異世界の治療士達

智恵 理陀

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第一章

Karte.011 レイコ、吐く。 

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 ギルド本部での用件は終えたが、まだまだやる事はある。
 先ずは支給金を使ってレイコにこの世界に合う服を買ってやろうじゃないか。
 というわけで、次に俺達は服屋へと向かった。

「どう?」
「似合ってるんじゃね?」

 色気を出したいのか知らんが、腰を曲げた妙なポーズをしていなければもっと似合っていたかな。

「お洒落な服を完璧に着こなしている、そう思わない?」
「思う思う」
「エルスも選ぶの手伝ったっす~」
「ご苦労さん」

 上着は若干サイズが合っていないために少し余しているような。
 彼女は気に入っているようなので何も言うまい。余している原因は胸囲によるものであろうから。

「よし、店を出るか。馬車のところまで戻ろう」
「……」

 レイコは店内をぐるりと見ては、小さく頭を揺らしていた。

「ん、なんだ? 何か思い出したか?」
「何も。ただ、物が溢れてて」
「ああ、物流はいいからな。街も治療士のおかげで経済は潤ってる」

 この店内だけでも各地から集められた衣服や装飾品など様々なものが並んでいる。

「治療士、とは」
「ああ、そこからか……」

 この世界について、基本的な事から話さねばなるまいか。

「治療士は、医者とは違う?」
「ああ、医者とは違うね」

 ギルドで詳しく知る機会はあったとは思うが……、説明は聞いていなかったのかな。まあいい、説明してやろう。
 あいつらの説明はきっと堅苦しくて分かりづらかったろう。ある程度噛み砕いて説明しよう。

「治療士ってのは……この世界自体に巣食う病魔を治すためにいる。この世界は実に脆くてね、大地や空気や木々、空間さえも病魔が発病する可能性があるんだ。これはこの世界の常識だ」
「生物には?」
「生物には罹らない、不思議な事にな。ただ、病魔の菌に触れると炎症は起こすがその程度だ」

 病魔自体に罹ったという話は聞いた事がない。
 菌が口の中に入っても少し具合が悪くなったくらいで、その後なんともないといった話もあったな。
 おそらく我々人間が、この世界よりも頑丈だからなのだろう。

「だから病魔は治療士、病気は医療士こと医者の役割だ」
「なるほど」
「俺達が治すのはあくまで病魔。病状が悪化すれば魔物になる可能性もあるから、時には戦う事もある」

 年間での死傷者数はやはりそれなりに多い。
 しかし病魔を相手にするのではなく、魔物化したものだけを扱う冒険者もおり、そっちのほうが死傷者は多いのだとか。

「病魔の急所である病巣から魔力を、こういった魔力石に送り込んでギルドに引き渡すと金になり、魔力石は日常生活では照明になったり、水を浄化したり、火を起こしたりと生活の役に立つものになって経済も発展していくわけだ」
「それは、すごい」
「危険な仕事だが昇級して数をこなしていけばそれなりには稼げるし世の中のためにもなる」

 今日はがっぽり稼がせてもらった。
 次元病を処置したというのは大きな実績になる。
 これを機に依頼が回ってくればいいのだが、無所属だし昇級の通知もまだ来てないのもあって身の回りについてはすぐに何かが変わるという事はないだろう。

「面白そう」
「そう簡単にこなせる仕事じゃないが」
「治療士になればいつか次元病に遭遇する可能性がある?」
「かもな、相当確率は低いぞ」
「もし遭遇して、次元病について何か解明できれば、私の失った記憶も、次元病の、別の世界も全て分かるかも」

 お前が本当に別の世界の人間であれば、の話だがな。
 本当に次元病の中から出てきたというのならば、その先にある別の世界も……知りたいな。
 こんな脆い世界とは、違うのだろうか。

