異世界の治療士達

智恵 理陀

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第四章

Karte.036 罹患

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「師弟揃って……だと?」
「ええ、二年前は見事にやられましたね。ようやく完成した変異病魔を処置されて」
「まさか……」
「おかげで計画は大きく狂うわ病巣も回収できなかったわで一からやり直しですよ」

 師匠の治療ミスと言われたあの処置の話か。

「自分ごと囲うように病魔の爆発威力以上の魔法を練って消し去るとは思いませんでしたよ。まったく、最小限に抑えられて困りました」

 やはり。
 やはり、師匠は治療ミスなんか起こしていなかった。
 それを知れただけでも、心の中に引っかかっていたものが取れた。
 ……その代わり帝国への憎悪は今よりも膨れ上がったがね。
 残念がるセイルを今すぐにでも殴り倒してやりたいが、何をしてくるか分からない状況だ、落ち着いていかなくては。

「お前らの作ったお粗末な病魔よりも師匠のほうが上手だったようだな」
「しかし彼女ももういない、脅威を取り除けたのは大きいですよ」
「なら、俺がその脅威となろう。レイコは返してもらうぞ」
「そう急がないで、少しお話でもしましょう」

 テーブルの上には本が一冊、剣らしきものも見えるが見た事のない形状をしている。

「気になりますか? これはニホントウというものです、東和国の刀によく似ておりますね。これまでに発生した次元病で出てきた数々の物の一つですよ。ちなみにこの本もそうです、まあ、私は読めないのですけどね」
「そうかよ」

 少しずつ彼女との距離を縮める。

「このニホントウ、切れ味は凄まじいのですよ。異世界の産物は興味深いですね。そうそう、我々の言葉も異世界から得た知識で構築されているとも聞きます。エイゴだとかニホンゴだとか、そういったものの混雑だと」
「よく調べたんだな」

 俺が次の一歩を踏み込むや、彼女はニホントウを手に取り鞘から抜いた。
 その刀、俺に向けるのならばいいがレイコに向けられたら動きづらい。

「次元病自体が何なのかは不明ですが、あの病魔はいつも我々の文化の発展に繋がりますね。そして次元病から出てくる人間は膨大な魔力を持っている、彼女も何かしら発展へと繋げる要素の一つとなるのでしょう」
「だったらあいつは重要だ、解放したほうがいいんじゃないか?」
「いいえ、利用させていただきますよ。病魔を罹患させて」
「……病魔は人には罹らない」
「罹るとしたら?」

 まさか。
 そんな事がありえるか? これまでの病魔についての常識がすべてひっくり返る事になるぞ?

「とはいえ、特殊な病魔ですがね。我々帝国が独自に変異させた――そう、言うならば爆発性病魔、ですね」

 爆発性――もしや、

「ラハルェさんもその病魔で殺したのか」
「勘がいいですね、そうですよ。ただ今回の病魔は罹った者の魔力を使う。彼の魔力では一室程度の爆発力でしたが、ではレイコならどうでしょうか」

 レイコの胸、中心部に小さな赤が灯る。
 セイルの言うように、レイコが本当に病魔に罹ったのだとしたらあの光は病巣か……?

「そこをどけ!」
「どいたところで処置できますか貴方に。少しでも失敗すれば爆発するし、切除を間違えれば彼女の命が落とされますよ?」
「やってみるさ!」
「私もただの案山子ではないので、勿論妨害させていただきます」

 駆けるその一歩と共にセイルは刀を俺に振るう。
 剣で受け止めるが、この一太刀……こいつ、剣術はそこらの連中より腕が立つようだ。
 ああそうか。俺を殺す気で来ているからこそ……一振りに迷いも無駄もないのだ。

「あとどれくらいで爆発するでしょうね、二十分、いや、十分もないかもしれません。ぞくぞくじますね、私達はいつ死ぬか分からないのですから! あは、はっ!」
「心中する気はない!」
「治療都市セルヴェハルが崩れる歴史的瞬間の礎となりましょう!」

 元から捨て身だったのかこいつ……。
 つくづく帝国の奴らってのは理解ができん。

「その前に貴方が死んでしまうかもしれませんがね!」
「どうだろうな!」

 一振り一振りが的確に致命傷を狙っている。
 隙あらば首を刎ねようと、隙あらば心臓を一突きしようと。
 だが女の力では押し込みは足りない。
 それにこっちは強化魔法も施しているために剣が破壊される心配もない。

「どうしたんですか? 受けるだけです?」

 女を斬るのは――人を斬るのは初めてだ。
 そのために俺の覚悟が追いついていない。
 怪我で済めばいいが、殺めてしまったら――なんて、甘い考えが脳裏にちらつく。
 殺るか殺られるかの土台に立てていない。

