異世界の治療士達

智恵 理陀

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第四章

karte.037 その微笑み

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 しかし、ここからだ。

「レイコ!」

 全身に痛みが走っているものの、弱音は吐いていられない。
 彼女を壁から引き剥がし、床に寝かせた。
 意識は微かにあるようだが表情は苦痛に歪んでいる。

「こいつをなんとかしなくては……」

 だが、治療器具はどうする?
 医療器具も必要かもしれない。

「ぐ、ふ、さ、させ、ま、せん……」
「ちっ、まだ意識があったか!」

 セイルが上体を起こし、右手を翳していた。
 魔力を振り絞っている――

「――ていゃ!」

 鈍い音がした。
 セイルの双眸はくるんと白目となり、上体は崩れた。

「やったっす!」
「エルス! どうしてここに!?」

 どこから拾ってきたのか、鉄パイプを食らわせたようだ。
 セイルも流石にもう起きれんだろう、助かった。

「騒ぎを聞きつけて、一応道具を持ってやってきてみたらジアフさんにここを教えてもらったっす!」

 エルスが渡してきたのは俺がいつも使っている治療器具だ。

「ジアフさんから他の道具も貸してもらいました!」

 おお、医療器具もいくつか入っているな。
 レイコの治療を想定しての事だろう。これは助かる。

「事情は聞いたっすよ! ルヴィンさんの事だから、やるんすよね!?」
「ああ、やるぜ! 結界を頼む! 器具も並べてくれ!」
「はいっす!」

 レイコの胸に巣食う病巣は体とは完全には融合していない。
 爆発するか、レイコが死ぬか、どちらでも最悪だ。
 胸の中心の病巣からまるで根を張るように彼女の胸や首筋あたりまで赤い線が広がっている。
 魔力の動きからこいつらがレイコの魔力を吸い取っているのだろう。

「エルス、怖くないのか?」
「怖くないっすよ! さあレイコさんから病巣を取り除きましょう!」

 ジアフの奴、多分爆発の件は言ってないなこれ。
 俺としてもエルスが変に萎縮してもらっても困るから伏せておこう。

「ええっと、これが麻酔っすね。レイコさん、少しチクッとするっすよ!」

 胸のあたりに注射を打ち込むエルス。
 医療に関してはこいつは初めてだったと思うが、治療士補佐として今まで見た経験からか実に動きが滑らかだ。
 それに治療士は応急処置などの講習は受ける事になっている、エルスが講習を受けたのは記憶に新しい。それもあっての事だろう。

「準備はいいか!?」
「いつでもどうぞ! けどルヴィンさんは大丈夫なんすか?」
「大丈夫だ、右足が折れてるのと左腕はと胸、左の太ももあたりはヒビが入ってるくらいだし」
「一般的にそれは大丈夫とは言えないっす!」
「今はこっちを優先する」

 輸血の準備も出来ている。
 エルス、お前が補佐で良かったぜ。

「治療士根性っすね、手順はどうするっすか?」
「俺だって初めてだこんなのを処置するのは。勘でやるしかねえ。ただ怪しいのはこの中心から広がってる線だな、こいつらを先ず引き剥がしてみる」

 ナイフじゃ大きすぎる、ここはメスを使おう。
 時間がどれくらい残されているか分からん、切除できるところはすばやく切除する。

「治療魔法は使えるか?」
「軽い止血程度ならっ」

「よし、これら十六、いや十七か、切除していくから剥がした時に血が出たらすぐに止血してくれ。いいか?」
「了解――」 

「エルス! 手を引っ込めろ!」

 後方から、冷気と共に凍る音が聞こえた。
 エルスの肩を引くと氷の刃が過ぎていく、危なかった……。
 まだ意識があったとはな、セイルめ……。

「あいつを部屋から放り出して頭をもう一発思い切り殴っとけ!」
「は、はいっす!」

 こっちは準備をしておく。
 道具は、ああ、散らかされたぐらいで済んだな。
 不幸中の幸い――

「顕微眼鏡が……」

 と、思ったが、大事なものが……壊れている。
 あの野郎……狙ったのはエルスじゃなく顕微眼鏡か!

