ってはみるがこれといったものは出なかった。
 日が暮れるまで木崎君と聞き込みをしたが、それらしい話も得られなかった。人口減少も響いている。聞き込む相手が少ない上に、国籍が違う相手も多いために聞き込み自体の難易度が上がっている。
 その日の捜査も引き上げるついでに、病院に一度寄った。
 自殺未遂で終わったあの自殺願望者が奇跡的に意識を取り戻している事を願うも、看護師曰く今夜が山だという。
 それも、もし乗り越えられても数日生きれるかどうか。
 自殺薬というものは、本当に恐ろしいものだとつくづく感じさせてくれる。
 一度飲んだら体が徐々に衰弱して機能が停止する。効果のほどは人によって違うらしいが、彼女の場合は途中で嘔吐して成分は全て摂取したわけではないのにこの効果を出している。
 しかしふと思う。
 もし自分が死にたくなったらどんな手段を選ぶのかと。
 携帯している銃をこめかみに突きつけて引き金を引くか、首を吊るか、飛び降りるか――誰にも迷惑をかけずに、死後の処理による手間をかけさせないものを選ぶのならば、自殺薬を手に入れて飲むのがいい。
 もしも捜査段階で、自殺薬を手にする場合があったら――一つくらい貰っても、バレないだろうか。
 ……いや、何を考えているんだ俺は。
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