「何年後になるか分からんぜ」

 僅かに沈黙を置くレイコ。

「何もしないより、いい」
「……あんまりお勧めはしないがね」

 ただ、こいつのこれからどう生きていくのかは、興味がある。

「私なら良い治療士になれる気がする」
「どこからその自信が沸いてくるんだ」
「分からん」
「分からんのかい」

 ……ふと。
 馬車へと向かう中、彼女が通りを歩くだけでも人目を引いてしまっていた。服装は一応、あのボロボロのワンピースからそこらの若い連中が着ている服には合わせてもらったが……それでも金、銀、茶の髪色ばかりの中で黒髪は視界に入れば、珍しいなと誰もが一瞥を先ずはくれる。
 そして今日は次元病が処置されたとあって、その噂が更に次元病から人が出てくるという噂と結びつき、噂の行き先は彼女へと向けられるわけだ。
 加えて、別の視線も感じる。
 おそらく腕のたつギルド職員が遠くから監視でもしているのだろう。
 馬車の前で待っていたライザックさんもその視線を感じているようで不愉快そうに眉間にしわを寄せていた。
 すっかり橙色の空も元気がなくなってきた頃、腹の虫が騒ぎ始めたので、酒場へと向かうとした。
 いつもの行きつけの酒場、ギルド支部にも俺達の住む館にも近く料理も酒も美味いと評判の店だ。
 中に入ると街の住民や治療士達は既に酒を堪能しており、夕食時でもあるためこの店自慢の肉料理が放つ香ばしい香りが店内を包み込んでいた。
 この香り、たまらんね。胃袋への先制攻撃といったところ。
 店内が少しざわつく。
 俺と、レイコのせいだろうが。
 今日は人目を引きつけるだけ引きつけた、もう慣れてきたよ。

「奥の席が空いてるっす!」
「じゃああそこにするか」

 着席早々メニューを開いた。疲労と空腹――今は空腹のほうが勝っている。
 今日は豪勢にいきたいね、いいや、もはやいくしかない。
 この店で一番高いコースを店員に注文しよう。

「やべーっすね!」

 食べたのはいつ以来か……この大陸で一番ジューシーと言われるセルヴェハル牛のステーキをはじめとするフルコースだ。

「さあ、遠慮なく――」
「この肉うまいわ」
「――食べてくれ」

 言い終える前にもう食べてやがる。
 まあいい、俺とライザックさんは一番高い酒を堪能させてもらおう。

「これうまい」
「おい何飲んでるんだよ!」

 いつの間に頼んだのか、レイコはジョッキを傾けていた。

「しゅわしゅわ」
「しゅわしゅわて」

 子供に酒は飲ませちゃいかんのだがな。
 レイコは何歳かもはっきりしてないが酒を飲むには少し早いのではないだろうか。

「それ、私もまだ飲んだ事ないっす!」
「お前にはまだ早い!」
「えぇ~……」

 もう少し歳を重ねてからにしような。
 じゃないと美味しさすらも理解できないはずだ。

「あっ、そういえばっすね! レイコさんはルヴィンさんを身元引受人に指定したんすよね?」
「指定した」
「会って間もないのにどうしてかなって気になったっす! 何か理由、あるんすか?」

 特別な理由でも、とエルスは付け加えた疑問を投げかけた。
 その質問中もレイコの食事は止まらず、肉は吸い寄せられるように彼女の口へと入っていく。
 意外と食べるなこいつ。
 返答は彼女の咀嚼が終えるまで待つとしよう。

「――面白そうだったから」
「面白そうて」
「分かる~! 実際、ルヴィンさんといると面白いっすよ!」
「どういう意味だ?」
「何かとトラブルに巻き込まれたり、何かと誰かに絡まれたりで退屈しないっす!」

 今までの人生を振り返ってみると、ううむ……そうだな、そんな日々を送っていた。
 道中いきなり魔物の群れに遭遇したり、魔力石を狙った山賊に遭遇したり。
 今日に限っては次元病と遭遇だ。

「彼には何か退屈させない雰囲気を感じる」
「分かる~! それに一緒に仕事していると勉強にもなるし最高の職場っす!」
「ウケる」
「ウケんな」

 俺ってそんな風に見られてたのか?
 ライザックさんはどうなんだろ――と彼を見ると、目が合うや一笑していた。
 まさかライザックさんも皆と同様の考えだったのだろうか。