「……いや、問題ない。やってやるさ。エルス……準備はいいか!?」
「い、いつでもどうぞっす……!」

 軽く深呼吸をする。
 左腕は、まあ、大丈夫だろう。
 力は入る、ここからは僅かなミスが命取りとなるだろう。
 この病巣を、傷つけず、そのままの状態でレイコから引き剥がす――やれるか? ああ、やるしかない。
 先ずは一本、ほんの少しでも、ブレず、この線をなぞるようにメスを入れていく。
 迷ったらダメだ、少しでも傷つけたらおそらく、相当危険な事になると本能が訴えている。

「どうだ!」
「は、早いっすね! 出血は少しだけっすけど、この病魔自体に変化はないっす! 一本目は切除出来たっすよ! 顕微眼鏡無しでやるなんて、すごいっす!」
「魔力の移動がなくなったのか、少し赤みが薄くなったな、やはりこいつらがレイコから魔力を吸い取っていたんだ」

 口を動かす間も手を動かすのは忘れてはならない。 

「次々やってくぞ! ちゃんとついてこい!」
「はいっす!」

 二本、三本、四本――全て切り離すまでに五分といったところだ。
 中心部、病巣自体の色は薄くならない、爆発までの時間は少しでも遅くなってくれるといいんだが。

「線はこれで最後だ!」
「レイコさんの容態に変化はないっす! ルヴィンさん、すごいっすね! 今までで一番早い処置っすよ!」
「早くやらなくちゃいけねえんだよ」
「あとはこの病巣っすね、これも――」

 その時、病巣が一瞬輝き、今まで体から引き剥がした線は太く棘状となって襲い掛かってきた。

「ぐっ……! ぼ、防衛本能ってやつか! エルス、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫っす! 押さえつけるんで自分に構わずやっちゃってくださいっす!」

 エルスは棘に覆いかぶさり押さえ込んだ、体をいくつも容赦なく傷つけるもエルスは耐えていた。
 応えなくては、こいつの頑張りのためにも。

「病巣の切除に入る!」
「はいっす! あ、でもレイコさんの容態も悪くなってきてるんで、ええっと、その青いパックと白いパック、こっちにくださいっす!」
「分かった!」

 エルスにパックを渡すと、注射器二本にそれぞれ入れてレイコへと打ち込んだ。
 医療知識もそこそこ持ってたのかこいつは。
 いや、今はそんな事を考えるより、この病巣だ。

「しっかり押さえつけてくれ!」
「頑張りまっす!」

 病巣の色が濃くなってきている。
 時間はもう少ないのかもしれない。
 どうしても、焦ってしまう。
 こんな時に師匠がいれば、いいんだがな。
 今はあの人から教えてもらった事を、一つ一つ思い返しながらやるしかない。

「病巣自体の切除は、刺激しないように、ペンでなぞるように、すみやかに……」

 すっとメスを回し、外側から切除していく。
 頬や頭部に棘が掠ってくるも、腕だけはぶれちゃあいけない。

「び、病巣の色が濃くなってるっすね……」
「焦るな」
「け、けど……レイコさんの容態も……」
「大丈夫だ……。集中しろ」

 病巣と体の間、少しでも切れ込みがずれれば命はない。
 この柔らかい病巣は殻で覆われていない丸裸の状態なのだから。

「丸みのあるものなら、撫でるように……」

 強化魔法を手首と指先に。
 病巣に僅かな刺激すら与えず。

「ルヴィンさん! や、やばそうっす! 棘の力が、強まってるっす!」

 形状も認識しながら。
 病巣を――

「一瞬で」

 切り離す――!
 ……どう、だ?