「隙が出来ましたねえ!」

 刃がぶつかり合うも、足元に何か紙を踏んだような感覚が俺の意識を遅れさせた。

「うぐうっ!」

 彼女の拳が腹部を強打する、女の拳とは思えない――魔法か、これは。

「私の魔力をふんだんに注いだ強化魔法です、女の拳とは思わない事ですね」
「そ、そのようだな……」
「更に、これもどうですかね」

 距離を取るや否や、彼女は刀で空を斬る――

「なっ!?」

 空中で作られるは氷、刀を振り切るやその氷の刃が襲い掛かった。
 紙一重で避けるも壁に突き刺さる氷の刃の威力は生身で受けたら致命傷ものだ。

「氷魔法が私の得意属性でして。ここからは貴方を一方的に甚振るゲームといきましょうか」
「そう簡単にいくと思うなよ!」

 とは言ってみるものの、氷の刃はいくつも飛んでくる。
 肩に、足にと徐々に掠る回数が増え、近づこうものならば二つ三つと一度に氷の刃を出してくる。

「悲しいですね、腕はいいのに魔法の才能はないのですから貴方は。無属性魔法しか使えないなんて初めて見ますよ。もしかしたら貴方の得意属性が無属性だったのではないですかね? だとしたらとぉっても面白い、傑作というものです」

 有利だからって言いたい放題だ。
 それも挑発して俺が突っ込んでくるのが狙いだろうが、生憎子供の頃から言われ続けてきたんだから今更怒りは覚えない。

「ふ、ふふっ。どれくらい、時間が経ちましたかね。まだまだこの爆弾病魔は不安定で今一爆破時間が読めません。けど見てください、色が濃くなってきました」
「声が少し震えてるぜ? 死ぬのが怖くなったか?」
「だ、誰が!」

 そりゃあ誰でも死ぬのは怖いさ。
 無理しなくていいのにな。
 しかししくじった、今のが逆にセイルを挑発してしまったらしい。
 彼女の氷の刃は更に増え、もはや前進するより避けるのがやっとの程度にまで至ってしまった。
 魔力切れを狙おうにもその前に病魔が爆発してしまったら元も子もない。
 むしろ俺のほうが終始強化魔法で体の強度と速度を上げているのだからこっちが先に魔力切れを起こして動けなくなるかもしれん。
 そうなったらきっと氷の刃によって真っ二つだ。
 自分の魔力量は体感で把握している、まだ余裕はあるがこのままだとジリ貧。
 ここは一か八か、やるしかない……か。
 全力で守りながら、全力で攻める。
 ああ、それだけさ。

「どうしましたか!」
「どうもこうも、決めただけさ。覚悟をな」

 踏み込みのために右足へ力を入れる、当然強化魔法もな。
 攻めへの道筋は決めた、奴の攻撃の癖は横一閃で様子見して、近寄ろうものなら縦で牽制――縦一閃は壁のめり込み具合から攻撃力は高めではない。
 ならどうするか。
 ああ、そうだ。
 我慢して受け止める。
 それだけだ。
 セイルは横一閃の攻撃を繰り出すと共に俺は跳躍した。
 先ずは第一撃を回避。

「ちっ――」

 彼女の舌打ち、次なる攻撃の合図と見ていい。
 後はその腕の振り方で攻撃の方向を見定め、バツ印を描くように縦の連撃。
 あえて跳躍しつつ、壁へ向かった。

「なっ!?」

 その理由は、壁を蹴って攻撃を強引に避ける必要があったからだ。
 だけどこれは賭けだ、ふんだんに強化魔法を込めた踏み込み――長年使われていない施設の壁が耐えられるか、踏み込んだ瞬間にめり込んでその場で動けなくなったらと思ったが、

「うまくいった!」

 天井を蹴り、反対方向へと移動し、もう一度同じく壁を蹴る。
 彼女の更なる追撃は俺がいたであろう場所の壁を傷つけるのみ。
 左右振りをし、空いた反対方向。

「くっ!」

 氷の刃は壁、天井、床と傷つけていくが残念ながら標的はもうそこにはいない。
 俺は自身の速度を止めるべく剣を床へ突き刺し、体勢を整える。
 気がつけばセイルの後ろに回っていた、自身でも制御するのが難しかったが強引に体勢を整えたおかげで良い位置に立てた。

「覚悟しろ」

 ――無理に体勢を整えている。
 無理に強化魔法を使っている。
 おかげで体勢を整えた時点で両足が軋み、骨の折れる音さえ聞こえた。魔力の練り具合と体の耐久性が合わないとそういう事になる。
 骨から筋肉まで、全ての部位を的確な魔力量で補助すれば問題はないが、最近魔法についてはサボっていたのがここで引きずる形となってしまった。
 重傷は覚悟しなくてはいけないが、俺の怪我など構ってはいられない。
 今は、今を考える――ただそれだけさ。

「た、たかが強化魔法でそこまで動けるとは……!」

 剣を振り上げ、彼女の刀を弾き、残りの魔力は右腕へ。

「ちょいとこれは痛いぜ、我慢しろよな」

 彼女の頬へ拳を振るった、強化魔法の乗った拳を。
 俺の腕は折れないであろうが、彼女はどうだろうか。

「ぐがぁっ!」

 人生で一番の、渾身の一撃だったと思う。

「おおっと、痛そう」 

 入り口付近まで吹っ飛ばされるセイル。
 武器も取り上げた、もう大丈夫だろう。
 死の恐怖に彼女の動きが少し鈍くなったのと、俺の速度にいいように振り回されてくれたおかげでなんとかなった。
 起き上がる様子もない、気絶してるか。
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