「おかわり」
「飲むペース早いなおい」
「まだまだいけそうな気がする」
「気がする程度で抑えてくれないかな」

 店員が渡しにきた酒を受け取るやすぐに口へと運ぶ。
 ぷはぁと一息つき、つまみに手を伸ばしてもぎゅもぎゅ。
 ちょいと手馴れてる飲み食いでどこかおっさん臭い。

「レイコ、一つ質問だ」

 食事の場にて、ライザックさんは初めて口を開いた。

「どうぞ」
「お前は自分の体について何か変化があったりはしたか? 気を失う前――といっても分からんだろうが」
「……変化?」
「変化っていうと、どういう事っすか? おっぱいが大きくなったり?」

 胸はないままだけど。
 ……いや、そうじゃなく。

「次元病の穴から出てきた人間は身体能力に何かしら変化があったという話を聞いたが、お前はどうだろうと思ってな」
「詳しいっすね!」
「それなりに調べてはいた」

 ライザックさんも次元病には興味があったのだろうか。
 次元病から何か出てくるというのも知っていたし、治療の際もライザックさんの処置は的確だった。
 次元病を詳しく知っていたからこそできた処置だったのではないだろうか。

「これといって……特には。あ、でもギルドの人の話だと魔力は非常に高いと言っていた」
「魔力、か……」

 別世界では魔力はどういった利用をされているのか分からんが、別世界の人間は皆魔力が高いとみていいのか?

「上位魔法を使用しても魔力の枯渇はそうそうしないと言ってた。けど魔法の使い方が分からない」
「エルスは簡単なものなら使えるっす! コツを使うと簡単っすよ!」
「是非とも使いたい」

 魔力は治療士には必須の要素だ。
 魔力が高ければ高いほど防魔結界の範囲が広くなるし質も高くなり、持続時間も長くなる。
 もしこいつが魔法師として優秀な人材になればうちの治療士チームの一員として働いてもらいたいが、ものになるのはいつになるやら。

「今度教えるっすよ! ルヴィンさん、次の休みはいつにするっすか?」
「ん~……ギルドに手ごろな依頼が来てるか確認したいけど」

「この子の事もあるし、金もある。少し長い休みを取ってもいいんじゃないか?」
「それもそうだな……」

 次元病の論文も書かなくちゃならないし最近は依頼を多く受けすぎた、少し休んでも罰は当たるまい。
 暫くは豪遊できるが調子に乗らないようにしよう。

「ルヴィン、レイコは任せたぞ。街の案内でもしてやれ」
「え、俺が?」
「彼女が職員達に振り回されるのもよくないだろう」

 気苦労は減らすに越した事はないが、致し方ない。

「ルヴィン、よろしく」
「……分かったよ」

 食事も終え、久しぶりに豪勢な夕食で満足したものの――

「オロロロロロロ……」
「だから飲みすぎだって言ったのに……」
 
 レイコは店を出て馬車に乗る前に、建物の壁に手をついて……もう、あの、言葉に表れないアレ。
 彼女の口から出ていく吐瀉物は脳内で虹色に加工されている。

「酒は今後、控える……」
「皆そう言うんだよなぁ」

 ぐったりとした彼女を抱きかかえて馬車へと乗り込ませた。
 なんという拾いものだ。
 今のところ疫病神でしかないぞ。
 館に到着し、空き部屋へと彼女を運び込んだ。

「この部屋を使ってくれ」
「……」

 返事がない、まるで屍のようだ。
 ずっと抱きかかえているのも疲れてきたしベッドに寝かせよう。

「水はここに置いとくから」
「……うい」
「ほら、ちゃんと横になれよ」
「苦労をかけるねえ」

 ばあさんの介護をしている気分だ。
 彼女は目を閉じて、ゆっくりと深呼吸。
 疲れもあるだろう、今日はそっとしておくとしよう。
 俺もようやく、眠れる。
 長い一日だった。
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