「と、棘が……」

 次々と、力なく床に落ちていく。
 レイコの表情を覗き込む、息はしているか? 脈は?

「安心するっす、安定してるっすよ」
「良かった……」

 ははっ……。
 魔法技術がなくたって、それなりにやれるもんだな。
 師匠の教えがあってこそ、だな。
 あんたから教えてもらったこの技術で、帝国の変異病魔を打倒したぜ……師匠。

      * * * *



 あれからの事を話そう。
 ギルド本部ではジアフのリストから帝国側の職員延べ十八人、そして今回の事件の首謀者であるフリュウゲとセイルを逮捕した。
 二人を尋問して帝国側の目的などを調べ上げるそうで、何より帝国が開発したであろう人間に罹る病魔や変異についても調査するそうだ。
 この件については治療士界も大きく揺れた。
 今までは人間になど病魔は罹らないとされていたのに、その根本が覆ったのだからな。
 変異した病魔がこの大陸どこかで牙を剥き始めるのもそう遠い未来ではないのかもしれない。
 ああ、あとあいつ。
 ――ジアフは何度も本部に呼び出されて事情聴取を受け、結果的には治療都市のための行動だったとはいえ過去の経歴詐称や帝国側の人間を匿ったとしてギルド支部長の解任、特級から下級への降格、一ヶ月の自宅謹慎を言い渡されたとか。
 彼は意外と軽い処罰で済んだと笑って話していた。
 何事も前向きに考えるタイプだし、下級に降格してもすぐに特級へ返り咲くだろう。

「さあ飲みましょー!」

 いつもの店で、いつものように酒と料理を楽しんでいる。
 目の前に並べられている料理はいつもよりも豪華だがね。

「いやあとんとん拍子で昇格していくっすね。もう金中級っすよ!」
「あの特殊な病魔の処置が評価されたんだってよ。病魔を一切傷つけずに切除出来たところがな」
「ルヴィンさんの治療技術はすごいっすよー!」
「師匠のおかげだよ」

 本来ならば魔法を駆使しなければ処置できなかったであろう病巣を、初歩的な魔法と技術でやってのけられた。
 あの人の教えが、俺を、俺達を救ってくれた。
 師匠の事は、ライザックさんには話した。
 師匠が治療ミスしたと思い込んでいる奴らに言ってやりたいのは山々なのだが、それを証明するものはもはやない。
 帝国もおそらく手がかりなどは既に隠蔽しているだろう。

「私が病魔に罹ったおかげでもある」
「それはない」

 レイコの頭を軽く叩く。

「ぐおぉ……」

 同時に、左手に激痛。
 反射的に手が動いちまった。

「あ、駄目っすよ! まだ治ってないんですから!」
「ルヴィンは怪我も治ってないから酒も駄目。私は飲むけど」

 美味しそうに酒を飲みやがる。
 まあいいか、吐かなけりゃ今日はとことん楽しんでもらおうじゃないか。

「ルヴィン」 
「なんだよ」
「ありがとう」
「おいおい、なんだ改まって」

 いつもの仏頂面でじっと見てくる――と、思いきや。
 口端が確かに釣りあがり、宿ってるか宿ってないのか定かではないその瞳は確かな輝きが宿り――そう、レイコは微笑んだ。

「おまたせぇ」
「あ、ルォウ」
「ん、んー? なんだか貴重な場面を逃した気がするさね」

 とても貴重な場面を逃したぜルォウ。
 レイコはまたいつもの表情に戻っていた、次はいつ見れるか。
 ……また見たいものだ。不思議とそう、思った。


 ――俺達の住む世界は、俺達が思っている以上に脆い。
 けれど、俺達は決してそうじゃない。
 強く堅い――何にも崩させない確かな力がある。


「オロロロロロ」
「どうして吐いちゃうかなぁ……」

 嗚呼……台無しだ。
 まあ、けれどこういうのも、悪くはない。
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