異世界の治療士達

智恵 理陀

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第一章

Karte.001 治療士

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 俺達の住む世界は、俺達が思っている以上に脆い。
 人間はいいさ、不治の病や難病でない限り薬や治療を施せば大体がなんとかなる。
 この世界も――大地も、空気も、容易く治せればいいのだがそう簡単にはいかない。
 スンッ、と匂いを嗅く。
 空気は異物などないような、鼻腔には特に引っかかりもなく柔らかく通っていく感覚――

「問題なし、と」

 視診といこう。
 気になるのはさきほどから聞こえてくる遠くの声。

「――さーん!」

 ほらまただ。
 少女の声が聞こえてくる。

「ルヴィンさーん!」

 ああ……うるさい。
 囀る小鳥はどこにいるやら。
 双眼鏡で覗き見て、周辺を探してみる。
 太陽の位置にも気を付けている、必ず自分の背後に太陽がくるようにしているので陽光に視界を遮断される事はない。

「いたいた」

 少女の姿を捉えた。
 中々楽しめる光景だ。迫真を顔に貼り付けたような鬼気迫る表情で、後ろを一瞥するたびに少女の表情には深刻さが増していく。
 思わず一笑に付し――しかしいかんいかん、と自らを戒める。

「やばいっす! 魔物っす!」
「見りゃ分かる。つうかお前より小柄だろうに」

 この距離では聞こえてはいないだろうが、そうつぶやいた後に溜息をついて俺は立ち上がった。
 この草原に身を沈めるのも心地よかったが、魔物に追われてるとあればすぐに行くとしよう。

「慌てるな、そいつをよく見てみろ! ちっこい奴だろうが!」
「数が! 数がですね!」
「数だぁ?」

 もう一度双眼鏡で確認をしてみた。
 ……おやおや。
 どうやら魔物は一体だけじゃなかったらしいな、物陰からまるでお湯が沸騰して鍋から飛び出てくるかのようにどんどん飛び出してきていた。
 そこらの小動物よりも――兎より一周りほど小さいか、群れを成して向かってきているが一体一体の脅威はそれほどでもない。
 黒ずんだ真ん丸い魔物だ。
 蹴って玉遊びでもしたいところだが、伸びた手足はどれも尖っている。
 なだれ込まれたら痛い目に遭いそうだ。

「早くこっちに来い!」
「了解っす!」

 彼女――エルスは逃げ足だけは速い。
 すぐさまに俺の元までやってきては足元に飛びついてくる。
 
「援護しろよ! 腰に下げてるのは飾りか?」
「飾りっす!」
「断言すんなよ」

 エルスの装備は小剣ではあるが、魔物も魔物で小さいのだ、そこそこやれるだろうに。
 とはいえ俺の剣のほうが確実に仕留められる。

「さあて……やろうか」

 剣を抜き、草原を掻き分けて目の前まで迫ってきた魔物に、軽く呼吸を整えてから――一閃した。
 先ずは一体。
 俺の攻撃を見て続く魔物達が左右へと別れて距離を取った。
 この辺りは凹凸が激しい、それに加えてひざ下まで伸びるこの草。
 小物の魔物にとっては有利な環境だ。死角へと逃げ込んで隙を見て襲い掛かるつもりだろうか。
 しかし大した知能などないはず、単調な攻撃を仕掛けてくるに違いない。
 視覚に頼るよりも聴覚に頼ったほうがいいだろう、草の音で位置を把握しやすい。
 左右へと意識を向けていたが、物音は回り込むように後方へと過ぎていく。
 後ろを取ってきたか? 振り向くや――魔物は既に風穴を開けられていた。
 空気を穿つ音と、遅れてやってくる銃声。
 それは遠距離からの狙撃によって生じるものだ。

「助かったぜ、ライザックさん」
「流石っすー!」

 正確無比の狙撃は頼りになる。それに比べてエルスときたら……。
 こいつはライザックさんにみっちりしごいてもらわなくてはな。
 続く銃声により死角から這い出た魔物達が二体、三体と撃ち抜かれていく。
 全部彼に任せてもおそらくこの場はやり過ごせるが、ただ武器を構えているというのもいかがなものか。
 左手側を主に狙撃しているため、俺は右手側を担当するとしよう。
 このあたりは速やかに呼吸を合わせなくてはならない。連絡手段など持ち合わせていないのだから。
 一体一体の動きは特段速いわけではなく、俺はじっくりと見定めて、確実に仕留めていく。
 硬度もなく、むしろ柔らかい。
 一閃のみで容易く斬り伏せられる。
 ただし――だ。

「病巣を傷つけて大丈夫なんすか?」

 こいつらは病魔と呼ばれるものであり、病魔には必ず病巣というものがある。
 それは病魔にとって心臓のようなもので、病魔の弱点ではあるがしかし下手に傷つけると世界を侵食する菌を拡散してしまう。
 菌によって病魔が発病してしまえばまた処置しなくてはならずいたちごっこになってしまう。

「よく見てみろ、ちゃんと病巣を避けてるよ」
「へっ? マジっすか!?」
「マジだよ」

 この病魔は病巣の位置が体の中心にある。
 小型で丸みのある病魔は大体同じ位置だ。
 だから深く考えず中心を避けて斬る、ただそれだけでいい。最初に斬り伏せた病魔もちゃんとそうしている。
 その証拠に、斬り伏せられた病魔が崩れた跡に小さな球体が転がっている。
 こいつが病巣だ。
 球体に血管が張り巡らされているような、不気味な形状だ。
 これらはきちんと回収しなくてはならない。
 魔力石という、魔力を吸収する石で病巣から魔力を取り出す。そしてそれをギルドへと引き渡すと金に換えてもらえるのだ。

「あの、思ったんすけど」
「思ったままでいろ」
「ちょいちょーい! 質問いいすか!」

 びしっと天高く右手を上げるエルス。
 質問するだけでも腕白な子だ。見ていて飽きない。

「いいよ、なんだ?」
「病巣ってたまに破壊していいパターンもあるっすよね。あれはなんでなんすか?」
「完全に魔物化すると病巣は固体になって、傷つけても菌が拡散しないから破壊してもいいんだよ。その分病巣から魔力を取り出せないから報酬は減るけどな」
「あーなるほど」
「俺達のチームは貧乏だから魔物化した小さい病巣もちゃんと傷つけずに処置しないといけないわけなのよ」

 おかげで先ほどのように小さい魔物でも病巣を避けて一閃する技術を獲得してしまった。
 これはこれで我ながら褒めてもいい技術ではあると思う。
 時折あるのだ、見た目は完全に魔物化しているのに、病巣は固体になっていなかったという症例が。
 そのためにも、病巣を避けた攻撃というのは大切だとは思うのだが……安定して収入を得て生計を立てている連中は魔法技術も高く小物の病巣など一瞬で消し炭にしてしまえるほどの力量の持ち主もざらにいる。
 いつかは俺もこんなちっこい魔物からせっせと魔力を回収する日々から脱して、華々しく大病を処置してみたいものだよ。
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